200話:光の皇女・其ノ一
まるで嵐のように「祭乱の宴」の戦いは苛烈さを増す。最初は、ひとり突出した【創生の魔女】を全員で追う形であったが、そのうちに、様々な場所で戦いが散発する本来のバトルロイヤルへと形を変えた。
それでも、未だその中心にいるのは【創生の魔女】であることに変わりはなかった。魔法が、弓が、石が、様々なものが宙を飛び、それが狙うのは【創生の魔女】であった。しかし、それらをすべて、鞭一つで粉砕してしまう。躱すのでも、逸らすのでもなく、圧倒的な力ですべてをねじ伏せる様子は「祭乱の宴」の参加者・観戦者共に魅了する。
「何者だ、あのローブの人物は……」
観戦していた人々は、唖然として様子を見ていた。前評判で優勝候補とされていた人物たちをも圧倒するローブの女性は、もはや、あれが優勝する以外無いと言わしめるまでの存在となっていた。
騎士として名高いゴイロン・アガンや傭兵として各地の戦場を渡り歩いたブロイス、ハーケロン魔導大会で優勝したケイブス・フィ・ドース・アキウスなど、今大会の優勝候補は接戦で、賭けも盛り上がっていた。情報屋達がどんな人物が参加するのかを事前に集め合い、それを元に共同で賭場を開いている。本来は、違法なのだが、もはや一種の名物と化しているので、黙認状態である。
その賭けを覆す展開に、最初こそ賭場の面々も情報屋に怒る様子があったが、しだいに【創生の魔女】へと視線が吸い寄せられていた。
「あれは、『桎梏の女王』の再来の如き女だな」
一部のコアな人物たちの間では、非常に有名な伝説的存在が「桎梏の女王」という存在である。武器が鞭であり、鋭い鞭捌きで有名な新暦以前の存在である、という噂であり、その真実を知っているのは、一部魔女くらいのものである。
その乱戦も、しだいに収束していく。散発していた戦いも、しだいにその小規模な戦いの勝者が【創生の魔女】の方へと集まっていくが、それでも、結局、勝てずに打ちのめされていく、それが幾度か繰り返され、残っているのは、【創生の魔女】と煉夜、そして、数人の参加者だけだった。
優勝者は一人なので、協力して戦うというのは、最初の【創生の魔女】戦だけだったのだが、この最後の参加者たちは、4人で協力しながら【創生の魔女】と戦おうとしていた。
「なるほどね、連携も取れてるし、最初っからパーティなのかは知らないけど、なかなか面白いじゃない」
単体や隙を狙うような攻撃が多かっただけに、本格的なパーティでの攻撃はあまりなかったので、にやりと笑いながら、鞭を振るう。
「鞭の軌道だけを目で追っても無理だ、あれは、魔力で動かしてる、意識しすぎるな!」
「意識しすぎるなっつっても、避けるには意識しなきゃ無理だっての!」
鞭は魔力で伸び、かつ、魔力で自在に動くため、鞭の軌道を読もうとしても意味がないのだ。それは無論、多くの参加者がわかっていたことだが、わかってどうにかなるものではない。
「普通の鞭の軌道と魔力で操ってる軌道が混在してるのがキツいぞ!」
普通の鞭の軌道だと思って避けると、うねって巻きついてくることもあるし、不自然な軌道で近付いてきたと思ったら急に自然落下してくることもある。それらを読み分けるのが非常に難しい。
「魔力の流れで、どっちかは分かるから教える」
どうにか鞭を攻略しようとするパーティに、【創生の魔女】は、面白そうにする。そして、しばらくの間、鞭と4人が交錯する。剣で鞭をはじいたり、槍で鞭を巻き取ったり、どうにかして、鞭を攻略しようとしている様子が見て取れた。
しかし、それも長くは続かなかった。【創生の魔女】が魔法を使わなかったにも関わらず、そういう結果になったのは、偏に地力の差というものだろう。ここまで【創生の魔女】についてきた煉夜には魔力量という常人とは桁外れというものがある。しかし、常人や常人から多少外れた程度の存在では、魔女についていくことは不可能だったのだ。魔力による身体強化の持続時間、それすらも、大きな差となって出てくるのが、バトルロイヤルであるところであろう。
そうして、此度の「祭乱の宴」の優勝者が決まった。
「祭乱の宴」における優勝者というのは、最後の一人になった瞬間に決まるものであるが、【創生の魔女】と煉夜の2人が残っていた。しかし、煉夜は降参の意思を示したので、【創生の魔女】が優勝ということになった。
しかし、【創生の魔女】は、事前に言っていた通りに、優勝の賞品を拒否した。そうしたことで、ルールにより、自動的に煉夜へと受賞件が移るのであった。このルールは、かつて、優勝者が、優勝が決まった後に、その戦いで受けた傷が原因で亡くなったときにできたルールであり、優勝者が不在になった場合、次点に譲るというルールと、それと同時に、その時の準優勝者が「自分がつけた傷で相手が死んだ」という理由で受賞拒否したため、受賞拒否も可能というルールが追加されたのであった。
この2つのルールにより、煉夜が受賞する権利を得たのだが、当然、それに対する反感は強かった。ほとんど戦っている様子が見られていない煉夜が、受賞する権利を得るとは何事だ、と。しかし、「祭乱の宴」のルールはルールであった。ルールが追加になることはあれど、今回を例外たらしめるだけのものはない。それに、十数年に一度か二度は、こういったほとんど戦わなかったものが優勝することがある。
そういった際にも、こういった批判が出るが、それでも、結果的にルールと言われれば納得せざるを得ない、ということである。
そうして、煉夜は、場違いを自覚しながら、城へと向かうのであった。本来ならばドレスコードを意識した格好であるべきなのだが、優勝者が必ずしもそういったものを用意できるとは限らないし、かといって城で、その人の体格に合ったものを用意できるとは限らないため、ドレスコードは無視していいものとなっている。
そのため、煉夜は本当に普段着で、城へと招かれたのであった。本来ならば、煉夜も辞退しようとしていたのだが、【創生の魔女】が「せっかく貰えるんだからもらっときなさい」といったことで、城に来たのであった。ここで反感を買おうと、そもそも、【創生の魔女】と行動することで日陰に生きざるを得ないので、表に出ることがほとんどないため問題ないだろうという助言であった。
授賞式においては、武器の持ち込みの禁止、魔法の使用禁止が言いつけられており、授賞式が始まると、魔法封じの仕掛けが作動することになっている。もっとも、煉夜は、護身程度にしか武器を持っていないし、魔法は習っていないので使うことができない。
授賞式の間には、スファムルドラ帝国の皇族が、かなりの人数集まるため、警備はかなり厳重である。騎士団がいつでも対応できるようにしている。
皇帝陛下を中心に、ずらりと並んでいる面々は、知るものが見れば震えあがるほどに、皇族の中でも特に直系に近い面々だった。毎年のことながら、この日ほど、城に皇族が集まることはない。
「それでは、授与式に伴い、魔法封じの仕掛け『白黒魔女迷宮絡繰』を発動します。どなたも魔法や魔力の制御ができなくなりますのでご注意ください」
魔法を封じる仕掛け、というよりも、魔力の制御をできないようにし、魔法を使えないようにするものである。「白黒魔女迷宮絡繰」という名にあるように、「魔女」が造ったものであるが、これは、本来、神を封じるために造ったものであったのだが、通じなかったために、適当な迷宮に突っ込んだものである。
扉が閉まった瞬間に、その仕掛けは作動する。指定された空間に対して、八重曼荼羅式封印術式により魔力操作を妨害するように、術式に魔力を強制的に回し、固定する。
――そのため、ある一つの魔法が解ける。
扉が閉まるのと同時に、ほつれるように、魔法が解けた。その瞬間、煉夜から魔力が一気にあふれ出る。
ガタリと、騎士たちが煉夜に攻撃を仕掛けようとした瞬間に、皇帝陛下が「待て」と声をかけた。
「し、しかし、陛下、この魔力は尋常では……」
「魔法封じが作動している今、これは魔法の発動兆候ではなく、逆だ。この者に掛けられた魔力封印が解けただけだろう。なるほど、あの様子を見るに、魔力はあっても魔法は得意ではないのだろうがな」
正確には、得意ではないのではなく、使えないのであるが、それでも、この魔力量は十分に規格外と言えた。
「はい、確かに。あ、お、俺、いや、私?私は、魔力量こそありますが、魔法は学んでいないので使うことができません。そのため、上手く制御ができるまで、連れに封印の魔法をかけてもらっていました」
そうでもしなければ、魔力だけでかなり目立って仕方がないのだ。少なくとも、完全に制御ができるようになるまでは、魔力を見えないように封印せざるを得ないのである。常人程度の魔力まで抑えておけば十分であろう。
「なるほど、確かに、この魔力を力ない者が持っていたら、そうせざるを得ないだろうな。では、授与式の方へ移ろう」
珍妙なことや奇妙なことは「祭乱の宴」ではよくあることなので、皇帝は慣れている。それは、幼い頃から「祭乱の宴」の授賞式に皇族として参加していたから、というのも大きいだろう。授賞式には、様々な優勝者がいたため、一々動揺していては、皇帝など務まらないのだ。
「では、今回の授与式であるが、与える皇族は……我が娘、メアに任ずる」
皇族、それも直系、ということで、部屋は若干どよめいた。皇族同士でも、今年の役割が誰に与えられたのかを知らないものが多く、自分ではない誰か、という認識でしかなかったのだ。
現皇帝陛下には、娘が一人のため、実質、次期皇帝たる人物による授賞式ということで、メアからの受賞というのは、非常に大きな意味を持つのだ。
「はい、与えるものはすでに決まっています」
そう言いながら、一歩踏み出す少女。――メア・エリアナ・スファムルドラ。美姫と名高い彼女は、幼さと美しさの混じった美しい少女であった。
「では、メアよ。此度のバトルロイヤルの準優勝者へと、褒美を与えよ」
メアは、カツカツと足音を響かせながら、首を垂れる煉夜の元へと歩み寄る。
「わたくしは……、この者、レンヤ・ユキシロへ、わたくしの騎士としての役割を与えます」




