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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
一夜血戦編
195/370

195話:後北条氏と相神大森家

 武将たちの会談が一息ついたタイミングを見計らって、槙は、武将たちの元へと近寄った。粛々と歩く様子は、緊張しているようにも礼儀正しいようにも見えた。


「御歓談中申し訳ありません。氏康様にお目通りしたく参りました」


 槙は一応、当主としての教育を受けているため、礼儀については多少ある。少なくとも、人を不快にさせない程度には。


「む、……その面差し、そうか、綱成の、……大森の当主か。綱成に似ているな」


 氏康は、槙を見るなり、その姿を綱成と重ねた。そっくりというわけではない。しかし、その顔の雰囲気やまとう気配が似ていたのだ。そういった意味では、檀よりも槙の方が綱成に似ている。


「はい。お初にお目にかかります。大森家当主、大森槙です」


 深々と頭を下げる様子が、綱成を思い起こし、氏康の顔に笑みが浮かぶ。こみあげてくるなつかしさを感じながら、槙に向かって言う。


「そうかしこまるな。お前はすでに大森という家の当主なのだろう。ならば、構わん」


 どうしても少女然とした見た目に引っ張られてしまうが、それでもまぎれもなく北条家の当主たる風格を持った一人の武人であった。


「いえ、しかし、大森家はもとはといえば、北条家から派生した一派にすぎません」


 本流である北条の当主格にかしこまらないなどとんでもない、と言わんばかりに槙は言う。しかし、氏康はそれに眉根を寄せる。


「大森が派生した一派……?ああ、なるほどな、そういうことか!」


 氏康が何かに納得するようにうなずいた。この事件の発端、根源に氏康と大森家一同に思い違いがあったことがようやくわかったのだった。


「勘違いしているようだが、大森家ってのは、北条から派生した一派でも何でもなく、立派な新しい家だ。母体として北条に仕えていた家々ってことはあるが、決して、北条に仕える家じゃないんだよ」


 今回の事件の発端は、「大森家が北条家の正統後継者ではない」ということを西園寺家が主張したことにある。それは、「滅んだ北条家の正式な後継としてできたのが大森家である」という前提があるからこそ起こる主張であった。

 しかしながら、氏康は、「大森家は北条家の後継ではない」と断言する。それは、氏康がすべてを知っているからこそわかることだ。


「どういうことですか、大森家が、北条家からの派生ではないというのは」


 思わず、早口気味に聞いてしまう槙。それもそうだろう。家の確執の原因であり、妹たちを危険にさらしていた原因でもある部分に新しい情報があるというのだから。


「簡単な話だ。そもそも、北条の正統な血脈はオレがここにいる以上、続いていないってのは、家臣一同、知っていた。それで、オレが家に戻らないことも明かしてあったから、大森って家を新たに作ったんだよ」


 後北条氏三代目当主である北条氏康が、その座を息子に譲って、別世に行ったのは、何も無断でというわけではない。さすがに、周囲の状況も考え、病死という扱いで記録には残しているものの、綱成を含め、当時の家臣一同にそのことを告げてからのことだった。


 むろん、「禄寿応穏」と「三つ盛鱗」を氏政……四代目当主に継いでから行くべきという声は、当時も上がっていた。しかし、氏康が現役で生きているときにそれを継ぐことを氏政がよしとせず、結果的に、後北条氏の栄華が終わることを承知で、後継をつくることなく、氏康は、遥か時移ろう別世への旅を始めた。旅に行くことになった経緯等は割愛するが、そうして旅立った後に、後北条氏は散り散りになった。


 それから時を経て、散り散りになった後北条氏の家臣たちが、北大路家、東条家、西園寺家、南十字家となって玉縄に集った時に、偶然にも氏康がその場に帰ってきていた。

 そして、再びこの家々をまとめてほしいと頼まれるも、「昔、ほっぽって出てった老とる(ロートル)が、そんなことできるか」と拒否し、その時点で、系譜として異質を継ぐ「禁黄」の家系たる玉縄北条氏をまとめ役に氏康が指名。その結果、生まれたのが、「大森家」である。

 それゆえに、「大森家」と「後北条氏の後継」は関連していないのだ。


「まあ、書類や資料に、オレが出てきたらおかしいってことで、オレの名前は伏せてもらったけどな」


 家の創設に関する資料というのは、何もその家だけで保管するものではない。特に、現状のように、政府とのつながりを持つ上では、どうしてもその家の成り立ちを政府に資料や書類として見せる必要がある。そうなった際に、「北条氏康」なるすでにいないはずの戦国武将が登場していたら信憑性など皆無になる。そういったことを踏まえ、氏康は、その名を残さないように徹底させた。


「それでも、創設時の資料なんかには、確実に、北条とは別の新たな家として、大森家をつくる、と記されてるはずだが、どこで、北条の後継なんてことになりやがった?」


 その氏康の疑問に対して、ある程度の仮説を立てられたのは、煉夜であった。しかしながら、内情をあまり知らない煉夜が、聞いた話だけを基に立てた仮説である。


「仮説ですが、それでもよろしければ」


 そう前置きして、煉夜は、その仮説を披露する。特段、変わったことのない、あたりさわりのない仮設である。


「まず、大森家が何代続いているのか、ということを存じ上げませんが、少なくとも、何代目かの当主が、政府とのかかわりを持っています。それは、この神奈川県という地域で、横浜などとの共生を図るうえで必要だったことであると聞いています」


 その情報自体は、大森家で仕入れたというよりは、中空宮堂に行く際に聞かされていた情報の方が大きいだろう。


「陰陽師という類の人間と政府が結びつくにあたって、重要なことは『歴史』と『確定』の2つです」


 例えば、京都司中八家や魔導六家のように長く京都にある歴史であったり、甲斐の武田家や四国の長曾我部家などのように戦国武将としての成り立ちや活動の記録の歴史であったりが、「歴史」という部分である。

 また、この場合の「確定」とは、それが陰陽師であることを確定できるだけの証拠がいるということである。例えば、武田家ならば、「御旗楯無」がその最たる証拠である。


「少なくとも、『禁黄』という異能がある時点で『確定』の方は満たせるでしょうが、成り立ちの『歴史』が薄いことは隠せません。その時に、『歴史』を確固たるものにするために、『後北条氏の後継』という立場を騙ったのかもしれません。少なくとも、意思を継ぐという意味では間違いではありませんので」


 陰陽師と歴史の関係というのは、非常に密接であり、「新進の陰陽師」になるほど、政府とのかかわりを持たない傾向にある。もちろん、例外は多くある。されど、傾向としては確かにそうであることに違いない。


 そこには、「歴史」を重要視する政府の方針が関係している。「歴史」とはすなわち文化であり、積み上げてきた証でもある。陰陽師という存在を政府が使うにあたり、その「歴史」があるほど重宝するのは、ある意味「実績重視」とも言えるのかもしれない。むろん、「歴史」が薄くとも、政府と結びつくことができるが、政府との結びつきによる縛りと振られる仕事量の少なさを考えると、フリーランスとして活動したほうが幾分かマシというものだ。

 例外は、「チーム三鷹丘」だろうか。新進とは言え、内部に元司中八家と立原神社の系譜がいることから、政府ともつながりやすい。もっとも、あまり、政府をよしとしない考えをリーダーが持っているため、協力体制という方が的確だろうが。


「なるほどなぁ、そういわれたら納得はするが……、いや、正確に言えゃ、わからねぇってのが本音か。まあ、なんにせよ、そういうこった。生き証人として、断言してやろう、大森は北条の後継じゃねぇし、それでいて、あの家臣らの上だ。堂々としやがれ」


 この場で生き証人として断言するということが何を意味するか、といえば、真実がどうあれ、大森家が北大路家、西園寺家、東条家、南十字家の家々の上に立つというのが正しいことの証明である。

 仮に、真実が異なっていたとしても、「禄寿応穏」と「三つ盛鱗」を宿した北条氏康なる人物が断言した時点で、なんと言おうと覆せない事実となる。それは、「後北条氏の後継」こそが上にふさわしいと訴えた西園寺派だからこそ、余計に覆せないのだ。なぜならば、その後継たる人物が断言したのだから。

 それに異を唱えるということは、自身の主張を覆すということであり、それに異を唱えず従えば結果として大森家の配下に収まることになる。むろん、「こんな小娘が後継のはずあるか」と主張することもできるが、すでに敗れた身でそんな主張をしたところで意味がないのは後取もわかることである。まあ、もっとも、この状況で最高の決着点としては、後取に氏康のことを認めさせて遺恨なく終わることである。しかし、宮の件などもあるため、全く遺恨なくというのは無理であろうと、槙も思っていた。


「それにしても、家中の争いか。醜きものだな、人の世は……。いや、それを司るものがいう言葉ではないのだろうがな」


 毘沙門天が、唐突にそんなことを言うので、氏康も信玄も目を丸くした。とてもではないが、毘沙門天がいうような言葉ではなかったからだ。


「なんだ、その目は。確かに『毘沙門天』は軍神であるが、戦いを煽り、人を惑わせるようなことはしない。確かに争いが起これば、司るところではあるが、先も言っただろう。戦いの形が変化していると」


 昔の戦いは、それこそ、家の争いから国の争いまで大きく分かたれていた。そのため、毘沙門天も、いちいちそんなことを言わなかったのであろうが、戦が減少し、変質した戦の中では、気にかかる部分もあったのだろう。


「む……、散支(パーンチカ)か。迎えが来たので、そろそろ戻るとする。縁を持ったのだ、家中の争いなど起こせば、次は家が壊滅するまで続く規模の戦いになるであろうし、外に向けた戦いならば、八幡と共に多少なりとも加護を贈ってやらんでもないこと、覚えておけ」


 そう言いながら、毘沙門天は姿を消した。信玄も、それを見て、ひとまずは満足したのだろう。景色に溶けるように消えた。





 こうして、大森家のお家騒動には、一応の決着が訪れるのであった。

次章予告


――剣戟と衝撃が世界に響く。


 対峙するは「太陽の騎士」と「スファムルドラの聖騎士」。

 互いの太陽をぶつけ合い、己が力を見せ付け合う。 


――ここにあるは太陽か、月か


 2人の騎士の力が拮抗した後に見える境地とは……。


 明かされる煉夜とメアの物語。そして……。


――そして、その夜、世界に太陽が降臨した


――第六幕 十四章 太陽降臨編

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