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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
司中八家編
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021話:明津灘家訪問其ノ弐

 煉夜が通されたのは部屋中に剣や刀が飾られた、一瞬の博物館のような部屋だった。刀剣類に明るい知識を持つわけではない煉夜だが、それでも、飾られているものが如何に凄いかは込められた魔力や放つ魔力で分かった。どれもが魔剣や妖刀などの凄いものなのである。煉夜の手は思わず震えていた。それは、緊張や圧倒から来る恐怖などではない。素晴らしい剣が見えて、そしてその審美眼を養った人物が彼の中で囁いているような気がするからだ。


「どうだ、凄いだろう」


 ニヤリと笑う豪児に、煉夜はドキリとする。まるで、心の奥そこまで見透かされているような感覚は、向こうで会った仙人以来の感覚だった。


「ええ、凄い。凄すぎるくらいですよ。どれもが魔剣や妖刀、聖剣や神刀、一級品ばかりのように見えますね」


 年上が相手なので、煉夜は敬語で会話をする。その言葉に満足したような豪児は、並ぶ刀剣を見回しながら言った。


「あの紫炎の《陰》のように鍛冶師を生業としていて詳しいとか、そう言うわけではなくとも、感じるだろう。この一本一本から伝わる力の強さを、美しさを、情熱を。これらは、造った者や使った者の思いが詰まっているものだからな」


 煉夜はその言葉に、酷く納得した。まるで、一本一本が生きているかのようにすら感じるここは、芸術の世界だった。


 その中を煉夜は、思わず振ってしまいたくなるような衝動を抑えながら、それらを目にしていくのだった。荒々しいものから、研ぎ澄まされたもの、華美な装飾を施されたものから、シンプルなデザインのもの、様々なものがある。


「昔は《陰》……戦闘における相方を見つけるために、誰にも抜けない刀を利用していたこともあった。尤も、その刀は紫炎の《陰》が『俺の刀だ』とあっさり抜いて帰ったがな。あれには酷く驚いたものだよ」


 ここであっさり豪児が《陰》について説明したことで煉夜の認識もある程度深まった。しかし、煉夜には新たな疑問が浮かんでいた。


(俺に似ているという雷司の父親は何者だよ。鍛冶師って)


 ますます、親友の父に対する謎が深まる一方で、やや困っていた。あまり考えない方がいいのではないかと思うほどである。


「そう言えば、現在でも同じように持ち主が分からない剣があるのだったな、大地」


 豪児は思い出したように大地に目配せをする。大地は静かに頷いて、別の部屋から1本の剣を持ってくる。黄金の見た目をしたその剣は、煉夜のよく知るものだった。と、言うよりも、煉夜の所有物だった。

 煉夜がマシュタロスの外法によって帰還したのは唐突なものであり、その時の所持していた僅かなものと幻想武装イリュージャ・アルージエだけしか、この世界に持ち込めていない。最愛の人から託された秘宝たる剣は向こうにおいてきたままだったのだ。煉夜はてっきりユリファが保管していると思っていた剣が目の前にあることに驚きを隠せなかった。


「この剣は今から1年と少し前、キッカを名乗る少女が持ってきたものであるのだがな」


「キッカ、……だと?」


 煉夜はその剣を持ってきた人物の名前に聞き覚えがありすぎて、思わず言葉を漏らしてしまった。いろいろなことが重なり、煉夜はポカンと口を開けてしまうほどだった。


「そう、紫龍(しりゅう)橘花(きっか)と名乗っていた。派手な橙色の髪をしている奇怪な少女だった。そして、彼女は言ったのだ」


『この剣は、正当な持ち主が持てば金色に光を放つであろう』


 そんな奇怪な言葉を残した奇怪な少女の話を豪児は語った。その特徴や喋り方は煉夜のよく知るキッカ・ラ・ヴァスティオンにそっくりだったのである。だが、疑問はいくつも残っていた。なぜ、キッカが煉夜の剣を持っていたのか、キッカはどうやってこの世界に来たのか、キッカはどうして明津灘家にそれを託したのか、数多の疑問はあるが、煉夜は思わず、目の前の剣に手を伸ばしてしまう。


「今までこの剣を触った者の大半は光すら放たなかった。まあ、1人、蒼い光を出した者もいたが、精霊が持ち主を待っていると言って、受け取らなかった。君はどうだ、雪白君」


 豪児の言葉を話半分に、頭の中は目の前の剣のことでいっぱいだった。煉夜はこの剣を幻想武装イリュージャ・アルージエにしたことはない。そのせいで離れ離れになったが、結局、こうして目の前にある。


 そして、煉夜がその剣を握った瞬間、黄金の光が部屋中を満たすほどに迸った。聖剣アストルティ、煉夜がかつて愛用していた剣である。


「これが、正当な持ち主を示す、光……」


 圧倒的な極光を見て、その場の全員が目を奪われた。そして視界も奪われる。彼ら彼女らの眼には、圧倒的な光の奔流が、徐々に晴れていき、結果、煉夜の持つ剣に収束するように見えただろう。そしてその神々しさに、言葉すら奪われる。聖剣の名は伊達ではない。正式な持ち主が持ったならば、それはただの見た目以上の存在へと昇華する。


「聖剣アストルティ、お前はまだ、俺を主人と認めてくれるのか……。ありがとうな」


 それは置いて行ったことに対する謝罪ではない。別のことに対する謝罪の意味と感謝の意味が籠った言葉だった。


「その剣の銘はアストルティと言うのか。しかし、まさか、本当に持ち主が現れるとは思っていなかった。あのキッカと言う少女はどこか超常の存在のような気がしたのでな」


 煉夜の手に収まったアストルティを見て、豪児はそんな声を漏らした。実際、かつて神刀・桜砕(おうさい)を預かったときもそうだった。これを抜けるものなど現れないのではないか、そう思っていた。


「俺も、こうして再びこの剣と再会できるとは思っていませんでしたよ。これで、あいつにも……。いえ、それよりも、キッカ。雷司にもキッカの名前を聞かれたことが有ります。キッカと言う人物を知っているか、とね。だから、俺はキッカ・ラ・ヴァスティオンのことか、と雷司に聞いたんですが、まあ、月乃(ゆえの)ともども何やらあるような雰囲気でしたよ」


 その話に驚いたのは、むしろ大地たちだった。大地たちは、今でも定期的に紫炎たちには会っているが、紫炎の夫以外にキッカの話はしていなかった。その状況で雷司がその名前を知っていたのには驚いたのだ。だが、腑に落ちる部分もあった。


「そうか、雷司は知っていたのか……。キッカ・ラ・ヴァスティオン、死の龍から転じた紫龍を名乗るのは道理と言うわけか。あの橙色の髪を見たときから予想はしていたけどな」


 煉夜は、この世界でもラ・ヴァスティオンが「龍殺し」の代名詞として語られていることに驚いたが、それならば、むしろ、こうして世界を移動して剣を渡すなどと言うことが出来ることにも納得が行くと結論付けた。できれば会って話したいが、顔を見せる気はないようだ、と煉夜は小さく息をついた。


「彼女が今、どこにいるか、なんてことは分かりませんよね?」


 念のために聞く煉夜だが、分かるとは思っていない。煉夜の知る限りキッカと言う少女が、自分の痕跡を残すとは思えない。そう言う人物なのだ。


「残念ながら、行方は分からないな。その剣を置いてすぐにどこかに行ってしまったからな」


 予想通りの言葉だったために煉夜は特に落胆しなかった。むしろ把握できていたら、キッカがわざと会おうとしていると判断するほどに。


「そうですか、礼くらいは言いたかったんですけどね」


 そう言って、鞘にアストルティを収める煉夜。10年来の友人に会ったような気分に、頬が緩むのを抑えることはできなかった。


「そう言えば、君は地弘と同じく司中八家の次代を担う者なのだよな。ならば、耳に入れておいて損はあるまい。近頃、天城寺家の動きがおかしいと聞く、注意しておいた方がいいかもしれない。確信が無いことだから、他の家に言うまでもないだろうが、一応伝えておこう」


 豪児の言葉に、煉夜は頬のゆるみを戻して、真剣な顔をする。動きがおかしい、と言うことだが、煉夜はここ最近、妙な動きがあることを知っていた。それに呼応するかのように、おかしなことが起こり始めている。


(大気の魔力の流れが歪になり始めている。それを皮切りに、サユリの帰還、雷司の訪問、おふてんちゃんの誘拐事件、天城寺家の動向、こりゃ、何かが起ころうとしているってことだよな。このタイミングで、俺の元に聖剣アストルティが戻ってきたのは偶然か、それとも誰かが仕組んだのか。仕組んだとしたら、キッカか……それとも……)


 煉夜は、式神召喚の儀以来、この京都一帯の魔力がおかしくなっていることを感じていた。そして、そのあとに、入神沙友里がマシュタロスの外法によって帰還し、さらに三鷹丘に居るはずの雷司とその両親の訪問、先日の小柴の誘拐事件、とこのところ重なるように起こる事件の数に違和感を覚えていた煉夜には、何かの始まり、或いは何かがもう始まっているのではないか、と思っていた。

 そして、そのことを予見していたかのように、大騒動の前に手元に戻ってきた聖剣アストルティも何かあるのではないかとさえ邪推してしまう。


「分かりました、少し注意を払っておきましょう」


 そう言うと煉夜は懐から赤い布きれのようなものを取り出す。布切れと言うには長いスポーツタオル以上の長さがある。そんなもの懐のどこに入っていたのだろうか、と疑問に思うような代物だった。それをアストルティに巻き付けていく。持ち帰るための準備だろう、と大地たちは何も言わなかった。


「雪白君、君は市原家も訪ねるのかい?」


 大地は、煉夜にそう問うた。煉夜が頼るように言われたのは明津灘家と市原家だからそう考えてもおかしくはないだろう。


「ええ、そのつもりですけど」


 それに対して煉夜はあっけらかんとそう答えた。別に煉夜は隠す気も否定する気もなかった。大地もそれを聞いて止めようとは思っていなかったので、普通に答えてくれたことはありがたかった。


「だとしたら、冥院寺家でも同じように便宜を図ってもらえるかもしれないな。紫炎は律姫嬢が家を出ているからと言う事情で名前は出さなかったのかもしれないが、帝嬢に言えば便宜を取り計らってくれるだろう」


(確かにあの時、雷司の母親は「本当は、他の司中八家にも知り合いがいるんですが、その人たちは家を出てしまっているので、残念ながら、そこまで力にはなれませんが」と言っていた。それが冥院寺家なのだろうか)


 煉夜はそんなことを考えながら頷いた。


「分かりました、縁があれば尋ねてみようと思います。今日はありがとうございました。何かあったら本当によろしくお願いします」


 こうして、煉夜と明津灘家の縁が結ばれたのであった。

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