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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
太陽降臨編
209/370

209話:太陽のその先へと

 瀬戸内海に面した岡山県にある天決(てんき)市。ここでは、かつて、2度ほど大きな戦いが行われた。しかし、それを知る者は数少ない。その2度の戦いを2度とも制覇したのは、普通ならざる青年であり、その青年の傍らには女性が常にいたという。





 まちは暗闇に包まれていた。道行く人ひとりすらいない静寂の街。いくら夜だといっても、人が一人もいないというのはあり得ない話であった。特に、街の郊外に工場地帯がある天決市では、夜の時間も活動する人間が多い。


 まるで、そこだけが別の世界に切り離されたかのような、そんな不気味な世界。そして、そんな街を駆ける影が3つ。


「倉木、そんなんだと追いつかれるぞ!」


 少女……年のころは15、6の少女の手を引きながら、懸命に走る青年は、少女にそんな風に声を投げる。


「そ、そんなこと、言われて、も……」


 息切れしながら、青年に反論する少女は、見るからに疲労していた。見かねた青年は、強引に彼女を引っ張り抱き上げる。


「抱えていく方が速いか……!マーリン、向こうはどうだ!」


 青年は、抱えてもペースを崩すことなく走り出す。それに並走する女性に対して問いかける。女性は、酷く嫌な顔をしていた。


「どうもこうもないわよ!家ぶっ壊しながら直線で進んできてるっつーの!」


 およそ日本人とは思えぬ目鼻立ちに、異国めいた雰囲気をまとうマーリンと呼ばれた女性は、女性らしからぬ声の荒げ方で答える。


「旭日さん……、その、わたしだけでも置いて、先に……」


 抱えられた少女は、自分が邪魔なのではないか、と青年に言う。だが、青年はその手を放す気などないようだ。


「誰が置いてくかよ……!」


 青年の目は、その少女ではない誰かを見ているようだった。だが、徐々に近づいてくる破砕音と何かの影。危機的状況には変わりなかった。


「おい、花戸ちゃんとこまで、あとどんくらいだ?」


「あと少し!」


 彼らは、向かう目的地があった。だからこそ、そこまで逃げ切れば、という思いと同時に、間に合うかどうか非常に微妙であることも直感していた。敵の速度が予想以上に速いのだ。


「チッ……、完全武装状態ならどうにかやれるはずなんだがな……」


 そう小さくつぶやく青年。それを分かっているマーリンと、その意味が分からない少女。そんな2人の視線を感じながら、駆け抜ける。


「見えた!」


 それは目的地である空間を示す天へと伸びた光。だが、それを遮るように、目前に大きな影が落ちる。


「なっ……、もう1体いたのかっ!」


 彼らを追う影と似た何かが、彼らの前に現れる。目的地まであと少し、というこの状況でそれは致命的なものであった。それを躱すための攻防をしているうちに、後ろから迫っている何かに追いつかれるのは必然と言えた。


 だから、青年は抱えていた少女をマーリンへと放り投げる。「マーリン!」と声をかけたのと、少女を放ったのは、どちらが先かも微妙なところであった。


「俺が時間を稼ぐ。その隙に、倉木を『結界神殿』まで連れていけ!」


 そう言われる前にはすでにマーリンが駆けだしていた。それを阻止しようと人型の影が腕を振り下ろす、……が、その腕は一振りの剣によって止められていた。


「鋼を斬る者……、精霊より賜(エクス)りし聖王剣(カリバー)ッ!」


 黄金の輝きを放つその剣は、華美な装飾がなく、それでも美しいと思わせるだけの洗練されたフォルムをしていた。そして、その剣を構えながら、この場をどう切り抜けるか、というのを模索する。

 背後から迫る影と眼前にあるこの影、それが近しい何かであることは間違いないし、それが尋常ではない力を持っていることも間違いない事実だろう。そうでなければ、彼の剣に腕がぶつかった瞬間に、腕の方がはじけ飛んでいるはずである。


「せめて、槍か楯があれば、この場を脱するのはわけないんだがな……」


 彼の持つ槍も楯も、普通のものではなかった。それゆえに、この状況を脱することは簡単なのだが、それは使えれば、という話である。

 そして、どうにか切り抜けるべく、行動を開始しようとした、その瞬間のことである。空より、無数の影が落下してくる。それが目の前にいる影と同質のものだと気づくのにかかる時間は、そんなに要らなかった。


「……ッ!おいおいおいおい、マジかよ……!」


 ただでさえ危機的状況に、さらに拍車がかかる。そんな状況で、彼は、走り出すことしかできなかった。幸い、仲間の出現に気を取られたのかはわからないが、目の前の影が彼の動きを阻害するようなことはなかった。


「宇宙人襲来かっての!!」


 まるで、洋画のような展開に、青年は舌打ちして叫びながら駆けることが精いっぱいである。もはや、それをどうにかできるのは、神か何かくらいであろう、とそう思いながら、懸命に目的地である「結界神殿」へと向かう。


 結界神殿とは、通常の結界魔法とは違う特異な結界魔法である。結界を何重にも編み込むように展開することで、少量の魔力でもかなりの強度を誇る。固有の魔術であるが、使用できるものは少なくない。


「あと、少し……!」


 あと20歩、そのくらいの距離まで迫る結界の入り口。だが、それを遮るように無数の影が伸びる。


(くそっ、間に合わない……。どう足掻いても、後退も前進も……!)


 最悪のタイミングで、様々な方向から無数に迫るそれを躱しきるのは不可能だろう。かといって、迎撃できるほど容易ではない。マーリンがいれば防護の障壁でも張れるだろうが、彼一人ではそれもできない。


「全く……、あの詐欺師紛い(おんな)は何やってんだか」


 青年が、突如聞こえた声に、その声の主を視ようとしたが、その何者かに、突き飛ばされるように、結界神殿の中に放り込まれる。どことなく知っている声のような気がした。


 結界神殿に転がり込んだ青年は、何とか体勢を整えながら、自身を放り込んだ存在の方を見る。結界神殿のせいで、その姿形は分からないが、そこにある気配は、どこか覚えがある。


「旭日、無事だったのね」


 マーリンがそんな風に言う。それに対して、青年は、うなずいてから結界の中を見回した。

 最初の戦いで戦った桂葉(かつらば)兄妹や朝風(あさかぜ)久遠(くのお)、ベル・フローニ。二回目の戦いで戦った倉木(くらき)一香(ひとか)炎魔(えんま)灯炳(とうへい)花戸(はなど)雨美(あまみ)。見知った、というにはいささか微妙な面々が雁首揃えていた。


「とりあえず、一般人の桂葉兄妹や倉木を連れてこられたのは幸いしたか……」


 地元、天決市の魔法使いである朝風久遠と古流魔術師である花戸雨美、海外の魔法使いであるベル・フローニ、魔導五門の炎魔灯炳といった面々は、最悪どうにかするだろう。だが、抵抗する手段すら持たない一般人である残りの3人はどうしようもない。


「それで、雪織君、これからどうするの。花戸ちゃんの結界もいつまで持つかわからない以上、外のあれをどうにかするための手段を考えなくちゃいけないと思うけど」


 数年前までクラスメイトであった桂葉(りん)が、青年に問いかける。そう、どうにかしなくてはならない。そして、どうにかできるのは、おそらく、この状況において、彼だけなのだろうと思われていた。


「武装が全部使えれば、どうにかなるとは思うが、簡単にできれば苦労はない」


 彼が本気を出すためには幾分の制約が伴う。つまり、いくらどうにかしたくても、どうにもならない状況というものがある。


「チッ、優勝者がそれじゃあ、世話ねぇな。それで、どうするよ」


 灯炳が、苛立ち交じりにそういった。そして、どうするか、という言葉に答えを返せるものはいない。

 暗い沈黙が場を支配したが、それを打ち破ったのは、この結界神殿を展開している花戸雨美であった。


「熱ッ……!け、結界が……!何、この熱量、そして光……?」


 まるで、結界神殿が太陽に焦がされるかのようなとめどない熱量に、雨美は思わず目を瞑る。結界神殿を通じて、自分までも太陽に侵食されるような、ぬぐい切れぬ感覚に汗がどっと溢れた。そして、結界神殿にひびが入る。

 パリパリと表層から徐々にはがしていくかのように結界が壊れ始め、はじけ飛んだ。


「なっ……、あの『結界神殿』を……!」


 久遠が思わずつぶやいた。その強度は、実際に見ていて知っているだけに、それを打ち破った存在が外にいるという驚嘆と結界が壊れ、危険にさらされているという状況に、思わず体が固まった。それは、その場の全員が同様に、そうであった。


 そして、結界の外を覆いつくしていた影が迫りくるかに思えた。




「――湖の精より(ガーラ)賜りし太陽剣(テイン)!」




 光が爆ぜる。影を吹き飛ばすかのように、太陽そのものともいえる光が散乱する。それは破壊の暴虐とでも言い荒らせるほどのすさまじい攻撃であった。少なくとも、その場にいたほとんどの者が、見たことがない、と言ってしまうほどに。かつて、大きな戦いに参加したはずなのに。それでも、この一撃のようなものは、とてもではないが見ることができなかった。


 ただ2人を除いて、であるが。青年は、この力を知っていた。マーリンは驚愕していた。なぜならば、彼が、積極的に人にかかわろうとしているのだから。一歩引くと言って、それ以来、遠巻きに眺めていただけの人物が、こうして、ここにいるのだから。


「我が王よ、気を抜きすぎですよ。あなたならば、この程度の逆境、逆境でもないでしょうに……」


 かつての家臣がそんな風に言う言葉を耳にして、青年は奮い立つ。そう、この程度は、逆境でも何でもない。ピクトの猛攻に比べれば、こんなものは生ぬるい。制約が何だ、と気合を入れる。


精霊より賜(エクス)りし聖王剣(カリバー)王を選定せし剣(コールブランド)王を射抜き(ロンゴ)し穢れた槍(ミニアド)太陽の輝き(ウィガ)を秘めし黄金鎧(ール)黒金の高(ゴス)貴なる兜(ウィット)聖母を描き(ブリ)し大いなる舟楯(ウエン)……我が武器の数々よ」


 2振りの剣と1振りの槍、黄金の鎧に兜、大きな盾が、青年を包むように現れる。それらは、ある王の武具の数々であった。


「四乗封印……解呪、十三重封印……解呪。我が身と我が国と……愛すべき仲間たちへの祝福を……。精霊より賜(エクス)りし聖王剣(カリバー)……完全解放!」


 かけられた52の封印。13の4倍。まず、4倍になった封印が解かれ、そして、13の封印も解放された。




「――『星を守りし(エクスカリバー・)神なる精霊の一撃(メテオブリング)』!」




 それは、世界すらも破壊する世界を守る一撃。流星を運ぶ(メテオブリング)の名の通り、恐竜絶滅やノストラダムスの大予言などに由来する文明破壊の象徴である隕石と同等の破壊力を持つとされる攻撃である。


 その黄金の一撃は、世界すらも塗り替えるかのように影たちを蒸発させていく。ブリテンの王にふさわしい超大な一撃。


「……っぁ。さすがに一発が限界か……」


 そう言いながら、すべての武装を解く青年。解くというよりは、自然と解けた、というべきだろうが。


「す、すごい……、たったの一撃で……」


 その言葉は、一般人である一香のものであったが、その思いは、その場にいたほとんどの者が抱いていた。


「それで、どうしてお前がここに……いや、そもそも、生きて、いるのか?」


 その言葉が誰に向けられたものなのかは、すぐにわかる。この場にいて、他との知己を持たない乱入者。


「生きているわよ。そもそも、あいつは、他の……後から集めた円卓の騎士とは違って、最初から円卓の騎士だった最古参で、端から人間とは一線を画した存在だもの」


 何かを懐かしむように、マーリンが言う。それに対して、その人物は肩をすくめて、苦笑するのだった。


「そうですね……、我が王よ。改めて、ガウェインというあだ名ではない、僕の名前をあなたに教えましょう。僕は、火明(ほあかあり)燦陽(さんよう)。すべての太陽をこの身に宿す者です」


 その名乗りに対して、青年は、その名乗りを受け止める。かつての家臣であっても、今の身には関係が薄い。それでも、「我が王」と呼ぶその人物を讃え、名乗る。


「俺は雪織(ゆきおり)旭日(あさひ)。……アーサーという名前の悲劇の王の生まれ変わりだ」


 運命か必然か、この出会いは酷く衝撃的で、そして、世界に大きな影響をもたらすものであることを、彼らはまだ、知らない。

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