176話:幕間・それぞれの春休み(大森)
時をさかのぼること、だいぶ昔。千葉県、三鷹丘市にて。春の日もうららかな3月、入学を間近に控えた3人の少女たちがいた。当時、中学三年生から高校一年生になろうとしている大森檀、西園雅(後の西園寺宮)、北大路夜宵である。
中学三年生の夏に、とある出会いを果たしてから、わずかな時間が過ぎて、無事に、神学校として有名な三鷹丘学園高等部に合格を果たした3人。これは、そんな3人の物語。
三鷹丘市は、隣の鷹之町市に大きな国際空港を持つため、国際色豊かな町である。そして、かつて、この地に埋まっていた夢見櫓の影響で、この一帯は、異能が生まれやすいとされている。三鷹丘市と鷹之町市、この2つの市で同時多発的に起きていた事件の数々をとある姉弟が解決してから、季節が2つほどめぐって、次の代、檀達に受け継がれる時が来た。
「はい、というわけで、本日は、お集まりいただきありがとうございます。これから、入学説明会を開始したいと思います」
入学説明会。合格が決まった生徒たちに、その学園の概要や特色を紹介する場である。三鷹丘学園の場合、留学生や遠方からきている生徒も多いので、その彼らが説明を受けられる日程となると、ある程度遅くなってしまうのは仕方がないことであった。
全校生徒が収容できる講堂の壇上に気だるそうに立っているのは、赤みがかった黒い髪を腰元くらいまで伸ばした20代ほどに見える女性だった。しかし、新任でこのような場を任せられるはずもないうえ、その気だるそうな様子からは、かなり堂に入った雰囲気も感じられた。
「司会は……あーっと、本来は昨年、会長や副会長を引き継いだ生徒会に丸投げしたかったんですけど、ちょいとそういうわけにもいかないので、生徒会顧問の天龍寺秋世が務めます。それじゃあ、時間もないので、簡潔に」
全校集会の場合は体育館で行われることなどもあるが、この入学説明会は講堂なので、壇上のスクリーンに画像を映写する形で説明会が進行する。
「はい、まず、この三鷹丘学園ですが、皆さんもご存知の通り、進学校です。ですが、進学率は83%と、思ったよりも低いですよね。てか、これでよく進学校なんて言えるわよね」
最後、素の言葉が漏れた秋世であるが、この割合というのは事実であり、変わらない。だが、あくまで、それは進学と就職と大きなカテゴリに分けただけであるが。
「まあ、もっとも、残りの17%っていうのは、就職といっても、研究所からの引き抜きであったり、もともと自分の研究所を構えていたり、海外の企業に引き抜かれたり、っていうように、研究施設への雇用が92%を占めていて、残りの8%は様々です。特に、この8%に該当するのが、昨年の生徒会長と副会長になります」
この場合の昨年の生徒会長と副会長は、引き継ぎ前のであり、もう卒業している。なお、その生徒会長とは、市原裕華の伯母である市原裕音その人である。彼女の場合は、就職先としては「チーム三鷹丘」、もしくは専業主婦という扱いになるのだろうが、この場合は、司中八家の表稼業ということで学園側には通っている。あくまで通っているだけで、華音たちの忙しさを見てわかるように裕音は市原家にはかかわっていない。
また、この代の副会長、ミュラー・ディ・ファルファムもまた、就職先は「チーム三鷹丘」、もしくは専業主婦なのだが、学園への名目上としては英国王室直属英国教会ことアーサーがリーダーを務める「聖王教会」に就職したことになっている。
「では、進学のほうの進学先ですが、国内が7割、海外が3割ですね……って、この資料作ったやつも百分率なのか割合なのか統一しなさいよ。えっと、国内が70%、海外が30%ですね」
そんな風に学校の説明がされていく中、檀、雅、夜宵の3人はというと、ぼーっとしていた。基本的にクラス編成も決まっていないため、入場順で席が決まるので、3人が並んで座っているのだが、特にこれといって話はしていなかった。
「それで、えっと……、特別学業免除生……通称X組ってのがいるので、あれですが、実際のところ、本学での学業に関しては、X組以外の成績が貼り出されます。貼り出されるといっても上位50人までですが、貼り出されるところまで行くと、推薦なども非常にもらいやすいですね」
秋世の説明も長くなると、集中力が続かなくなってくるのか、寝る人、私語を始める人が出始める。それでも長く持ったほうだろう。さすがは進学校に入る学生というところである。
そんな折、そのタイミングを見計らって、ということは決してないだろうが、2人の生徒が講堂に入ってきた。
「悪ぃ、秋世、遅れたわ」
「秋世、遅れました」
教師である秋世のことを簡単に呼び捨てる2人の生徒、そのうちの片方に、檀達は見覚えがあった。
「あら、やっと来たの?それで、どうだったの、剣帝大会は」
剣帝大会、普通、この言葉の響きだけ聞いて、この文字を連想する人はいない。ましてや高校生である。普通なら「検定」と「大会」で変換されて、何かの検定を受けてきたのか、何かの「大会」に出場していたのだろう、と結論付ける。
「さすがに2回目の出場で、2回とも2位ってのはプライドがな。そんなわけで、本気で静巴を倒して、優勝してきた」
「まあ、わたしは1回優勝していますからね。初代チャンピオンとして4代目の2位に1位を譲るのはやぶさかではないんですが、それでも負けたのは悔しかったですね。最後の一太刀のいなし方を間違えたのが敗因だとは思うんですけどね」
そんな風に会話をしながら、壇上に上がる2人。高校生とは思えないほどの貫禄があった。小学生の時、中学生を見て大人だと感じ、中学生の時、高校生を見て大人だと感じる、あの感覚、それよりも、大人に見えた。
「あ~、こほん、本学生徒会長を務めている。普通ならば、ここらへんで名乗りを上げて、ぜひとも名前を憶えて帰っていただきたいところであるんだが、本学の場合は、少々通常とは生徒会の体系が異なる。正直、お飾りみたいなものなので、覚えなくてもいい」
そう前置きしてから名乗る青年。そして、名乗った後、その体系が異なるという部分について話し始める。
「そもそも、この三鷹丘学園において、生徒会というのは存在する代と存在しない代がある。不思議に思うかもしれないが、そういう習わしだと思ってくれ。まあ、しかし、昨年の生徒会の遺した負の遺産というか、まあ、諸事情により、本年度の生徒会は昨年からの引継ぎであるが、基本的に、俺や、副会長の静巴、顧問の秋世、書記の紫炎、会計の律姫ちゃん、副顧問の由梨香、顧問代理の橘先生などがほとんど学園にいない状況が続く予定だ」
どういう予定だ、とほとんどが心の中で思ったが、それを口に出して聞く勇気のあるものはいなかった。
「そういうわけで、まあ、生徒会で担ってきた仕事は、生徒会がないとき同様に、学園側にゆだねるはずだったんだが、教師3人も来られなくなるという諸事情も鑑み、特設組織をつくることになっている。いわば、もう1つの生徒会であるが、そこの会長からは入学式あたりにでも話があると思う」
それは前生徒会を解散してしまえばいいのでは、という意見もあったが、多くの生徒は、自身に関係がなければ生徒会が2つだろうが3つだろうが無関心であった。
「その諸事情を踏まえて、あなた方、新一年生にも、もう1つの生徒会に入っていただく可能性はあります。もちろん、強制ではありませんし、選挙ではなく指名制ですので、ほとんど可能性はないと考えていただいて結構です」
左右の目が赤と青という初見では、二度見してしまうような容姿端麗な副会長がそんな風に言う。それに、新一年生はほっとする。中には生徒会に入りたい、というような人間もいるが、多くは、部活か勉強に集中するだろう。
「ふむ……、檀ちゃん、雅ちゃん、夜宵ちゃん、3人とも、このもう1つの生徒会に推薦したいんだが、入る気はないか?」
唐突に、名指しで呼ばれ、周りの人も、その呼ばれた人物を探すためにきょろきょろと周囲を見てしまう。そんな中、呼ばれた3人は、……
「えぇ……、いつものことながら唐突だなぁ……」
苦笑いの3人は、ここにいる多くの人と、少しだけ違っていた。三鷹丘学園に入るだけあって、勉学に励むものが多いので、派手な格好や染髪しているのはほとんどいないが、彼女たちだけは、違う。もっとも、染髪しているように見えるだけであって、雅の髪は生まれつきのものである。
「勉強しないといけないしぃ……」
と雅が思ってもないことを言う。正直、勉強を教えてもらった恩もあるので受けてもいいとは3人とも思っていたが、素直に受けるのは癪であった。
「ふっ、俺が直々に勉強を仕込んだんだから、授業をまじめに受けてりゃ大丈夫だよ。基礎はみっちりと教えこんだからな」
その自信過剰っぷりに、多くの新一年生は、なんだ、この先輩は、と思っていたが、そこに秋世の補足が入る。
「彼は、先ほど言ったテストの貼り出しで、初回からすべて一位を取り続けてる上に、全教科ほぼ満点の天才よ。実績さえあればX組確定とすら言われてたわ」
きわめて高い学力を要求される三鷹丘学園のトップ、そして、先に聞いた名前を思い出して、多くの人がざわめきだした。それもそのはずだ、この近隣の中学生なら多くがその名前を知る傑物である。中学時点で、日本の大学入試の問題をすらすらと解けてしまうほどには天才だったと伝えられている。その人物の直々な教えとあれば、あの容姿でこの学園にいるのも納得だ、と皆が思ったのである。
「もう、仕方ありませんね」
そんな、まんざらでもない笑みを浮かべて3人は仕事を受けるのだった。
彼女らは知らない。この後、波乱万丈な学園生活が待ち受けていることを。天導姉妹の胃に穴が開きそうな日々を送りながら、徐々に、この推薦した張本人との交流は薄れていくが、それでも、それを意にしないほどの暴れっぷりは、後の学生にまで伝えられるのである。紫泉鮮葉が聞いたことがあるほどに、煉夜たちの時代まで伝わるのだった。




