214話:目を覚ませば砂の国・其ノ参
「じゃあ何か?埃国の黄金は、アル・グレン王国の黄金がこっちの世界に跳んできたものだっていうのか?」
鉱石産業が盛んであり、そして、様々な鉱石があったであろうアル・グレン王国。しかし、その王国は、跡形もなく消え去ってしまった。だが、それと同じく行方不明になってしまったものが、この世界のあらゆる場所で存在している。
「わたしはそう仮定したの。そして、おそらく、それだけじゃない」
そう、【緑園の魔女】が知る限り、アル・グレン王国の鉱石産出量は、この世界の鉱石の産出量を大きく上回っていた。国が丸ごとなくなった際の消えた量は、おそらくかなりの量。
「それだけじゃないってどういうことだ?」
だが、埃国の黄金がアル・グレン王国から跳んできたものという話だけではないというのは、どういうことか。
「おそらく、世界中に古今東西、金に優れた国というのがあったと思うの。それこそ、この日本も、その一つ。黄金の国ジパングと称されたのは、東方見聞録だったかしら」
黄金というものを優美としてたたえていたのは確かだろう。そして、それを多く持つ国をそう示したのも事実である。
「だが、東方見聞録は、中国かどこかで『ここから東に黄金の国ジパングがある』って話を聞いただけだった気がするがな。それに日本じゃないという説もあるはずだ」
煉夜の方も聞きかじりの反論でしかないが、マルコ=ポーロが中国で聞いた噂話として東方見聞録の中に収められているのも事実である。
「いえ、黄金の国と呼ばれていたかどうか、というのはどうでもよくて、実際に金があったかどうか、という部分が重要なの。だから、埃国から帰ってきた後、わたしは岩手県の平泉まで行ってきたわ。そして、そこには確かに存在した」
それは「黄金が存在した」という意味ではないことを煉夜は理解していた。そこにあったというのは、「魔力を込めることができる黄金が存在した」ということである。
「通常の……この世界での金と向こうの世界での金は、魔法を使うものでないと理解できないでしょう。そして、おそらく、今、この日本に、埃国から持ち込まれた、ある黄金でできたものがある」
黄金、埃国、最近来た、これらの条件を満たすものは確かに存在する。つまるところ、この件の引き金ともいえる「それ」。
「黄金像。本物かどうかも怪しいと言われていたそれが、最初に日本に渡ってきたの。それも何かに突き動かされるように……。そして、おそらく、黄金像には強い魔力が込められていたと思う。それは安置されていた小神殿遺跡が証拠だし、その遺跡には常にどこからか魔力が送られ続けていた」
そうでなければ、あれほどまでに魔力が濃密にたまり続けるはずがないからである。その送り元までは分からなかったが。
「その強い魔力とこの国中にある黄金が共鳴して、一種のレイラインを生んだことで龍脈に作用したのじゃないかしら。龍脈、土地に直接さようして、それもゆっくりと侵食するように。そうなったら、おそらくわたしもレンヤ君も気づけなかった説明にはなるわ」
レイラインが生まれるということは、龍脈の上に龍脈が重なるようなものである。それならば、龍脈に影響を及ぼしても不思議はない。
「だが、そう簡単に、レイラインができて、龍脈に影響を及ぼせるのか?侵食していったってことは、この土地の龍脈に匹敵するほどのレイラインを築いたということだろ?」
そう、小さなレイラインが形成されただけならば、今の龍脈が呑み込んで終わるだけである。結果的に、結界を作り上げられるような強い影響を及ぼすことは不可能に近い。通常ならば、であるが。
「確かに、普通は無理だと思う。それこそ、最近に、龍脈に影響を与えるような大規模な術式で、龍脈に影響を与えたことでもあれば別だろうけどね」
その発言に対して、煉夜は「あっ」と声を漏らした。心当たりは十二分にある。春休みに、煉夜が行ったこと。
「スファムルドラの聖槍の権能で一時的に龍脈をスファムルドラに置き換えた……。そうなったとき、境目では龍脈が途切れる。小さいだろうが、影響はないこともないだろう」
そう、龍脈を侵食するほどの権能、それを発動したがために、この世界の龍脈と別の世界の龍脈が一時的につながったり、龍脈が途切れたり、としたわずかな影響は生まれている。それが、結果的に影響を与えやすい地場をつくってしまったともいえた。
「まあ、ここまで全部仮説だけどね。もしかしたら、この世界にも強い魔力を込められる鉱石があったのかもしれないし」
【緑園の魔女】は自身で突拍子もないことを言っている自覚はあった。確認できたのも、向こうと同じように魔力が込められる金というだけだった。
「まあ、埃国は位置が位置だけに、別の場所から黄金を持ってきた可能性も否めないからな。もしくは、流れ着いた、だが」
それは別に【緑園の魔女】の話を否定するわけでも肯定するわけでもなく、ただ単なる世間話のようなものである。
「黄金と言ったら、ミダス王がフリギアにいるからな。触れたものを黄金に変えるという力で有名……かどうかは知らないが、少なくとも『王様の耳はロバの耳』という物語は聞いたことがあるだろ?その王様だ」
フリギアの王、ミダス。ギリシア神話に登場する王。触れたものを黄金に変えたといわれている、そのフリギアという国は、埃国と同様に地中海に面している。
「まあ、触ったものを黄金に変えるなんてのは突拍子もない話で、嘘っぱちかもしれないが、そういう話もあるってことだ。まあ、俺がここにいる理由はともかくとして、あれをどうにかしないといけないのは間違いないだろうな」
そう言いながら煉夜は、京都タワー跡に建つ奇怪な建造物を見上げた。相変わらず奇妙でなんと言い表せばいいのかわからない「それ」。だが、建造物の入り口はぽっかりと口を開けている。神殿だとしても、その異質さから、あまり入りたいとは思わないだろう。
「入るべきか、やめるべきか、それとも壊すべきか……」
そんな風につぶやく煉夜に【緑園の魔女】がどう答えるか迷ってから口を開こうとしたとき、風が吹く。涼しいというよりは寒々しい風であった。砂混じりの風ではなく、黄泉の風のような、そんな風であった。
「壊すのはやめておいた方がいいでしょう。あれの上に広がっているものが、支えを失ってこの一帯を覆いますから」
燃えるような赤い髪に、輝く銀色の瞳。煉夜は一瞬、ユキファナ・エンドが現れたのかと思ったが、よく見れば違う。
「雪枝先生……か?」
自身の担任である雪枝なのか、と目を凝らしてみる。それに対して【緑園の魔女】は目を丸くする。小柴の知る雪枝とは別人であるように見えるからだ。
「……あなたは、この子の大事な人なのですね。私は『枝の死神』と呼ばれたものです。この子自身は寝ていますよ」
枝の死神、そう名乗る女性。まとう雰囲気は常人ではなさそうだが、不思議と戦う意思というものを感じない。
「それで、枝の死神とやら、あれの上に広がっているものってのはなんだ。俺には何も見えないが?」
煉夜の目には、空が広がっているようにしか見えなかった。枝の死神は、上を見上げ、苦々し気に言う。
「いわゆる冥界や冥府と呼ばれるものの類です。死を司るものは、色々いますが、あの建物にはそれを祀る何かがあるようです。破壊すれば、この空間そのものが冥府に落ち、死に染まるでしょう」
北欧神話で言えば、戦乙女が連れていくヴァルハラ、ギリシア神話で言えば、冥界を管理するハデス、ローマ神話で言えば、冥界を司るプルート。挙げればきりがないほどに、死を司る存在はいる。
「埃国で冥界を司るというと、アヌビス神かしら」
【緑園の魔女】がそういった。アヌビス神は、犬の頭を持つ人の姿をした神である。
「さあ、どうだろうな。まあ、俺には見えないし、どうでもいいことだが、そうなると、やっぱり入るべきか……」
壊すのがダメとなると、煉夜にはそれ以外の道が見えなかった。引いたところでどうにかなるわけでもないし、入ってみるのが最も効率が良いのは確かだ。もしくは地道に、結界の境界線を探って、調べて、どうにかできないか模索するという方法もあるが、それがどこまで有効かは分からない。
「まあ、レンヤ君なら入ってもどうにかなるでしょうけど、普通、こういった迷宮の類に挑むときは準備をするものよ」
果たして、この奇怪な建物を「ダンジョン」と呼ぶにふさわしいのかは、いささか疑問なうえ、準備をする場所すらもない。
「準備も何もないだろ。食料が欲しいところだが、手に入れるのも難しいだろうしな」
普通ならば、コンビニでも何でもやりようがあるのだが、どうにもそうはいかないらしい。コンビニは開いていない。営業をしていないわけではない。だが、開いていないのだ。従業員や客がどう思っているのかはわからないが、少なくとも煉夜が調べた範囲で、コンビニの中に入れる場所は一か所もなかった。
「理屈は分からないけど、何かを再現しようとした結果、コンビニなんかがそういう形になったんだろうな」
「コンビニくらい埃国にもあるわよ」
わからぬことを言っていても始まらない、と煉夜と【緑園の魔女】は建造物の入り口へ向かう。枝の死神は、嘆息してから、2人を追いかけた。
「正直な話、あなた方は、かなり血の気が多いというか、けんかっ早い気がします」
生まれながらに強い魔力を持って生まれ、魔女として戦い続けてきた【緑園の魔女】、最初は決して強くなかったが生きるために戦わなければならなかった煉夜、生まれながらに誰よりも強い力を持っていたにも関わらず戦うことを良しとせずに生きた枝の死神。全く違う生まれと生き方を選んだ彼らが、今、同じ道を歩もうとしていた。
「このくらいじゃなきゃ、生き残れない世界にいたもんでな。それよりも、戦う気がないなら、外で待っていた方がいいと思うぞ」
「……、心配なのでついていきます。この子としては、あなた方2人とも教え子、というか、学び舎の徒なのでしょう?」




