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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
黄金神話編
215/370

215話:金字塔を攻略せよ!・其ノ一

 トンネルを抜けるとそこは――、という有名な一文があるが、この場合、入口を抜けるとそこは「砂漠」だった。


 間違いなく、建造物の中に入ったはずなのだが、そこは、一面砂で覆われた砂漠であった。唯一、砂以外のものがあるとするならば、目の前に堂々と存在するものだけだろう。


 ピラミッド。日本では金字塔とも呼ばれるそれ。金の字がピラミッドの形と似ているからそう呼ばれるようになったとされる。しかし、日本で有名なものは、クフ王の墓とされるギザのピラミッドだろうが、ピラミッドの数は実際のところかなりの数が確認されている。


「退路はなし、か……」


 煉夜が呟いた通り、入ってきたはずの入り口はなく、本当に砂とピラミッドだけの空間になっていた。


「しかし、これが有名なピラミッドか?」


 ほとんど埃国のことを知らない煉夜がそんな風に言う。煉夜のイメージするピラミッドがそこにあった。しかし、ここにあるものは煉夜がいうところのピラミッドではない。


「レンヤ君が言っているのは、多分、ギザの三大ピラミッドのことだと思うけれど、残念ながらこのピラミッドはそれとは違うと思うわよ」


 ギザの三大ピラミッドとは、クフ王、カフラー王、メンカウラー王の墓とされる3つのピラミッドのことで、カフラー王のピラミッドの近くにはスフィンクスがあることで有名なものだ。一般的に広く知られているピラミッドはこの三大ピラミッドであることが多い。


「ピラミッド自体は埃国に140ヶ所近く発見されているから。多きものから小さいものまでさまざまあるけど、これは大きさ的に、3番目に大きい赤いピラミッドかな?」


 クフ王のピラミッド、カフラー王のピラミッドに次いで3番目に大きいピラミッドはメンカウラー王のピラミッドではなく、ダハシュールに存在する赤いピラミッドと呼ばれるピラミッドである。またダハシュールにはいくつかピラミッドが存在しているのだが、軍事施設があった関係で考古学者が立ち入れず、調査が進んでいない場所でもある。ただ、赤いピラミッドの他にも有名なピラミッドとして、屈折のピラミッドなども存在している。


「しかし、広い結界の中に、小さな結界が多重構造で展開しているのか?」


 外の京都を埃国化した結界の中に、さらにピラミッドの結界が存在しているのだろう。煉夜は、そういった折り重なる結界というのはあまり経験したことがなかった。


「と、いうよりは、外の結界は、この結界の余波が広がって侵食されてしまったものなのかもしれませんね」


 枝の死神は、ピラミッドを興味深げに眺めていた。墓とされるものは、死神とも縁深い。墓と呼ばれるものは、死神にとって、死んだ人間のある場所、魂が残存しやすい場所という認識である。かつては土葬であり、肉体が朽ちる場所でもあったために怨念と呼ばれるものがたまりやすい場所でもあったが、現在では、火葬の段階で罪を燃やし清めることで、比較的に魂が残留することはなくなっているが。

 ピラミッドのように、ミイラという形で肉体を残すというのは、一種の神聖化にもつながっている。そのため、ピラミッドは墓であると同時に、神聖な領域であり、死神からすれば、面白いものでもあった。


「しかし、ピラミッドって、中が狭い道だったり、別れ道だったりで面倒な構造なんだっけか?」


 あくまで聞きかじりの知識しかない煉夜は、そんな風に言う。墓には黄金などの装飾品も共に置くため、墓荒らしがいたことから、そういった対策もあっただろう。


「ええ、だから、若干面倒だとは思うけれど、普通のピラミッドと同じで、なおかつ、わたしたちは調査しに来たわけではないから、そう時間はかからないと思うけど」


 あくまで普通のピラミッドなら、である。それに、時間がかからないとは言っても、それでも普通は数時間とかではなく、一から攻略するならば、数日とかそういった規模の話になるはずだ。


「【緑園の魔女】、お前は固く考えすぎだ。今回は、別にあれの上に冥界が広がってるわけでもなさそうだし、ぶち壊せばいいんじゃないか?」


「ああ、なるほど」


 煉夜の提案を、妙案だと言わんばかりにうなずく【緑園の魔女】。それに対して、枝の死神が慌てて反論する。


「あなた方は、どうしてそう野蛮な解決方法を取るんですか!仮にもあれは墓ですよ!」


 それに対して、煉夜は微妙な顔をした。ピラミッドを墓だと言われても、煉夜からしてみれば、ただの観光名所程度にしか思えないのだ。


「そもそも、この空間自体が、再現されたどこかであって、結界が崩れればなかったことになるだろうし、壊しても問題ないんじゃないのか?再現されただけであって、本物の墓でもないだろうし」


 あるいは、どこかからかと置き換えられているとしても、この結界が消えれば、元に戻る可能性は高い。


「そうだとしても、です。墓という概念そのものが、冥府とつながりやすいんですよ。それが形だけであったとしても、です。安易に破壊すると罰が当たりますよ」


 死者を弔う墓というものは、昔から存在していた。存在し続けた結果、それは、冥府につながるものとなっている。例えば、路肩に花を供えるだけであっても、例えば、石を積んだだけの簡易なものであっても、例えば、棒を挿した簡易なものであっても。


「しかし、こういうのって、中に入ってトラップとか、迷路とか、隠し通路とか、そういうのがありそうな気がしてな……。いや、よく知らないけどな。【緑園の魔女】、迷宮ではこういうのはどうなんだ?」


 煉夜は迷宮・ダンジョンと呼ばれるものを知らないが、魔女がそういったものを持っていたことだけは知っている。スファムルドラ帝国でも使われている「白黒魔女迷宮絡繰」も迷宮にあるとされているものだ。


「そうね、わたしたちは作る側だったから、普通のダンジョンがどういったものかは、ちょっとわからないわ。何せ、クリアさせることが目的で作っていたものだしね。いわば、一種のアトラクションみたいなものだったから、墓荒らし対策で本当に侵入を拒むようなダンジョンがどうなっているかまでは……」


 そもそも、あの世界における迷宮の役割は、人材の育成のようなものである。自身の力に見合った場所に赴き、相応の成果を得られる場所である。ただし、迷宮という仕組み自体、魔女が復活して以降に4ヶ所作られて、その段階での目的は、封印中にどのくらい世界が変化したかを見るということであった。勇者と魔王がいた時代から比べて、どの程度文明が発展したのか、戦力はどうなのか、といったものを確認するために、いくつかの迷宮をつくり、その奥に、魔女の財を置いた。

 そのため、絶対にクリアできない難易度にするのならば、最初からそういう仕掛けをすればいいのだが、それでは何も確認できないため、相応の難易度にして、クリアをしてもらう必要があったのだ。


「そもそも、墓ってことだが、ここから出るには、あれの中に入って、出口なり次の階に進む階段なりを見つけないといけないってことだろ?てか、なんで、墓をこんなに大きくするんだよ……」


 煉夜は愚痴るようにつぶやいた。結界の出口があるとするならば、ピラミッドの中であろう。それなりに大きいため、面倒なのは間違いない。


「まあ、大きな墓っていうのは、それだけ権威が大きかったっていう象徴だからね。日本でも古墳がそれと同じでしょう。もっとも、古墳は周囲に埴輪なんかを置いていたけれど、まあ、鏡や首飾りなんかを一緒に中に入れていたのは同じかしら」


 古墳やピラミッドなどを含めて、死者の墓として大きいものがあるということは、それだけの大きいなものをつくるほどに財力があったということ、それから、それをつくるための人材を動かすことができるだけの人徳や支配力があったということ、そして、それだけの信仰を集めていたということを後世に知らせるという意味を持つ。


「本当に権力と権威と人望を持っていたなら、こんなことしなくても後世に語り継がれるだろうに……」


 さっぱりわからないといわんばかりに肩をすくめる煉夜。しかし、墓で権威を示した例は多くあり、ピラミッド、古墳の他には、秦の始皇帝の陵なども有名である。


 ちなみにピラミッドは墓ではないとする説も存在しているが、その証拠としてよく挙げられるのは、「ピラミッドから遺体が出たことはない」や「公共事業としてつくったものである」というものだが、実際のところ140近いピラミッドが確認されている中で、実際に埋葬されていたものはいくつか存在し、それらの反証となっている。また、遺体や埋葬品がないとされるものも、発見・調査までの間に、墓荒らしに荒らされた結果なくなってしまったという可能性も捨てきれないため、一概に墓ではないとするのは間違いである。


「それにしても、中はどういう構造なのでしょう。墓というからには、埋葬地があると思うのですが」


 枝の死神の言葉に、【緑園の魔女】がきょとんとした顔をした。そして、あっけらかんとして言う。


「赤いピラミッドは、単純な構造で、部屋も3つだけよ。それに、華美な装飾とかもないし、埋葬していた跡なんかは見つかってないはずだったと思うけど」


 埋葬跡が見つかっていないピラミッドの1つである赤いピラミッド。もっとも、赤いピラミッドに似て非なる何かである可能性もあるが。屈折のピラミッドから約1キロメートル後方に作られたとされている時点で、周囲に砂漠しかない現状はおかしいことこの上ないのだから。

 まあ、埋葬跡がないとしても、枝の死神が言っていたように、ピラミッドと墓のつながりを考えると、むやみに破壊すれば罰が当たる可能性はあるが。


「まあ、中身がそのまま、だったらだろうけどな。こんな状況である以上、普通とは考えにくい」


「もっとも、普通だったとしても、部屋が3つっていうけど、3つ目の部屋に行くのはかなり難しいけれどね。まあ、普通の人間には、っていう言葉が付属して、この3人には関係のないことだけれど」


 そんな風に言いながら、ピラミッドを見上げた。近いからわかりづらいが、ギザのピラミッドなどと比べると若干低く見えるその四角錐をにらんだ。

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