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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
大森西園編
170/370

170話:大嵐の予感

 居間で、話をしていた煉夜たちだったが、突如感じた、猛烈な何かに、皆、口をつぐんだ。誰もが、その気配を感じるほどに、強大な何かの現出。鷹雄も思わず身構えるが、警戒は煉夜のほうが上だった。


 煉夜はその気配を知っている。煉夜が今まで戦ってきた多くの獣、その中にいた存在だからだ。かつて、3人で挑み、追い返すまでに終わった脅威の神獣。だからこそ、いつでも幻想武装を取り出せるように、胸に手を当てていた。


 しかし、その気配は、しばらくして、スッと消えた。だが、煉夜は気づいていた。自身の存在を悟られた、という事実に。煉夜の恐ろしいまでに広い感知域だからこそ、相手の感知域にも入りやすい。特に、神獣ともなれば、現出した瞬間に、周囲の信仰を集め取り、おおよそのことを感知できるのだ。


「何だったの、今の……」


 夜宵の唖然とした声に、皆が何も言えなかった。ほぼ全員が、同じ感想を抱いていたからだ。その中で、ただ唯一の例外が、答える。


「神獣……それも金猛獅鷲(スヴェリィエルドラド)ですね」


 神獣と呼ばれる獣は数多いる。日本では、それこそ格式高い狐の天狐や鳳凰などがいるが、中国に移れば麒麟から何から上げられるだろう。


 そうでなくとも、煉夜の知る神獣は多い。下してきた数も、普通の人間ではありえない数である。それが獣狩りのゆえんではあるのだが、常識はずれには違いない。だが、そんな煉夜が、敵わなかった敵がいた。


「神獣金猛獅鷲(スヴェリィエルドラド)、というと、あの国を4つ滅ぼしたとされる、あれのことですか?」


 さすがは、同じ世界を知るだけある豹変者ラウルである。それも4つの国を滅ぼしたとされる神獣の話だ。どんな地方でも、少しは情報が入る。ましてや、特使会というのは、世界各地に拠点があったから、情報共有もそれなりにされている。


「その金猛獅鷲だ。正直、信じたくはないし、扉が閉じられているから、もう出てこないと思いたいが、俺の魔力を感知しているし、おそらく明日の夜あたり、出てくると思う」


 明日の夜という予想が的中しているが、これは、偶然である。明日の夜という指定は、金猛獅鷲がしたものであるが、煉夜は、鬼の間の魔力量から判断している。つまりは、最短で明日という計算である。


「ちょ、ちょ、と、ちょっと待ってください。金猛獅鷲って、【創生の魔女】とその眷属で退治したのではなかったんですか?!」


 ラウルが素っ頓狂な声を上げた。そう、市井では、そういう風なうわさが流れていた。魔女よりも龍が怖いといわれているように、滅多に出るわけではないが、神獣や超獣などのほうが魔女よりもよっぽど恐れられていた。だからこそ、うわさは広まりやすい。


「あれは退かせるので手一杯だったよ。それに、戦ったのはユリファだけじゃない」


 そう、3人で、と記しているように、煉夜と【創生の魔女】のほかに、もう1人、戦った人物がいた。


「【四罪の魔女】も一緒だったんだよ、あの戦いは」


 魔女というのは、1人で国を1つ落とせるだけの力を持つとされていて、実際にはそれ以上に力を持っている。その魔女が2人いて、さらにその眷属が1人。それでもなお、敵わないと称される金猛獅鷲がどれほどの存在か、ラウルは震える。


「よくわかんないけど、煉夜っちはあれと一回戦ってるんでしょ?その……修行前だったとか、力が封じられてたとか、そんな漫画みたいなことなかったの?」


 空気を和ませるためか、それとも天然か、微妙なところだが、宮がそんな風に言った。それに対して、煉夜は、大きなため息をつく。


「少なくともユリファも【四罪の魔女】も本気でしたよ。俺もできるかぎりはやっていました。それに、修行前というより、修行自体やってませんが、実践慣れはかなりしているころですからね」


 小柴の前世である【緑園の魔女】に出会った頃に比べれば、かなり時間がたっている。沙友里とも面識がある時代だ。


「できるかぎりはやっていた、ねぇ。つまりは、本気ではなかったということじゃないのかい?」


 鷹雄がそんな風に言う。それに対して、煉夜は答えなかった。本気かどうかという問いに対して答えられる明確なものがなかったからだ。


「魔女と組むとなるとどうしても魔法戦が基本になるからな。前に出ると魔法に巻き込まれちまう。まあ、最後の一撃は、アストルティでぶち込んだが、それ以外は基本的に大規模な魔法戦だよ」


 魔女というからには、魔法を使うわけであるが、その規模が大きい。それこそ煉夜の幻想武装クラスの技をいくつも使える。ここで、煉夜が一人接近戦に入ったところでそれに巻き込まれるだけなのは当然のことだった。それゆえに、煉夜も魔法主体で戦ったから本気といえるかどうかは分からない。


「確かに、咎負い人と共闘するとなると、そういう形になってしまうでしょうね。単体の接近戦よりも、大規模な魔法を連発するほうが神獣や超獣とも相性がいいですし、剣士は、その間、詠唱中の術者を守る、というのもよくある戦法です」


 一般的に、剣士は前衛、魔法使いは後衛となることが多い。そうした場合、魔法使いが支援して前衛が倒す場合と、剣士が支援して魔法使いが倒す場合が多い。前者は敵が素早く、また小さくて魔法を当てづらいときなど、後者は敵が大きく、また剣などが通らないときなどである。


「魔法使いか、僕の周りには強い魔法使いが少なかったからね、あまりそういう体験がないんだ。一人、魔法を扱う中では最高峰のやつがいたけど、戦いに参加するようなやつではなかったしね」


 それは鷹雄が詐欺師紛いやバカ女と呼ぶ人物である。鷹雄にしては、いささか言葉が乱暴ではあるが、それだけ気安い関係ということだろう。もっとも、しばらく会っていないが。


「すごい魔法使いなのに、戦わないって、それもったいない気がするけど」


 それに対して、鷹雄は苦笑する。それは、かつてのことを思い出したからなのだろう。別段、思い出したい思い出ではなかったが。


「まあ、あいつの場合は、戦うこと以外に特化しているから。人を導くことにかけては、あいつ以上の人はいないと思うよ。予言から何から、そういったことはするんだ」


 戦うことができないわけではないが、戦うことをしない、そんな人物だった。そして、ひょうひょうとして、かつ、人をからかう、その様子が鷹雄は好きではなかった。


「人を導くことに特化、か。まあ、魔法の形は千差万別、そういう魔法使いがいてもおかしくはないだろうな。それよりも、結局、やつとどう戦うか、ということが問題だが、……鷹雄、お前は、大規模な攻撃魔法の類は使えるか?」


 予想された猶予は一日、もっとも、それはあくまで煉夜の予想でしかない状態であった。金猛獅鷲が明日の夜といったことを知らない以上、早まることを想定しなくてはならない。だからこそ、ここにある戦力でどうにかすることを考えなくてはならないのだ。


「悪いけど、そこまで大規模なものはないよ。僕は魔法使いじゃないし、魔法が全く使えないというわけでも、魔法じみた真似ができないわけでもないけど、それでも、本業とは全く違うからね」


 半ば予想していたとはいえ、あまり聞きたくない答えに、ため息が出そうであった。この問題を解決するために、誰かを呼び寄せるという方法がないわけではなかったが、煉夜の周囲で、それほどの大規模な魔法が使えるのは2人に絞られる。向こうの世界を含めればまだいるが、呼ぶ方法もわからないので除外だ。


 1人は、リズことエリザベス・■■■■(エリアナ)・ローズだ。しかし、彼女の場合、英国にいるということ、危険な目に合わせるのは許されないこと、などの理由から呼ぶことができない。

 もう1人は、初芝小柴こと【緑園の魔女】である。彼女ならば、仕事で海外に出ていなければ、この日本にいるのは間違いないが、春休みの終盤、この時期は無理だということをしっていた。決済前に終わらせたい仕事が山積みであり、基本的に仕事であちこちに飛び回っていると、火邑が言っているのをすでに聞いている。


「ラウル……も、大規模な魔法は無理だろう。となると、あれ相手に接近戦、ということになるか」


 端から大規模魔法が使えないと否定されたラウルであるが、事実その通りなので何も言わなかった。彼女の魔法の場合、威力が高いものがいくつかはあるが、そのどれもが人間にとっては致命的な規模でも、神獣の類にまで効果を発揮できるものは少ない。


「煉夜君が大規模な魔法を使うわけにはいかないんですか?」


 檀がそんな風に聞く。煉夜が魔法を使えるというのは周知の事実だし、その腕を見ているため、煉夜ならば大規模な魔法が使えるのでは、と思うのは無理もない。


「確かに使うことはできます。ただ、魔女たちの使う魔法の中でもひときわ威力の強いものは、複数の魔女を必要とするものばかりですからね。それだとしたら、俺の場合は、幻想武装を使ったほうが威力を出せます。半端な火力の魔法よりはそのほうがよほどましでしょう」


 ただ1つ、難点がある。煉夜の持つ幻想武装で、金猛獅鷲に対抗できるであろうものが少ないことである。[黄金秘宝(ゴールデンリタ)]も[炎々赤館(イルヴァアン)]も戦闘向きではない。光の幻想武装は英国でもそうだったように、使う覚悟ができていない。そうなると、やはり、どうしても[結晶氷龍(クリスクラリス)]に頼るしかない。

 ただし、砂漠を永久凍土と化したように、威力が高すぎる。それも、相手が相手だけに全力でやるしかないだろう。


「ただし、周囲が凍るような魔法じみた戦い方をするとはいえ、あくまで接近戦になります。俺1人ではきついので、おそらく鷹雄を借りることになるでしょう。ですが、そうなると、護衛がほとんどいなくなります」


 おそらくではあるが、敵の一番の目的である檀を狙うには、金猛獅鷲を食い止めている隙をつくだろう。金猛獅鷲がついでに殺してくれると予想していても、確実性を重視するには、刺客を放っておくのが確実だ。


「でしたら、わたしが護衛に回ります。一宿一飯の恩といいますか、悪魔でもないのに襲いに来てしまったことへの償いといいますか。幸い、彼の望むほどの威力は出ませんが、わたしの十字型詠唱では、呪文の短縮が可能ですし、何かあったときへの対処の類はいろいろあります」


 十字型詠唱というのはあくまで俗称であるが、ラウルの十字架型の魔法ならば「祈れ」で詠唱を短縮できるというのは強い。人間相手ならば十分に活躍できるだろう。


「湖さんもいませんから、今回はわたくしも参加しましょう」


 それに次いでののかも護衛を買って出たため、普通の相手ならばどうにかなるだろう。そうして、明日まで気を休めるという意味も込めて、解散ということになった。

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