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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
一夜血戦編
185/370

185話:獅子が治めし不落の城

 小田原城。神奈川県小田原市に位置する城であり、その城は、後北条氏の拠点として、一族を支えた城であった。難攻不落の名城としても名高い城である。

 かの戦国時代、難攻不落の城と呼ばれた城はいくつもあった。越後の龍が治めし春日山城、豊臣最後の栄華を誇る大阪城、斎藤が誇り竹中が破った稲葉山城、そして、相模の獅子が治めし小田原城である。


 堅牢で、攻め難く、まさに難攻不落と言わしめた城々。内々のもめごとで中から破られるなどの問題こそあれど、多くの城はその栄華を支える礎となったことは間違いない。


 中でも、後北条氏が誇る小田原城は、惣構えの全長が二里半あり、城下町ごと囲っていた。その規模の大きさから豊臣も攻めあぐねたというほどだ。この小田原城の優れた点としては、城の中に城下町が丸々含まれるということは、兵糧攻めなどが効きづらいということである。


 もっとも、現在は地震などの影響で立て直されたり、瓦や屋根の補修をしたり、と大幅な改修が行われており、また、本丸までを城址(しろあと)公園として残されている。


 背後の八幡山を含め、二里半……9キロメートルに及ぶ広大な敷地だった小田原城も、一部しか残っていない。史跡として認定されている範囲こそ広いが、城としての面影は城址と門や堀くらいのものである。


 もともと、この小田原城は、大森氏が建造したものであり、その以後、北条早雲が改築を重ね、後北条氏の拠点となった。後北条氏が没落した後は、大久保氏という松平氏の重臣の家系が城を継いだ。その後、幾度か城主が変わったものの、最終的には明治時代に解体されるまで大久保氏が城主となった。

 そういう意味では、この城は大久保氏の城ではあるのだが、相神大森家が関東大震災以後の再建などに尽力している結果、政府との折り合いをつけ、公的には異なるが、大森家を城主とすることが可能になった。


 そういった事情で、現在は、大森家が小田原城を管理しているのだ。もっとも、大森家は大森家の屋敷を本拠にしているので、ほとんど小田原城に行くことはなかった。






 この小田原城に、檀たちがたどり着いたのは、もう夜も明けた頃だった。半分ほどショートカットしているものの、緩やかな坂道を上るのに時間がかかり、このような時間になった。


 しかしながら、予想外の移動に、西園寺家や南十字家は対応しきれていなかった。地下通路は、大森家しか知らないうえに、東に展開していたのだから仕方がないのかもしれない。


「さて、どれくらい持つか、ってところよね」


 夜宵が、しみじみとつぶやいた。ばれるのは時間の問題であることは皆わかっていた。問題は、煉夜と鷹雄が合流するまでの時間がどれだけ稼げるのかということである。


 それがどのくらいの時間であるのか、というのは予想ができないところであった。金猛獅鷲との戦闘が終わっていることは分かれど、結果がどうなったかもわかっていない状況である。信じていれど、あの存在を前に、勝敗は予想できなかった。金猛獅鷲が消えようとも、それが、倒されたことによるものか、南十字家が還したのかがわからない。


「まあ、あの2人ならば、直に追いつくでしょう。それよりも、武器、ですよね」


 周囲を見回しながらののかが言う。そこそこの力を持つののかと2つの十字架で戦うことができるラウルであるが、さすがに大人数を相手にするのはきつい状況だった。


「正直、あたしたちは武器あったところでね~」


 夜宵は両親からの力を受け継いでいるものの、宮と檀は特異な能力こそあれど戦う力はない。そうなると、やはり煉夜と鷹雄が間に合わなかったとき、戦闘が厳しいのは間違いないだろう。


「一応、ご先祖様の刀はあるんだけどね」


 山姥切(やまんばきり)と呼ばれる刀である。写しの山姥切国広ではなく、備前長船長義の打った山姥切である。ただし剣の覚えすらない檀がそれを使いこなせるかといえば、否であった。


「その刀って、本物なのかな?」


 宮がそんなことを言い出した。確かに、その確証は持てないものであることには間違いない。山姥切は、北条氏康の息子である北条氏政から長尾顕長へと与えられている。その後巡り巡って、徳川にたどり着いているので、檀の持っているものが本物かどうかも微妙であるところである。


「そもそも、北条氏康が使っていたものかどうかもわからないものですから、どうでもいいんですよ、そんなことは。もしかしたら獅子丸だか獅子王だかの獅子の付く刀使ってたかもしれないですよ、相模の獅子だけに」


 正直、それの真贋などどうでもいいうえに、今そんな話をしている場合ではないだろうと思っているののかは、そんな風に冗談交じりに言った。

 ちなみに、美乃は今、地下通路の休憩室で料理中につき、この場にはいない。ラウルは、十字架を2つ重ねて、その上で寝ている。


「いや、異名と使っている刀は関係ないけれどね」


 ののかの冗談に律儀にツッコミを入れながらも、流れを切ったことはありがたいと思う夜宵。正直、夜宵も、今する話ではないだろうと思っていた。


「煉夜君と鷹雄君の移動だけど、徒歩になるとやっぱり時間がかかるわよね?」


 檀達は地下通路を使い、滑り降りるという手段を使っているので、この時間でついているが、彼らは、遠回りをして街に出ようとすれば東に行くしかないので西園寺・南十字両家とぶつかり、南下すると山などの起伏に苦労があるだろう。

 もっとも、煉夜は身体強化、鷹雄は太陽信思により移動速度が格段に上がる。しかし、煉夜は魔力の消費が激しく、鷹雄も太陽が出ていることが条件のため、移動速度が上がるのは、ちょうど今頃であった。


「彼らを通常の人間に当てはめるのは間違っていると思いますけど、さすがに瞬間移動とかまではしないと……あー、しないと思うので、多少かかるかと。ほ……、いえ、皐月君が朝以降じゃないと元気が出ないので、まあ、直に来るはずです」


 ののかと鷹雄は面識があるので、鷹雄の能力もある程度は知っていた。そもそも、彼女の組織の上が彼と関わりがあるので、当然といえば当然なのだが。


「朝顔か何かなの、彼?」


「どちらかといえばひまわりなんですけどね。まあ、彼は夜も元気は元気なので、ひまわりではないとも言えますが」


 そんな雑談をしながらも、やるべきことはいろいろとあった。まず、城址公園への立ち入り制限である。戦闘になる可能性のある場所で一般人を巻き込むわけにはいかない。

 一般人がいると敵も派手に動けない、という思考は南十字家相手には通用しない。相手の認識外から襲ってくる彼らを相手にするには、かえってこちらが動きづらくなるだけだ。そうなると、一般人の立ち入りを規制するほかないのだ。しかし、規制すると、ここにいると相手方に伝えているようなものである。

 つまり、規制すると、それだけの権力を持つものがその場にいるということが明るみになる。小田原城でそれが可能なのは、北大路夫妻と大森三兄姉妹、西園寺後取。大森槙と大森松葉、北大路夫妻がおらず、後取が指示をしていないのであれば、檀以外に指示したものがいるはずがない。


「まあ、敵も、そこまで馬鹿ではないでしょうから、大森家と関連のある場所、つまり後北条氏の拠点であったこの城にはすぐに目をつけるでしょう。むしろ、下手に朝の散歩やジョギングなどで人が公園の敷地内に入ってくることの方が問題です。封鎖は早めにした方が得策でしょうね」


 ののかの言うことはもっともであった。確かに、ここにたどり着くまでは時間の問題である。そうであるのならば、多少早まるにしても一般人を巻き込まない方が正しい判断であろう。


「ええ、でしょうね。そうなると、残りの問題は、やはり、あの2人の合流までの時間でしょう。ラウルさんの実力は分からないけど、あの巨大な敵に対して予備戦力としてもつれていかなかったってことは、強いとしても大きな技がない。集団戦闘は苦手と本人も言っていたし、難しいところね」


 夜宵は煉夜と鷹雄が勝利しているかはわからないが、負けた時の話をしても気分が落ち込むだけなので、想定しつつも口に出さないだけであり、ののかは、煉夜と鷹雄が勝利している前提で話を進めている。ラウルは金猛獅鷲自体を知っていただけに半信半疑であったが、獣狩りの異名を信じたので、のんきに寝ている。檀と宮と美乃は正直、考えていない。


「まあ、彼らならば、どうとでも動いて間に合わせることは可能なんでしょうけれど、さすがに、あれと戦った後に、急いで駆け付けろなんて言えませんしね」


 ここにいるのは、大森家の関係者であるが、煉夜と鷹雄はあくまで協力者であり、本来ならば、大森家の騒動に絡む必要のない人間であった。命令などできるはずもない。せいぜいお願い程度だが、肝心の自分たちでは到底太刀打ちのできない金猛獅鷲と戦ってもらっている以上、それ以上を望むのは傲慢であろう。


「頼めば無理を押してでも駆け付けてはくれるでしょうけどね」


 煉夜と鷹雄の性格を何となくでも知っていればそういう結論になることは間違いないだろうが、連絡手段もないし、駆け付けろと言う気もなかった。


「まあ、難題を押し付けただけに、軍だろうと何だろうと、足止めくらいはしないと、申し訳が立たないわよね」


 使えるものは何でも使えという主義の夜宵ではあるが、それでも、協力者の立場であれだけやってもらっているのだからそれに答えないのは道理ではないだろう。

 もっとも、金猛獅鷲は、煉夜がいなければ、こちらで暴れることもなかったのではあるが、それはそれ、というやつであろう。


「じゃあ、そろそろ動き出しましょうか」








 その頃、北大路夫妻は、大森槙、松葉兄妹と共にある場所にいた。療養のために避難している場所である。ここならば見つかる心配はないだろうと思う反面、大森家で起こっていることがつかめないという問題点もあった。


「なんだ、ずいぶんと珍しい顔があったもんだな」


 そんな声に、北大路夜風は振り返る。別段、その声の主に驚くようなことはなかった。この場所は、夜風の仲間内ならば誰でも来られるからだ。


「し……え、あれ?」


 振り向いた先に見えるはずの体はなく、呼びかけた名前が喉に詰まった。そして、背後にいた少女。


「ハハッ、ずいぶんとまあ、驚いた顔をするなぁ、キャステル」


 彼女の背に携えられた異名の刀は、まぎれもなく、本人であることを示していたのだから。


「それは驚きもするわよ、お遊びが好きだったから、声くらい変えているものと思ったけれど、かつての栄光はどこへ行ったの、レオリーシュ・ルクスレーヴェ」


 彼女との再会が、思わぬ展開につながることは、夜風も彼女も知る由もなかった。

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