198話:祭乱の宴・其ノ弐
スファムルドラ帝国の関所は、素通りのような状態であった。「祭乱の宴」は国外からも商人がいろいろなものを売るために多く入ってくる。商人は、荷物が多く、それをいちいち確認していてはキリがない。その商人に紛れれば、簡単に国内に入ることができるのだった。
国内に入っても、さほど国外と変わらないものである。なぜなら、すぐに街などにつながっているわけではないからだ。基本的に街や都市は城壁で囲まれているため、それ以外の土地は、一部は村などがあるが、それ以外は馬車などが通るために多少整地した道がある程度である。
都市が城壁で囲まれている理由は、中世欧州などでは、敵国からの侵攻を防ぐためであるが、この世界においては、魔物の脅威から守るためという意味合いもある。
「基本的に、知能のある超獣や神獣は、人が怒りに触れるとか、そんなことしなきゃ近寄ってこないけど、魔物や動物は人里を襲うからね、でっかい壁で街を囲うのよ」
そんな説明をしながら、スファムルドラ帝国の帝都、スファムルドラを目指す。スファムルドラ帝国は、クライスクラ新暦になる以前のクライスクラ暦の頃から存在する国であるため、規模は、この世界屈指の広さである。
幸いにも、煉夜たちの通った関所は、スファムルドラに近いが、それでも馬車で3日ほどかかる距離だ。
「それにしても、レンヤもだいぶ魔力の扱いには慣れてきたみたいね」
こちらの世界に来て苦節5年、煉夜は、【創生の魔女】から魔力の使い方を教わっていた。それにより、魔力による身体強化で、歩くのがだいぶ早くなっている。無論、最初の方はそんなことができなかったし、魔力を使ったところで歩くことには変わりないので筋力は自然とついていたが。
「ああ、でもあくまでだいぶだけど。それよりも魔法が使えたらいいんだけどな」
煉夜は、【創生の魔女】から魔力の使い方は教わっていても、魔法の使い方は教わっていなかった。
「あ~、まあ、そうね。魔力はそこらの聖女や大……魔女以上にあるから普通に魔法は使えるんでしょうけど、幾分、魔法を教えるのが下手でね」
これは煉夜の側の問題ではなく【創生の魔女】側の問題である。魔女たちはおおむね天才肌が多く、魔法などは直感的なもので会得しているため、それを人に教えるのが難しい。それでも魔力の使い方をその直感理論通りに会得できた煉夜なら、【創生の魔女】が教えても魔法を会得できるであろう。しかし、
「魔法ってのは……あ~、普通の魔法ってのは、理屈や理論のあるきちんとしたものだから、その構成の仕方をきちんと知るには越したことがないのよ。だからこそ、魔法を習うなら、そこそこの魔法使いに習った方がいいわ。まあ、そういう出会いがなかったらいずれ教えてあげるわよ」
天性の感覚のみで魔法を使っていると、新しい魔法も自分で作れるが、それを人に伝授することができない。永遠の生死を繰り返す魔女ならまだしも、それ以外の人間ならば、正統に魔法を習った方が万倍いいのだ。
「そこそこの魔法使いってどんな魔法使いさ」
煉夜はこの世界の魔法水準がどの程度なのかが全く分からない。それゆえに、どの程度が「そこそこ」に分類される魔法使いなのかが予想もつかないのだ。目の前にいる魔女なる人物がトップクラスなのは分かっていても、その底すらも見たことがない。
「スファムルドラだったら、そうね……帝国の魔導顧問レベルじゃないかしら。今は確か……アニメス・ロギードだったかしら?いえ、その後……うーん、正直、近寄ってないから覚えてないわね」
そんな話をしながら、煉夜たちは、途中の街に寄り道しつつ、スファムルドラまで、約一週間かけてたどり着くのだった。
「ここがスファムルドラか……。さすが帝都、でかいなぁ」
スファムルドラの帝都は巨大な城壁で囲まれており、その中は、押し込まれるように建てられた建物たちが乱立している。大通り以外は、狭い路地になっていて、道の幅員をはるかに凌ぐ建物の高さに囲繞間はそこはかとないものとなっていた。
「全く、こんな狭い路地を利用してまでもバトルロイヤルが毎年行われるんだから、面白い国よね」
その【創生の魔女】の発言に煉夜は首をかしげる。事前に聞いていた話と異なる部分があったからだろう。
「あれ、『祭乱の宴』は一皇帝につき一回だから毎年はおかしいんじゃないのか?」
そう、【創生の魔女】は「祭乱の宴」は一皇帝につき一回と煉夜に教えていた。だからこそ、そこを疑問に思ったのだ。
「ああ、なるほどね、違うわよ。正確にはその皇帝が崩御するまでのすべての『祭乱の宴』が一回よ。だから、皇帝が崩御して、次の皇帝が即位した年に、前皇帝の『祭乱の宴』での最後の優勝者には、新皇帝が叶えられるだけの願いを言う権利が与えられるの。それとは別に、毎年、優勝者には皇族から様々なものが授与されるってわけ」
ややこしい話ではあるが、「祭乱の宴」という一皇帝につき一回の行事があり、その行事は、皇帝が即位した年から皇帝が崩御する年までを一回と括る。そして、その一回の期間中に毎年、バトルロイヤルが開催されて、その優勝者には皇族から様々なものが授与される。そして、皇帝が崩御した年の優勝者には、それとは別に、その次の皇帝が叶えられる限りのことを要求することができる、ということである。
「まあ、新皇帝が叶えられる範囲の、ってのは、新皇帝の威厳を示すためっていうのと、新皇帝の権威を確実にするためのものって意味合いで行われていたのが慣習化したものなんだけどね」
皇帝が変わるということは、前皇帝の権威や人望を引き継げなくては、反乱が起きかねない。その懸念をなくすためには、皇帝の威厳を示しておくことが必要となり、それが、願いを叶える、叶えられるだけの力を持っていると示すことである。
「へぇ……じゃあ、今年の優勝者には、皇族が何かをくれるってわけか」
皇族というものがどういうものかもよくわからない煉夜は、与えられるものがどんなものなのだろうか、と考えてみるが、やはり想像もつかなかった。
「さあね、そもそも、皇族っていったって、傍流から姫に皇妃に、いっぱいいて、その誰が今年与える役目を持ってるかは、その年の優勝者が決まるまでわからないからね」
スファムルドラ帝国ほどの長い歴史を持つ帝国ともなると、皇族というだけでもかなりの数がいる。それは、皇帝の息子が複数いれば、継いだ皇帝の一族の他に、別の流れも生まれるからであり、かつ、皇帝や皇族に嫁いだものであったり、逆に婿養子に来たりという存在たちの一族も遠縁ではあるが、皇族である。長い歴史の中で断絶した家も多くあるが、それでも、かなりの量である。
そして、その中の誰が優勝者に授けるのかは、決まっていない。それは、本流に近ければ近いほど名誉である、という認識が存在しているからだ。そうなると、事前に公開してしまうと、本流が与える時と傍流が与える時とで、参加人数や盛り上がりが変わってしまう。しかし、授与式のその場で決めると、与える側が困るため、やはり事前に誰が与えるかを決める必要がある。その結果、公表しないということで落ち着き、それを臣民は納得しているのである。
もっとも、臣民は、バトルロイヤルへの参加というよりは、稼ぎ時ということで屋台や出店をすることが多いので、人が毎年集まる方が嬉しいに決まっているし、国外から来る参加者は、他国の皇族と直接会うことができるというだけで、かなり名誉なことなので、多くの支持を得ることができたということだった。
「なあ、これには、かなりの猛者たちが集まるんだよな。ユリファってどのくらいまで行けるの?やっぱり、ユリファでも優勝は難しいの?」
煉夜は、この世界に来て、約5年。魔女と呼ばれる存在が忌避されていることは知っていたが、どうして忌避されているのかまでは、詳しくは知らない。かつて神に叛逆した存在である、という程度の認識であった。つまり、魔女の実力を知らないのだ。
「……んー、若干、カチンときたんだけど。じゃあ、参加する?圧倒的優勝を勝ち取ってやるわよ」
【創生の魔女】は、強さで言えば、この世界でもかなり上位に位置するのだが、煉夜はそれがいまいちわかっていない。これまで魔女という立場で人から恐れられてきた。それはあえてそうしてきたということもあるのだが、低くみられるというのは、やはり立場上認めたくないものであった。
「え、参加しないんじゃなかったのか?」
「あん?いいわよ。あんまり目立つわけにはいかないってだけで、まあ、優勝しても逃げればいいだけだし」
魔女という立場上、どのみち優勝したところで、何かをもらえることはない。それに、普段はフードで顔を隠していることもできるし、いざとなれば、仮面なりなんなりで顔を隠すことも可能だが、さすがに皇帝の前でもその態度でいることは認められないだろう。
そうなったら逃げるしかないが、それでも、全部倒せば、強さを見せるという目標は達成しているので、授与などはどうでもいいのだ。というよりも、一国の皇族が与えられるようなものは、魔女である彼女にとって無価値なものか、簡単に手に入るものがほとんどなのだ。国宝でもない限りは、【創生の魔女】の興味を引くものはないだろう。
こうして、「祭乱の宴」に史上初の魔女参戦が決まるのだった。




