196話:プロローグ
夜通し戦ったために、後の処理や事情聴取、西園寺後取と北条氏康の対面などは、槙と松葉、北大路夫妻に一任し、煉夜たちは、大森家へと戻ってきていた。ラウルは、事情聴取の証人なども含めての理由で小田原城に残っている。西園寺後取たちが収容されているのは、小田原城地下であるため、何かあったならば小田原城に向かわなくてはならないが、いつまでも小田原城を城址公園ごと封鎖しているわけにもいかないので、元々立ち入れない地下に収容したまま、休むために大森家に戻ったのだった。
風魔忍軍である、南十字家の忍たちがいるため、地下牢から抜け出される恐れがあったが、煉夜と鷹雄が三重に結界を張っているので、その問題も解決したと言えた。
「煉夜君は一週間くらい滞在する予定でしたよね。鷹雄君はどうします?」
だから、居間で一息ついているときに、そんな話が出たのであった。一通りの解決を見せて、ひと段落したからこそ、話しておきたい話であったのだろう。
煉夜は、中空宮堂で、木連の知人である灰野鳥尾から、一週間ほど待つように言われて、宿を探していた最中に大森家のお家騒動に巻き込まれ、結果的に大森家という宿を手にしたので、あと数日滞在するのは明白であった。
鷹雄は、檀に拾われた恩義に報いるために、お家騒動の解決まで大森家で檀の護衛をすることになっていたのがきっかけである。そうなった以上、それが解決した今、鷹雄がどうするのかを知っておきたかったのだ。
「迷惑でなければ僕も煉夜君と同じように、あと数日は置いてもらいたいね」
風来坊な鷹雄の性格を考えると、すぐにでも出ていくのではないか、と思っていただけに、その答えは若干意外であった。それに対して、美乃が笑う。
「まあ、では、お二人がこの家を去る時には送別会も兼ねて、腕によりをかけて料理しないといけませんね。美乃のできるかぎりのことをしますよ。それに槙様と松葉様が戻られた復帰祝いもしないといけませんしね」
ほくほくと子供らしい笑顔で言う光景は普通に見ればほほえましいのだろうが、煉夜以外には、若干張り切りすぎているようにも映った。
「ま、なんにしても、かなり迷惑かけちゃったからね、あと少しの間だけど、ゆっくりしていって~」
そんな風に宮が笑う。正確には宮の家ではないので、今のセリフを言うべきなのは檀なのだが、もはや、宮の家も同然状態なので問題ないだろう。
「ええ、では、お言葉に甘えて、ゆっくりさせていただきます」
煉夜はそんな風に返しつつも、一つ、気になっていることがあった。北大路夜風である。あと数日あるので、一度じっくりと話をする機会があれば、と考えていた。
「そうだ、煉夜君、後で話があるんだけど、大丈夫かい?」
唐突に、そんな話を切り出した鷹雄に、煉夜は若干の戸惑いを見せたものの、特に用事もなく、問題もないためうなずいた。
食事等を終え、ひとまず落ち着いた後、煉夜は、鷹雄に呼び出されて大森家の庭に出ていた。夜ゆえに涼しい風が煉夜の頬を撫でた。いったい何の話か、と鷹雄が話を切り出すのを待っていると、鷹雄が重い口を開いて、話し始める。
「煉夜君、君は、……君は、あの力を本気でぶつけ合ったことがないだろう?」
一瞬、何のことかわからなかったが、すぐに、何を言っているのかが理解できた。光の幻想武装のことである、と。
確かに、煉夜は、あの幻想武装を……いや、どの幻想武装もほとんど使って戦ったことがない。使うのをためらうだけの理由と、剣を振るい始めたときと同様に覚悟というものが足りなかったこと、そして、それを使わざるを得ない状況まで追い込む敵があまりいなかったことなどが原因である。
「ああ、それがどうかしたか?」
しかし、だからこそ、本当に「どうかしたのか」である。そうであったとしても鷹雄にそれを気にする動機が見当たらないのだ。
「頼みがある。僕と、……今一度、僕と戦ってはくれないだろうか。初対面の時の途中で遮られたような戦いではなく、互いに本気を出した戦いを」
思えば、初対面から真っ向勝負であった、と互いに思う。互いに、本気を出していない状態とはいえ、だからこそ、互角になり、本気を出すか否かを迷うほどの戦いであった。その後も共闘はすれど、敵対することはなかった。
「なぜ、戦いたいと?」
別に戦うことには問題がないが、その理由を知りたかった。何故、鷹雄は、煉夜へと戦いを挑むのか。
「……僕は、長いこと生きてきた。それこそ、おそらく君よりも長く生きているつもりだ」
煉夜は、数百年におよぶ時を異世界で過ごしている。そして、鷹雄は、それを見抜いているだろう。それでも、なお、自身の方が長く生きていると思うだけの時間を、彼は生きてきたのだ。
「昔はいろいろなことをした。それこそ、ある王に仕えたのも、そのいろいろなことの一環だったんだろうと思う。そこでいろいろな人間とも出会った。それこそ、友と呼ぶべき仲間たちにも出会ったし、それを失ったこともある」
ぽつりぽつりと、思い出を懐かしむように吐露する鷹雄。その瞳は、夜の空の遥か向こうを見ているようであった。
「そうやって、長い間生きてきた僕は、いつしか、『人を見る』ということに興味を見出したんだ」
人の行動を、自分とは違う存在を、そしてその在り方を見る。そうして鷹雄は生きてきた。人の栄枯盛衰を見守る。ある意味では、「神」に近いのかもしれない行為である。
「特に、僕は『太陽』を見る。それはおそらく、生まれ持っての性分なんだろうけど」
鷹雄は、「太陽」というものに執着を持つ。それは、己の持つ聖剣「|湖の精より賜りし太陽剣」の特性ゆえ、ではない。その剣を湖の精にもらうよりも前から、鷹雄は太陽というものに最も近しき存在であった。
「そして、僕は君の中に『太陽』を見出した。いや、正確には、『太陽』と『月』を同時に見出した。普通、それらを同時に持つことはあり得ないことではあるけれど、絶対にないわけではないし、それ自体はどうでもいいんだ」
「太陽」と「月」、あるいは、言い換えるならば「光」と「闇」。かつて、煉夜のことを「光と闇を同時に抱えている」と称した存在は鷹雄の他にもいた。【流星を見上げる者】。鷹雄と同様に、長い時を生きた「惑星の観測者」であり、歌い継ぐ語り部でもある。
「僕は、君の『太陽』を感じたい。そして、その後、僕は、きっと新しい一歩を踏み出せる気がするんだ」
彼は、観察者となったときに、一歩身を引いた。それ以来、そこから一歩を踏み出すことがなかったのだ。彼と対極にいる人物は、好き勝手に暴れているというのにもかかわらず。それをうらやましくもあり、しかし、見ていようとも思った。しかし、異質かつ強敵である煉夜を前に、その足が一歩を踏み出したがっているのがわかった。だからこそ、鷹雄は煉夜に戦いを挑む。
「一歩を踏み出す、か……」
そして、煉夜もまた、一歩をためらっていた側の人間であり、そして、金猛獅鷲との戦いで、その一歩を踏み出したのである。だから、……
「わかった。それで、いつ戦うんだ?」
それは暗に「今からか」という問いかけである。しかし、鷹雄は微笑を浮かべつつ、夜空を見上げて言う。
「最後の夜だ。僕と君がここを去る、その最後の夜に、君と戦おう」
夜、という時間をあえて指定したのは理由がある。それは鷹雄が鷹雄として戦うために必要なことであるからだ。
「僕は、朝から昼にかけて、不死身となり、その身体能力も向上する。昼を頂点に、力も上下するけど、まあ、ほとんど差はないんだ。そして、夜にはその不死性が失われる。それは手加減でも何でもなく、フェアに君と戦いたい、それだけなんだ」
鷹雄は、太陽が出ている間は、不死身である。それゆえに、その戦いにおいて、太陽が出ている間に戦えば、煉夜は鷹雄に傷をつけることすら難しくなってしまう。だからこそ、夜である。もっとも、夜にしたことにより、「|湖の精より賜りし太陽剣」の力も低下してしまうが、鷹雄にとって、それは大した問題ではなかった。
「君と僕、どちらの『太陽』が地上を照らすのか」
「ああ、俺の『太陽』とお前の『太陽』のどちらが上なのか」
本来ならば、煉夜は、競うために幻想武装を使用するなどよしとしないだろう。だが、今回は別である。「覚悟の確定」。
あの戦いで、覚悟を決めて、幻想武装を使ったが、次も同じようにできるとは限らない。だからこそ、「覚悟の確定」をする必要がある。それゆえに、煉夜は、この戦いを行う。――ともに歩むと決めたから。
クライスクラ新暦1259年。スファムルドラ帝国で勲章を授与された「最後のスファムルドラの聖騎士」、レンヤ・ユキシロ。与えられた3つの秘宝。光の幻想武装[煌輝皇女]。
対するは、騎士としての武勇勇名名高き5、6世紀を代表するブリテンの王に仕えた「太陽の騎士」、■■■■――皐月鷹雄。その本質は「太陽」、性質も「太陽」。
2人の騎士は戦う。それは、己が道を決めるため、新たな覚悟で一歩を踏み出すための「儀式」。




