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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
太陽降臨編
197/370

197話:祭乱の宴・其ノ一

 鷹雄と話した翌日、檀と宮が事情聴取の方に参加するということで、大森家から小田原城に移動することになった。煉夜が護衛を担当しようとしたのだが、煉夜の代わりに鷹雄が護衛に参加することになった。そこにはいろいろと事情があり、煉夜を働かせすぎているという配慮が主なものだが、あれだけ人間離れした魔法や力を持つ煉夜を敵が恐れないはずがない。怯えは焦りを誘発する。下手に煉夜を連れて行って話が聞き出しづらくなるよりは、鷹雄を護衛にした方がよかった。


 そんな事情もあり、檀と宮が大森家を発ったのと入れ違いに、北大路夫妻が大森家に戻ってきた。これはいい機会だ、とばかりに煉夜は夜宵に、夜風との話し合いの場を設けてほしいと懇願する。






 そういった事情から、現在、居間には、煉夜と夜風、夜宵の3人がいた。漆器は席を外している。


「すみません、一家団欒もありますでしょうに、話をしたいという要望に応えていただき」


 久々に家族が揃ったのだから、そういった積もる話があるであろうことは煉夜も理解していたが、それでも話をする場が欲しかったのである。


「いえ、構いませんよ。それに話をしたいと思うのも当然のことでしょうし。ただ、話せることも限られてはいますけどね」


 申し訳なさそうにする煉夜に対して、軽く笑う夜風。特に怒っているような様子もなく、煉夜と話す気があるようだ。


「……ですが、その前に、改めて名乗っておきたいと思います」


 そう話を切り出したのは、夜風の方である。初対面の時は、簡便に名前を名乗り、縁がないといった程度であるため、改めて、この場で名乗るべきだと判断したのだ。


「元・保安警務委員会、【湖の夜風】ことキャステル・ジグレッドと名乗っていた時期もある北大路夜風というものです。今は主に主婦業をやっています」


 保安警務委員会なる謎の言葉に、煉夜は眉根を寄せざるを得なかった。少なくとも普通の組織ではないということくらいしか把握できない。


「そして、あなたは、スファムルドラの聖騎士……いえ、正確には守護騎士ですか。それでいて、獣狩りで、魔女の眷属である雪白煉夜君。あなたのことは、委員会のメンバーから聞いていました」


 夜風や氏康が煉夜のことを知っていたのは、偏に【ヴィサリブルの芙艶】ズッチェル・マキイータから「予見」を聞いていたからに過ぎない。そのため知っている情報も断片的なものでしかない。

 保安警務委員会は、時空間に遍在する特殊な組織であり、【霧山の天狗】をリーダーとするものである。その歴史は古く、統括管理局よりも前には存在していたとされている。そのメンバーはそれぞれが一芸に特化した性質を持っており、「刀使い」であるリーダーを筆頭に、副リーダーが「糸使い」、他にも「毒使い」、「棒使い」、「花使い」など多少普通ではないものを持つ者もいる。

 夜風は「銃使い」として、氏康は「大太刀使い」として手腕を振るっていた。もっとも、氏康の場合は、「刀使い」のカテゴリーに近いためリーダーの直属の配下である。


 そんな中、【ヴィサリブルの芙艶】ズッチェル・マキイータは「予見使い」である。「予言」ではなく「予見」である。「予知系統」の能力者というのは、一定の割合存在している。煉夜の知るところでも、似鳥雪姫などが予言の能力を持っている。しかし、「予言」と「予見」は異なるものである。それは「言う」と「見る」の違いではなく、根本的に異なるものである。「予言」は、神の域に触れ、先の未来を教えてもらっているに過ぎない。「予見」は、自身で神の域に踏み込まなくては起こせないものである。よって、精度は「予見」の方が限りなく正しい未来が見える。


「あなたが聞きたかったのは、その部分でしょう?どうして自分のことを知っているのか、という部分。なので、何を聞いていたのか、という部分を話しましょう」


 煉夜の言いたかったこと、聞きたかったことを理解している夜風に対して、話のスムーズさはありがたかった。


「ヴィサリブルから聞いていたのは、あなたが、ある存在と戦うという予見です。そういった存在は、こちらの専門外ですからアレなんですが、とにかく、その戦いには無関係なのでたいしたことは聞けませんでした。それでもあなたは、大きな戦いに挑むことになります」


 大きな戦いという抽象的な表現に、煉夜は眉根を寄せる。それを聞いて、どうしろというのか、という気持ちである。


「大きな戦いというのは国の規模とかそういうことでしょうか?」


 せめて規模がわかれば幾分か準備のしようがあるものだ、と思い聞いたのだが、夜風は、非常に微妙な顔をしていた。


「いえ、大きなというのは規模の話ではなく、あなたの人生にとって、という意味です。そして、それに対する準備をするならば、あなたのルーツ……雪白家の最初を知ること、でしょうね」


 それは、真田繁にも言われたことであった。そこに煉夜の戦いに関する何かがあるということだろう。


「雪白家の最初……、そこに何かがあるということですか……」


 繁に言われてから、調べていた煉夜ではあるが、なかなかそこにたどり着くことが難しい。特に、雪白家というのは、元から陰陽師の一族だったわけではないので、【日舞】からの派生であることは明らかであるが、さらに奥の部分までは、当主しか知らないような門外不出の部分が多く、知ることが難しいのだ。


「ええ、そこにたどり着けば、あなたは……」


 夜風は、その後の言葉を口にすることはなかった。されど、心の中で静かに思う。


(あなたは、『白雪の陰陽師』というものを目の当たりにするでしょう)


 口にしなかったのは、ヴィサリブルに口止めされていたからだろう。だから、そこで話題を変えるように話を切り替える。


「ああ、そういえば、あなたは、鷹雄君と戦うんでしたね」


 露骨な話題転換ではあったが、煉夜は、ひとまず「雪白家の最初」という思考を片隅に追いやって、うなずいた。


「ええ、戦いたいといわれたので。それに、こちらにも戦う理由はありましたから」


 あくまで、そんな風に上辺の部分で答えた。それに対して、夜風は微笑みながら、内心を見透かすように言う。


「使うんでしょう、聖騎士としての力を。いえ、正確には、聖騎士ではないのかもしれませんけれど」


 その言葉に対して、煉夜は微妙な顔になる。


「あくまでも、聖騎士ですよ。誰になんと言われようと、『最後の』聖騎士です」


 煉夜は、思い出す。スファムルドラの聖騎士としての、……かつてのことを。今から数百年前の向こうの世界の記憶を呼び起こす。







 クライスクラ新暦1258年。煉夜は、【創生の魔女】と共に「八方」を訪れていた。これは、煉夜がこの世界に召喚されてから5年の歳月が流れてからのことである。超高額賞金首であり、かつ、顔の知れた【創生の魔女】は、特定の場所を拠点として長期間いるといらぬ諍いの原因となるため、放浪していた。それに付き添う煉夜も当然ながら、この5年間はそれに従ってあちこちに移動するので、最初は体力もなかったが、しだいに体力や筋力もつくようになってきた。それに加えて、莫大な知識を有する魔女から勉強を教わっているため、数学などはそれなりにわかるようになってきていたところである。


「と、言うわけで、次の目的地は、この『八方』にある一大帝国、スファムルドラ帝国よ」


 このご時世、徒歩での旅路というのは滅多にないが、よく襲撃に遭う魔女たちは、馬などを使うと、襲撃の際に巻き込んでしまうので失うことが多い。愛着の面や費用の面で馬に乗ることをやめていることが多いのだ。同様の理由で馬車なども利用しない。


「一大帝国って、それって大丈夫なのか?人目を避けて行動してるんじゃなかったっけ?」


 煉夜は、そんな風に【創生の魔女】に聞く。人目を避けて行動するのに、大きな国に入るのは避けるべきじゃないか、というのはもっともな疑問である。


「ええ、普段なら検問も厳しいから絶対に寄らないんだけどね。今は都合がいいのよ」


 場合にもよるが、各国の国境と「方境」には関所のようなものがある場合が多い。それは国に不穏分子を入れないためであり、当たり前の処置ともいえた。ただ、魔物が多い地域などになると、関所が魔物による襲撃を受けて被害が出ることや検問待ちをしている旅人や商人が魔物に襲われることもあるため、検問が緩かったり、なかったりするのだ。なので、人目を避けて通るときは、そういった魔物の多い、つまり人のいない方へと移動する。


「都合がいいって、検問が緩い時期なんてあるのか?」


 検問というのは、同じ基準で行われるものであり、緩くなるということはない。だが、それは場合による。


「今はね、『祭乱の宴(ユーレンファーレ)』の時期なのよ。えっと、つまり大きな祭よ」


 大きな祭ともなると、普段よりも多くの人間が国に入ることになる。それは商人も貴族も旅人もである。大量の人間が訪れるにあたって、同様の検問をしていると、それだけで膨大な時間がかかる。そうなると、必然的に、祭りの時期だけは検問を緩めざるを得ないのである。


「祭……へぇ、こっちの祭ってどんな祭なんだろう」


 煉夜の想像する祭は、煉夜の育った三鷹丘市の隣の市である鷹之町市で行われる大きな祭のようなものだった。


「『祭乱の宴(ユーレンファーレ)』は、他の催事とは結構違うのよ。国を挙げたバトルロイヤル。優勝者には皇帝直々にご褒美がもらえるのよ」


 長年、スファムルドラ帝国で行われてきた伝統行事である「祭乱の宴(ユーレンファーレ)」は、スファムルドラの皇帝が直々に報奨を与える一大行事で、一皇帝に一回の行事である。そして、優勝者には、皇帝がかなえられる限りの報酬を与えるというものだ。


「まあ、参加する気ないから、それはどうでもいいけど、出店とか屋台とかいろいろおいしいものもあるし、大きな国だと地方にはないものとかも買えるから、買い込むチャンスなのよ」


 そんな風に言いながら、2人の旅路は続く。

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