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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
一夜血戦編
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194話:相模の獅子と獅子王刀

 北条氏康が現れた、という謎の発言を受けて、北大路夫妻に連れられて槙と松葉は、小田原城までやってきたのだった。その間に、夜宵主導の元で、西園寺派の者たちは全員、小田原城の地下牢獄に投獄されたのであった。西園寺後取を含め、話を聞くのは後にすることが決定していた。それよりも目先の問題として浮上したのが、相甲越の三国武将会談である。本来ならありえない――特に甲越――会談であるが、すぐに殺し合いになるようなことはなく、話は続いていた。


「檀、無事だったようだな。それで、一体全体、どういう状況なんだ?」


 槙は、檀を見つけると、その無事を確認して、ほっとしつつも、現状の説明を求めた。話で聞いて無事なことは知っていたが、百聞は一見に如かずというものであった。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんの方こそ、体は大丈夫なの?」


 療養中の兄が戻ってきたことを檀は喜びつつも、その身体を心配した。夜風が安全を保障していたし、順当に回復していることは聞いていたが、こちらも百聞は一見に如かずということだろう。


「ああ、問題ない。それよりも、だ、あの若干宙を浮いてる御仁が、氏康様か?」


 現状、この場所にいるのは、檀、宮、煉夜、信姫、氏康、毘沙門天、信玄である。夜宵、ののかが地下牢獄へ、その護衛に鷹雄とラウルが、美乃は料理中である。

 ここは最低限の安全が確保されたとして、檀と宮、そして煉夜のみが護衛として残り、偉人達の会談を見守っていた。信姫は部外者であるため、若干距離を取っているが、煉夜の友人ということもあり、檀達からは煉夜を通してある程度の信頼を得ていた。


 宙に浮いているのは、武田信玄公である。死して、霊体として存在しているので、地に着いていないだけである。


「ううん、あっちのおっきい太刀を持ってる方がそうだよ」


 それゆえの檀の否定に、槙は困惑する。北条氏康が、あのような歳若かつ女であるはずがないからである。


「なんの冗談だ、檀。今はふざけている場合じゃないぞ」


 檀が示す人物がレオリーシュなる夜風の知人であることは、知っていた。少なくとも、ここ……療養地から神奈川に戻ってくるときには、多少言葉を交わした。その人物が北条氏康であるなど、にわかには信じられないだろう。檀も「禄寿応穏」を見ていなければ、嘘だと思っていただろう。しかし、失われた「禄寿応穏」を継いでいる以上、少なくとも、後北条氏の直系かつ、それを誰かから受け継いだことは間違いないのである。


「冗談ならどれだけよかったか。背中に『禄寿応穏』と『三つ盛鱗』が刻まれているのよ。本人かどうかはともかく、少なくとも、正統後継者であることは間違いないわ」


 正統後継者、それは、間違いなく大きな問題であった。なぜならば、今回の反乱は、大森家が正当な後継者ではないから起こった問題であり、つまりは、この場に、その問題を解決できるだけの証拠を持った人間が現れたのだから。


「仮に……、仮に本物の北条氏康様だったとして、彼……いや、彼女は、ボクらをどうすると思う?この局面で、わざわざ出てきたのだから、何かしら思うところはあるはずだろう?」


 なぜ、このタイミングで、という槙のもっともな疑問であるが、檀がその答えを知るはずがないし、答えとしては「偶然」や「気分」に過ぎない。


「さあ、そのあたりは、さっぱり。武田信玄と上杉謙信が現れて、会談が始まっちゃったから」


 檀が肩をすくめ、槙と松葉が眉根を寄せた。妹が何を言っているのかわからない、そんな風に思うのは間違いないだろう。






 その偉人達は、と言うと、一通りの昔語りを終え、別の話題へと転換していた。それは、主に、毘沙門天の言葉から始まった話題である。


「……時に、そこの(おのこ)。貴様、妙なものに好かれているようだな」


 この場、会談の場において、毘沙門天が「男」と呼ぶのは、煉夜ただ一人であった。槙は離れているため輪に加わっていないし、他にいる男は武田信玄公である。


「妙なもの、ですか?」


 一瞬、この自称神に対して敬語を使うか否かの逡巡があったが、煉夜は、敬語を使うことを選択した。面倒なことを避けるためである。


「ああ、そうだ。しかし、これは、また……、くくっ、いやに粘着質なやつだ」


 毘沙門天の言葉の意味が分からず、煉夜は首をかしげる。特にそのような覚えがないからである。しかし、それは毘沙門天という神だからわかる次元の話であったことを煉夜は理解していない。


「ああ、ヴィサリブルから聞いている《神の■■》か。確かに関係は確立しているとは思ったが、それだけ

じゃないのか?」


 だから、それに答えたのは、北条氏康であった。ヴィサリブル……【ヴィサリブルの芙艶(ふえん)】ズッチェル・マキイータが幾度か委員会の面々に語ったことがあったからである。


「ヴィサリブル・アルベラ・芙艶か。アルベラの血族とは思えないほど有能ではあるが、あれの見通しはユリアの加護を持っているものより不確実だ」


 そう言いながら、毘沙門天はため息を吐いた。神の交友関係にもいろいろと問題があるのだろう。


「そもそも、あの女神(おんな)の場合は、関係の確立ではない。それこそ、まあ、粘着質というか、なんというか。お気に入りとでも言うべきだろうか。もっとも、最も重要な部分という意味では、神に愛されているといえるのだろうがな。しかし、よりにもよって、手でも足でも頭でもなく、そこか……」


 毘沙門天のなんとも言えないような苦笑に、煉夜はなんと言うべきか迷う。正直、煉夜に自覚はない。それゆえに何に対する話であるのかが分からない。


「神よ神よと言えば、氏康、お前の持つ刀は、獅子王だな。当時から気にはなっていたが、どうして、お前がそれを持っている」


 世界外を知る氏康と毘沙門天の会話に参加していなかった信玄が、ここで、話題を変えるように話に参加した。そのため、煉夜は結局発言することなく終わる。


「ああ、こいつのことか」


 北条氏康が持っている太刀、「神刀・獅子王」である。

 獅子王という刀については、諸説あるが、おおもとをたどるならば、鈴鹿御前の持つ大通連と小通連であるとされる。この2振りは、鈴鹿御前が坂上田村麻呂に託したものであり、鈴鹿御前の持っていたもう1振り、顕明連は、御前と田村麻呂の間に生まれた娘である小林に託された。


 この大通連と小通連は、後に、暇乞(いとまご)いをして、田村麻呂の手元を離れ、天にて3つの黒金となり、それを打ったものが、あざ丸、しし丸、友切丸であるとされている。このうち、あざ丸は巡りに巡り丹羽長秀へと流れつき、熱田神宮へと奉納された。友切丸は源満仲の指示により、膝丸と鬼切の2振りとして直され、巡り巡りて北条貞時に渡り、法華堂へと奉納された。

 しし丸は、京都を騒がせた鵺と呼ばれる妖怪を退治したという恩賞に、源頼政に獅子王として下賜されたものである。その後、頼政の子孫に代々受け継がれるが、徳川家康が関ヶ原の戦いで没収し、土岐氏に渡り、土岐氏が国に返上したとされている。しかし、それとは別に、金剛剣と獅子王刀が宮浦神社に奉納されているという文献もある。


「そうだ、我らが源氏に伝わる獅子王を平氏の系譜のお前が持っているのか、ということだ」


 甲斐源氏である武田信玄をさかのぼれば、源の一族に当たり、源頼政もむろん、その源の一族である。一方の後北条氏は、桓武平氏からなる伊勢平氏である。源氏の武器を使ってはいけないということはないが、そこに伝来するまでの流れが見えてこないのであった。


「まあ、これを手に入れたのは偶然だ。そもそも、しし丸は3振りの獅子王に分かたれたんだよ」


 原点は、しし丸である。しし丸は、友切丸同様に、頼政が現役の時代に頼政の子が分割して受け継ぐことになった。頼政の直系は、源仲綱、源頼兼、源広綱、頼尊、散尊、二条院讃岐、他3人である。7人の子に分配される際に、頼尊と散尊は阿闍梨となるため拒否、女性である二条院讃岐や他3人も拒否し、仲綱と頼兼、広綱に1振りずつ分配されて、3振りの獅子王が生まれたのだった。


「本来の装飾刀としての外見を残したのがオレの獅子王、残り2振りは、それぞれ実用刀として使われてたが、1振りは金剛剣とともに宮浦神社に奉納されて、もう1振りも三河の狸に渡り、そこから土岐に戻り、御国に返されたそうだ」


 現存しているとされている獅子王に関しては、宮浦神社に奉納されているものは本物ではないとされ、国に返されたものも装飾刀ではないことを理由に疑わしいとされている。その実は、装飾刀としての獅子王は北条氏康が持っているからである。


「生まれは分かったが、貴様の元にたどり着いた所以はどうなんだ?」


 毘沙門天が、氏康が答えなかった部分について問い返す。それに対して氏康は、肩をすくめて答える。


「正直、憶測でしかないが、装飾である本来の形を持った獅子王は、嫡男の仲綱に渡ったはずだ。しかし、仲綱は息子2人を除き一族全員自害している。その時に紛失し平氏に流れたのだと思う。そして、それが巡り、オレの元へとたどり着いた。相模の獅子と言われたオレの元にな」


 いわゆる以仁王(もちひとおう)の挙兵である。これにより、伊豆にいた有綱、成綱だけ生き残ったのである。それを考えれば、獅子王は平等院で紛失したという考えも納得できるだろう。


「なるほど、確かに納得できる。それに、聞こうと思えば、聞くことはできる。かの八幡太郎殿よりも年代的には後の頼政殿ならば、楯無の中にあるのでな」


 源氏の直系ならば、皆、御旗楯無へと集う。それならば、獅子王を賜った本人たる頼政を呼べば、事の真偽もわかるだろう。なぜならば、以仁王の挙兵は、源頼政が中心となって起きたものであるからである。


「なるほど、それは面白い提案だ。しかし、晴信殿には悪いが、辞退させてもらう。何事もすべて暴けばいいというものではない。頼政殿に死したときを聞くのは無粋。武士に負け戦を語らせたくはないのでな」


 以仁王の挙兵は、源氏の負けにより、平等院での一族自害で幕を閉じた。負け戦である。死してなお、そのことを話題にするのは武士にあるまじきものである。氏康は、そんな風に拒否したのだった。

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