189話:其の者たちこそが風魔
南十字家……、否、風魔という存在とは。主に、忍と呼ばれる者たちは、伊賀、甲賀、風魔、戸隠が存在する。基本的に、忍は、それら4流派の派生であるとされる。中でも多くの人が聞いたことがあるのは伊賀と甲賀であろう。無論、例外的なそれ以外の流派も存在する。
風魔とは足柄山地の奥、風間とされる地に住まう者たちである。風魔忍軍とあるように、その地域の者たちすべてが風魔であり、忍であった。
風魔という存在は、特殊であった。それは風魔が風魔だけであることに由来する。他の忍術流派は、それぞれが継承する家々があり、それらが戦国時代には、それぞれの主がもとで仕えるようになっていた。その最たる例が、越後の軒猿や甲斐の歩き巫女などである。
だが、風魔はあくまで風魔として後北条氏に仕えた。風魔は他の流派に比べて小さい。しかし、小さいがゆえに、全員が風魔であり、忍であった。
まあ、中には、術を習い、別の地にいったものがいないわけではないが、そのものを「鳶加藤」といい、世に知れた加藤段蔵である。風魔で術を習った後、越後にて軒猿に推挙されるが、あまりにも胡散臭く、また技術の高さから危険とされ、追い出され、次は甲斐で姿を見せるも、甲斐でも怪しまれるというとにかく胡散臭い人間であった。もっとも、彼は、常陸国出身で、風間の地で生まれたわけではない。
かの鳶加藤は、武田家によって処刑されたとされているが、実のところ、それは嘘である。自身をだました忍風情を捕まえられなかったというのは恥であり、かつ、宿敵ともいえた越後の龍が逃したものを打ち取ったとすれば、評価が上がる。そうした理由から後年では、処刑されたとされているのだが、実際は、風魔に帰着している。
ちなみに、加藤段蔵が長尾景虎の前で見せた牛を呑み込むやひょうたんの種を撒き、芽を出させ、実を結ばせるというのも、風魔の召喚術の応用である。
風魔小太郎こそ、風魔において、頭領として名高い人間である。その名は襲名制であるとされ、一説には、鬼もかくやという風貌であったという。
その血を引くのが、今の南十字家であり、「小太郎」という名の継承が「風魔」に変わっただけである。そして、その「風魔」を継いだ、当代こそが、南十字風魔なのだ。
「我ら風魔をたやすく捉えられると思うなよ、小僧」
煉夜を小僧と称す風魔。その実、煉夜からしてみれば、この場にいるものは、ほとんどが小僧か小娘である。もっとも、例外的に除かれる人間も多数いるが。
「へぇ……、そいつは楽しみだ。藍猛速魚とどっちが速いかな?」
口角を上げて、笑みを浮かべる煉夜。かつて戦った幻獣藍猛速魚と比べる気のようである。無論のことながら、人間が幻獣に勝つのは難しい。
「――波!」
一言、風魔は、手を挙げ、そういいながら振り下ろした。その瞬間、どこからともなく忍たちが現れて、武器を投げつける。
「なるほど、集団戦か」
もともと、風魔忍軍であり、風魔とは個であり全、全であり個であるため、集団戦のような戦い方のほうが得意である。
「我らが風魔の波状攻撃、いつまで耐え凌げるか!」
この状況において、ラウルは特に何もせず傍観者であり、鷹雄は檀のほうにいる。檀、宮、夜宵、ののかが、後取と対峙している状況であり、鷹雄は、正確には戦いには関与せず、もし万が一のためにいるだけ。
つまるところ、風魔忍軍と煉夜の戦いである。しかし、煉夜にとって、この程度の戦いは幾度となく経験したことに過ぎない。
「ぬるいな、あと100人くらいいないと意味ねぇんじゃねぇか?」
手裏剣や苦無、棒手裏剣など飛んでくるものを、聖剣アストルティで弾き飛ばしながら敵にあてている。そうしていくうちに、敵の弾数も減れば、弾き返された攻撃で脱落し、敵そのものも減る。
「チィイ、やはり化け物か……。
――散!」
このままだと数が一方的に減らされると判断した風魔は、再び仲間を煉夜の知覚外まで散開させる。
「――風魔の神髄、見せてやろう」
南十字風魔は、忍び装束を脱ぎ捨て、煉夜と向かい合う。そして、次の瞬間には、風魔の周囲に無数の召喚陣が形成されていた。地脈の力を使って、陣を敷いたのだ。
イリノが鬼の間を用いていたのとは違い、風魔は、この場でそれを行っている。それは、イリノの召喚した大きな存在ではなく、ある程度、御せる力で呼べる範囲の存在だからであろう。
「――地脈より抜き出、神明なる力よ、我が元に扉を開け、来たれ、……来たれ!」
扉を開き、そこから現れるのは複数の獣であった。そのどれもが、強さで言えば、幻獣や超獣などには全然届かない、せいぜい魔獣の域である。
「奇鬼鉄血をする。時間稼ぎを頼んだ!」
そう言いながら、風魔は、目を閉じ、瞑想状態に入る。現れた獣たちは、その風魔を守るように煉夜に向かっていく。
「時間稼ぎ、か。稼げるといいがな!」
あいにく魔物退治は煉夜の得意分野。稼げても数十秒である。しかし、それだけの時間が稼げれば、風魔にとっては十分であった。
「――我が血を食らえ、鬼と化せ、奇鬼鉄血!!」
風魔の体中に召喚の陣が現れ、たちまちにその姿を鬼のように変えてしまう。檀の「禁黄」という名の鬼ではなく、文字通りの鬼。
「これぞ風魔の真なる力だ!」
風魔とは、風間から取られた地名であるとともに、「封魔」でもある。そして風間は、その通り、風と風の間。大きな流れと大きな流れの間の無風な空間。
呼べるということはすなわち還すこともできるということである。鬼を呼び、鬼を返すことを生業とした風間の陰陽師こそが「風魔」の祖であり、その祖が封じ込める場所がなく、己の身に封じ込めるしかなかったとされる鬼こそが、「小太郎」の名とともに継承され、今は、「風魔」の名とともに継承されている力である。
その鬼の名こそが「小太郎」であったとされている。鬼小太郎は、この風間の地に巣食う大鬼であり、平安の頃にいたとされる。
平安の頃、といっても、その時期は長く、足柄山地で平安期に生まれた雷神の子、坂田金時とは時期が異なる。平安時代も約400年にわたるためである。もっとも、金時の時代に鬼小太郎がいたのならば、退治されていたのは想像に難くない。
そして、風魔が継いだ「小太郎」の力は、鬼の力を封じた中の一部から取り出して、血を対価にその身にまとうというものであった。
「鬼化か……、面白い」
鬼のように強いものとは、幾度となく戦ってきたが、鬼というのはそうそう戦える経験ではない。
煉夜はアストルティを構えて、風魔と向き合った。その姿形は、すでに風魔とは異なる異形のものである。
「ぬうん!!」
巨大な拳を振り上げ、煉夜へとめがけて振り下ろす。それをアストルティで切り流す煉夜。拳は逸れ、地面へと落ちる。地面には大きな穴が開くが、煉夜は意にもせず、そのまま、風魔に突っ込む。
「むぅ……!」
風魔の拳が迫る煉夜に数瞬遅れて振り下ろされる。しかし、その拳は煉夜を捉えきれず、空振った。
「期待外れだな……」
このわずかな攻防で、煉夜は、ため息をつく。鬼といえど、さほど強くない、とそう思ったのだろう。
「もともと速度重視なのに、鬼の巨体を扱えるほど鍛えていないからせっかくの力を生かしきれず、力に振り回される。鬼の力を人間が使えば、そうなるのもある意味道理かもしれんがな」
そう言いながら、アストルティで、風魔の体、正確には、風魔の体中に召喚された鬼の外装とでもいうべき部分、それを切り裂いた。たったの数刻、それもわずかな攻防で、風魔の奥義を打ち破られたともなれば、負けを認めるほかない。
だが、それで諦めるなどという潔い性格をしていれば、忍なのではなく、武士でも何でもなっていただろう。そういった血が流れている。
「――始!」
外装をはがされ、鬼に払った血のせいで、貧血気味で意識朦朧としながらも、風魔は短い指示を出す。
ここであきらめず、なお前へと進む、耐え忍ぶ者。――そのものたちこそが風魔であった。
「さて、かかって来いよ!」
襲い来る風魔の忍たちに対して、煉夜はすでに胸元の宝石を握りしめていた。そして、冷気とともに、風魔の忍たちは、この戦いの終わりを知る。




