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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
黄金神話編
211/370

211話:プロローグ

 ――約8年前、千葉県三鷹丘市。あるいは、煉夜の体感で言えば、もっと昔のことなのであろう。


 紅条千奈と雪白煉夜は、よく遊んでいた。無論、煉夜とだけ遊んでいた、あるいは千奈とだけ遊んでいた、というわけではないが、それでも、遊ぶことが多かった。火邑もたまに輪に入っていたが、そこそこ遊ぶ、程度であった。


 そもそも雪白煉夜が、紅条千奈と出会ったのは、煉夜が5歳、千奈が4歳の時のことであった。そこから、煉夜の中学入学前に千奈が京都に引っ越すまでは、幼馴染と称することができるほどにずっと遊んでいた。


 隣市の鷹之町市はニュータウンとして小中学校や児童公園、緑道の整備などが進んでいたが、三鷹丘市はそれほど整備されているわけではなかった。無論、公園などが全くないということではない。

 しかし、隣市が整っていることもあり、そこそこ買い物をしたいとなると、鷹之町市の大型ショッピングセンターに行くことが多い。三鷹丘市にはアウトレットモールもあるが、子供の興味を強く引くものは少ない。また、ちょっと足を延ばせば、千葉市までは電車で一本、時間も20分程度と気軽に行ける。

 そうなってくると、学校外で遊ぶのは、もっぱら家か小さな児童公園だ。煉夜が覚えているジャングルジムがあった児童公園が、煉夜の家から最も近い場所である。煉夜の幼少期から、遊具の撤去活動が進んでいて、かつてあった滑り台と雲梯がくっついたものは危険を理由に撤去され、ブランコやシーソーは老朽化を理由に撤去されてから新しいものが入ることはなかった。砂場も、猫の糞などの被害がひどいことが原因となり埋められて、全体的に芝生が植えられた。もっとも、管理体制がきちんとしていないので、煉夜が中学生になる頃にはすっかり禿げ上がっていたが。


 千奈がまき散らしたジャングルジムも、煉夜が中学を卒業する前には、撤去されてしまい、児童公園は、もっぱらゲートボール広場と化していた。




 そのジャングルジムが残っていたころ、煉夜と千奈は、2人で遊んでいた。当時より、携帯ゲーム機や携帯端末の発展により、子供らしい遊びというものが廃れつつあったが、煉夜の家はゲームを否定していたわけではないが、ほとんどゲームを買わない家であり、煉夜自身もゲームをあまりやらない質だった。そも、煉夜が今のようにゲーム……ADVゲームに夢中になったのは、異世界から戻ってきた後のことである。学校の環境等もあり、PC等はあったものの、幼少期にはどちらかと言えば、外で遊ぶ方が多かった。


 千奈も千奈で、家に両親がいることがほとんどなく、ひとりでいると気が滅入るということもあり、身近にいた煉夜にくっついて回っていたからゲームもあまりやらなかった。


 なので、孤立しているわけではなかったが、新作のゲームが出る時期や一定のブームが起こっているときは、輪の中心にいなかったため、自然と2人でよく遊ぶということが起こっていた。


「レンちゃん、レンちゃんって、なんかポカポカしてるよね」


 それはふとした日常の一言だった。千奈の言葉の意味が分からず、幼少の煉夜は「は?」と呆けた声を漏らした。


「ポカポカって、こんな感じか?」


 と、煉夜は千奈をポカポカと軽く殴る。遊び程度の本当に軽い拳だが、数回殴って、煉夜は辞めた。こんな風に千奈を小突くと妙な虚脱感に襲われるからだ。


「もうぅ、それはポカポカってよりポコポコだよ!」


 千奈は、昔、煉夜に、陽だまりのような暖かさを感じていた。昔、というように、今はその認識が変わりつつある。懐かしい香り、それをどこか感じ取っていた。それは、三鷹丘にいた、というだけではないような、そんな気がしていた。


 昔の感情も、今の感情も、それを「恋」と称すのかどうか、千奈には分かっていなかった。ただ、煉夜が他の誰とも違う、そんな予感だけは確かにあった。







 4月も終わりに迫り、ゴールデンウィークに差し掛かるような頃合いで、千奈は、友人2人と博物館にやってきていた。時間的には、すでに閉まっているのだが、六佐(むさ)十迦(とおか)のコネクションにより、閉館後の博物館でじっくりと見学できることになった。


 ゴールデンウィークからの仮設展示である「黄金像の謎~エジプトの秘宝~」というテーマの展示を先んじてみているのは、彼女たちが歴史好きだから、などということはなく、現代社会の授業で出た課題を早々に終わらせるために、混雑していない時間にじっくり見るという意味で博物館に来たのだ。

 展示物がエジプトから来た黄金像というのは、春休みに遠海(とおかい)桃瀬(ももせ)が言っていた通りであった。


「えっと……これって、どのくらいムカシのやつなの?」


 千奈が展示物を見ながら、2人に聞く。展示物に記された年代が、千奈にはよくわからないのだろう。


「え?紀元前1000年代……だから大体3000年前くらいじゃないの?てかチナっち、さすがにそれくらいは分からないと……」


 桃瀬がそんな風に答えた。正確な計算こそ、パッとできないものの、概算くらいはできるものだろう。


「キゲンゼン?」


「あ~、こりゃダメね」


 千奈は数学が得意であるが、そのほかの科目は、壊滅的とまで言わないものの得意ではない。しかし、だからといっても、さすがにこれに関しては2人も擁護の使用がなかったようだ。


「千奈、レポート書かなきゃいけないんだよ。いくらアタシらがバカだとは言え、テキトーなレポート出して再提出ってのが一番メンドーなのよ。そして、現社のハゲ山は陸部の顧問」


 十迦は陸上部であり、部活動禁止を言い渡されるのが一番きつい。そうなったときに、できるかぎりそのリスクを減らすには、きちんとレポートを出すことだろう。そうすれば、テストを多少サボったところでどうにかなる、と経験上わかっていた。


「そんなこと言われても、ナニがナンネンとか、そういうのニガテなんだよ~」


 別段、暗記が苦手ということではないが、千奈は歴史の感覚が掴めないのだ。間隔ではなく感覚。昔のことが「昔である」という認識はできるが、それが具体的にどのくらい前なのかという感覚がわからない。


「ま、それならそれでいいけど、写真とか撮って、パンフの説明文からちょちょいと調べて、テキトーに書けばいいし」


 おそらくパンフレットをそのまま書くとバレるということは認識しているようである。桃瀬はその辺を要領よく片付けていくのは得意であった。


「さてっと、ようやくご対面ってことで、次が黄金像だね」


 順番に回っている関係で、目玉の黄金像は、最後である。そもそも、発見されたばかりの世界的遺物が日本で展示されるなどということは滅多とない。それゆえに、日本ではかなり大々的に喧伝したが、実際のところ、そこにも理由がある。


 すでに明らかになっていたアブ・シンベル神殿という神殿の周囲に、今更新しい神殿が発見されるということが、世界的な視点では「疑惑」の目で見られていた。それゆえに、偽物疑惑すら浮上していたのだ。その真偽が判別されるまで、周囲の国は手を出さなかったのだが、それはあっさりと日本に貸し出されることになった。

 その経緯が若干不透明であるが、貸し出された側の日本は、世界で初めて展示するということもあり、喧伝する必要があった。少なくとも、地方の一展示で済ませてしまうにはもったいなさすぎるからである。


 まあ、その甲斐あってか、かなりの来場が予定されている博物館であるため、千奈、十迦、桃瀬の3人は、どうにか展示前の閉館後に、じっくり見られる時間で、見せてもらっているのだが。


「それにしても、エジプトの王様って、どうしてこんなに金やら何やら使ってたんだろねー」


 それは世間話というか、どうでもいい話題提供でしかなかったが、桃瀬がそんな風に言う。特に答えを希望していたわけではない。


「サキンでジュンドの高い金がトれるからって言われてるね」


 砂金である。エジプトでは、ナイル川の近辺を生活主体としていたため、ナイルの賜物などといわれている。そのナイル川が削り堆積した砂金から金を鋳造していたとされるのが、一般的見解である。しかし、その量はかなりの量であり、かつ、純度も非常に高い。


「なんで紀元前がどのくらい前かわからないのに、千奈はそんなことだけ知ってんの?」


 と、十迦がつぶやく。確かにどうでもいいことであるが、千奈はなぜか知っていた。パンフレットに載っているが、現状、誰もパンフレットを読み込んでいないのでわからない。


「なんでだろ?まあ、いいじゃん。それよりも、次だよオウゴンゾー!」


 ごまかすように言う千奈に対して、2人は大して言及をしなかった。端的に言うと、知ってようが知ってなかろうがどうでもよかったからである。


「お、これが黄金像……ちっさ」


 黄金像というからには、巨大なものを創造していた十迦だが、実際にそこにあったのは、腕で抱えられそうなほどの大きさであった。


「でも、全部金でできてるんだったら、延べ棒10本分くらいはありそうだから、単純に金としても結構お金になりそうじゃん」


 金としての単純価値もさることながら、当然歴史的価値もある。無論、偽物でなければ、の話であるが。そうなると「いくら」と決められるものではない。


「オウゴンゾー……、どこかで……知ってるような……」


 千奈は小さくつぶやく。像自体に見覚えがあるわけではない。ただ、黄金像から感じられる何かをどこかで知っているような、そんな気がしたのだった。


「知ってるって、そんなわけ……」


 十迦の言葉はそれ以上続かなかった。否、続けられなかった。黄金の像がまばゆい黄金の輝きを放ったからである。その輝きに、3人は思わず目をつぶり、そして、揺さぶられるような振動と共に、意識を手放した。そのまばゆさに、温かさを感じながら。



 この日、京都は一変する。だが、その侵食は緩やかで、密やかで、静かなものであった。そのため、気づいたものはほとんどいなかっただろう。

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