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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
太陽降臨編
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206話:太陽沈み朝になる

 煉夜と鷹雄の激闘は、その爪痕を残さぬままに終結を迎えた。基本的に大きな攻撃は、置換された空間の中で起きていたことなので、それが戻ると同時に、この世界ではなかったことになった。もっとも、完全に何もない、ということはなく、残滓のような影響が世界中に散った状態ではあるが。


「あれ、鷹雄君は、もう出たんですか?」


 檀がそんな風に言う。あの戦いから、すでに数時間。夜はもうじき明け、太陽が昇る頃合いだろう。しかし、そんな大森家には、鷹雄の姿がなかった。


「彼ならしばらく前に……。とても満足そうな顔をして、そして新天地に旅立っていきましたよ」


 それはどこか感慨深そうな夜風の言葉であった。どこか、知人の背中を重ねているかのような、そんな雰囲気をまとっていた。


「新天地、ですか……?」


 これが、本来の意味での、どこか別の活躍できる場所、という意味なのか、文字通りの新しい世界に旅立ったのか、檀には判断できかねない。だが、とにかく、どこかに満足して向かっていった、ということだけは分かった。


 別れの言葉くらい残していけと思いながらも、ふらっと現れてふらっと去るのは鷹雄らしい、と檀は笑う。そして、思う。


――太陽のような彼の心の夜は明けたのだろう


 と。太陽のすべてを背負う彼が、生きていくうちに抱えてしまい、踏み込もうとしなくなった「世界」。それは、きっと、彼の心の夜だったのだろう。それを明けさせるには、自分の太陽だけでは足りなかった。自身と煉夜、2つの太陽で照らされて、その物悲しい夜はようやく明けたのだろう。


「思えば、……少し前までは、こうして夜明け時に外に出て空を見上げる、ということもできませんでした」


 僅か前まで、大森家は闘争の中にあった。そして、それは檀の代ですらどうにかできるか酷く微妙な根深い話であった。収めることはできても、完全に解決するなど夢物語のはずであった。鷹雄を拾った時も、煉夜と出会った時も、それは収める協力が得られるという程度であった。

 それが、気が付けば、敵は一網打尽にされ、抱えていたはずの問題は、雪解けのようにすべてが一機に解決した。無論、偶然という要素はあるだろう。槙や松葉、北大路夫妻が北条氏康当人を連れてきたのは偶然以外の何物でもない。

 だが、少なくとも、鷹雄と煉夜、この2人がいなければ、収めることすらも難しく、解決などもってのほかだっただろう。彼らと出会ったのも偶然ではあるが、そこに何やら必然や陰謀のようなものを感じ、檀は頭を振って、その思考を払った。


 朝日が昇り、風が薫る。気が付けば、もう、春の風であった。





「未来は明るい、か……、キャステル」


 思いふける檀を尻目に、氏康がささやくように言った。それはきっと、輝かしい未来を目指す檀達を言ってのことだろう。


「ええ、どうやら、この家はまだ運命に見捨てられたわけではなさそうね」


 夜風の言葉に、氏康が思わず吹き出した。笑ってしまうほどのことか、と夜風は睨むが、肩をすくめた氏康がいう。


「運命、運命か。キャステルがそんな言葉を使うとはな。年か、それとも親になったからか、面白いものだ」


 運命という言葉には、2人にとって、あるいは、彼女らの同僚を含めて、多くの人に意味のある言葉であった。すべては神が決めた運命に従って動いている、そんな事実を否定すべく生きてきたのだから。


「もはや、運命という言葉に、悠久聖典(アシャノス)ほどの価値もないわよ。運命は狂い、猛り、暴れている。もはや、この先を正確に知るものなどいないわ」


 かつて、運命は筋書き通りに動いていた。だが、そのレールから外れて、それがどうなるのかを知っている人間などもはやいなくなった。かつてはわずかほどしか存在しなかった例外と呼ばれる存在たちは、時間を経るほど、発生数が増えている。無論、夜風や氏康もその例外の中にいる存在である。


「だが、結局、運命とやらに縛られているものも少なくはないだろう」


「まあ、それはそうでしょうね。鷹雄君や【終焉の少女】がその例かしら。……いえ、貴方が()のことを指しているのは分かっているのだけれどね」


 それは、夜風が鷹雄の背中に幻視した人物のことであった。夜風も氏康もその人物のことをよく知っている。


「副リーダー殿は、まさにその典型だろうさ。自分が忌み嫌う存在になる、その運命に踊らされているとしか思えない」


「あら、彼、別に吸血鬼が嫌いなわけではないわよ。まあ、好きでもないでしょうけど」


 そんな話をしながら、昇る太陽を感じる。新しい朝は、どこか心地の良い風が吹いていた。







 その頃、英国の夜、22時頃。リズはMTRSのエリザベス研究室にて、研究を進めていた。その顔は若干笑みが浮かんでいる。その理由を知る者は、残念ながらリズ本人だけである。


「エリザベス先生、研究のし過ぎで頭のねじが外れたんですかね?」


 現在、この研究室にいるのは、リズを含めて3人。リズとユキファナと、カナダからの留学生であるジェシカ・マートンだ。ジェシカは正確にはこの研究室の所属ではない。


「さあ、リズってば、たまにああなるから」


 ユキファナは興味なさげにジェシカの問いに返した。正直なところ、ユキファナはリズの奇行に思い当たる節があるが、ジェシカにまで話す内容かどうかを考え、適当にごまかすことを選んだ。


「あんなふうになるのを放置していて大丈夫なんです?」


 まるで病人を見るかのような目をするジェシカに、苦笑しそうになるユキファナであったが、その言葉に反応を示したのはユキファナではなかった。


「聞こえていますよ、ジェシー。別にわたくしが笑っていたのはおかしくなったからではありません」


 憤慨とまで言わないものの、それなりに怒ったように言うリズであったが、実際のところ、そんなに怒っているわけではなかった。


「じゃあ、なんでなんですか?急に笑ったら頭がおかしくなったと思うじゃないですか」


 ジェシカのはっきりとした物言いに、若干、ため息をつきたい気分になりながらも、リズは言う。なぜ笑っていたのか、ではないが、その理由につながる話を。


「ジェシー、貴方みたいに感応系に強くない魔法使いは分からなかったでしょうけれど、今から数時間前に、この世界のどこかで超大規模な魔法が発動されたのですよ」


 ジェシカは南米系とネイティブアメリカンの2種の魔法が混ざった神託系魔法の使い手であり、残念ながら遠くにある何かを感知することには長けていない。己の神、あるいは神と信じる存在とのつながりに、その感知系統の能力を本能的にすべて振り分けているからだ。


「超大規模って、それだったらもっと学校全体をあげた大騒ぎになっていてもおかしくないと思うんですけど」


 そのジェシカの正論に、リズとユキファナは顔を見合わせた。どう説明するのが最もよいのか、と若干悩んでいたのだ。


「おそらく、あの魔法を感知できたのはリズくらいでしょうね。だって、普通の魔法ではない超大規模魔法だったんだもの」


 そもそも超大規模魔法の時点で普通の魔法ではないのでは、という言葉をジェシカは呑み込んだ。なぜならば、この国で一番の魔法研究機関であるこの王立魔法学校をもってして、その才女エリザベスを除いて、誰一人感知できなかったというのだ。それは「薔薇(チューダー・ローズ)」を授かったリズ以外の魔法使いも含まれる。つまり、それだけの異常事態だということだ。


「でも、ユキファナもあれが起こったことは感知していたんですよね?」


 そう、ユキファナは確かに、あの魔法。世界が置き換えられるほどの何かと、その中で起こった世界を消し飛ばす規模の魔法については感知できていた。だが、あくまで感知できただけなのである。


「ええ、でも、リズと違って、どこで何が起きたか、までは分かっていないのよ」


 だからこそ、ユキファナは具体的な魔法について触れなかったのだ。だが、それでもリズを見ていれば、リズが「どこで何が起きた」ということを理解していることが理解できたのだ。


「あら、そうなんですか。まあ、仕方がないことでしょう。あれは、わたくしだからこそ、すべてがわかった、というのもありますから。あの場に、わたくしの中にある魂と同様に四分の一の魂がいましたもの」


 魂、それはユキファナの専門分野である。だが、四分の一の魂という言葉に眉根を寄せながらも、それ以上踏み込んで聞くことはなかった。


「それにしても、よもやスファムルドラの聖槍を、この短期間で二度も抜くとは思いませんでしたけれど。レンヤ様は、覚悟を決められたみたいですから。それが嬉しくてたまらないのですよ」


 聖槍を抜くということは、すなわち、幻想武装[煌輝皇女]を発動させることが条件となる。その覚悟を決めたのが余程うれしいようだ。


「スファムルドラの聖槍……?聖剣ではなくて?」


 ユキファナは煉夜がスファムルドラの聖剣を持っていることを知っているが、聖槍の存在までは知らない。そもそも、この世界において、スファムルドラの四宝を詳細まで知っているのは、おそらくリズのみである。煉夜も、スファムルドラの聖杖があることは知っていてもその名がミストルティであることは知らなかったなど、すべてを知っているわけではない。


「ええ、煉夜様が持つのは聖剣ですが、もう1つ。聖槍も持っているのですよ」


 リズの言葉に、ユキファナは、そうなのか、と思った程度である。リズは煉夜に対して異常なほどの知識を持っているという事実は知っていたからだ。


「つまり、その聖槍で大規模魔法が発動したんですか?」


 ジェシカは今聞いたことを整理して、そう問いかける。それに対して、リズは笑う。


「ええ、そうですね。正確には、あれは魔法というよりも権能という方が正しいんですが。魔法としての規模は、暗転魔法の最上位や限定結界に匹敵するものです」


 聖槍の権能を発動し、その場所をスファムルドラに置換する。それを魔法と一言で済ますのは若干問題があるかもしれないが、ジェシカは魔法に関する知識が乏しいので、そのジェシカに合わせた説明をするとこうなってしまうのだ。


「なるほど、よくわからないけど凄いんですね。ただ、先生が笑っていた意味はさっぱり分かりませんでしたけど」


 リズとユキファナは困った顔をしたが、ジェシカに自覚はないようだった。

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