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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
一夜血戦編
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193話:当主帰還と新たな問題

 大森槙は、大森家の当主である。しかしながら、彼が当主になったことにはいろいろな問題が絡んでいた。そもそもにおいて、大森槙という人物について触れると、真面目で人のいい性格であることは間違いない。


 しかしながら、能力面としては「禁黄」を持つ檀が、才能面としては頭の切れる松葉がおり、槙が当主になったのは、ただ単に長男であったこと、檀に「禁黄」の自覚がなかったこと、松葉が辞退したことなどの複数の要因が絡んでいる。


 そんな都合もあり、槙は、大森家こそが後北条氏の後継のまとめ役である、という自覚も特にはない。そのため後取に指摘された際に、それを認めているのだ。


 正直なところ、槙に当主の自覚などないし、大森家の存在などどうでもよかった。槙が真に守りたかったのは、檀と松葉だけだ。大森家の威信など、どうでもいいのだ。


 檀とお目付け役として松葉を千葉に逃がしたのは前当主……彼らの父の命であったが、その時に、槙が千葉に行かなかったのは、少しでも注意を自分にひきつけ、妹たちから視線をそらすためであった。


 槙が療養する際にも、檀が残ることに最後まで反対したのは槙であった。しかし、檀が、家を守るといって聞かなかったため、なし崩し的に当主代理という地位においていた。槙の怪我自体はさほど大きな怪我ではなく、すぐに回復したのだが、その時に付与された呪術的ものと毒に苦しめられていたのだ。

 ただの隠れ家ならともかく、北大路夜風が使っている療養所である。その程度をどうにかする術は多く、おおむね順調な回復をしていた。

 そもそも、北大路夫妻が、先日、様子を見に行った際には完治しているも同然の状態であった。それでも戻れなかったのは、夜風が「今はまだ戻るときではない」と主張したからである。


 その夜風の主張も、煉夜と鷹雄という2人がいれば、ほどなくしてすべてに片が付くだろうという思惑があってのことだ。もっとも、その結果として、金猛獅鷲という驚異の存在が現れることにもつながっていたが。





「それにしても、どうにもボクの立場ってないように思えるんだよなぁ……」


 頭を掻きながら、槙はつぶやく。単に立場というもので言うならば、当主である槙が一番上なのだが、強さでは北大路夫妻が、優秀さでは夜宵や松葉が、血では檀が、それぞれにいるために、どうしても弱く感じる。


「兄さんは立場よりも、もう少し、その弱気な性格をどうにかするべきだと思いますけどね」


 先行して安全の確認に行った北大路夜風とレオリーシュこと北条氏康を待つ槙と松葉と北大路漆器。漆器は周囲を警戒しているが、槙と松葉は一息ついていた。


「そうはいってもだな、性格なんてそうそう変えられるものではないだろう?」


 お人よしというか、なんというか、という槙の性格は生来変わっていない。そして、これからもおそらく変わることはないだろう。


「いろいろと気を付けないと兄さんは詐欺られそうだし、これからどうなるかもわからないのだから、もう少し警戒心を抱くということを覚えましょうよ」


 妹からの文句を聞きながらしながら、槙は、「これから」というものを考える。今までも西園寺派閥との抗争は幾度かあったが、ここまで大規模になったのは、大森家創立以来初のことである。今までは大規模でなかったからこそ、何度も繰り返し起きた、という部分もあり、この初めての状況に、先を見通すのは難しい状況であることは確かであった。

 もし、ここで檀達が負けて、囚われているなどの状況になったら、槙は素直にどんな要求ものんだだろうし、その覚悟はあった。

 槙の知らないイレギュラーが入り込んでいるこの状況を見通せというのが土台無理な話であり、警戒心を持っていないわけではないが、考えるのも馬鹿らしいというものだった。


「そういうのは、どうもボクは持てないらしい。相手を信用するからね。……松葉、檀達は無事だと思うかい?」


 檀の安否というのは、この状況で、槙が最も気にしている部分であった。大森家に残してきたという部分において、槙は、かなり心配をしていたし、何かあったらとずっと思っている。そして、松葉もそのことは知っていた。


「大丈夫でしょう。檀には『禁黄』があります。それに、なんでしょうね、……昔から、いつも、あの子の周りは、あの子を守ろうとするんです。人も、物も、環境も。おそらく、そういう天運を持っているんでしょうね」


 運命というものがあるか否かは置いておいて、檀は、天が味方しているとしか思えないような幸運に恵まれることが多かった。それは、松葉の体験談であり、そして、そう思いたい現況も含んでいた。


「天運、か……。そういった意味でも、まさしく、檀は武将の血を引いているのだろうな」


 それは「禁黄」という力を継いでいるというだけではなかった。大森檀の器、というものだろうか。幼い頃より、人を引き付ける。先ほどの天運にも絡むのだろう。幼少期より、宮、夜宵のように、彼女を慕うものは多かった。それは「将の器」と呼ぶにふさわしいものであろう。だからこそ、その彼女が誰かを慕うことがあったならば、その相手の器は、それこそ「将」ではなく「大将」であり「天下」の器に他ならないのだ。


「……兄さんも十分にその血を引いていると思いますよ」


 檀ではなく、槙へと引き付けられた自身にも思う部分があるのだろう、だからこそ、槙も「将」の器であるのだ、と。そういった意味では、確かに、松葉は「将の器」ではなかった。人を従えるよりも、人に従う方が得意だからだ。


「ボクの血なぞ、薄めたぶどう酒よりも不味い不出来なものだろうさ。だが、檀は確かに、違う。夜風さんも言っていたな、太陽の騎士と獣狩りが味方に付いた、と。それが何を、いや、誰を示しているのかはボクらのあずかり知らないところだけど、夜風さんが言うんだからそれはすごい人なんだろうね」


 この辺が、警戒心がないという部分の表れであろうか。なんでも信じる。もっとも、今回の夜風の発言は事実である。だが、それがたとえ嘘だったとしても彼は信じていただろう。


「確かに、それがどんな人かも、本当にすごいのかも全く分かりませんが、……夜風さんのあの顔は、確かに珍しいものでした」


 松葉や槙の知る北大路夜風という人物は、基本的にひょうひょうとしていて、つかみどころがなく、謎が多い人物という印象であった。松葉は、千葉の時代に面倒を見てもらっていただけに、普通なら信用しない謎の多さも、経験が勝り、信頼にいたっている。

 そんな夜風が、驚きと興奮を隠せぬままに、やや嬉々として報告してきたのは、2人にとって驚きに他ならなかった。


「……しかし、解せないのは、夜風さんが本気を出したならば、療養などしなくとも、かばいながらでも敵を完封できたのではないか、という疑問ですね」


 長年、夜風のことを見てきた松葉であったが、その謎の多くを占める夜風の過去。少なくとも、夜風自身とその人脈を用いれば、すぐにでも西園寺家を圧倒できたはずであり、なぜそうしなかったのかが、松葉には分らなかった。


「それは、おそらく、檀が、あの人たちに頼らないのと同じなのだろう。夜風さんにとっては、基本的には過去のことだから、頼れないんだろうさ。今回、一緒にいた、えと、レオリーシュさん、だっけか?あの人も、向こうから行きたいと申し出たからの同行であって、夜風さんが頼んだわけではないだろうしね」


 北大路夜風にとって、【湖の夜風】キャステル・ジグレッドとは過去の姿であり、今でも時折、その時の人脈や知人に呼び出されることはあれど、彼女自身がその手腕を、かつての仲間や部下たちを本格的に動かすことは、まずないといっていいだろう。


「それは分かります。領分や立場、関係というものもあるでしょう。闇雲にいつでも頼ることはできないということも理解しています。それでも頼るべき時、というものはあると思うんですよ」


 松葉にも、夜風の立場や人間関係というものがあるのは分かっている。しかしながら、時には頼ることも必要なのではないかとも思っていた。それは檀に対しても同じことである。


「まあ、人の事情にとやかく言う筋合いはないさ。それよりも、もうじき、戻ってくる頃じゃないかな。時間がかかりそうだったら切り上げてくるだろうし」


 夜風と氏康がこの場を離れてからそれなりに時間が経っている。何か余程の事情がない限りは戻ってくる頃合いだろうと槙は思っていた。




 その予想にたがわず、しばらくもしないうちに、夜風が帰ってきた。そう、夜風だけである。氏康がその場にいないことに、疑問こそあったものの、身内ではないので、どういった事情があるのかはわからなかった。少なくとも夜風の様子から、氏康に何かあったということではないのだろうとは分かったが。


「あ~、えっと、まあ、なんと説明すればいいのか」


 戻ってきた夜風は何とも歯切れが悪く、何やら問題があるのだが、それが危険な問題ではなく、ややこしい問題であることは察することができた。


「取り敢えず、檀達は無事なのですか?」


 松葉が、歯切れの悪い夜風に、まず聞かなくてはならないことを問いかける。それに対して、夜風は即答する。


「それに関しては万事。全員無事なうえ、西園寺後取、南十字風魔他、全員捕縛しています」


 それに対して、ほっとすると同時に、捕縛しているということには、何より驚いた。捕縛というのは、普通難しいので、逃がすか、殺すかしているのが多い。特に、檀達ならば、逃がす方を選ぶであろうと槙も松葉も思っていた。


「よく捕縛できましたね。檀達は戦力もなかったでしょうに」


 戦力が多いならば、囲んで捉えることもできただろう。しかし、檀達の方が少ない。その状況で捕縛するには、敵が降伏してくるような状況くらいしか、普通は想像できない。


「はあ……、まあ、獣狩りがほとんどの敵を一瞬で無力化かつ捕縛する魔法を使ったので、損害もなく大半は捕縛されました」


 夜風の言葉に、目を丸くする。さすがに、何を言っているのか理解できないほどのことだった。そして、それと同時に疑問がわく。


「では、何をそんなに言いづらそうにしていたんです?全部解決ではないですか」


 西園寺家・南十字家派閥はすべて捕縛、檀達は無事。そうなれば特に問題などないように思える。


「それが……、北条氏康本人が現れたのです」


 今度こそ、本当に何を言っているのか、槙も松葉も理解できなかった。

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