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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
大森西園編
171/370

171話:幕間・それぞれの春休み(水姫)

 雪白家は、京都司中八家の中でも、神社や寺院との相性がいいことで知られている。そもそも、神社から派生した【天狐】の稲荷家や元司中八家ではあるが仏門と縁深い【仏光】の天城寺家などがある。

 ただ、神社ならば神社、寺なら寺と完全に分離しているのがほとんどだ。だが、雪白家は、どちらとも相性がいい。それは【日舞】の雪白家だからと言えよう。


 日舞、そも日本舞踊とは。舞、踊ることである。司中八家に入り、【日舞】の異名がついたのは、雪白家が生まれてから時代が一つ変わった後であるが、古くから舞や踊りというものは存在していた。


 日本舞踊とは、その名前の通り、日本の伝統的な踊りや舞のことを示している。神社で言えば巫女神楽などの奉納の舞が存在するし、寺で言えば盆踊りなどの踊りが存在している。その関係で、神社や寺、その両面と仲がいいのが雪白家であった。

 その雪白家に、ある訪問客がいた。神社とは相性がいいという通り、神社の人間である。正確に言うならば微妙に違うのだろうが。




「しかし、まあ、遠いところからわざわざよく来てくださいましたね」


 そう木連が言う。その口調がどこか厭味ったらしいのは、事実、あまりよく思っていないからなだのだろう。


「なぁに、少し用を思い出したのでね。ずいぶんと壮健そうじゃないか、木連坊」


 そうやって笑う人物。つかみどころのない雰囲気は、どことなく人ならざるようにも感じられる。木連とは長い付き合いであり、木連と鳥尾の関係よりも、この人物のほうが長い。


空前(くうぜん)師匠、来るのなら前もっていっていただければ準備くらいしていたのですが」


 空前末由(すえよし)、詩人統者の異名を持つ雷隠神社の四大天である。師匠と呼んでこそいるものの、別段師事を受けたわけではない。


「いや、なに、今回に関しては、本当にただふと思いついただけだよ。筆頭と八席もつれているから長居する気もない」


 そう言って、チラリと見やる末由。そこには3人の少女、雪白水姫と巫女が2人。その様子をどこか楽しそうに見ていた。


「しかし、彼女が筆頭、似鳥(にとり)雪姫(すすき)ですか。噂とは違い、ずいぶんと少女らしい少女ですが」


 四大天の似鳥尚右染が愛娘というだけあって、話題に事欠かない人物であるが、それでもうわさに聞こえるような際立った才覚があるようには見えなかった。そこにいるのは、あくまで普通の少女のようである。もっとも、それは形成された外面でしかない。





 その少女たちはというと、あまり楽しそうな顔をしていない。水姫は、巫女を嫌う。雪姫は水姫を好いていない。互いに嫌いあっているからだろう。そして、その空気を感じた環文は1人、場の空気をどうにかしたいができないということで沈黙するしかなかった。


「あ、あのう……、そのう……、うう……」


 どうにか発言しようとするも、重たい沈黙は崩れない。だが、その時、東方で、強大な気配が現出したことで変わる。木連も水姫も、環文も気づいていない。だが、それは確かな大いなる波動であり、その波が世界の魔力を揺らした。それが霊力にも伝搬する。


「っ……、これ、神獣、……それも、金猛獅鷲(スヴェリィエルドラド)


 思わずつぶやいてしまった雪姫ではあるが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。知っているからだ。その神たる獣と因縁のある人物がいることを。


「え、雪姫様、スヴェ……?」


 環文は困惑しているが、それを気にする余裕もなく、自分で占おうかとも思ったが、それよりも近しいものがいることに気づく。


「雪白水姫、レンは……、雪白煉夜は今、どこにいますか?!この家にいないことは知っています!」


 その形相に、水姫は面を食らった。先ほどまでの雪姫からは想像できないような、そんな顔だったからだ。むろん、末由も環文も見たことがなかった。だから、その場の全員が、雪姫へと視線を寄せていた。


「え、ちゅ、中空宮堂に入っているけれど」


 それに気おされて、しどろもどろながら、言葉を漏らしてしまう。陰陽師界の事情には疎い雪姫ではあるが、仕事柄、陰陽師のことを知る機会も多いので、他の八巫女よりは知っている。だからこそ、中空宮堂の場所も知っていた。


「神奈川……、近い、近すぎます。なるほど、そういう(えにし)。予言では、これから先に会うことになっているはずですから、ここで彼が臥すことはない……ですが、国潰しの神獣相手に、この国がどこまで持つやら、これは困りましたね」


 予言にて、雪姫はこの先に煉夜と会うことを知っている。だからこそ、会っていないこの現状で彼が死ぬことはないと思うものの、未来は変化するもの。確定とは言えない不安、そして、神獣が出現するであろう日本への対処。


「そうなると、次の現出時間を予想しなくては。あれが、律儀に開いた扉の魔力量が足りないなどという理由で出てこなかったわけではないはずです。そうなれば、次に出る時が決まっているはず」


 思考を口に出してしまっていることも気にせずに、巫女服の白衣をはだけさせ、裏に取り付けていた筮竹(ぜいちく)を床にまいた。

 いつも巫女らしいを心掛けている雪姫の行動に、末由すら目を丸くしているが、雪姫はそんなことを気にせずに、占う。それは一瞬のことだった。すべてが線で結ばれるように、その答えを導き出す。


「空前様、先ほどの気配、あなた様なら感じ取られておりましたよね。あれは再度、明日現出します。一日でどこまでできるかは分かりませんが、政府に連絡をしてください。最悪、神奈川県が吹き飛びます……いえ、この言い方は正確ではありません。最悪、世界がつぶれます」


 その声音はいつになく真剣で、重みを帯びていた。だからこそ、末由はうなずいた。むろん、他の巫女や占いが得意な似鳥尚右染にも確認をしてからになるが、雪姫が冗談を言う性格ではないのは重々承知だ。


「待ちなさい、神奈川県が吹き飛ぶ……、それは先ほど彼の所在を確認したのと関係があるのかしら?」


 その問いかけに、雪姫はうなずく。それはすべてわかっているからこそ、うなずけるのである。


「そもそも、レン……雪白煉夜が神奈川県にいなければ、術者が食われて終わる程度のことでした。ですが、あれと彼の因縁は深いです。こうなってしまった以上、彼を殺すために、あの獣は現れるでしょう」


 これは予言ではなく予想でしかないが、その予想は正解だった。雪白煉夜がいたからこそ、あの神獣は、この世界に来ようとしているのだ。


「ふむ、似鳥のやつも筆頭と同意見ということは、予言は正しいということだろうな。すまないが木連坊、政府への掛け合いに力を貸してくれ」


 簡単に連絡を取った末由は似鳥尚右染からも同様の予言が出たので、真実であるとし、木連に協力をもとめた。もともと、雷隠神社は政府からの依頼で予言などをすることがあるため、それなりにつながりは深いが、予言というものに対する信ぴょう性の偏見は多い。だからこそ、信頼されている雪白家の協力が必要になる。


「まあ、煉夜もかかわっているというし、協力しましょう。しかし、事情もよく分からないので、どこまで力になれるか」


 実際のところ、雷隠神社としては名前を借りることさえできればいいし、木連としては末由に恩を売れればどうでもいいということもあり、かなりスムーズに話はつく。


 だが、それはあくまで末由と木連の間で、である。この状況で、水姫は雪姫にいぶかしさを感じていた。なぜならば、煉夜のことを……、ここまで一切名前が出ていなかった煉夜のことを突如聞き出し、それが、明日起こる異変につながるというように言い出した。それも、「この家にいないのは知っている」と。間違いなく、雪白煉夜のことをよく知っているように聞こえる。


「あなたは、何者なの……、いえ、何を知っているの」


 何者であるか、などといういくらでもはぐらかして、別のことをつかませることができる質問よりも、何を知っているのか問うほうが正解であると、水姫は直感的に悟った。


「何を知っているのか、とはまた抽象的な質問ですね。その質問に答えるのなら、知っていることだけ知っているとしか答えられません」


 若干挑発的ニュアンスが加わっているのは、雪姫が水姫を嫌っているからとしか言いようがない。


「わかっていてごまかすのはやめて頂戴。あなたは、彼の何を知っているの?」


 その問いかけに、雪姫は、若干に勝ち誇ったような笑いを含みながら、答える。その雰囲気は、いつもの巫女然とする彼女とは異なる異質な雰囲気である。


「少なくとも、あなた方よりは、知っていることは多いでしょうね。力も、経験も。数年などという薄っぺらいものではなく、もっと長く濃密に、です」


 いつもと違う雪姫に末由も環文も若干戸惑っていたが、何より、その話に反応したのは、木連であった。なぜならば、煉夜が今、神奈川県に行っている一番の理由は、その力の正体を見破るためだったのだから。それを、少なくとも水姫や自分以上に知っているとのたまわる雪姫に反応するのは当然であった。


「君は、なぜ、煉夜があそこまでの陰陽術に対する潜在的力を持っているのか、知っているのかい」


 だから、木連は、口をはさんでしまう。子供同士の口論に口を出すような人間性のないことをするつもりはなかったが、こと、雪白煉夜という存在の正体に迫るということならば話は別であった。


「陰陽術に対するポテンシャル、ですか?」


 対する雪姫は、きょとんとしたような顔をした。だが、すぐにあることを思い出して、納得したようにうなずく。


「ああ、そうですね。ですが、それはポテンシャルというよりも鍛錬の成果に近いかもしれません。まあ、天性の才があったのは確かでしょうが。まあ、彼の場合、陰陽術、……彼にとっては仙術と称したほうがいいかもしれませんが、それを初めて教わった相手が相手ですからね」


 そのことについて、雪姫は伝聞でしか知らないが、そういうことがあったのだということは知っている。


「教わった相手……?何を言っている、煉夜は、この家に来てから陰陽術を習ったはずだ」


 少なくとも、弟夫婦は教えていない。だから、煉夜にそれを教えることのできる人間などいるはずがなかった。


「京都司中八家の中でも近代で著名な陰陽師といえば、幾人かいるでしょう。しかし、その中でも数々の偉業を成し遂げているのは、」


 木連の頭に浮かぶのは2人だけ。自身があこがれた存在、市原栄那、そして、あらゆる陰陽術を復活、改良した近代陰陽術の祖、稲荷一休。この2人を置いて近代の陰陽師について語ることはできないだろう。


「稲荷一休。かの御仁の手ほどきを受けている彼が、陰陽術に関して劣るはずもないでしょう」


 どこか言い知れない納得とともに、疑問がわく。当然ながら、稲荷一休は行方不明で死亡扱いである。それに年齢的にも生きている可能性は薄いといわれていた。見つかっていないとは言え、生存しているはずもない。


「そもそも、彼の本職は、陰陽師でも魔法使いでもないですし。そういった力は、あくまで補助でしかありませんからね。基本的な陰陽術だけで言えば、武田家の……確か、武田信姫さん、でしたっけ?彼女の持つ式神のほうが優位性で勝るでしょう」


 山梨県と長野県が隣接していることから、信姫は、雷隠神社の情報収集をしているが、その逆もしかりで、雷隠神社も周辺の情報は集めている。

 そして、木連は、武田家が新しく司中八家になったときに、信姫が言っていたことを思い出す。絶対に勝てないのは煉夜だけであるといっていたことを。陰陽術で勝っているというのなら、雪姫の言うところの本業とやらで煉夜は信姫を下したのだろうと判断した。


「木連坊、話をするのもいいが、こっちにも手を回してくれ。政府からの詳細やら署名捺印やら、大量に送られてきておる」


 核心を聞こう、というときに、末由からそんな風に言われる。しかし、日本の危機かもしれないほどの大事と煉夜の正体を知りたいという己の好奇心的欲求、どちらを優先すべきかがわからないほど子供ではない。


 こうして、疑念と疑惑をはらみながらも、明日起こるであろう空前絶後の大災害を処理する作業は続く。

 そして八巫女八席、近衛(このえ)環文(わあや)は思う、「あれ、これもしかして自分、いらない子なんじゃ」と。

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