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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
大森西園編
172/370

172話:幕間・それぞれの春休み(小柴)

 煉夜が中空宮堂に行く数日前、ひどく冷えた車内で、腕をさすりながら、夕暮れに染まりつつある街を見る。立ち並ぶビル、高架の上を車が行き交う様子を見ながら、ぼーっとしていた。客観的な建物や施設だけ見れば、日本のそれと変わらないが、しかし、建物の色調や行く人波を見ると、やはり日本ではないことを実感させられる風景であった。


 埃国(エジプト)、首都、改羅(カイロ)。カイロ国際空港に降りて、車で移動している。外はカラッとした暑さであったが、それでも思っていた小柴が思っていたほどではなかった。

 埃国の気温は、4月から10月までが暑く、11月から3月まではやや涼しい。しかし、涼しいといっても、25度以上30度前半くらいまでの気温である。日本のジメジメしたような暑さとは違い、乾燥しているものの、肌を刺すような紫外線は健在だ。


 小柴は、少しずるいとは思っているが、ちょっとした魔法で紫外線を弱めている。そのせいで、髪が若干緑がかっているが、光の加減で見える程度だ。

 砂が舞う様子は、小柴に、かつて、向こうで煉夜と出会った時を思い起こさせるには十分な風景であったが、それと同時に、どこか知ったような魔力を感じるのも事実だった。まるで、この国の全体から、その異質な魔力をため込んでいるかのように。





 埃国での仕事はひどく順調なものであった。小柴の会社が輸出しているのは、カイロ近辺だけなので、特にこれといった大きな移動もない。


 エジプトはナイルの賜物という言葉があるように、埃国はナイル川に沿って、長く、その面積は日本の約2.7倍、おおざっぱに言えば3倍である。日本国内旅行でも飛行機を使うように、埃国でも遠い場所には空港で移動しなくてはならない。そのような面倒ごとを避けられるだけでもありがたかった。

 しかしながら、混雑する道と相手のスケジュールから暇な時間ができてしまう。小柴は子供のころから、父の仕事に付き添い、埃国も含め、数度訪れている。ギザのピラミッドも見たことがあった。カイロ国際空港からもそれほど遠くない距離なので、十分に車で移動できたが、押し売りや道路混雑もあり、正直、二度目は遠慮してしまう。


 埃国には多くの遺産が眠っている。そういったものを見て歩くのは、小柴としてもやぶさかではないのだが、異国の地でいろいろと見て回るには制約も出てくる。人が多いと犯罪も起こる。そうなると、カイロから離れるのは得策ではない。


 そんな折に勧められたのが、アブ・シンベル宮殿の近くで新しく発見されたという遺跡だった。カイロから離れるのは得策ではない、といいながらも、アブ・シンベル宮殿のあるアブ・シンベルまではかなり離れており、飛行機でアブ・シンベル空港に行ってから、車で移動することになる。





 この新しく発見された遺跡は、まだ、一般に公開されていないため、本当ならば入れないのだが、初芝重工により多くの提供を受けているため、そのくらいの無茶は通せるということもあり、少しの間、遺跡見物としゃれこむことになった。


 小柴と遺跡というのは縁遠くない存在である。ただし、それは、縁遠くないというだけで近しいというわけでもない。そもそも、小柴にとっては遺跡という感覚ではなかった。


 小柴達魔女は、長いときを過ごしているため、彼女たちがかつて拠点としていた場所の多くは、煉夜がいたころには遺跡として扱われていたのだ。新暦になるきっかけとなった大戦争よりも前に建てられた建物の多くはそういう扱いである。


 大戦争では、多くの国や地域に被害を残しているが、スファムルドラ帝国のように残った場所もある。逆にアル・グレン王国のように跡形もなく消し飛んだような場所も少なくない。それほどまでに激しい戦争だったのだ。

 だからこそ、小柴は、長い間、残っているというものには、ほどほど関心を抱く。あるいは、自分も遺物なのでは、という思いもあるのかもしれない。


「ここが、遺跡……。……っ」


 遺跡を見ていた小柴は、そこから感じられる猛烈な気配に、思わず顔をしかめた。とてつもない魔力がたまっている。まるで、龍脈の傍に立っているかのような莫大な量に、酔いそうな感覚になったのだ。

 だが、それと同時に、気づく。遺跡として発掘された瞬間から、漏れ出し続けているのだ。つまり、発見される以前は、これよりもさらに濃密に魔力が渦巻いていたことは想像に難くない。


 日本にもいくつかの魔力溜りと呼ばれるスポットはあるが、これほどまでに濃密なものは存在していない。なぜならば、そこに存在するだけで、周囲に影響を及ぼすほどの魔力溜りは、異界化してしまう。

 埃国にもいくつか異界化した場所はある。ギザの大ピラミッドがその1つだ。中に入った瞬間から、そこは半ば異界のようなものであり、その途方もない魔力により、様々な現象が起こりうる。呪い、とされるのも多くはそれが原因である。

 かつて、日本の京都も同じように異界化するまでの魔力溜りがあったが、それでも京都が異界化していないのは、龍脈により陣を敷いたことで、その陣により、ある程度魔力が消費されているから。


 埃国でもレイラインが築かれているが、あくまで限定的なものだ。その多くが、地面の下ということもあり、つながっていても通らないということが往々にしてありうる。その結果、このような遺跡が生まれることがあるのだ。


「でも、いったい、これほどの魔力はどこから……」


 普通なら龍脈からの魔力が吹き溜まりとして堆積したものなのだが、ここはどうにも龍脈とつながっているわけでもなく、また、魔力の質が桁違いに純度が高い。


「これは、……向こうで感じたことのある魔力」


 そう、その極めて純度の高い魔力は、小柴が【緑園の魔女】として向こうの世界にいたころに感じたことのあるものだった。正確に言うならば、【緑園の魔女】になる前から、というべきだろう。

 遺跡の中は妙に冷たく、それでいてぞっとするまでに魔力の詰まった場所であった。本来であれば、それを晴らすように魔力を追い出すところだが、量が量だけに小柴単身ではどうにもできない。試しに魔法で魔力を散らしたが、すぐに充填されるように補われてしまった。


(どこからか常に魔力を補給しているのかな。だとしたら、それを上回る速度で散らすっていうのもできなくはない、けど……)


 それを躊躇するだけの理由がある。遺跡であると同時に墓であるとするならば、ここには信仰が募っているのだ。信仰心が、場合によっては形を持つことを小柴は知っている。特使会という存在のように、神の加護を受けている場合もあれば、神を信仰することで、持っている魔力を献上する場合もある。


 つまり、この遺跡に集っている魔力が、信仰によって集まっているものならば、補う形で魔力が補給されている以上、その人物の魔力を干からびさせてしまう可能性もある。むろん、信仰しているという以上、この墓に眠る存在の加護がある程度あるはずであるが、それでも可能性がゼロではない以上、避けるのが得策だ。


「それにしても、……壁の向こう、これは」


 遺跡の深部までくると行き止まりに当たる。しかし、その奥から感じるのは、より強い魔力。まるで、壁の奥が魔力をため込んでいるかのように思えた。


 それに、この部屋から出土されたという黄金の像も気になるところであった。この遺跡からの出土品は、その像と何点かの金属類だという。だが、金属に魔力が宿るというのは珍しい話ではない。それこそ、魔法剣などは、魔法陣を刻みつけている場合もあるが、魔力を込めた金属を使うこともある。金属というのは、魔力の伝導率が高い、という場合も多いからだ。また、宝石のように、魔力を貯めるという場合もある。

 これだけ濃密な魔力を浴び続けた金属が、何の変化もない、というのは、小柴には考えづらかった。それに、ずっと感じている、向こうの世界の魔力がどうしても気になる。


「どこで……どこで感じたんだっけ……」


 小柴は、懐かしい魔力の出どころと、それがどこで感じたものだったのかを手繰る。膨大な記憶の奥、その中に、答えはある。


 初代【緑園の魔女】、キララ・タナート。この場合、二代目、そして三代目と同一の人物であるので、この「代」という表現が正しいのかどうかは甚だ微妙であるが、それでも、ここではこう表現しておこう。

 そのキララ・タナートが【緑園の魔女】となる前。まだ、他の魔女たちと、そして、聖女や神と出会う前のことである。

 五方で生まれたキララは、後に魔女と呼ばれるだけあって、人並外れた魔力を持っている。それゆえに、独り立ちすることは容易だった。その後、彼女は、五方の中を回った。その中で、ここの魔力に通ずる何かに出会ったはずなのだ。しかし、もはや、千年単位で昔の話。忘却の果てにあるそれを思い出すのは難しかった。


 魔力を貯める……石、そういう類の記憶を片っ端から拾い上げる。そんな中で、一つだけ、これと思い当たるものがある。


「あ、……、じゃあ、これって。だとすると、日本も、いえ、なるほど、そういうこと。だから、……すでに土壌は築かれていたということかしら。これもあいつの……いえ、これは戦争の副産物。そうなると、偶然という線が……」


 小柴の頭の中である程度の仮説が出来上がる。しかし、それを確かめるすべなどはない。だから、あくまで仮説は仮説である。しかし、そうなれば、小柴がこの世界に【緑園の魔女】の力をもって生まれた理由も説明がつく。特に、日本という国に生まれた、という理由も。


 今まで、小柴は、日本に生まれたのは、煉夜の生国だったからと考えていた。だが、それだけではない理由があるのではないか、そして、その理由に、この懐かしい魔力が関係しているのではないか、という仮説を立てることができたのだ。

 すべてが一本の紐のようにつながった。バラバラのピースが一つの可能性というパズルを完成させた瞬間でもある。


「これが終わって、日本に帰って、余裕があるようなら、……岩手にでも行ってみますか」


 そんなことを考えながら、遺跡を後にするのだった。

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