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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
一夜血戦編
182/370

182話:黄金の獅子鷲降臨・其ノ一

 空を駆けるは、黄金の体毛と大鷲の翼を持つ獅子の如き獣。神獣金猛獅鷲(スヴェリィエルドラド)。飛行機ほどの体躯が放つ威圧は、その周囲を圧倒していた。


 だが、それに立ち向かうべく、立ちふさがる人間がたった2人いた。一人は、黄金の剣を持つ、黒髪黒目の青年。もう1人は、銀色の剣を持つ、優男のような雰囲気を持つ青年。雪白煉夜と皐月鷹雄。


 彼らは、神獣の神気すらも恐れず、その剣を取った。はたから見れば象と蟻のように見える。しかし、見るものが見れば、わかるだろう。彼らも「獣」だ。脅威という強大な敵を前に、それに歯向かう「獣」である、と。


「さあ、存分に殺り合おう、獣狩りぃ!!!」


 神獣の咆哮が、周囲の空気を震わせながら襲い掛かる。ただの咆哮にも関わらず、肌を焼くようなピリピリとした感覚がするのは、それだけ相手が強いということの表れであろう。


「いくぜ、アストルティ!!」


 煉夜は、黄金の剣に魔力を込める。黄金の輝きが天へと昇る。あいにくと曇った空に、黄金の獣と黄金の光が現れ、それが開戦の合図となった。





 金猛獅鷲が、滑空しながら、鋭い爪を伸ばし、煉夜と鷹雄のいる場所へと振り下ろした。周囲の木々を巻き込みながらの重たい一撃。それを煉夜と鷹雄は受け止めた。


 爪一つとっても、かなりの大きさで、その重さたるやかなりの衝撃だった。だが、それを受け止める。本当ならば、切り落としたり、弾き返したりするつもりであったが、さすがにそこまではできなかった。


 手に来る衝撃を感じながらも、煉夜と鷹雄は、その一撃を防ぎ切ったのだった。



 今の爪でわかるように、金猛獅鷲は、遠距離の攻撃手段が少ない。翼だけで飛べるはずもないため、魔力で浮き、爪を伸ばしたり、牙を伸ばしたり、そういった魔法は持つが、魔法による遠距離攻撃はただの1つしか持たない。




 爪でつぶしきれないと悟った金猛獅鷲は、再び上空へと舞い上がり、そして、魔力を高める。空に距離を開けてしまえば、煉夜たちからの攻撃は減る。だから、それを行うのはそう難しくなかった。


「チィッ!鷹雄、防御に集中しとけ!!」


 煉夜は鷹雄にそう言いながらも、速攻で魔法を練る。タイミング的に、金猛獅鷲に届く魔法を打つよりも前に、敵の攻撃が来ることが、経験的にわかる。


「グラァアアアアア!!!」


 獅子の口から放たれる閃光。金猛獅鷲の持つ唯一の遠距離魔法。否、「魔咆」とでも呼ぶべきだろうか。魔力を砲撃として口から放つ高出力レーザー。かつてその一撃で都市をも崩壊させたとされる。

 だが、それが放たれるよりも少し前に、煉夜は詠唱を始めていた。手に聖紋を浮かべながら、その魔法を。



「【我が主が名を持って告げる――


 霊脈の底、悪辣なる神の血、深き眠り、


 六の願い、八の守護、導き手は我が主の心の中、


 ――虚栄を築き、見せかけの姿(ハリボテ)で守る城壁、すなわち『創生』の壁】」



 見えない壁が立ちはだかるかのように、四十八重の障壁が展開される。本来展開される障壁は六十六だが、この急場では四十八枚が限度であった。

 高出力のレーザーブレスを、障壁が受け止める。一枚、また一枚と破れながらも威力は減衰する。そして、減衰し始めたころを好機と見て、鷹雄は駆けだした。


 徐々にレーザーブレスの終わりが見えるころには、障壁は十一枚まで減っていた。


「跳ぶ、力を貸せ静波号ウェイブ・スウィーパー!」


 そして、金猛獅鷲の下から、そんな風に叫ぶ声。空を駆ける男がいた。一瞬、船を幻視したような圧力。攻撃中で動けない金猛獅鷲の隙をつくように、その腹を銀光の剣で切り裂いた。吹き出す血は雨のように、下の森へと垂れ落ちる。


「ごばっ」


 レーザーブレスが止まる。それと同時に、煉夜は、残った障壁を足蹴にして、天へと駆け上がった。

 正面から黄金の剣で切りかかる。しかし、そちらは前足で防がれてしまった。防いだ時についた傷も、すぐに治る。この治癒性の高さも、魔法である。普通の傷ならば、幻獣緑猛弩亀(ガベルドーバ)の復元術式のように完全に治るというわけではないが、血は止まり、動くのも問題はない。

 そう、普通の傷ならば、である。


「ぐう……、なお、らん、止まらん」


 鷹雄がつけたのは普通の傷ではなかった。否、傷をつけた剣が普通ではなかった。それゆえに、その傷は治ることはない。


疑似・勝利の大剣フラガラッハ・レプリカ。この剣でつけた傷が治ることはない」


 鷹雄の持つ銀光の剣は、勝利の大剣(フラガラッハ)のレプリカであり、その剣で傷つければ治ることはなく、その剣を持てば勝てるという伝説の剣である。無論、借り物であり、そして、偽物だ。されど、その力に偽りはない。


「だが、この程度、どうということはない!!」


 その大きな体躯に対して、一閃の傷跡を気にするような存在ではない。血を雨のように降らしながらも、金猛獅鷲の力は衰えない。それでこそ神獣というべきか、それだからこそ神獣というべきか。


「くっはははは!ほら、次の攻撃だ!!」


 急降下しながら、落下中の煉夜に向かって前足両方で一気に体重をかけるようにぶつかりに行く。


「ガーニア、煉夜君を頼む!」


 鷹雄の言葉とともに、黒い馬がどこからともなく現れて、煉夜を突き飛ばすように攻撃の当たる位置から逸らした。


「空を駆る馬とは面妖な……、どこぞの幻獣か何かか?」


 正確には、陸も海も空も駆ける馬であるが、そんなことは知る由もない。これに乗ることができれば機動力も上がり、戦闘がしやすくなるはずだが、あいにく、それができない。


「すまん、助かった、鷹雄」


 ガーニアと呼ばれた馬が霞んで消えるのを見ながら、煉夜は届かないであろう感謝の言葉を伝えた。

 金猛獅鷲は、攻撃を止めることができずに、そのまま地面に激突して大地を揺らした。そんな様子を傍目に見ながら、煉夜はすでに魔力を練っていた。


 フィンガースナップとともに、金猛獅鷲の翼に爆炎が上がる。機動力の源となっている翼を狙うのは間違いではないだろう。しかし、基本的に翼をもとに魔法で飛んでいるので、翼の有無は消費する魔力が増える程度の意味しかない。


「効かん!!」


 そもそも、その場しのぎの魔法が通じるはずもなかった。だが、それはそれであまり関係ない。なぜならば、


「ぐう……」


 その隙に着地した鷹雄が駆け寄っていたからである。そのまま鷹雄が再び一閃切り込んだ。再び癒えぬ傷をつけられるも、やはり致命傷には程遠い。


「アストルティ!!」


 しかし、痛みとなかなか止まらぬ血という珍しい経験に、金猛獅鷲がひるむくらいの隙は生まれた。煉夜は、アストルティに魔力を込め、黄金の光を長く伸ばす。一歩で、金猛獅鷲に届くまでに。


「く、だが、その程度で我は止められん!!」


 金猛獅鷲が、再び魔力を溜める。レーザーブレスをもう一度使うつもりなのだ。詠唱しようにも間に合わない。魔力をアストルティに集中している状態から、それを解いて詠唱するには時間が足りなかった。


「そんなときのためのこれだよね!」


 鷹雄は緑のマント(グリーンベール)を取り出して、射線上に放り投げる。ただの布切れにしか見えないそれが、レーザーブレスを霧散させる。


「もはや何でもありだな、鷹雄!」


 鷹雄が青いタヌキのように見えてくる煉夜であるが、正直、そんな冗談を口にしたのは、この状況での強がりのようなものだった。


「なんでもはできないけど、ビームに関しては、そっちの専売特許じゃないっていうのを証明できるかな!これは、本来、僕じゃなくて彼が継承する力なんだけど、授けたのが太陽だから、僕も使える!」


 そう言って取り出したのは、小さな勾玉。それが月のように淡い光を灯し、そして、光線となって金猛獅鷲の足を貫く。


八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)!」


 金猛獅鷲のレーザーブレスほどの威力はないが、それでも、十分なほどの威力で足を焼く。


「月が出ていればもっと威力が上がったんだけどね」


 そして、足を貫かれた金猛獅鷲の元には、すでに煉夜が迫っていた。多少の傷ならばすぐに治されてしまう。だからこそ、煉夜は、アストルティをその胴へと突き刺した。そこに一気に魔力を流す。


「ぐぉあ!クソ、小癪な!」


 金色の魔力が、金猛獅鷲の中を暴れまわった。いくら治癒能力が高くとも、体の内側からの攻撃はかなりのダメージが通る。ふさがらない腹の傷もこの攻撃の影響で血をドバドバと流しだす。

 そうなれば、一旦、距離を置くのが定石だろう。そして、金猛獅鷲には、空という距離の詰められない場所への移動ができる。


「空に逃げたか……」


 アストルティごと引っ張り上げられそうになったのを、どうにか抜いた煉夜だったが、距離をあけられては戦いづらくなるのは明白だった。


「仕方ない、あれを使うか」


 この状況を打開する方法は、いくつかある。その中でも最も戦いやすいものを煉夜は選択する。飛ぶ相手に対する有効打。それを思い描きながら、胸元の宝石を握りしめた。ここで呼び出すのはただ一つ。


「――生じよ(こい)、[結晶氷龍(クリスクラリス)]」


 極寒の冷気が周囲を包む。そして、煉夜は、反撃のための一手を打つ。

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