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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
黄金神話編
212/370

212話:目を覚ませば砂の国・其ノ一

 4月の終わりとは思えないようなカラッとした暑さに、煉夜は目を覚ました。異常気象が叫ばれ続けて、しばらくたったとは言え、基本的に四季の気候は変わらないが、稀に季節が異なるのではないかというような気象が訪れることもある。


 だから、目を覚ました煉夜は、その類だろうと思った。しかし、そこで煉夜は気が付くべきであった。向こうの世界での砂漠や氷林ですら平気であった彼が、「暑さで目を覚ました」という事実に。

 そう、煉夜ならば、本来、気候の変動で目を覚ますということは、ありえないのだ。それこそ、異常なまでの暑さや寒さでない限り。


 窓を開け、外を見る。その光景は異様ともいえた。砂が舞い、煉夜の部屋から見えていた何もかもが変化している。


「なっ……」


 思わず言葉に詰まる。気づかぬうちに、何かに取り込まれた、そんな不安を抱えて、廊下に転がり出て、そのまま靴も履かずに玄関の戸を開けた。

 輝く太陽がまぶしく、カラッした気候に、ジャリつく砂。日本の気候としては、ほとんどありえない、その気候。だが、もっと異質なのは、それに対して、何ら騒ぎが起きていないことであった。


 煉夜が起きた時間は、早朝とはいえ、朝の6時である。ともすれば、通勤のために家を出ている人も少なくない時間だ。そんな中で、何の騒ぎも起きずに、この気候が受け入れられるはずがない。

 つまりは、この気候が煉夜にしか認識できないものであるのか、あるいは、煉夜以外にとっては、これが当たり前であると認識されているのか、ということである。

 目を凝らせば、変化しているのは、自然物だけではない。車がラクダに変わっているように、あちこちに奇妙な変化が訪れている。


 この変化が、どういったものかを確かめるべく、煉夜は部屋に急ぎ戻り、慌てたように制服に腕を通し、緊急時に備え、スファムルドラの聖剣アストルティを引っ提げて、家を飛び出した。

 式の気配はない。木連が付けている監視の式もそうだが、それ以外の式も含めて、である。雪白家やそのほかの家を含めて、陰陽師が多くいる京都では、常に複数の式が煉夜の知覚内に存在していた。だが、その気配が一つ残らず消えているのは、現状に対する影響か、それとも別の要因か、煉夜には判断できなかった。


 跳躍して周辺建物の屋根に登る。砂ですべりやすくなっているものの、煉夜は特に気にした様子もなく、広げた視力で周囲を見回す。ところどころ建物の形が変質している部分があるものの、おおむね、大きな変化と呼べるものはなかった。


 ――ただ1ヶ所を除いて。


 京都タワー。京都市に存在する白を基調にしたタワーであるが、煉夜の見るかぎり、それが存在していない。代わりに、そこには、巨大な建造物ができていた。岩か砂か、そんな印象を抱くその建造物を表現する言葉を煉夜は持ち合わせていなかった。


(まるで、世界をむしばんでるみたいな……)


 そう煉夜が思うのも無理がない。蝕む、あるいは、侵食しているという表現が適切だろうか。現実が徐々に別のものに置き換わっていくかのように。


 現実に別のものを侵食させるという意味では、煉夜は似たような例をいくつか知っている。


 煉夜の持つ幻想武装の一つ、[炎々赤館(イルヴァアン)]のように、赤き館を、空間を書き換え出現させるもの。

 あるいは、スファムルドラの聖槍エル・ロンドの権能による、空間をスファムルドラ帝国に置き換えるもの。

 ほかには、幻界幽定街道(イーブラ=イブライエ)のように、現実の傍にあり、時に現実につながる空間そのもの。


 そういった現実を侵食するほどの魔法を日之宮鳳奈は限定結界と呼んでいた。限定結界、魔法の最奥と呼ばれ、持つか持たぬかは、その人の生来に左右されるものであり、いわゆる奇跡の類に分類されるものだ。もっとも、先に挙げた3つは、どれも限定結界とは異なる。


 砂埃に、照り付ける太陽、乾いた気候、ラクダ、これらの要素を持った国で、簡単に思い浮かぶのは、煉夜にとっては1つだけだった。


――埃国(エジプト)


 煉夜の持つ埃国の知識など、ピラミッドとツタンカーメンとラクダとナイル川くらいのものだが、それでも、埃国と言われればこんな雰囲気なのだろうと、そう思う埃国であった。


 仮に、これが埃国を京都に上書きしているのだとして、何が原因であるのか、というのは、全く見当がつかなかった。しかし、どこに向かえばいいのか、というのは、何となくわかる。たいてい、こういう場合の始点は、大きく変質している部分で、そこに核があるというのは煉夜の経験談である。

 そうなれば、京都タワー……否、京都タワー跡にある謎の建造物を目指すのが定石だろう。






 煉夜が目を覚ましていたのと同じころ。自室で目を覚ましたのは、初芝小柴であった。いつもと変わらず、いつものように起きて、パジャマを脱ぎ捨て、日課のランニングをしようとして、ジャージを着て、外に出たところで、世界の異変に気付いた。


 小柴は、一応、テニス部の部長であり、昨年は1年生ながらに部長を務め、今年も、その任が継続されている。真面目な彼女は、体力づくりを欠かさなかった。無論、魔力で増強すれば、体力づくりなど無用だが、彼女は、テニスにおいて、魔力を基本的には使わないようにしている。


 絶対に、ということではないのは、ごく稀に、無意識に魔力や霊力によるブーストを使ってしまう潜在能力を持った存在もいるからだ。幼少から大成するような人物に多い。そういった場合は、相手が使っているにもかかわらず自分は使わないで負けるのは癪だからと相手に合わせて魔力を使う。

 そんなテニスのための体力づくりに関係するランニングであるが、今日は中止せざるを得なかった。京都に砂塵が吹き荒れていたからである。


 春先に偏西風の影響で黄砂が飛んでくることも間々あるし、盆地になっているので京都ではそれがたまりやすい傾向にはあるが、それでも、4月の終わりになって、これほどの量が舞うはずもなかった。


 そして、小柴は、似たような光景を見たことがある。春休みにも訪れた埃国を思い起こす光景に、目を疑った。未だ夢の中なのではないか、と一瞬思うほどに、頭が混乱したのだ。


 世界を書き換えるほどの大魔法であれば、小柴が気づかないはずがない。それほど大きな魔法であれば、使われる魔力も相当になるはずだが、それに気づけないほど抜けているつもりはない。

 ましてや、――神の領域に足を突っ込んだ所業である。神を倒すために活動していた魔女の一角がそれに気づけないほど愚かしい存在であれば、新暦に変わるきっかけとなった大戦も起きるまえに片が付いていただろう。


「とりあえず、現状を確認しないと……」


 小柴は、そう言って、周囲の植物に呼びかけようとして驚く。植物の生態が全く変わっているのは当然ながら、植物の持つ魔力が、いつもよりも多いのだ。


「何、これ、……向こうの世界と同じくらいに魔力のこもった植物が……」


 もし、もしもであるが、世界が書き換えられたのだとしても、元々ある植物が別の何かに置き換わる際に魔力は消費されても、そこでそれに魔力が宿るということはない。つまり、植物達が置換された際に、魔力の少ない植物が魔力の多い植物に置換されているのだ。それ自体はあり得ないことではないが、例え埃国であっても、この世界の植物の魔力が少ないという事実は変わらない。実際に行ったこともあるのだから、小柴はそれをよく知っていた。

 つまり、ただ埃国が京都に上書きされたのだったならば、植物の魔力量が変わるはずがないのだ。


「呼びかけがスムーズ……、それに向こうみたいに応えてくれる。これなら……」


 さすがは【緑園の魔女】といったところだろう。書き換えられた現状、わずかしかない乾燥地域の植物の魔力をたどって、そこから魔力で周囲の環境を把握し、京都がどう変質しているのかを一気に把握する。


「建物なんかは、まだ置き換わっていないみたいだけど……、京都タワーは、完全に別もの。でも、これは、どこかで……?」


 京都タワーの位置にある別の建造物について、小柴はどことなく知っているような気がした。雰囲気というか、構造というか、似たようなものを見たことがあるような。


「埃国……、埃国……?神殿!そう、神殿。アブ・シンベル神殿とかそういった古代の神殿の雰囲気に似ているんだ……」


 ギザのピラミッドの他にも埃国の有名なところは様々に見てきた小柴であったから、すぐに、その雰囲気は理解できた。墓所とされるピラミッドではなく、神殿に近い構造だと言えた。外壁にある岩を削って作った神像からもそういったことは分かる。

 ただ、根本的に神殿と異なる部分があるために、それを神殿と理解するのに時間を要したのである。


「それにしても、なんかいろいろとごちゃ混ぜにしたらああなるのかな?」


 そのつぶやきは独り言に近い。おそらく、姫毬がいたのならば、あの建造物を見て文句の一つや二つどころか、わかってないと喚き、滔々と建築が何たるかを語るだろう。確かに概観というか、外壁は神殿に近いのだが、その実、凱旋門やアイアンブリッジ、自由の女神、万里の長城、その他の要素がごちゃ混ぜになったゲテモノといっていいほどのものであった。仏国、英国、米国、中国、埃国、その辺の有名なものを適当に混ぜたといわんばかりである。しかも、その上、石造りである。


「……っと、レンヤ君も起きて、異常に気付いてるみたい。屋根に上ってるし」


 植物に広げた魔力で様子を知った小柴は、そんな煉夜の様子を把握して、煉夜と合流することを決める。いくら【緑園の魔女】と言えど、この何もわからない現状を1人でどうにかするのは難しい、というのは建前で、結局のところ煉夜と一緒に行動したいというのが本心であるが、自身で理解しつつも、本心は押し隠すのだった。


 小柴は、植物からの魔力で、これがどこまで広がっている事象なのかを確認しつつ、制服に着替えてから、煉夜の元へと向かうのだった。

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