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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
一夜血戦編
188/370

188話:相模の獅子と地黄八幡

 散った風魔はいまだ動かず、現状、にらみ合いは、西園寺後取とその私兵、そして、ただ一人、檀の首を刈るべく来た、南十字風魔だけであった。それでも百余名と十名に満たない者たち。誰がどう見ても、檀達に不利な状況であった。――数の上では。

 フィンガースナップ一つ、それだけで巻き起こる巨大な爆発。この世界において、煉夜とリズのみが使う独特の魔法。


「馬鹿な……、儀式と作用が等価ではない、だと。どんな手を使えば……!」


 後取の一派には、後取と同様に、大森家から離反した大森家の家臣だった者と後取が雇った者が大半を占めている。雇った内には、むろん、陰陽師もいた。だからこそ、その動揺は大きい。


 魔法も陰陽術も、通常は儀式が必要である。その儀式が、詠唱であったり、生贄であったり、そのあたりは、様々であるが、その対価、詠唱ならば長さ、生贄ならば量、それらが多ければ多いほど威力が高まるのが常識である。

 しかし、儀式のように見えるのはフィンガースナップだけ。本来ならば、そのフィンガースナップすらもいらないものではあるが、この場でそれを理解しているものは煉夜以外にはいない。


「それで、殺さないように無力化すればいいんですか?」


 その問いかけは、夜宵にしたものである。先ほどの攻撃を止めたのは彼女であったので、今度は別に攻撃してもいいのか、という意味も込めて。無論、抑止力として煉夜と鷹雄を呼んでおいて、かつ、大人数との戦いが可能な煉夜と鷹雄を使わないという選択肢はなかった。


「ええ、できれば、でいいからお願い。殺してしまうと後が厄介だから」


 半ば冗談のような、軽口のような口調だった。誰だって、乱戦での不慮の事故というものはある。だからこそ、この百余名を相手にするのに、煉夜が加減すると夜宵は考えていなかった。


「いっそ殺せと言われた方が楽ですね、まあ、やってみましょう」


 むしろ、ならばこそ、煉夜の出番というべきだったのかもしれない。ラウルならば、手加減などできるはずもない。鷹雄も楽な方法を取るならば敵を丸ごと消し炭にする……とまでは言わないが、敵のど真ん中で自爆魔法級の無茶をやって片付けるのが手っ取り早いと思えばやるだろう。特に、昼間は不死身なのだから。


「え、いえ……」


 まさか、そんな風にあっけらかんというとは思っていなかったので、虚を突かれた夜宵だが、そんな反応は意にもせず、呪文を紡ぐ。



「【我が主が名を持って告げる――


 霊脈の底、悪辣なる神の血、深き眠り、


 六の願い、八の守護、導き手は我が主の心の中、


 ――凶天裂きし、禍つ者捉えし天の糸、すなわち『創生』の鎖】」



 まるで夢か現か、空中から金色の鎖が現れて、西園寺派の者たちを拘束していく。子の魔法も、また、通常の原理から外れている。

 今度はきちんと詠唱があった。しかし、それでもおかしい魔法である、と拘束されながらも、西園寺派の陰陽師は思った。


 物質を一から創造する魔法というものは、霊力にしろ魔力にしろ、その消費と結果が結びつかないものといわれている。一を十にするよりも零を一にする方が魔力の消費が大きいのだ。

 式神のように、別の空間に存在するものを呼び出すのでもなく、これだけの量、つまり百余名を拘束しうる量の鎖を生み出すのは、甚大な魔力の消費が必要である。それこそ、本来なら、煉夜の持つ魔力量のすべてにも匹敵するほどの量だ。


 だが、それはあくまで本来ならである。


 六人の魔女、【四罪の魔女(ニア・アスベル)】、【無貌の魔女(ステラ=カナート)】、【財宝の魔女(マーサ・イルミス)】、【緑園の魔女(コシバ・ハツシバ)】、【虹色の魔女(ノーラ・ナナナート)】、【創生の魔女ユリファ・エル・クロスロード】。彼女たちは、それぞれの分野に関する魔法の魔力緩和は常時行われているもの(パッシブスキル)なのだ。無論、それは八人の聖女も同様である。

 例えば、【緑園の魔女】ならば緑……自然系統の魔法である。得意だから、というものや、魔力親和性が高いという事実もあるが、それだけではなく、別の人物が使うよりもはるかに少ない力で魔法が使える。


 そして、【創生の魔女】の眷属である煉夜は、【創生の魔女】と同様に魔力緩和を受けている。創生、その名の通り、万物を生み出す魔法に関してである。水のような自然物から、障壁のような魔力物質、鎖のような金属物質まで、生み出すものであればすべてである。

 緩和を受けているとはいえ、この鎖に関しては煉夜の魔力あってこそではあるが。


「さて、と……、こんなもですかね」


 そう言いながら、フィンガースナップを鳴らす。それと同時に、鎖を雷が伝った。そうなれば結果は一目瞭然。鎖を伝った電撃で、囚われていた者たちは全員倒れ伏す。


「死なない程度には加減していますから、ご要望には添えていますよ。それから、家の問題という話だったんで、大将首はあえて取りませんでしたし、周りに散ってるのも捉えませんでしたけど、どうします?」


 煉夜が捉えたのはあくまで、西園寺後取側に着いた家臣と雇った者だけであり、後取本人や風魔、および風魔忍軍には手を出さなかった。


「その言、捉えようと思えば捉えられた、と取れるが?」


 それは南十字風魔の言葉だった。間違いなく、風魔忍軍は、煉夜と鷹雄の知覚外にまで下がらせている。つまり、補足できない以上、魔法の対象にはできないはずである。


「別に、俺の知覚限外はこの範囲でもない。広げようと思えば多少は精度が落ちるが十分広げられる。それにそんなことをしなくとも、『風魔の忍を追って捉える』、そういう鎖を生み出せばいいだけの話だ」


 創生の魔法に、基本的な制約はない。生物、無機物、魔法、精霊、問わず生み出すことができる。もっとも、煉夜の認識では、そこに「らしい」という伝聞調が入ることとなる。なぜなら、煉夜は生物と精霊に関しては、「創生」の魔法で作り出していないからだ。


「君、僕に『何でもありだな』といっていたけれど、君も大概だよ、煉夜君」


 鷹雄が呆れていた。鷹雄は、確かにいろいろな力を借りて使うことができるが、あくまでいろいろな力であり、煉夜のようにどのようなものでも生み出せるというわけではない。もっとも、魔力によるところもあるので、煉夜も本当に何でも生み出せる、というわけではないが。


「西園寺後取は、大森家で引き受けましょう。南十字家は任せます」


 夜宵が煉夜に告げた。本来ならば、両家とも大森家で引き受けるといいたいところではあるが、そこまで楽観視するほど自分たちを過大評価していない。


「了解しました。やれるだけはやりましょう」


 煉夜とて、消耗がないわけではない。それに逃亡するものまで追うのは無駄であるため、全員を倒すというのを確約するわけではなかった。


「さて、それじゃあ、わたしたちは、西園寺家の相手ということですか」


 代々伝わる名刀、山姥切を手に、後取へと向けて、言い放ったのだった。











「え、では、山姥切は、北条氏康の刀ではなく、北条綱成の刀だったというの?」


 夜風は、予想外の言葉に、思わず問い返してしまった。それに対して、問い返された相手は、微妙な顔をしていた。


「まあ、あくまでオレの知る世界では、って話だけどな。それにしたって、なんだってキャステルが刀なんぞに興味を持つ?そりゃ委員長の専売特許だろうが」


 夜風は銃、というイメージが強く、刀に反応したことが余程意外だったのだろう。彼女たちはそれぞれの得意分野で抜きんでた才を持つ集団である。夜風が銃であるように、糸を使うもの、刀を使うもの、毒を使うもの、……それらは、その専門分野には非常に強い関心を持つが、それ以外に興味を持つことは少ない。


「あら、今、私は、その山姥切が伝わる家の家臣の家に嫁いでいるのよ。知らなかった?」


 あっけらかんと言ってのける夜風に、彼女は怪訝な顔をした。どうにも信じられないといったような顔であった。


「北条の家臣って言えば、大道寺か遠山か、それとも間宮あたりか?」


 大道寺家は、後北条氏が伊勢氏の時代からの家臣であり、後の北大路家に連なる家系である。


「北大路家っていう家名変えした一族よ。まあ、知らないでしょうけど」


 数多ある世界の中には、北大路と名前を変えた世界もあれば、変えていない世界もある。なので他の世界の知識では知らないということはざらにある。


「あん?北大路だ?そりゃ、あれな話だな。大森、北大路、西園寺、南十字、東条ってか?」


 だからこそ、驚いたのは夜風の方であった。その名前を目の前の人物が出すとは思っていなかったからである。


「ってことは、あれだ、今、お前が一緒にいたやつらは、大森のか?ハッ、面白れえ話じゃねえか。大森ってのはな、もともとの大森に掛けてるってのもあるが、それとは別に、森をシンって読んだ『大神(たいしん)』っていうのもかかってるんだからよ」


 大神、……あるいは、大御神。それすなわち、神を指す言葉である。


「え、それってどういう……ってあれ、あ……!」


 何を知っているのか、そのことを問おうとしたとき、ようやく夜風は夜宵からの緊急帰還通信に気づいた。


「これは……ちょっとまずいわね。レオリーシュ、悪いわね、少し戻らないといけなくなったわ」


 問い詰めたい気分でいっぱいだが、戻らないわけにはいかない。そう思う夜風に対して、彼女は言う。


「なんだ、大森家に行くのか、ならオレもついていくぜ」

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