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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
一夜血戦編
181/370

181話:プロローグ

 足柄山地深奥、旧風間。その地にある風魔の里の南十字家の屋敷。鬼の間には、霊力が蓄えられていた。かの獣を呼び出すための莫大な霊力が。




 昨日、獣の件は、すぐに南十字家頭領である南十字風魔に伝えられ、そこを経由して西園寺後取へと伝わった。その獣が危険であることは、両家ともに百も承知であったが、南十字家は娘が開いた活路を無駄にするわけにはいかないとし、西園寺家はこのチャンスに乗り遅れるわけにはいかないと考えなしにそれに乗った。


 日時の指定を向こうにされてしまっては、その通りに動くほかなく、急な行軍となるのは無理をしているが、それでも、これは千載一遇のチャンスであった。


 不調者や負傷者の多い風魔忍軍であるが、それでも、ここで動けるものはそれなりにいる。西園寺の兵と合わせても、200人といったところだろう。


 本来ならば、風魔忍軍は300人近く……277名所属している。しかし、西園寺家の無茶な指示で負傷や不調が積み重なっている。その中で動けるのは、あらかじめ行軍の準備に回していた百余名。西園寺家の雇った兵と合わせて約200人。これは煉夜や鷹雄、ののかの予想よりもはるかに下回る人数である。


 もっとも、神獣金猛獅鷲が召喚されれば、周囲の被害も考えると、そんな大人数で動けば、巻き込まれるだけであり、全軍投入よりももっと打つべき手がある。


 獣から逃げてきたところを待ち伏せるという方法である。むろん、待ち伏せしている地点まで誘導するように忍の先兵を配置しておく必要があるが、逃げる方向はある程度絞られる。


 まず、獣が現れた方向に逃げることは、物理的に不可能である。つまり、西方、足柄山地を超える方向へと進むことは地形的にも状況的にも困難になる。そうなると北か東か南である。

 しかし、南は行きつけば海。南下は考えづらい。東も東で海ではあるが、移動手段は多く、逃げおおせる可能性は高い。北上すれば東京であるが、都心というわけではない。そうなると、東という可能性が一番高い。

 東に展開し、そう逃げなかったときは、忍たちの襲撃で誘導していけばいいのである。むろん、獣が暴れているという前提であるため、目標である檀と宮を確保したら、自分たちで獣を何とかしなくてはならない。


 そう、その時点で、西園寺家と南十字家の両家ともに、楽観視している部分がある。いくらすごい力を持っているとは言え、扉を閉じてしまえば帰るだろう、召喚者の言うことは聞くだろう、人数をそろえれば倒せないほどではないだろう、と。


 思い上がりも甚だしい。しかし、それを指摘するものなどだれもいない。だからこそ、この無謀な作戦は決行されるのだ。


 一つだけ、彼らにとって良かったといえることがあるとすれば、金猛獅鷲が煉夜にしか興味がなく、煉夜を倒しさえできればいいと思っていることだろう。





 イリノは鬼の間で、地脈に霊力を流し込んだ。呼び水としての霊力を。そして、唱う。この戦いを終わらせるための大いなる獣を呼ぶために。


「――地脈より抜き出、神明なる力よ、我が元に扉を開け、来たれ、……来たれ!」


 光が部屋を満たし、巨大な扉が開かれる。その奥にいるのは巨大な獣。そこにあると感じるだけで、体を動かすのすらもできなくなるほどの脅威。

 それは、ただでさえ凶悪な獅子の顔を、狂相に歪めていた。そして、唸るような低い声でしゃべる。


「くくっ、くはっ、ははっ、遅い。遅い遅い。遅すぎて、眠ってしまうかと思ったわ。思わず、こちらから無理に扉を開いて、すべて潰してしまおうと思うくらいには待たせてもらったなあ」


 そう言いながらもイリノを殺すような素振りすらないのは、約束の時間を守っていることと、そして、何より、今は煉夜を殺すということしか頭にないからだろう。

 無理に扉を開く、普通ならば不可能であるが、彼には可能であった。それをするだけの力を持っている。しかし、そうしなかったのは、わずかな消耗もしたくなかったからである。それだけ、雪白煉夜という存在を「全力」で倒したいのだろう。文字通り、すべての力を使って、だからこそ消耗したくない。


「も、申し訳あらへんです。しかし、準備は万端のようで」


 滾る力もほとばしる力も、昨日……昨夜とは比べ物にならないほどだった。正直、震えが止まらないのを、唇をかみながらどうにかしている状態である。


「くはっ、だれに言っている。この我がその辺を抜かるはずもないだろう」


 獰猛な笑いが、鬼の間にこだまする。それはまさしく獣の声。そして、その獣は、待ちきれないとばかりに、扉から抜け出でる。

 扉を破り、そして、そのまま、天井すらも破りぬける。空に羽ばたくは大鷲の翼。そして、その獣は吠える。


「さあ、存分に殺り合おう、獣狩りぃ!!!」


 その猛き咆哮は、世界にとどろく。唸りは響く。この世界を滅ぼす脅威の到来は、大地を震わせた。






 その頃、この時間に合わせて陣を張るべく、西園寺家の隠れ地下屋敷から出て、神奈川県の中央からやや東よりに移動していた西園寺後取と南十字風魔は、呼び出された存在の大きさに圧倒されていた。

 見えずとも感じる力の大きさに、動くことすらできなくなり、その姿を見た瞬間に、何も考えられなくなった。それだけの脅威が、この世界に出現したのだ、と、出現させてしまったのだ、と悟った。


 本当に、あれをどうにかできるのか、そんなことすらも考えられなくなっていた。ただ、呆然と立ち尽くす。


 そう、神獣とはそういうものなのだ。本来、それに歯向かうなど、利用するなど、考えることもできないほどの存在。自然現象と同格の、それこそ神にも匹敵する、そんな存在である。

 おそらくは、本当に、この場を、この状況を、彼らが脱することはしばらくないだろう。時間が止まったかのように、彼らは、動かない。









 一方で、感知しているのは、大森家でも同じだった。同じだったが、こちらのほうが被害は大きい。なぜならば、より近いからだ。その神気を肌で受けるくらいに近いため、動けなかった。檀も、宮も、夜宵も、美乃も、ラウルも。だが、ひとりだけ動くことができるものがいた。


――東条ののかこと、東本願埜之夏。


 彼女は、神代・大日本護国組織に所属している。その関係で、この程度の神気は常に受け続けてきた。経験の差、というよりも、環境の差だろう。育ってきた環境が、生き抜いてきた環境が、それほどまでに違ったというだけだ。


「しかし、わたくしが想定していた以上の神気。ほとんどの人が動けなくなるでしょう。まあ、ですが、ほ……いえ、皐月君と、雪白君ならば、平気でしょう」


 そう、皐月鷹雄がそういう存在であることを彼女は知っている。そして、雪白煉夜は、神の加護を受けた存在である、ということも知っている。だからこそ、この神気の中でも彼らにこの命運を託すことができるのだ。

 ののかならば、動くことはできよう。しかし、かの獣への攻撃手段はあいにく持ち合わせていなかった。攻撃手段が全くないわけではないが、それらはおそらく届かないだろう。だからこそ、進んで檀達の護衛を買って出たのだ。


 この状況に、北大路夜風が……ののかの知るところの湖夜風が参加していれば別であっただろう。しかし、いないものはいないのだ。それはどうしようもなく変わらないことだ。もし、療養場所からでもこの異常事態を感知できれば駆け付けただろうが、場所が場所だけに気づいていないはずだ。


「さあ、皆さん、いつまでも神気にあてられていないで、しっかりしてください」


 普段ならば絶対にしないが、ここにいては、あの獣たちの戦いに巻き込まれる恐れがあるので、肩を揺らし、無理やりにでも引き戻した。


 そもそも、なぜ、夜になる前に彼女たちがここを脱出しなかったか、といえば、いくつかの事情がある。


 まずは、敵の油断を誘うもの。何かしようとしていることに気づいていないふりをするために、ぎりぎりまで大森家にとどまっていた。

 そして、次に防戦を捨てるかどうかの判断に迷ったことである。正直、戦力差は明白で、頼みの綱である煉夜と鷹雄がいない状況である。大森家側から攻めても、数で防がれるのでは、という考えがあった。


 そもそも、あの獣の出現さえなければ、大森家での籠城戦となり、かつ、煉夜と鷹雄が欠けていないという状況であり、勝ちは確実といってもよかった。そのプランは、檀が煉夜を助けた時点でまとまっていたのだ。

 そして、獣との戦いがこの家まで届かない範囲であるならば籠城戦ができただろう。だからこそ、それが届くのか、届かないのかを、ぎりぎりまでここで判断したかったのだ。籠城するか否かを決めるために。


 わかってしまう。あれが出現した時点で、この周囲に安全などないのだ、と。距離を取る必要がある。

 こうなったときに、敵が身内でなければ、西に逃げていた。山間地のほうが身を隠す場所が多いからだ。しかし、今回は、あの獣が西にいて、かつ西には風魔の縄張りがある。そうなれば、西は絶対に行ってはならないだろう。


 東か北か南か。この選択肢は、西園寺・南十字、両家が予想したものと同じだった。東は、神奈川県の中でも東京湾に面する横浜があり、東京などにも逃げやすい。北は東京であるものの逃げるということを考えるのならば、あまり向かない。横浜や東京などの駅があるならば、朝までしのげば、新幹線で移動することが可能になるが、北ならば結局北東に移動しなくてはならない。なら東に行くのと変わらない。南は相模湾である。南に行き切った時点で、東か西に行かなくてはならない。だから、結局、東しか選択肢はない。


 ――そんなはずがなかった。


 この状況で西園寺家や南十字家が東に陣を敷くのは、予想できている。だからこそ、煉夜と鷹雄が戦って、戻ってくるまでの時間稼ぎも兼ねて、目指すのは「南」だけだった。

 檀達でなければ、どうあっても東に逃げるという選択肢しかない。だが、檀はこの神奈川を制した一族の末裔である。


 目指すは、後北条氏の拠点、神奈川県の相模湾に面した南部、「小田原城」を置いて他にない。

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