表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪の陰陽師  作者: 桃姫
太陽降臨編
207/370

207話:中空宮堂での指南

 日が高くなり始めた頃、煉夜は、大森家の面々に挨拶を済ませていた。帰りのことを考えるなら、昼前には中空宮堂で灰野鳥尾から荷物を受け取っておきたい。そういった事情もあって、煉夜はあらかじめ済ませていた荷物を持つ。バッグが行きと違うのは、鷹雄に破壊されたからである。新しいバッグは、檀と宮が選んだのか、若干、かわいらしさのあるデザインであったが、煉夜が持っていても不自然ではない絶妙なものであるあたりセンスがいいのだろう。


「しかし、君にはいろいろと世話になったな。何かあった際にはできうる限り力になる。だから遠慮なく頼ってくれ」


 そんな風に槙に言われた煉夜は、大したことはしていないという言葉を呑み込んで、うなずきながら「機会がありましたら」と答えた。実際、頼る機会がないほうがいいことは間違いない。


「煉夜君、今度は面倒なことが起きていないときに、ゆっくりと訪れてください。そうしたら、この辺りの観光地や箱根の温泉なんかも案内できますから」


 檀がそんな風に笑った。大森家は全域を支配していたころから比べれば、権力は落ちているが、かつてからの懇意にしていた場所は多い。箱根の温泉地にも大森、というより北条家の時代からの付き合いが多く、多少なら顔も効く。


「そそ、いろんなとこ見てってほしいしね」


 宮もそんな風に檀の言葉に同意していた。今回は、西園寺家の一件の後、今日まで時間があったものの、事情の説明などの関係で家があわただしく、観光などとてもではないができなかった。


「ラウルさんの面倒もしばらくは北大路家で見ますのでご心配なく」


 異世界からの漂流者ラウルは、結局、悪魔を探すことでしか元の世界に変えることができない現状で、どうするべきかいろいろ模索する中で、夜風がその悪魔の情報をあらゆる世界から集めるということで納得した。情報が集まるまでの間は、大森家の用心棒として家に居候となるようだ。


「わたくしから言うことは特にありませんが、もしも他に『組織』の人間が接触してきた場合は話を聞いてあげてください」


 ののかがそんな風に言った。特に大きな交流があったわけではないので、そのような物言いになるのも仕方がないのかもしれない。


「これはお弁当です。容器等は返さなくても大丈夫ですから」


 美乃がそういいながら、弁当を渡してきた。せめてもの礼と言わんばかりであったが、煉夜はそれを受け取った。その際、頭をなでようか一瞬迷ったが、結局なでることはなかった。

 煉夜があいさつをしたときに大森家にいたのは上記の面々のみで、残りは大森家にはいなかった。ラウルと北大路夫妻は、ラウル帰還のための諸々の話し合いをするため家を出ており、松葉は小田原城にいる。氏康はどこへ消えたやら、と槙が嘆いていた。


「では、お世話になりました。また、機会がありましたら会うこともあるでしょう」


 そう言いながら頭を下げて、煉夜は、相神大森家を後にするのだった。







 大森家に初めて行った日とは違い、急ぐ必要もさほどない煉夜は、ゆっくりとしながら森を抜け、公共交通機関を利用して横浜の方へ向かう。公共交通機関を利用したため、あまり時間もかからずに、横浜の方まで戻ってくることができた。


 中空宮堂まで、たどり着くのも、さほど時間はかからず、あっさりとしたものである。これが数日前までならばこうもいかなかっただろう。何せ、同じ県内、近い場所で大規模な抗争が起きていたことは、この中空宮堂にも伝わっていたからだ。


 鳥尾の意図したことではないが、一週間という指定がよい結果になったと言えよう。不断に比べれば人数は少ないが、それでも陰陽師の集う場所としての機能は十分に発揮していた。そして、前回煉夜が訪れた場所と同じ場所に、灰野鳥尾はいた。


「む……、来たようだな」


 煉夜が近づいただけで、鳥尾は、そう反応した。別段、気配を消していたわけではないので、気づいてもおかしくはない。


「一週間という長い時間、待たせたこと、すまなかったな。それに、どうも、大きな争いがあったようで、その時期に長く滞在させたことも含めて謝罪しよう」


 大森家の争いが、あのタイミングで起きたことは単なる偶然であり、鳥尾が意図したものではないので、本来なら謝る必要もないのかもしれないが、それでも、煉夜が訪れる理由と滞在する理由をつくったのは鳥尾であった。


「いや、構わない。この滞在は、多くの物を得られた。逆に、感謝したいほどだ」


 これは煉夜の本心である。大森家の件がなくとも、いずれはどこかで覚悟を決めていたのかもしれない。だが、この大森家で得た知己と、鷹雄という強い敵との戦い、そして、覚悟。これらの大きなものは、煉夜に大きな影響を与えた。だから、本当に感謝をしていた。


「そうか、何があったかは知らないが、この滞在がいいものであったのならばよかった」


 鳥尾からしたら、煉夜が何をしていたにしても、怒っていないということがありがたかった。少なくとも、その怒りの矛先を向けられたら「視る」隙を作ることが絶対に不可能であるからだ。


「さて、これが木連に頼まれていたものだ。確認してほしい」


 あらかじめ、木連に頼まれていたという体にするための補充品である。郵送でどうにかなる程度の物であり、これを口実に煉夜をこちらに呼んだだけだ。


「えっと、……正直、陰陽師の道具にはあまり詳しくないんだが」


 そのためだまされたとしても煉夜は気づかないだろう。その中に、煉夜が知っているものは一つだけあった。かつて、郁と出会う前に、ホテルで使った札。雪白の札である。


「ふむ、まあ、いつもの品であるから、間違いはないはずだ。もし、これから雪白の家にいるなら、幾度となく見るものであるはずだから、どういったものであるか程度の知識は持っていた方がいい」


 それは、打算などない本心からの忠告であった。煉夜の陰陽術師としての才能は、そこまで高くないが、雪白家で生活していくうえでは、どうあってもその手の知識が必要になることは間違いない。稲荷一休の手で、ある程度の仙術の知識があるが、それとはまた違ったベクトルの知識である。


「この紙は、普段使われている式札の元になるものだ。ただの紙きれとは質が違ってな、樹齢の高い神木の幹からつくられた神聖なものだ。霊力の集まる量が変わる」


 この世界では一般的に、霊力とは、世界中に存在している力であり、人の内にはないとされている。そうなったときに、強い力を発揮するには、札にどれだけの霊力を集められるキャパシティがあるのかが重要になってくる。


「それから、これが魔よけの鈴だ。あくまで祓うのではなく、除けるためのもので、場所にそういったものを寄せないために使う」


 そういった説明を一つ一つの品に対してするのは、商人らしいといえば商人らしいのだろう。その中のいくつかは、一休仙人が持っていたものと同じような効果だったため、すんなりと煉夜の中で理解ができる。


「そして、これが雪白家の使う、禍憑き祓いの符だ。司中八家、というよりも、各家で同じものを使っているが、基本的に他家から借りることなどできないから、替えが効かないうえに、つくるのが難しくてな、家で作れるような式札とは全く違う。だから、この式札は別に作っているのだ」


 その札は、かつて、水姫が、各家で札が共通だが、呪文が異なるといっていたものである。では、なぜ、各家で呪文が異なるのかというと、それにはきちんと理由がある。

 例えば、神社であれば、大幣(おおぬさ)などを用いた「お祓い」と呼ばれるものが有名である。罪や穢れ、不浄を払い落し、塩などで清める行為。

 例えば、陰陽師であれば、妖怪退治や鬼を祓うなど、古くから様々なものを退治する中に、霊魂を扱うものもあった。反魂などはそれに密接にかかわるが、要は魂を直接扱い鎮めることができるとされる。

 例えば、恐山のイタコであれば、その身に霊を降ろして、扱い、未練を叶え、成仏させることができる。また、霊の力を借りるとするものもある。

 例えば、舞や舞踊であれば、神に捧げるもののほかに、死者の魂を迎え、還すものも存在する。いわゆる「盆踊り」がその最たる例だろうか。

 このように、悪魔祓いと一口に言っても、形式は多種多様である。そして、それらの形式の流れは、非常に大きな意味を持つ。

 例えば、神社の系列である稲荷家などは、式札と麻を混ぜたものを使っているが、それは大幣に由来している。煉夜の雪白家は、【日舞】の雪白の異名の通り「舞」が主体の家であるため、四大舞踊家の四木宗に由来する文言を呪文に入れている。そのように、呪文に、自身の家柄とそれらの系譜を刻むことで、悪魔祓いをしているのだ。それは、あくまで、今までやってきていた、大幣によるお祓いであったり、盆踊りであったりを簡略化したものに過ぎない。


「さて、と、今の物がすべて頼まれていたものだ。特に扱いの困るようなものは入れていないが、破損しても取り換えはできないから気を付けてくれ」


 鳥尾はそういいながら、品を段ボールに詰める。そして、詰めながら、本題のための準備も怠らない。ここに煉夜を呼んだのは、その中を「視る」ためである。通常の心眼をもってしても見抜けなかった、煉夜の性質ではあるが、多少細工をすれば、心眼のレベルを上げることは可能だ。

 そもそも、鳥尾の心眼とは、目を失ったことで開かれた第六感の延長のようなものであり、心の目とは言うものの、他の感覚を通じて得られる情報と第六感を合わせて、疑似的に視覚あるいは、それ以上の透視能力にも似た状態を引き起こしているに過ぎない。


 つまりは、感覚を研ぎ澄ませることで、それはさらに高まることは間違いない。しかし、感覚を研ぎ澄ませると簡単に言っても、そう簡単にできることではない。それゆえに、一週間という時間が必要であったのだ。

 ちょっとしたドーピングのようなもの。煉夜であれば、魔力による強化で簡単にできてしまうようなものではあるが、鳥尾にはそれができないし、できないことがかえって幸いしたといえる。魔力を使えば煉夜がわかる。霊力も同様だろう。しかし、鳥尾の取った手段は、そのどちらでもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ