020話:明津灘家訪問其ノ一
誘拐事件から数日が過ぎたある休日のこと、煉夜はふと思い立った。司中八家の中でも煉夜の親友であるところの青葉雷司の母、青葉紫炎が言っていた2つの家に挨拶位言っておこう、と。実際助けてもらうにしても突然上がり込んで、信じてもらえるかどうかなど分かるわけがないので下見も兼ねて、その下地を作るのは悪いことではないだろう。
「と、言うわけで早速来てみたんだが……」
雪白家からバスに揺られて30分ほど。京都の中心から少し外れたところにその家はあった。煉夜が思っていたよりもはるかに大きい、和風の家、武家屋敷と言う表現が一番近いものかもしれない。
「おやおやぁ?お客さん、かなぁ?」
その声は、煉夜の背後からした。煉夜が後ろを振り返ると、そこには誰もいない。この怪現象に、煉夜は眉根を寄せたが、次に声がしたのは煉夜の上だった。
「奇妙な匂いがするねぇ、この世界じゃないみたいな、そんな匂いが」
上空を見上げた煉夜の眼に入ったのはドロワーズのようなものだった。そして、その人物は煉夜の頭上を飛び越えて煉夜の前に降り立った。まるで草のような緑色をした髪は下に行くにつれて茶色になっている奇妙なグラデーションの髪。
「お前は、……」
煉夜の直感が働いたというか、その少女のような見た目をした人物に煉夜は訝しむように話しかける。まるで、見た目通りの年齢ではない、それも年齢が大きく食い違っているかのような違和感。それは煉夜の思った通りである。
「初めまして、明津灘偉鶴だよ。魔法幼女ばーにんぐ!れもねーどって名前も持ってるけどねぇ」
その風貌はまさに魔法少女と呼ぶにふさわしい雰囲気だったが、彼女は魔法幼女を名乗る。煉夜はその奇妙な、それでも明津灘の姓を名乗る彼女に溜息を吐いて、胡散臭い彼女を信じることにした。
「それで、偉鶴さんはこの家の人なんですか?」
目の前の明津灘家を指さす煉夜。そんな煉夜に対して、偉鶴は興味深いものを見た様な目で煉夜を見る。
(なっるっほっど~、めっずらしい感じ。あの子と同じ……)
ニッと笑う偉鶴。一目で自分を見た目以上の年齢だと見抜いたのはそうそうないことだった。それゆえに、煉夜を紫炎の夫と同じような珍しい人間だと評した。
「ま、中に入りなよぉ、偉鶴が案内してあげる」
煉夜の裾を掴み、華奢な子供の見た目に反した強い力で偉鶴は引っ張る。予想外の力強さに煉夜は思わず引っ張られていってしまうのだった。
「たっだいま~!」
偉鶴は颯爽と家に入っていく。つられて煉夜は、そのまま中に連れ込まれていくのだった。もうどうにでもなれ、とそんなことを考えながら。
「おう、偉鶴ちゃん、帰ってきたんか!……って、なんやその子?」
男が偉鶴に向かってそう言った。その男は、偉鶴よりも遥かに年齢が高そうに見えるが、実際は偉鶴の方が年上である。
「拾ったのぉ」
その言葉に煉夜は「拾われてねぇよ」と小声でツッコミを入れた。まるで犬のような扱いに何とも言えない気持ちになる煉夜だが、その気持ちなど知らぬ存ぜぬな勢いで偉鶴はずんずん引っ張っていく。
「ただいまぁ、って、大地君、そこお父さんの席だよ?」
ふすまをパーンッと勢いよく開けて、上座に座る男を見るなり彼女はそう言った。それに対して上座に座る男は、はぁ、ため息を吐く。
「兄を君付けで呼ばんでくれよ、偉鶴。……って、そっちの彼は?」
偉鶴の兄である明津灘大地は、大地と偉鶴と紫炎の父、明津灘豪児の後を継いで当主になったのである。
「拾ったのぉ」
その言葉に煉夜は「だから拾われてねぇって!」とツッコミを入れるが、聞いたわりに興味が無いのか、すぐに偉鶴に対して話を戻す。
「全く、俺や木硫君はお前や紫炎とは違って年を取るし、親父もそうだ。5年も前に当主を引退したよ」
そんなことを言う大地に対して、煉夜は「部外者がいるのにそんなことを気軽に話していていいのか?」と思ったが、気にしないことにした。
「あれ、偉鶴叔母さん、帰ってきてたんだ。久しぶり。……で、そっちの彼は?」
部屋に入ってきた青年が偉鶴に対してそんな風に挨拶をしてから、煉夜の方を見て、他の2人と同じように聞いた。
「拾ったのぉ」
さんざんに繰り返す同じやりとりに煉夜はとうとうツッコむ気力を無くした。そして、ため息を吐く煉夜を見た青年は、眉根を寄せて、煉夜に問う。
「あれ、もしかして、君は、雪白家の……?」
青年の言葉に煉夜は「ああ、そうだが」と頷いた。正直に言って、煉夜からすれば、この中で危険なのは偉鶴だけで、その偉鶴もいざとなればやってやれないことはないと思っていた。
「雪白家のっていうと、……ああ、九尾の狐を式神にしたっていう、あの。なるほどね。噂には聞いているよ」
大地がそう言った。特段警戒した様子もない様に、煉夜は拍子抜けの印象を受けた。司中八家同士は仲が悪いということを聞いていた煉夜からすれば大地のこの反応は逆に不可解だっただろう。
「それで、雪白君は別に偵察とかするタイプじゃないだろうし、うちに偵察しなくちゃならないものもないし、何をしに来たんだい?」
まるで自分たちは価値が無いと言わんばかりの物言いに、いいのかと思いつつも、少し
挑発気味に大地に言う。
「偵察とかするタイプじゃないって、人を見た目で判断するのはよくないぜ」
煉夜の言葉に、苦笑気味の大地。そして、大地は何かを思い出すかのように、昔にやや思いを馳せながら言う。
「いや、君は絶対に違うよ。何せ君の性格や雰囲気は紫炎の夫にそっくりだ。そんな君が偵察なんてまどろっこしことはしないよ。大抵のことは頭の中で理解できてしまうし、細かいことよりも戦ってしまう、そんな君が偵察なんてするはずがないさ」
そのいいように、煉夜は未だあったことのない親友の父親がどのような人物なのか本気で考えたくなってきた。
「確かに偵察じゃないけどな。俺は、親友の母親に、困ったときは明津灘家か市原家を頼れ、って言われたから挨拶に来ておこうと思っただけだよ」
煉夜の言葉に「む」と声を漏らしたのは誰だったか、兎に角偉鶴以外の誰かである。そして、代表するように大地が聞く。
「親友の母親、とは誰のことだ?」
煉夜はあっけらかんとそれに対して答える。
「青葉紫炎さん。俺の親友の青葉雷司の母親」
淡々とその情報を言う煉夜に、全員が顔を見合わせた。そして、青年がスマートフォンを取り出して電話を掛ける。
「あ、もしもし、紫炎叔母さん、地弘ですけど、ちょっとお聞きしたいことがありまして」
その地弘の様子に煉夜は、思わず「うちとは違うな」と呟いた。水姫ならば、この場合敬語など使わないだろう。青葉姓と言うことは家を出て他所に嫁いだのだから、と。
「ええ、そうです。雪白家の……、え、はい、なるほど、そう言うことですか。分かりました。はい、はい、はい、なるほど、了解です。では、」
電話をしおえた地弘は、家族全員の方を向き、紫炎から電話で聞いた内容を、家の人間に説明する。
「どうやら、彼の言っていることは本当みたいだね。紫炎叔母さんに確認を取ったよ。それにしても、まあ、偶然とは言え凄い縁だね」
彼の言うことを煉夜はある程度理解していた。日本と言う国が大きいかと言われれば、煉夜にしてみれば小さい国である。されど、その中で司中八家と言う特殊な家が本拠地の京都から出て別の地でそれと知らずにあっているのは十分な縁と言えるだろう。
「まあ世界は狭いって言葉もあるし、そう言うこともあるんだろうな」
大地がそう言ったが、煉夜は何か釈然としないものを感じていた。仕組まれている、とは思っていないが、それでも何か惹かれあう原因があったのではないか、そう煉夜は思った。
「まあ、挨拶に来たのだったら、うちに追い返す理由はない。地弘の《陰》もまだ決まっていないから、他家に知られて困るような内容は本当にないからな」
煉夜は「陰……?」と内心で首を傾げたが、特に皆説明しないような雰囲気だったので聞き返すのも野暮かと思い、煉夜は見栄を張った。
「じゃあ、改めて、雪白煉夜です。有事の際は、妹ともども世話になると思うのでよろしくお願いします」
煉夜は改まった挨拶を一応する。これで、煉夜の目的は果たせたわけではあるが、両親や家の許可を取ってここに来た煉夜でも、長居はよくないと分かっている。
「じゃあ、俺はこれで……」
と帰ろうとした煉夜を引き留めたのは、偉鶴でも大地でも木硫でも地弘でもなかった。しわがれた男の声が煉夜を止めたのだった。
「そこの、こっちに来い。この家に来たなら、この部屋に寄ってもらわねばな」
老人、と称するにはやや若く見えるガッチリとした体格の男。この男こそ、前当主、明津灘豪児である。そして彼のいる部屋は、かつて明津灘家の《陰》の試練にも使われていた部屋である。
「別に彼は試練に来たわけでもないんだ。その部屋に寄る意味は」
大地が反論しようとしたが、豪児の性格はよく知っていたので、引かないことは理解していた。だから、言葉の途中で説得を諦めた。
「はぁ……、すまない雪白君、父のわがままに付き合ってくれないか?」
煉夜は静かに頷いた。この時の感覚を煉夜が後に説明するとしたら運命か何かと言うだろう。




