184話:黄金の獅子鷲降臨・其ノ参
まるで太陽が現れたかのように、否、太陽が現れたのだ。目を焼くばかりの光が、その場を満たした。そんな中、鷹雄は、その剣の名前を呼んでいる。
「――『湖の精より賜りし太陽剣』!!」
華美な装飾などない、それでいて、簡素というよりは洗練されたという感想を抱く、そのような剣が、鷹雄の手にはあった。
そして、太陽そのものの光を、そのままその剣、「湖の精より賜りし太陽剣」ガーラテインに注ぎ込む。太陽を放つかのように、剣から放たれた光が、金猛獅鷲のレーザーブレスを吹き飛ばす。
それはまさに、太陽。ケルトの世界において、太陽が象徴である夏は5月であり、その太陽と強さをたたえ、人は彼のことをこう呼んだ。
――「五月の鷹」と。
その気高さは、まさしく鷹であり、そして、その強さもまさしく鷹である。見事に、彼は、神獣の一撃を切り裂いて見せた。
そして、それだけの隙があるならば、煉夜も覚悟を決めるのは充分であった。「終わり」を告げた相手に、終わりを返すべく、その胸の宝石を握りしめる。意識を飲まれないように、懸命に繋ぎ止めながら……。
「――生じよ、[煌輝皇女]!!!」
太陽の光に負けないほどの黄金の光が、煉夜を中心に発生する。そして、そのまま、黄金の光が、柱となり、神獣金猛獅鷲を貫いた。その光は、文字通り、天に届く。あいにくの曇り空に浮かんでいた雲を散らし、その月に顔を出させるほどに。
鷹雄は、感嘆とともに、無意識につぶやいた。
「これが、……これが君の太陽か!」
さすがの金猛獅鷲も、胴にぽっかりと穴が開けば、いくら回復力が強いといっても、回復することは難しい。ましてや、それまでの戦闘で散々魔力を使い尽くしている。もはや、戦いを続けることは不可能であろう。
「ぐはっ、はははっ、完敗だ。この我が風穴を開けられるとは……」
その巨体、そのままに、上空から落下してくる金猛獅鷲。もはや飛ぶ魔力すらも残っていない状態であった。胴には大きな穴が開いており、むしろ生きているのが不思議なほどの状況である。
「まだしゃべれるのか……」
そんな風に煉夜は呆れた。もう、その時には、すでに[煌輝皇女]は解除していた。しゃべっている敵を前にして、という状況ではあまりよくないが、煉夜自身が[煌輝皇女]をうまく制御できないことや、いつまでも発動し続ける余力がないことから解いている。
「ははっ、我を何だと思っている。しかし、しゃべるのがやっととは我も地に落ちたものだ」
文字通り、というべきか、地に落ちたというのは、まぎれもない事実であった。いや、氷上ではあるが、飛んでいないという意味では相違ない。
「殺せ、獣狩り」
金猛獅鷲は、そう言う。されど、煉夜は首を横に振る。殺す気などない。ここで殺すことは、騎士としての道理に反する。少なくとも、光の幻想武装を使って倒した以上、「騎士道」に順じなくてはならないのだ。
「俺は、殺す気はないな。鷹雄はどうする?」
止めこそ煉夜とはいえ、その隙を、ましてや勝機を生み出したのは鷹雄である。2人で戦ったからこその勝利であるがゆえに、そのもう1人に意見をゆだねた。
「そうだね。普通ならば殺すのだけれど、君が騎士としてあるならば、僕も騎士としての自分を優先するさ。殺しはしない」
英国の王に仕えた騎士である鷹雄とスファムルドラの聖騎士たる煉夜、互いに仕えた国は違えど騎士は騎士であった。
「しかし、このままここに居られてもいい迷惑だ。扉を開いて送り返したいが、術者を捕まえるのは苦労するだろうね」
「そもそも霊力がたまっていないから開けもしないだろうな」
そう、イリノが扉を開いて送り返そうにも、鬼の間に力は満ちていないうえに、壊れた屋根の残骸で部屋は半壊している。送り返すのは不可能だった。
「おい、金猛獅鷲。お前なら、魔力で無理やり扉を開けるだろ?」
実際、彼は、イリノにも無理やり開いてやってこられると言ったように、事実、彼はそれが可能だった。
「ああ、できる。しかし、どこまでも甘いやつらだ。我に魔力を渡せば、その分で回復して襲うやもしれんぞ」
そんな風に笑う金猛獅鷲。しかし、それが強がりであることは明らかである。扉を開く程度の魔力で、回復しきれるほど小さな傷ではない。
そもそもイリノは自身の霊力を呼び水に、地脈の力を引き出して鬼の間の霊力と合わせて使っていたが、神獣はその土地の自然に関与できるため、地脈の力を引き出して自身で扉を開くことができる。煉夜でもできないそれは、「神獣」という「神」を関するほどの存在であるからこそできるのであろう。
扉というのもあいまいな概念ではあるが、要するに、世界の隔たりである次元薄膜を術で一時的に開けているのである。一方の金猛獅鷲のやり方は、それを力で無理やりこじ開けているのである。次元薄膜は通常、ちょっとやそっとで傷つくものではないが、無茶なこじ開けをやりすぎると傷つく恐れがある。そして、その薄膜……隔たりがなくなったときに起こる現象が重層崩界である。
そういったことが起きないように、傷がつきそうな突発的移動をしたものは、「誤って別のファイルに転送してしまった時のように、強制的に戻される」というより負担がかかっていそうなことにより帰還させられる。俗にいうマシュタロスの外法のことである。
マシュタロスの外法で返されるのは、何らかの意思の介在の有無は関係なく薄膜の穴に落ちる、薄膜に穴をあけて落とすなどの現象による場合であり、該当したのが煉夜や沙友里であった。
稲荷一休は、偶然にも「扉」を開いて向こう側に渡った存在、つまり正規渡航者扱いになっているため、このマシュタロスの外法の選定から外れているのだ。
式神や召喚獣たちも、「扉」を介しているため、マシュタロスの外法で強制的に送還されることはない。
つまり、金猛獅鷲もこの世界には正規に渡航している扱いである。それを強制的にこじ開けた扉で返した場合、マシュタロスの外法に引っかかるか否かで言えば、否である。帰属世界というものが関係している。
帰属世界とは、その人間がいるべき世界である。しかし、あまりにも帰属世界と離れすぎると、その帰属が消えることもある。青葉裕音や青葉紫炎のような存在たちがそれに値し、帰属世界があるうちは、その世界の時間軸に縛られて年を重ねるが、帰属世界がなくなった後は、年齢を取ることがなくなるのだ。
帰属世界への帰還は、マシュタロスの外法の対象外である。
「まあ、魔力を直接与えたらそうなるかもしれないな。だから、俺の魔力で下地を作る。そこから無理やり帰れ」
煉夜の魔力をもとに無理やりこじ開けるのは変わらないが、直接金猛獅鷲に魔力を譲渡するのではなく、煉夜が放出し活性化した魔力をもとにするということだ。通常ならば無理であるが、場に放出した……つまり自然に帰った魔力ならば、神獣の関与する範囲である。
「ふん、そのくらいならば造作もない。やれ」
そうして、煉夜の放出する魔力を使い、金猛獅鷲は、無理やり世界に帰還するのであった。
その頃、南十字イリノは、自身の召喚した存在が、この世界から消えたことを如実に感じ取っていた。それも、その前の激闘までもをしっかりと見たうえで、である。数時間にも及ぶように思えた数十分の激闘。そして、その末に、倒されてしまったという事実。
まず、あれを前にして戦おうと思うものがいたことが予想外であった。いや、確かに、獣狩りという存在を示唆されていたし、あれがそれを倒すために協力するという話であったのもおぼえていた。それでも、眼前に現れたあれに対して、戦おうと思うとはとてもではないが思えなかったのだ。
だが、そんなイリノの思いを裏切るように、結果として、倒してしまえる存在がいた。予定外というよりも予想外だ。西園寺家も南十字家も予想できなかったであろう事態になってしまったのだ。
「ホンマ、ナニモンやろうな、獣狩りって……」
そうつぶやくしかできない。最後の黄金の光、それによって、空に風穴すら開けた、その存在の大きさに、イリノはすでに負けを確信した。自身の親や、そして、西園寺の当主がどうしようと、負けるであろうことは明白であった。
だが、イリノは思う。悪者なら悪者らしく、最後までするべきことをする、と。勧善懲悪の子供向けアニメでは、たいてい、悪者が巨大化や巨大兵器を出して、それをあっけなく倒されてしまう。だが、悪者は何度倒されようとも再び襲うだろう。それが、悪者であるからである。
「さってと、どないすっかなぁ……」
やれることは少ない。それでも、イリノは、巨大な正義へと立ち向かうことを決めた。
一方、足柄山地から小田原城までをつなぐ地下通路に檀達がいた。その地下通路は、大森家の直系にしか教えられていないものであり、魔術的な認証が必要なため、南十字家や西園寺家の者たちは知らないものであった。
食料なども備えられたそこは、ある種の避難場所にもなっているが、そのう長く持つものではないし、まともとは言えない。
地下通路はそれなりの距離があるが、道の半ばは、トロッコで下るような形になっていて、そこから半分は、やや緩い上り坂である。もともとは、逆で、緩い下り坂と急な坂道で構成されていた地下通路であるが、大森家の屋敷が主になってからは、今の形になっている。
本来は、急な上り坂で侵入者を防ぐものであった。
目的の小田原城に到着するまで、あと数時間。煉夜と鷹雄にはあらかじめ、小田原城に向かうことは伝えていた。後は敵が来るのと2人がくるの、どちらが早いか、というところであった。




