203話:太陽降臨・其ノ一
約束の日は訪れた。時は流れ、煉夜が大森家に来てから1週間が過ぎようとする日の夜、煉夜と鷹雄の決闘の時である。空に雲はなく、きれいな満月が、まるで戦いを見届けようとしているかのように、空に輝いていた。
その場には、煉夜と鷹雄だけだが、そこから少し離れた場所に、大森家にいた面々が揃っていた。観戦、とまで楽観的な思いをしているのは宮くらいのものだが、2人の戦いを見たいと思うのは全員が同じだった。特に、ラウルは、煉夜のことは聞いていた上に、その強さを身で持って体験している。それと戦おうとしている皐月鷹雄という人物との戦いは、見ておきたいものであったといえる。
「煉夜君、よく来てくれたね。さあ、戦おうか」
それをいきなりだ、とは思わなかった。そも、この日まで数日とはいえ、それでも鷹雄の中では、かなりの時間に感じられたように待っていただろう。だからこそ、煉夜は、手に持つスファムルドラの聖剣アストルティを構える。
「そう、これだ……。君に見える、太陽と月。でも、今は、どうやら太陽が勝っているようだ。その太陽、この身で感じさせてもらうよ」
鷹雄は、静かに構えを取る。手には何も持っていない。だが、何かをする、ということは分かる、それだけの構えであった。
「皐月鷹雄、ガウェイン、様々な呼ばれ方をして生きてきた。だけど、……だけど、これから戦う君には知っていてほしい。あくまで、君との戦いに使うのは、僕が、僕自身で得た力であるということを知ってもらう意味でもね」
不思議な気分であった。煉夜は、そんな鷹雄の言葉に、なぜか自然と耳を貸していたのだから。
「改めて名乗ろう。僕の名前を」
たかが名前、されど名前。名は体を表すというように、その名前は、大きな意味を持つ。だからこそ、鷹雄は、あえて息を吸い、一拍空けてから名乗った。
「火明燦陽。すべての太陽の宿業を生まれながらに背負った男だよ」
すべての太陽の宿業を背負う。それは、すなわち、太陽に関する事象をその身に体現するということである。例えば、太陽神ルーの武具であったり、天照大神に関係する三種の神器であったり、この世全てに存在する太陽に関する権能は、ただ一人、皐月鷹雄と名乗る火明燦陽に集められているのだ。
その宿業の対となる存在、月の宿業を背負うもの、かぐや姫の末裔ともいわれている迦具夜燦月。デュアル=ツインベルと共にある世界を大きく変えた存在である。
「僕の借り物の力は、すべてその権能に由来するものさ。ただ、ガウェインとして生き、その時にもらったものは違う。だから、僕は、火明燦陽としてではなく、ガウェインとして、……僕が僕として生き、手にした力で君と戦わせてもらう」
太陽信仰は古くからあり、様々な神や存在として語られてきた。しかし、ガウェインという騎士は、そのどれにも当てはまらない別の存在である。火明燦陽が、ガウェインとして生き、手に入れた力そのものなのだから。
「鷹雄、お前が、お前だけの力で戦うというなら、俺は、その逆だな。俺は、あいつの魂と共に戦う。それが、俺が歩むべき道なのだと、そう信じるために」
先天的にすべてを背負い生まれた鷹雄、後天的にすべてを背負い生きた煉夜。だからこそ、この戦いで得るべきものは大きく異なるのだろう。
「――行くよ、『湖の精より賜りし太陽剣』」
「――生じよ、[煌輝皇女]」
世界が、輝かんばかりの光に包まれる。まるで太陽が2つ存在するかのようなまばゆさに、離れた位置にいた大森家の面々も思わず目をつむる。直視できないあふれ出る光の末、2人の騎士が現れる。
ブリテンにおける太陽の騎士――皐月鷹雄。
スファムルドラにおける聖騎士――雪白煉夜。
鷹雄は、銀の鎧に身を包み、華美な装飾などない剣を持っていた。煉夜は、黄金の鎧に身を包み、美しい槍とアストルティを持っている。
「やはり、槍か……!」
鷹雄が、煉夜の得物を見て小さくつぶやいた。鷹雄は、煉夜と初めて会った時にも、「しかし、その根底の動きには、独特の間合いの取り方がある。剣よりもやや長い、間合いの取り方がね」と、煉夜の動きの根底に、我流の剣術とは別の何かがあるのを見抜いていた。
「ああ、これは、聖騎士の証とも言えるスファムルドラ帝国の至宝の1つだ」
聖騎士候補筆頭として騎士となった煉夜は、装飾剣や儀式剣の役割が強いアストルティではなく、実用性の高い魔法槍であるこの槍を使う前提で戦い方を教えられた。そのため、剣も槍と併用して使う予備武器的意味合いでの戦い方が多かった。槍が使えないほどの狭い空間や槍を手放さざるを得なかったとき、槍の間合いよりも内側のみに限られるため、我流の剣術のように剣に重きを置くことがなかった。
また、煉夜が、剣に対してうまく魔力を込めることができないのもこの影響である。スファムルドラ帝国の至宝であるだけに、魔力を受けるキャパシティが大きい。その槍と剣を併用して使う関係で、通常の武器とは比べ物にならないくらいの魔力を注ぎ込んでいる。その感覚を真っ先に知っているがために、通常の武器に対する魔力の量がいまいちわからないのだ。もっとも、煉夜自身がいうように、彼の性格がおおざっぱかつ魔力の緻密なコントロールが苦手というのは間違いなくあるが。
「その銘は、スファムルドラ帝国の聖槍エル・ロンド。アストルティに並ぶスファムルドラの四宝だ」
至宝であり四宝。もともと、スファムルドラ帝国には4つの武具が伝わり、騎士の両手と皇帝の両手にそれぞれが当てはまるものとして存在していた。もっとも、皇帝側の宝の2つは、どちらも向こうの世界にすでに存在していない。
1つは、新暦になるきっかけとなった魔女と神と勇者や魔王を巻き込んだ大戦争の影響で行方不明となり、もう1つは、どういった経緯か、英国に流れ着いていた。リズの持つスファムルドラの聖杖ミストルティがそれのことである。
剣と杖、槍と■。それらが対となり存在している。それらの武具は、騎士と皇帝の役割を表したものであり、昔の伝説をもとに造られたといわれていた。
「なるほど、通りで……」
鷹雄が唸るのも納得の槍であった。華美かと問われればそうでもないが、シンプルかと問われればそうでもない、何とも言えない意匠の槍であるが、その穂に込められた魔法力とともに練り上げられた黄金の美しさは、普通の槍や聖槍、魔槍と一線を画すものにも見えた。
それこそ、鷹雄の知る限り最高の槍であるところの聖槍ロンにも似た美しさを秘めているといえる。
「さぁ、話はこのくらいにして始めようか」
そう言いながら、鷹雄が、湖の精より賜りし太陽剣を振りかぶる。通常、剣と槍の戦いであると、槍の方が有利であるといえる。正確に言うならば、決闘等の一定の間合いを持った戦いで、かつ、戦いの開始を互いが認識できる状況で、互いの位置が分かっている状況において、である。
間合いの広さでは、剣よりも槍が勝るのは、得物の長さを見れば分かることだろう。そうしたときに、先攻を取れるのは槍である。少なくとも、その分、槍が有利であることには間違いない。
これが、暗殺や奇襲ならば、大きく目立つことや使える場所が限られることから剣の方が有利となる場面もある。
鷹雄が振りかぶった剣を振り下ろすよりも前に、煉夜が聖槍エル・ロンドを突き出していた。その動きは、鷹雄の予想よりも数段速い。
(動きのキレが違いすぎる!)
煉夜と初めて会った時の戦いは、あくまで互いに本気を出していなかった。だが、それを考慮しても、煉夜の動きのキレが段違いだった。
しかし、それもそのはずである。煉夜が普段から使っている我流の剣術は「獣狩りのレンヤ」という異名を得た結果に伴って出来上がったものである。そのため、神獣や超獣などの大きな相手と戦うことを前提としているので、間合いの詰め方や攻撃までの軌道が、若干大振りで、剣の間合いの中では広めにとっている部分が見られる。
それに対して、槍に関しては、徹底した正規の訓練を受け、対人、対獣、対軍のそれぞれに大別した戦い方を叩き込まれている。戦い方が変われば、それまでの動きと全く違うように感じるのも当然だ。
突き出た槍を咄嗟に、引き戻した剣で防ぐ。しかし、そんな無茶な状態で槍を完全にいなしきれるはずもなく、剣が腕ごと持っていかれるのではないかと錯覚するような勢いを何とか逃すのであった。
(久々だが、身体はやはり覚えている。幾度となく振るった、この槍の感覚を)
煉夜は、聖槍エル・ロンドの感覚を、身体が無意識に覚えていることに自身でも驚いていた。煉夜にとってみれば、武道や武術の類など習っていなかったときに、初めて習ったものである。最初というものは、その人間の無意識下でその分野のすべての基本となってしまう。だからこそ、久しく使っていなかろうと、煉夜は、これを自然と扱えた。
剣を振るわなくなって、しばらくは感覚が戻らなかったにも関わらず、槍は衰えることがない。あるいは戦闘勘を剣で取り戻していたから、というのもあるかもしれないが。
そして、その状態で、次の攻撃に踏み込んだのは、やはり煉夜であった。最初のつかみ、先制を取るという意味では、完全に煉夜のペースである。
鷹雄がからがら逸らした槍をそのまま横に薙ぐ。鷹雄は、その薙ぎに合わせて横に跳び、そのまま、槍を逸らしながら間合いを詰める。槍よりも内の間合いに入った瞬間、煉夜は、槍から手を放し、剣へと装備を移行していたが、それでも、最初から剣を構えている鷹雄の方が速い。
「アストルティ!」
だが、煉夜が刀身に魔力を注ぎ、爆発的な黄金の光による目つぶしと共に、複数の魔力障壁を展開して、鷹雄を僅か後方へ弾く。
「……ッ!」
その隙に、煉夜は、足で槍を上へと蹴り上げた。当然、その一瞬の行動を見て、鷹雄は再び距離を詰める。
しかし、今度は互いに剣を構えた状態。それだけに、互いの剣が甲高い金属音を立ててぶつかった。拮抗する力、だが、足で槍を蹴り上げたせいで、若干足に踏ん張りが足らない煉夜が、鷹雄に押される。
だが、落下してくる槍で状況が変わる。一瞬、鷹雄がそれに気を取られ、その隙に押し退け、槍をつかみ振り下ろす。鷹雄は、それを避けるため横に避ける。しかし、そこを無詠唱の魔法で爆撃された。威力こそ、ロクに魔力がこもっていないが、それでも目くらましと距離を取る隙を作るには十分だった。




