205話:太陽降臨・其ノ参
メア・エリアナ・スファムルドラ皇女。正確には、女帝と称す方が正しいのだろう。一時とは言え、スファムルドラの皇帝になったことは間違いようのない事実である。彼女の運命を一言で表すならば「数奇」か「すれ違い」のどちらかだろう。
彼女の魂が、リズに転生しているにも関わらず、煉夜とともにあるというのも、その数奇な運命の一端なのであろう。
転生には、複数種類があるといわれている。血縁に遺伝する遺伝的転生と魂が次の器に移る魂的転生が大きなものだ。リズがメアと遠かろうとも血縁があるのならば、煉夜の幻想武装にメアの魂が含まれていても不思議ではない。だが、メアとリズには血縁がないのだ。
少なくとも、本来ならありえないそれを、煉夜がそうした……正確に言うならば、そうなってしまった、だけの理由があった。
「レンヤ様……。分かっておいででしょうが、聖槍は……」
そんな声が煉夜の頭に響く。それを煉夜は心の中でうなずき返し、跳躍して、地面に刺した槍まで跳び戻る。何もいたずらに地面に突き刺していたわけではない。無論、柄を上に向けておくことで、とっさに取りやすくしたという意味もあるが、それ以上に、大きな意味がある。
「聖槍、権能解禁。『我が祖国はここにあり』」
スファムルドラの聖槍エル・ロンドは、すなわち、スファムルドラそのものと呼んでも過言ではないものである。そのため、限定結界と限りなく似た空間を生み出し、現実を侵食し、そこにスファムルドラという土地を顕現させる。
それは、龍脈や土地の権限、空気、魔力濃度、そういったすべてのものを一時的にスファムルドラに置換するものである。
そういった意味では、[炎々赤館]も似たようなもので、そこに赤き館を再現するという意味では、同様に限定結界に限りなく近いのだが、それでも再現しているのは館であって、龍脈や土地の権限、空気、魔力濃度などの要素は含まれない。
まさしく、聖槍の権能は、「奇跡」か「神の御業」そのものといっても過言ではない域にある。
そして、それがどのような意味を持つのかと言えば、龍脈そのものを操れるだけの力を手にするということに等しい。
龍脈とは、人の魔力で操るなど不可能であり、管理している者たちが行っているのは、あくまで鎮静であったり、呼びかけであったり、一部を拝借したりと、あくまで管理しているにとどまるが、スファムルドラの聖槍が再現した土地の権限は皇帝と聖騎士にある。すなわち、土地そのものを自身の思うようにできるのだ。無論、相応の実力がなければ龍脈に飲まれてしまうだけであろうが。
「いやいや、これは、さすがに、分が悪いかな」
空間そのものを置換されてしまえば、もはや、そこは煉夜の領域である。馬や妖精の優位さなど、もはや土地に飲まれて失われたも同然だ。
「しかし、まあ、これほどの聖槍とは恐れ入るよ。まさに、聖槍ロンを見ているような気分だ」
聖槍ロン。ロンゴミニアドの名でも知られるアーサー王の槍であり、カムランの丘でアーサー王を刺した槍でもある。鷹雄にしてみると、聖槍ロンの名で呼ばれていたが、後に、アーサー王を刺したことにより、父殺しと王殺し、そして高貴なものの血による穢れで魔槍に堕ち、魔槍ロンゴミニアドの名で広まったという認識だ。
呼び方は様々だったが、鷹雄は「神が射貫きし黄金の槍」と「王を射抜きし穢れた槍」と称していた。
そして、その槍は、煉夜の持つ聖槍エル・ロンドと同様に、特異な力を秘めていた。
「そいつはどうも。英国一有名な槍と比べたら、知名度はないが、それでもその期待を裏切らないだけのものは見せてやるよ」
聖槍エル・ロンドを地面に刺したのは、地脈にアクセスするための収束点にするためである。
スファムルドラの龍脈。龍脈とは川や海などの水辺と同様に、その集まった大きな点を中心に人が暮らす場所が生まれやすい。それを結んだものをレイラインということもある。これに関しては、龍脈があるから人が暮らすのか、人が暮らしたことで龍脈が生まれたのか、という部分は解明されていない。不自然に曲がった龍脈が後者の影響であるという説もあれば、人の潜在的な意識で龍脈を感じ取っている前者という説もある。
いかにして龍脈と人が結ばれているか、ということはどうでもいいが、すなわち、長年続く帝国であるスファムルドラの大成に龍脈が無関係のはずがない。スファムルドラ帝国は、龍脈の集う交差点であり、異常なまでに龍脈が集まっているのだ。
その龍脈を槍に集わせる。
「これは……っ?!」
鷹雄は思わず目を瞑る。龍脈とは星を形成するマナの一部でもある。一部とは言え、星そのものである。――国を背負う、とはまさにこうである。
鷹雄が太陽という大きな天体を背負わされたものであるのならば、煉夜はスファムルドラ帝国という国を背負うものである。
「湖の精より賜りし太陽剣……八重封印解呪」
昼は不死身である鷹雄であるが、今は夜。さすがに、煉夜の攻撃を受けて無事でいるとは断言できないので、とっさに湖の精より賜りし太陽剣にかかっている八重の封印を解除する。
ガーラテインは、アーサー王の持つ「精霊より賜りし聖王剣」と姉妹剣である。それはすなわち、「精霊より賜りし聖王剣」と同様に、すさまじい力を秘めている。しかし、アーサー王に合わせて「精霊より賜りし聖王剣」は52の封印が施されている。本来は円卓の席である13の封印なのだが、ある事情により4倍の封印になっているのだ。それに合わせる形で、鷹雄の方も8の封印で力を抑え込んでいる。それでも鷹雄が振るえば十分にすごい力があるのだが。
「『帝国はここに現れる』」
莫大な龍脈の魔力を引きずり出した聖槍が構えられる。一方、鷹雄も解放した聖剣を構えていた。当然ながら、魔力の量は煉夜の方が桁違いに多い。だが、それに負けぬ迫力と霊気と神気を放っているのはさすがといったところであろうか。
そして、煉夜は突くように槍を突き出す。それと同時に、鷹雄も剣を振り下ろした。
「――『スファムルドラよ、永遠なれ』!」
「――『太陽を統べし神なる精霊の一撃』!」
天を劈く、という表現が適切だろうか。煉夜の放った光の柱がまっすぐに地平まで伸びる中、それを弾くように強大な太陽の塊が柱を押し退ける。如何な天変地異に巻き込まれたのか、と思うほどの光景。
されど、あくまで、ここは、スファムルドラに置換された空間の中である。外に大きな影響を及ぼすことはないだろう。だが、何かが起こっていると感じる者も少なくない。
まさに人外同士のぶつかり合いといったところだろうか。
ガーラテインは、湖の妖精から授けられたものとされているが、その生まれは、神が造った剣である。「太陽」というものも力の象徴であり、「勝利」や「雷」と同様に神を表すものとして使われる。勝利の女神やゼウスの雷などと同様ということだ。
神造武器とされるものの多くは、神の御業たる何かを宿していることが多い。鷹雄の場合は、「太陽の顕現」である。
すなわち、煉夜の技が龍脈を使った圧倒的な力でのごり押しだとすれば、鷹雄は神の御力でそれを捻じ曲げたということになる。
「さすがに限界か……」
煉夜は、そう言いながら幻想武装[煌輝皇女]を解除する。龍脈を扱うなど、大きな力を使った反動で、その後はしばらく幻想武装の展開が難しくなる。
「っ、僕もさすがに限界だよ。いつぶりかな、怪我を……傷を負ったのなんて」
日が出ている間に、鷹雄が傷つくことはないが、それでも、夜に戦ったところで、鷹雄に傷をつけられるような大物はいなかった。もっとも、会っていないだけで、探せばいくらでもいるのだろう。彼と対になる迦具夜燦月を始め、彼が積極的に関りを持とうとしなかった時空間統括管理局やイン・ラナーク魔法研究所、最古の術師、鳳凰魔導師団、失楽の魔法都市、天魔城騎士団など数多組織に、彼と互角に渡り合えるものは一定数いるはずである。
「引き分け、か……」
「引き分けだね」
互いが力を維持できなくなり、戦いの結果は引き分けということで決着がついた。そして、その双方が、晴れた太陽のように笑っていた。迷いという名の雲は晴れ、明日という道へと歩みを始めたのであった。




