204話:太陽降臨・其ノ弐
「やっぱり、この程度の攻め方では、君には届きもしない、か」
「そりゃ、お互い様、ってやつだろうな」
互いにギアが上がり始めている段階であり、最高潮まではまだ遠い。お互いに、本気を出した戦いなどしばらくしていないのだ。思ったように動けても、それをどう動かすかが、ギアが上がりきっていないので、上手くいっていない節がある。
互いにローギアのままでは、おそらく、互いに攻撃が届かないで終わるだけだろう。だからこそ、ギアを入れるために、当時の感覚を取り戻すために、思考を研ぎ澄ませていく。
「さて、と、久々に、……お前を呼ぶよ」
そう言いながら、鷹雄が、その名を呼ぶ。ガウェインの持つ武器として名高いのはガラティーン、……湖の精より賜りし太陽剣であろう。そして、それ以外の武器を使った伝承、ガウェインの成長期などの幼少期で使った王の剣などがあるが、それは、ガウェインがガウェインとなる前とされている。
彼が、持つ、ガウェインとしての武器には、それが含まれていない。だが、彼のやってきた伝承や行いは、彼が持つ力となっていることは間違いない。
「美しき娘が如き楯!」
それは楯であった。古風な、という言い方が正しいのかは微妙なところであるが、派手な装飾のないシンプルな円形の楯である。
エタード。その名前は、伝承においては、ペアレス卿という騎士が、ガウェインに対して間を取り持ってほしいと頼んだ女の名前である。鷹雄にとってみれば、ペアレス卿と取り合った楯であった。それが女性として後世に伝わった結果が伝承である。もともと、騎士は剣や槍と盾を持っていることが前提とされているため、楯を取り合うよりも女性を取り合うという風に後世に伝わったものだ。
「剣と盾……、まだ他にもありそうだな」
煉夜の言葉に、鷹雄は静かにうなずいた。そもそも、鎧と剣だけでは、ガウェインの伝承のすべてを語るには程足りない。
「ああ、僕の本来の装備は、こんなものじゃないんだよ。でも、それを出すには、色々と条件があってね。でも、ここからは、……」
鷹雄は目を閉じ、唱えるようにさらに呼びかける。本来、封印しているわけでもなければ、意思を持つものではないものも多いので、呼びかける必要などないのだが、それは鷹雄の心持の問題でもあるのだろう。
「緑の騎士の帯、妖精より借り受けし馬」
緑の騎士の帯は、ガウェイン卿と緑の騎士という伝承に出てくるベルシラックとガウェインが交換した帯のことであり、持ち主のベルシラックに因み、鷹雄はその名前で呼んでいる。
妖精より借り受けし馬は、ガウェインの愛馬たるグリンガレットのことであるが、この馬は、妖精より借り受けたという説明はアーサー王にしたものである。本来は、太陽の化身として太陽神ルーがマナナーンから借り受けた静波号を牽く2頭の馬、ガーニアとレーの間に生まれた馬。
「美と醜悪の呪霊」
ラグネルとは、ガウェイン卿とラグネルの結婚という話に登場するガウェインの婚約者のことだが、鷹雄からするラグネルとは、悪霊の類であり、アーサー王と共に退治したということになっている。そして、そのまま憑りつかれたような状態だ。
「さてと、じゃあ、仕切り直して本気でいかせてもらうよ」
騎乗した騎士。馬に乗っているということは、高さ的に距離を取れるということである。槍が前面に対して間合いが取れるのと同じように、馬に乗るということは間合いを取ることができるのだ。
「馬に乗ったやつを相手にするのは、何も初めてじゃないが、普通の馬とは随分と違うようだな」
騎馬を崩す定石として、馬を潰すのが有効的であるが、妖精より借り受けし馬は幻獣や超獣の類に分類される。幻獣、超獣も相手にしたことがある煉夜ではあるが、鷹雄と合わせて撃破するのは難しいだろう。つまり、定石は通じない。
煉夜の槍が、グリンガレットへと伸びる。しかし、それを鷹雄が剣で下に弾いた。鷹雄が下に掛ける力には、体重の分も載せることができるため、通常よりも少ない力で攻撃をはじくことができる。
そして、そのままグリンガレットが煉夜目掛けて突撃してくる。馬の脚力というのは、かなり強く、その勢いで突進してきたものをまともに食らえば、車に衝突したようなものである。
煉夜は、とっさに穂先付近を魔法で爆破し、その勢いに合わせて槍を振り上げる。通常、勢いを殺され、下に弾かれたものを、再び上にあげるのは難しく、馬の速度に間に合うはずもない。それを、魔法による爆破で間に合わせたのだ。しかし、爆破の衝撃は自身にも伝わるため諸刃の剣である。
「なるほど、いい機転だ!」
鷹雄は、そう言いながらも、グリンガレットから跳び、そのまま煉夜へと刃を向ける。その刃いにとてつもない何かを感じた煉夜は、とっさに魔法で障壁を生むが、悪寒と共に、それ以上に距離を取った。
「解呪の首切りの効果に気づいた……わけじゃないだろうけど、さすがだね」
鷹雄は、技能、というか、スキルと表現するべきなのか、一定の特殊な攻撃方法を持っている。漫画の必殺技のようなもの、とまではいかない、一定の技法なので、やはりスキルや技能という表現が的確だろうか。
今の攻撃は、ガウェイン卿とカーライルの田舎者という伝承に出てくるものが元になっているというか、鷹雄がカーライルで行った行動が元になっているというべきだろうか。鷹雄やケイなどがカーライルに住むカール卿を訪ねた時に、課せられた試練で、大男にかけられた呪いを、首を刎ねることで解いたというものである。
正確には、魔術的あるいは呪術的要素を破壊する魔法を剣にまとわせるものである。だとしたらば、そういう魔法なのでは、と思うかもしれないが、ガーラテイン自身が魔法を宿しているのと同じなので、それを剣に乗せるということは、剣の魔法自体を壊しかねないのである。それを壊さないことも含め、鷹雄の技能なのだ。
もっとも、剣にこの魔法を無効化する魔法をかけて、その上に、この魔法をかけるようなものなので、非効率なことこの上ない。そもそも、鷹雄には、こんな魔法は本来ならば必要ないのだ。太陽とは「命」や「回復」、「回帰」、「再生」の象徴であり、その最たる例が不死鳥である。それらもまた、鷹雄が化身として力を使うことができるために、鷹雄自身はおろか、周囲の状態異常や呪いといったものは解くことができる。なので、これは、あくまで鷹雄として魔法や魔力を解除するためのものである。
なお、これが煉夜に当たっていた場合は、煉夜の纏う魔力がすべて解除され、消費されていただろう。
「あいにく、勘がよくなきゃ生き残れない人生だったもんでな」
煉夜は、この対騎馬戦において、ある選択をする。それは、槍を捨てることである。槍というのは、間合いの面では有利であるが、騎馬で、それも突き崩せないものを相手に槍を持ち続けるのは悪手である。
地面に聖槍エル・ロンドを突き刺し、聖剣アストルティを利き手に握り替える。本来ならこの状況で、間合いを詰めなくてはならない剣を主体にするのは、悪手となるか、それとも。
そこからは早かった。型に沿った槍捌きとは異なり、獣狩りとしての攻めの剣捌きである。動き自体はともかく、動き出すのは早い。
隙間を縫うように動き、剣も剣で弾き、楯の位置を考慮しながら鷹雄を狙う。その動きは、幻獣や超獣と戦う感覚であった。複数の足と手と一部に固い鱗、鋭い爪を持った相手と戦っている感覚で、煉夜は挑む。
「人の動きじゃないな……!」
獣たちの異常な動きについていくための獣狩りとしてのスタイルは、視野の広い場合や尋常じゃないスピード、複数の腕や足などに対応するため、普通の動きではない。つまり、相手の死角に入り、弱点を衝くことに関しては特化している。
「黄金島の妖精女王!」
ピュセルとは、黄金の島の女主とも魔女とも妖精ともいわれる「白い手のピュセル」のことである。ガウェインの子とされるガングランが救った相手であり、好かれたが、エスメレというウェールズの女王を救うためにトーナメントに参加したことで離ればなれとなった。鷹雄の経験で言えば、ガングランもガウェインのことであり、ピュセルは妖精であった。そのため別れることなく契約をしただけである。
妖精の目、そして、妖精の魔法で煉夜の動きを阻害する。
「そっちが気分をあげて、全力装備ってんなら、こっちもそろそろ行かせてもらうか。……なあ、メア」




