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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
一夜血戦編
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186話:禁黄なる富士の鬼の力

 最初の来訪者は、日も東の空から姿を見せ、皆が起き始める頃合いだった。知覚外からの奇襲。本来ならば気が付くことなど難しいそれをラウルは容易に破って見せる。そもそも悪魔という普通ではないものを相手にしているラウルにとって、その程度の技法は、見抜けて当然なものでしかないのだ。


 檀達が小田原城についてから、およそ2時間が経過したところである。本来ならば、地下通路で籠城するのが、最も効果的であったのだが、非常用ということで、あまり食料を蓄えているわけでもないので、いることができて、せいぜい2日。煉夜たちと合流するために、一度表に上がったところで、再び籠城するのは難しい。

 煉夜と鷹雄が食料を買い込んでくれば、できなくはないことだが、いくら何でも、食料を大量に抱えたままうろつけば、南十字家の人間にばれることは間違いないだろう。


「さて、撃退してしまったからには、居場所がばれた、と考えるべきでしょうね」


 あくまで探りとしてではあるが、送り込んできたのだ。そして、それを倒した以上、戻ってこないということで、小田原城に何かあるということがわかる。


「そうなると、あとは、時間だけですね」


 公園に入場規制をかけていても、西園寺家である以上、大森家の関係者なので通されるのは明白だ。変に絡め手を使う必要すらない。つまりは、相手にとっては、まっすぐ向かってくるだけ、という状況。

 そうなると、裏を取るために、あと複数回の襲撃はあるだろうが、それでも後取が小田原城に着くのはそうかからないだろう。


「一応、両親には、緊急連絡手段を使って、メッセージだけ送っているんだけど、反応がないのよね……」


 夜風が教えた連絡手段を使って、メッセージは送っているものの、うんともすんとも言わないので、通じているかすらも微妙なところであった。無論、通じていない。


「ヤヨママは昔っからどんなに連絡しても、全然見ないからねぇ」


 檀がしみじみとそんな風に言った。夜風は、人との感覚に乖離があるため、連絡に疎い。本当に緊急の時は念話なりなんなりを使っての連絡が来るという感覚が抜けてないのだ。


「湖さんは、本当にいつの時代の人なんですか!」


 ののかはため息交じりにそう憤った。実際、ののかの周りにもそういう人物が多く、そういったことも同時に思い出したのだ。


「さてはて、籠城戦ともなれば、弓や石で上から攻撃するのが普通ですけど、こういった人たちにはあまり有効そうではありませんね」


 忍を撃退した際にバーサークモードに突入していたラウルであるが、今は十字架を手放したことで落ち着いていた。


「そもそもにして、ラウルさんと宮さんはともかく、あとは全員、近接系ですからね」


 ラウルは遠近両用、宮は後方支援専門、あとは前衛という何ともバランスの悪いパーティだった。


「むしろ、籠城せずに正面からやり合った方が早いような気がするほどにね。向こうが正面からきてくれるなら、正面衝突にもっていくのも簡単でしょうし」


 いわゆる脳筋思考である。そしてそれを成功させるには、強さが必要だ。少なくとも相手より強ければ、正面から叩き潰すことができるのだから。





 日が南の空に高く昇ろうとしている頃、幾度かの襲撃を退けた、その後、とうとうそれはやってきた。

 西園寺後取を先頭に、後取が雇ったであろう私兵と西園寺派閥の家臣たち、そして、あちこちに南十字家の忍。忍が散開しているにしても、予想よりも少ない数。だが、それで油断できるほどの余裕はない。少なくとも、数は予想よりも少なくても、檀達の数十倍以上なのだから。


「しかし、よくもまあ、あの状況で南に逃げるという選択肢があったものだ。噂に聞いた隠し通路か?」


 西園寺後取はそんな風に言いながら不敵に笑っていた。もはや勝ったも同然、そんな風に思っている。なぜならば、数の差というのは絶対不変である、それが世の常であったから。わずか、10にも満たない少数の人間が、約200人と戦うともなれば、なおのことだろう。


 籠城戦は、この状況ならば、不利でしかない。忍が散開して、内部に侵入、足止めしている間に本隊が突入して、あっという間に終わりになるだろう。


 だから、あえて正面に出ようとした、その時、――空から一条の光が落ちてくる。青白いそれは昼だというのに、いやにはっきりと見えた。


 そして、それは、小田原城と後取等のちょうど間に落ちる。


「おっと、間に合わなかったかな?」


 悠々と着地した鷹雄がそんな風にのんきにつぶやいた。ともにやってきた煉夜もまた、周囲を見回しながら、状況を確認していた。


 ――ファーグナスの結晶。


 絶叫マシンもかくやという勢いで目的地まで跳ぶことができるそれを使って平然としているあたり、鷹雄が信姫や姫毬などとは比べ物にならないくらいに身体能力や三半規管が強いことを示していた。


「いいえ、ばっちりですよ」


 煉夜と鷹雄の登場、それは予想外であったが、出ていくのにはちょうどいいタイミングだった。敵たちが2人に気を取られているので非常に動きやすく、あっさりと、正面に出てくることができたのだ。


「久しいな、大森檀」


 後取が檀に呼びかける。それを夜宵が睨んだ。殺意にも似た感情が込められたその視線に動じないのは、鈍感なのか、それとも勇猛なのか。おそらくは前者である。自分以外がまるで見えていない。


「大森家の直系を呼び捨てるとは、ずいぶんと偉くなったのですね、西園寺殿」


 この場にいる中で、一番、偉いという言い方も少々おかしいが、一番立場として格が上なのは、檀であった。


「ふん、鬼の血を引いているだけの小娘が、……北条の直系でもない家のものが、私よりも偉いはずがないだろう」


 どうあっても、北条氏の直系ではないという部分を強調したいのだろう。そして、それは確かな事実である。だが、だからといって、家の位が変わることはない。


「西園寺殿の言う『血』こそが、大森の当主たる資格ですよ。あなたたちが仕えているのは北条ではなく大森家です。それは、かつての名を捨てて、西園寺という家になっている時点で、そうなっているはずでしょう?」


 そう、後北条氏はすでに滅んでいるのだ。そうして、大森家の元に再編された時点で、一番上は北条ではなく大森家である。


「そんな屁理屈はどうでもいい。私たちは、北条という家の家臣であった。だから大森に仕えたのだ。だが、ふたを開けてみれば、北条ではない。ならば敬う必要も、従う必要もないだろう」


 そう言ってのけるのは、己に確固たる自信があるからか、それとも己の言葉が世界のすべてであるのか。


「富士の鬼の末裔風情に従わず、私たちが上に立てばいい。北条の血ならば私たちにも流れているのだから」


 後取がそう言えば、後ろに着く西園寺派の家臣たちは「そうだ」と口をそろえて言う。しかし、煉夜は別の部分に引っかかっていた。


「富士の鬼?」


 鬼の血や富士の鬼という言葉。大森家は玉縄北条氏の末裔だ。だが、そこに富士との関連性が見いだせなかったのである。


「そう、富士の鬼……、そして、不死の鬼。平安の頃に生まれたとされる鬼ですよ」


 つぶやいた煉夜に言葉を返したのは檀だった。そして、平安時代と富士とくれば、思いつくものは一つしかない。


「かぐや姫の不老不死の薬、か……」


 平安初期に生まれたとされる文学、竹取物語において、不死山と呼ばれた山の頂上では、帝が不老不死の薬を焼いた。そして、それが灰となって山から散ったという。いわゆる富士山である。


「かぐや姫、かぁ……」


 鷹雄は苦い顔をしていた。あまり思い出したくはない名前である。なぜならば、鷹雄の対極に位置する存在が司る存在であるからである。


「北条綱成は、もともと、今川の家臣の家系なんです」


 今川氏といえば、遠江国(とおうみのくに)を制した一族であり、遠江国は今の静岡県にある。静岡県は富士山を山梨県と二分する県であり、そこを治めていた今川家の家臣の福島(くしま)氏に、富士にて不死となった一族の血が混じりこんでもおかしくはないだろう。


「もともとは、不老不死に近いものだったされる、この身の力も、人間の血により、だいぶ弱まってしまっています」


 元は不老不死とされた力も、今や、死ににくく老いづらいだけであり、死にもするし、老いもする。


「その力を人は禁黄と呼びます。もっとも、そう呼ばれるようになったのは、戦国の世が終わった後、ですけどね」


 そう、戦国時代において、老いづらく死ににくいというのは、利点でこそあれ、禁じられるものではなかった。それが禁忌とされるようになったのは戦いの世が終わり始めてからである。戦いがない中では、それは単なる奇異な存在でしかなくなったのだ。


「そう、『禁忌なる地黄八幡』、ゆえに、禁黄。そう呼ばれたのです」










 その頃、山梨県と神奈川県の県境には、佐野紅晴が、事後処理のために奔走すべく、いろいろな準備がされていた。煉夜と鷹雄の戦いは、木々をなぎ倒し、氷の山を出現させ、果ては天すらも風穴を開けるほどの大激闘であった。


 そうなったら、なっただけにその結果を隠ぺいすべく奔走する必要があった。すでに政府には、雷隠神社、雪白家、稲荷家、炎魔家から要請があったため、様々な措置が動いている最中であったが、実際の活動をしているのは紅晴と武田の歩き巫女だけであった。


「やっぱりド派手にやってるわね」


 そして、その場に、本来いないはずの人物がいた。京都にいるはずだったにも関わらず、一日かけて山梨まで戻ってきていた。


「主殿と歩き巫女筆頭殿が、わざわざ戻ってこられるとは思いませんでしたな」


 その言葉に、うなずいたのは、戻ってきている側である姫毬であった。てっきり、京都で高みの見物をするつもりだと思っていたのに引っ張ってこられたのだから、そうも思うだろう。


「ワタシだって、来るつもりはなかったけれど、ご先祖様がね」


 そう言いながら見上げた先にいたのは、源氏の血を引く誰であるか、名のある武将か何かであろうことはうかがえたが、誰かまでは分からない。

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