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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
大森西園編
179/370

179話:幕間・それぞれの春休み(英国)

 午後3時頃、英国では、アフタヌーンティーの時間である。日本と英国との時差はおよそ8時間。日本では夜でも、英国では昼過ぎなのだ。

 そして、純然たる英国人であるエリザベス・■■■■(エリアナ)・ローズも、例にもれず、自身の研究室でアフタヌーンティーを楽しんでいた。ティースタンドにスコーンやカップケーキなどが載っており、ティーカップで優雅なミルクティーを楽しんでいた。


 本来のアフタヌーンティーは、居間などの空間で行われるが、そういった場所の机は得てして低い。そういったことからローティーとも呼ばれたという。また、アフタヌーンティーの象徴的な道具として、イメージの起こしやすいティースタンドも、机の低さや狭さからくる机の上の菓子類の取りにくさを解消するために使われていたものだ。

 その本来の使い方にもれず、研究室に広い机などないため、ティースタンドは大いに役立っていた。


「それにしても暇ね……。リズは、研究で忙しいんでしょうけど」


 ユキファナ・エンドはレモンティーを飲みながらそういった。ちなみに、アフタヌーンティーで、というよりも英国でレモンティーはメジャーではない。あくまでメジャーではないだけであるにはある。


「まあ、そうですけど、それでもそんなに忙しい時期ではありませんよ?」


 MTRS……王立魔法学校の入学時期は、他の学校と同様に9月である。日本のように4月入学というのは世界的に見て稀である。そうなると、一般的な日本の学校では忙しいこの時期、彼女らには大して忙しくはなかった。


 今、リズが行っている研究は、従来の魔法とは一線を画するものである。その論文が発表されれば、世界の魔法が覆るほどの。端的に言えば、煉夜やリズが使用するスファムルドラ帝国の魔法である。

 魔法というのは積み重ねた歴史で、その発動工程も発動方法も大きく異なる。英国には、この世界の歴史の中で築かれた様々な魔法が集まっている。しかし、それでもこの世界の歴史の中で、という点では、やはり似通った系統になってしまうのもうなずける。


 魔法の全盛時代を支えたのは、やはりどうあっても西欧諸国だ。しかし、その多くで、魔女狩りなる蛮行が横行し、魔法使いも魔法使いでないものも多くが倒れた。そのほかにも惨殺祭や小さな事件は多く、魔法使いや異能使いの迫害はされ続けてきた。

 そうなる以上、魔法使いは、陰に隠れて使わざるを得なくなる。そういった経歴から、どの地域の魔法も一部は似た形になる。


 しかし、別の歴史を積み重ねる異界の魔法は、根底から異なるのだ。魔法を否定されずに研鑽が続けられてきた以上、それは革新的といっても過言ではないほどにこの世界の魔法とは異なるものなのだ。


「それにしても、研究室旅行の行き先、本当に日本にするの?」


 そんな風に言うのは、ミルクティーを口にする唄涙鷲美鳥。本当は日本茶が飲みたいが、さすがに英国でそれを言うのは無茶なので、リズと同じものを飲んでいるのだ。


「あら、行きたくありませんか?まあ、そうですね、あなたにとっては、帰省のようなものですからね」


 日本に旅行に行くということ自体には、美鳥が反対する要素はない。彼女が反対しているのはもっと別の部分である。


「いや、それ自体は別にどうでもいいんだけど、会いたくない人達がいるからね。それさえ避けられればアタシはどうでも」


 しかし、彼女の会いたくない人達というのは、雷隠神社の面々であり、拠点こそ長野県であるが、行動の範囲は非常に広い。会う確率は低くとも、会う可能性が薄いことはない。特に、日本の観光名所などに行けば、相応に歴史がある。それこそ、近代の遺産や近代化遺産などならばまだしも、研究室の旅行である以上、日本古来の魔術について触れられる場所に行くのは分かっている。


 そうなると神社仏閣が基本となるだろう。京都、奈良という定番を外すはずもない。さらに京都にはリズの思い人たる煉夜もいる。そうなれば、行き先はほとんど間違いなく京都になるはずなのである。少なくとも、雪白家という場所に知己をつくっているのは、観光をする際に融通を利かせてもらえる多いな足掛かりにもなる。

 そういった込々を踏まえた上で、その京都に雷隠神社の誰かがいるという可能性は大いにあった。八巫女は特に可能性が高い。だからこそ、美鳥はあまり乗り気ではないのだ。


「ユキファナはどうなんですか。あなたも日本出身ですよね?」


 地元を観光するというのはどういう気分なのか、リズにはいまいちわからなかった。リズの場合は、視察になってしまうからだろう。


「別にどうでもいいんじゃない?そもそも、そんなに興味なかったから詳しいわけでもないし。せいぜい何か所かいったことがあるくらいよ?」


 ユキファナは、特に、日本に明るいわけではない。死神の力が目覚めた後は死神の世界に渡っていることもあって、あまり、日本というくくりを大事にしていない。ただし、生国というのは死神にとっても重要な概念であることは重々承知しているため、そういった意味では日本をそれなりに大事に思っている。


「そもそも日本の魔法は、あまり参考にならないとは思うけどね」


 これは世界的共通認識で、という意味ではなく、ユキファナ自身の考えで、そう思っているというだけである。もっとも、世界的にも日本の魔法は評価されていないのだが。


「それはやはり、弱体化していることが原因ですか?」


 日本の陰陽術の衰退に関しては、海外でも、そのようにならないように魔法の研究を維持するという例で、よく用いられる。だからこそ、リズでもそのあたりは知っている。


「いや、陰陽術自体がどうこうっていうよりも、陰陽術も魔法も、正直言って、ピンからキリまでバラバラ過ぎんのよね」


 そもそも、陰陽術が衰退しているというのは数世代前での話であり、稲荷一休により息を吹き返しつつある現状の日本では、その評価も正統とは言えないのだが、それよりもユキファナの言うピンキリというのが実際のところである。


 現在の日本の魔法使いのトップ10は、おそらく、英国の魔法使いにも劣らないほどの才覚を持ち、実力も非常に高い。しかし、それ以外の魔法使いは凡百の魔法使い以下である。

 その魔法使いのトップ10は、ほとんどが魔導六家であり、かろうじて司中八家の煉夜や裕華、それ以外の小柴などもいる。こと純然たる魔法の実力で言うなれば雷司などは非常に平凡でしかない。

 そして、陰陽師に関しては、それこそ、信姫のような受け継がれる式神の強さを除いてしまえば、英国の魔法使いたちに届くものはほとんどいない。


 上は強いが少数で、下は弱いし多数という、全体の底上げをしない限り、日本の魔法・陰陽術界は滅亡する恐れすらある状況だ。その底上げに稲荷一休が、失われた陰陽術を復活させたのだが、それでもまだまだであった。

 そして、旅行で、そのトップの魔法を見ることができるのならまだしも、凡百以下の技術は見る価値すらもないだろう。


「魔法は、遺伝するといいますけど、日本ではそれが狭い範囲でとどまっているから、でしょうね」


 英国の魔法使いは、一時期の魔女狩りによる数の減少で、その子孫を増やすべく、やたらめったらに子供を増やしまくった。その結果が、魔法大国たる一因を担っているのは否定できない。

 一方の日本においては、魔導六家や司中八家、その土地の家々が他とほとんど干渉せずに、家を存続させることに躍起になっている。その結果が、強い家には強いものが、弱い家には弱いものが生まれる現状につながっているともいえる。

 もっとも、英国においてもその気質がないとは言えない。やたらめったらに子供をつくったのは、あくまで一般の魔法使いであり、その当時から貴族や王族にいた魔法使いには家柄や体面があるため、そんなことはしていない。


「まあ、遺伝にも例外はあるし、必ずしも完全に遺伝するわけじゃないけどね」


 ユキファナの言葉も事実であった。その例が炎魔の超常たる力を継がずに「逸葉唄」を受け継いだ炎魔火弥や、その娘でありながら「逸葉唄」を受け継がなかった笑火なのである。


「まあ、世界には、近親で子をなすことによって、その遺伝する力の純度を上げようとする思想がないわけではありませんが、一般的でもないですし、あまり勧められませんよね」


 同じ血ならば、同じ力を受け継ぎやすいのは事実であるが、その分遺伝的劣勢になりがちという事実は知れ渡っている。もっとも、それでありながら正常に生まれたことこそが奇跡とされ、より神聖視されるような場合もある。


「まあ、日本は、なんていうか、奇跡を生みやすいのよ」


 それは、美鳥の言葉だった。しかし、意味はリズには伝わらなかったようで、リズは首をかしげる。


「あ~、んと、正確には、奇跡に見えるっていう言い方のほうがいいかもしれない。全体の質が劣っているから、突出した存在が生まれたときに奇跡に見える、というだけかもしれないんだけど、それでも異端児は多いと思うわ」


 その最たる例をリズは知っている。ミスターアオバ、日本が生んだ異端。その存在の異常さはリズもよく知ると同時に、英国王室が認めているのは確かだった。


「まあ、それは三神の系列っていのがあるからでしょうね。青葉、篠宮、朱野宮に始まる家々は、魔導六家や司中八家なんかよりもよっぽど異質だもの。神の血っていうのは、それだけ意味を持つってことなんでしょうけど」


 ユキファナの発言は、リズや美鳥にも通じないものが多い。この発言もその一つだった。そんな話をしていた折、リズが、何かに気づいたように明後日の方向を見た。


「ん、どうしたの、リズ?」


 リズの突発的な行動は、珍しいものではないが、話の流れをぶった切る形だったので、問いかけた。


「これは、……、まさか、なるほど……。覚悟。そう、覚悟、ですね。ふふっ」


 明後日の方向を見て、ひとりごとをつぶやくさまは、はたから見れば頭でも打ったのではないかというものだ。


「ふふっ、明日、このくらいの時間に、いよいよ、光の扉は開かれるのでしょう。レンヤ様がそれだけ覚悟を決める事態が、日本で起きた、ということでしょうか」


 すくりと立ち上がり、リズは、ユキファナと美鳥に告げる。


「どうやら日本で何か起こるみたいです。煉夜様もそれにかかわっているようなので、少しばかり調べてみましょうか」

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