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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
一夜血戦編
190/370

190話:西園寺家の結論と血戦

 西園寺後取という男は、決して無能ではない。己の保身を考えるという面においては、採算を度外視して行うが、基本的には狡猾かつ計画的に動く人間である。そうでなくては、神輿にしても、ついてくるものが多すぎるというものだ。


 西園寺後取の誤算、というのは、後北条氏という存在に固執するあまり、外を見ていないことであったといえる。自身の敵になりうる存在は、相神大森家を中心とした五家にしかいないとそう信じて疑わなかった。


 禁黄を継いだ大森檀、主を讃える声を持って生まれた娘である西園寺宮、どこからともなく現れて北大路家に嫁いだ北大路夜風、後取から見ればほとんど詳細がわからない東条ののか。少なくとも、明確に障害になりうると思っていたのは、この4人だけであった。


 雪白煉夜と皐月鷹雄という2名の闖入者。それは、後取の計画に全く組み込まれていない存在であった。


 そもそも、後取の作戦上ではここまで長引く予定はなかったのである。隙をついて檀を連れてこられれば御の字、できずとも大森家から引き離してしまえばいくらでも手の取りようがあるというものだった。

 しかし、煉夜との遭遇により、それが失敗で終わったために、人形という物量による消耗戦に舵を切ったのである。物量にしろ、北大路夜風一人では、食い止めるまでが精いっぱいであったはずである。それを皐月鷹雄と雪白煉夜という不確定要素が逆転させた。


 その後、夜風の離脱を機に、攻める予定であったが、不確定要素として現れたラウル=フレーヴを使い、大森家の戦力を測りながら、攻撃の仕方などを忍鳥などで割り出すつもりであったが、煉夜の知覚域が広すぎたこと、ラウルの懐柔により、ほとんど情報が得られぬまま終わった。唯一情報を得ていたのが南十字イリノであり、彼女が、また後取の予想外の召喚を行い、それを成功させたために、それに合わせた待ち伏せ作戦を決行することにした。


 しかし、隠し通路の存在こそ知っていても、ずっと使われておらず、檀達がそれを使うことが予想できなかったこと、そして、イリノの召喚した存在があまりにも強大過ぎたこと、さらに、それが敗北したことという予想外過ぎる事態が重なった。そのうち、隠し通路以外は、煉夜と鷹雄が原因である。

 そう、煉夜と鷹雄が来なければ、おおよその確立で、後取が計画通り、あるいは、計画を練り直して成功させていたのである。

 もっとも、その危機的状況において、檀達は、切り札たる人を呼んだことは想像に難くないが。






 かくして、雪白煉夜と皐月鷹雄という2人の闖入者によって、計画を大幅に狂わされた後取であったが、今、目の前にいるのは、その闖入者を除く、想定していた面々であった。


 大森檀、西園寺宮、北大路夜宵、東条ののか。これを相手にすることは、ずっと練っていた計画の中にあることであった。


 そう、北大路夜風を除けば、最終的に「禁黄」と「主を讃える声」という2つの力が後取の目的の前に立ちふさがることは明白であった。


 そして、何よりも保身を第一に考える後取だからこそ、この能力たちにも対策を講じていないわけがなかった。本来ならば、発動する前に押さえるというのが定石であるが、それがなしえなかったときのこともきちんと想定している。

 八幡神とはすなわち、誉田別尊を主神とし、比売神(ひめがみ)たる三柱と大帯比売命を合わせた八幡三神のことである。


「――結びたまえ、神始私心(しんししん)に興ずる我が御霊のものよ。贄を結び、八付かること、逆して、還す環と化さん」


 八角形を描くように、後取を中心とした一帯に陣が敷かれる。贄を結ぶと後取は唱えたが、その贄とは人ではない。ましてや贄として有名な鶏や牛などでもない。生き物ではあるが、普通、贄といわれて、これが贄になると思うものはいない。


――天牛(カミキリムシ)である。


 カミキリムシとは、甲虫目カミキリムシ科の虫である。後取がこの虫を贄に選んだ理由は至極単純だ。カミキリムシから連想される「神切虫」という言葉である。


 読みが同じなだけで安直な、と思うものも多い。されど、名とは重要なものであり、その名と言葉の読みとは、強い結びつきを持ち、そして、逆に、それが力を持つことさえもある。


 カミキリムシは平安時代より、「髪齧虫」として辞書に登場するものであり、「髪切虫」が適切な当て字である。されど、平安の頃より、「カミ」と名をつけられたものは、相応に力を持つ。「神切虫」とは、神との縁を切る虫である。少なくとも、この場では、後取がそう定義した。

 空間の締結。結界で陣を敷くことであり、かつ、その陣の発動に言葉として組み込んでいる。


――つまり、この場においては、たった今、この陣が敷かれた瞬間より、神とは縁の切られた空間となったということである。


 神と縁が切れるという状況は、「主を讃える声」封じであり、かつ、不死身の武人と化した檀を、ただの「死にづらく老いづらい」状況に戻した状況である。「禁黄」の力は不死の薬の灰からなる鬼の血筋であるため、神と縁を切っても無力化はできない。

 不死者を殺すという矛盾を覆すことはできずとも、不死者に近い存在を殺すということは矛盾ではない。


 不死の鬼とされる存在はそれなりにいる。有名なものでは吸血鬼であろう。ただ、日を浴びると灰になるといわれているなど退治方法が明確に存在する。もっとも、本物の吸血鬼までもがそう簡単に退治できるかどうかといえば、微妙なところではある。

 こと富士の鬼は、その明確な退治方法など明示されていない。そも、鬼という存在に対して、明確な弱点とされるものはない。退治方法は、刀で切り殺すなど、吸血鬼のようににんにく、十字架、流れる水、日の光のような具体的象徴は存在しない。


 節分の際に、柊鰯を飾るが、あれはあくまで鬼が入れないというだけであり、鬼に大きなダメージを与えるものではない。桃太郎にしろ、一寸法師にしろ、鬼退治は刀などで行うものであった。


「神の縁切りに、さすがに鬼払いまでは重ねられぬな」


 そんなことをつぶやきながら、後取は、目の前にいる者たちを見る。「小娘」と形容しても全くそん色のない容姿。年齢的に言えば、それなりだというのにも関わらず、異端な容姿だと思う。

 大森檀こそ、「禁黄」によって、容姿が保たれているのは納得できるが、他の3人もまた、容姿が保たれているのを、後取は、「禁黄」が及ぼした対外効果だと考えていた。しかしながら、実際のところは異なる。


 大森檀は、推測通り「禁黄」による老いづらさからくるものであり、西園寺宮は、「主を讃える声」による度重なる神との対話で人ならざるものの域に達しつつあったから、また、北大路夜宵は、夜風の仕事の手伝いで頻繁にこことは別の世界に赴いたことで帰属世界から離れた影響、ののかも同様に仕事柄である。


「さすがは容易周到ですね、わたしたちに対する対策はずっと立てていた、というわけですか、西園寺後取」


 檀の言葉に、ピクリと片眉を上げる後取。気に入らなかったのは、檀の態度だろうか、言葉だろうか。おそらく両方であった。


「ああ、無論だ。ずっと考えていた。どうすれば死にづらい人間を殺せるのか、とね。そして、不死身になった場合にどうするのか、ということも。私は君が生まれたときから、ずっと考え続けてきた」


 そう、ずっと考えていた。大森家が少し荒れそうな時期になり、松葉が檀を連れて千葉の三鷹丘に移った時も、宮を利用することもそうであったが、それと同時に情報を集めるためでもあった。実際には、後取は大森家の方にかかりきりだったので、当時は千葉にはいなかったが。北大路家の介入も、その他の動きも予想していた。


 大元で言うなれば、檀達が大森家に戻ったときに、片が付いているはずだったのである。大森家が正当な家系ではないということを示すと同時に、自身がその座に着くべく、回せる手はすべて回していた。他の家臣たちに対する根回しも含めて、すべてである。


――ただ、その時も闖入者によってすべてが台無しにされたのである。


 大森檀は運命に好かれている、あるいは、そう考えるべきなのかもしれない、と後取はそんなことすらも考えるほどの域になっていた。しかし、それも当然であろう。二度のチャンスを二度とも闖入者によって邪魔されているのだから。


「死にづらい、というのは、傷がついても平気ということではない。尋常ならざるほどに回復速度が速いのだ。そして、四肢欠損程の痛みにも耐えられるように、精神的強度も上がっているようにも思える。だが、それならそれで付け入る隙はある」


 死にづらいうえに痛みにも鈍感ともなれば、倒すのは容易ではない。巨大な魔法で吹き飛ばすくらいのことをしなければ一撃で決着がつくこともない。


 だからこそ、付け入る隙がある、そう後取は言う。無論、現状として確認しきっているわけではない。だからこそ、絶対ということはない。だが、それは後取にとって確信的であったともいえるだろう。


「――刃返鋼(はへんこう)。これは、そのために……死にづらいという存在を殺すために作った短刀だ」


 一見すれば、ただの短刀、いや、それよりもさらに短いものにしか見えない。抜き身で持っているところを見るに、毒が塗ってあるわけでもなさそうであった。もっとも、多少の毒ならば、檀には効かないのでどちらにせよ意味はないが。


「そんなナイフで何を……!」


 その短刀は、檀の腹をめがけて飛んでいく。短く小さいそれを、とっさで弾くのは檀では無理だった。ズブリと腹に刺さる短刀。しかし、檀にとってみれば、さほど大きな怪我とはならない。刃も短いし、貫通するほどの長さもない。


 鈍い痛みを取り除くために、その短刀を抜こうとする。……が、


「……っ!」


 なかなか抜けない。短い刀だ、普通ならば、多少乱暴にでも扱っていいのであれば、すぐに抜けるものである。だが、そうはならない。


「刃返鋼の返は、かえしのことだ。そう簡単に抜けると思うな」


 釣り針が刺さった獲物を逃さないために、針の先端に逆方向に出っ張りがついている。それがかえしである。刀の峰に小さな返しがついているのだ。抜き身で持っていたのも、鞘に入れていると抜き出すときにかえしが鞘に引っかかることがあるからである。

 そして、本来ならば、かえしがついていようとも、強引に……、それこそ肉が千切れてもいいくらい強引に抜けば、大きな傷はつくが抜けるものである。そう、本来ならば、というように檀は違う。かえしに対して無理やり引き抜こうと肉をえぐるようにして少し進めば、すぐに高速で治したように次の肉に刺さる。回復し続けるがゆえに、抜くのに痛みと時間をかなり伴うのだ。


「刃返鋼はまだまだあるぞ」


 そう、刃返鋼はあくまで痛みを与えるものではあるが、止めを刺せるものではない。後取の計画はまだ途中だ。

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