167話:大森家の問題・其ノ参
ラウルがやってきた理由、ラウルがいる理由は解明されたものの、本題はそれだけではなかった。煉夜が最初に「では、まず」と前置きしていたように、次がある。聞きたいことは山ほどだが、ここにおいて本題と称すべき案件はそこまで多くはない。だからこそ、着実に聞くべきことを聞く。
「さて、お前がこちらにいる理由は分かったが、写真の入手方法や誰にそそのかされてきたのか、そのあたりを聞きたい」
写真を持ち、明確に檀を鬼という存在であるとして、襲いに来たのだ。少なくとも、誰かがかかわっているのは間違いない。
「そもそも、写真があるからマユミがバルノなんちゃらじゃないってのは分かるんじゃないの?」
宮の疑問に答えたのはラウルではなくののかだった。ラウルよりもバルノウィルバのことを知っているという意味では適任だろう。
「いえ、おそらくバルノウィルバの顔、というより、姿、ですかね。それすらも見ることはできていないと思います。なぜなら、かの悪魔は、姿を持たないからです」
姿を持たない。意味がわかないだろうと思うが、それが事実であった。正確には、実体を持たないというのが正しいのかもしれないが。
「バルノウィルバは、時間と空間を司り、かつ、その姿を持ちません。伝承や語りでは、牛の顔をし、鶏の尾を持つとされることが多いですが、それは、その世界において牛が午前0時を、鶏が20時を指していたからです」
その世界において、0時から20時までが1日を示す。なので1日の始まりから終わり、つまり時間の象徴という意味である。そして、空間の象徴である体についてはほとんど語られていない。それこそが姿を持たないことを示しているのだ。
「わたしが見たのも、何かであって、姿ではありません。どこにどう存在しているのかが検討もつきませんでした。だから、悪魔と呼ばれるものを根こそぎ倒しているときに、偶然、この地に足を踏み入れたのです」
少なくとも、悪魔を狩り続けていれば、いずれたどり着ける、そんな風に考えた。それが正解かどうかは分からずとも、そうするしかなかったのだ。
「この地というのは、この大森家のテリトリーのことですね」
そう問いかけたのは檀。ここは、大森家のテリトリーである。すべてを管理しているわけではないが、少なくとも、縄張りという意味では間違いなく大森家の場所だ。
「はい。そして、そこでフウマと名乗る人物に出会い、シドリという人物から写真を」
その名前に、檀達はうなる。予想通りとは言え、知っている名前だったからだ。宮にいたっては、ため息を通り越している。
「南十字家の頭領、南十字風魔と、西園寺家当主の西園寺後取でしょう」
夜宵の断言。そこに敬称をつけなかったのは、完全なる敵意の証だろう。すでに分かたれて久しいが、一応は、同じ大森に仕える家であった。しかし、こうなっては、もう言い逃れようはないほどに敵である。もっとも、彼らには端から言い逃れる気などないのかもしれないが。
「わかってたけど、やっぱりねえ……。はぁ……まったく、何やってんだかって感じだよ」
宮は天井を仰ぎ見た。そもそも親が謀反を起こしているのは知っていたが、何が何でも檀を殺そうとしに来ている。たとえ外部の協力を得ても。人形だってその一つだったのだろう。それだけに、宮は呆れも通り越して、ひどく深いため息をつこうにもつけないくらいだった。
「しかし、そうなると、やはり狙いは……大森家の家督、というよりも、この土地の権限でしょうけど、わたしを狙う理由は……」
そもそもにして、どうして対立したか、という話である。近年の本格化した対立の前から、ずっと対立はあった。それらと、そして、檀を狙う理由、それは、
「禁黄でしょうね」
それは、大森家の中で唯一、檀だけが継いだ力。西園寺家が檀を最大の障害と認定するだけの力のことである。
「そもそもにして、どうしてここまで対立が深くなったんですか?ただの土地の争いというわけではないでしょうに」
煉夜の問いかけ。これまで対立しているだの、宮が殺されそうになっただの、そういった話は多いものの、根本的な原因を聞いていないような気がしてならないのだ。
「それは……、いえ、もともとの主張は、大森家は本当に北条家を継ぐに足りうる資格があるのか、ということでした」
北条家の血筋からなる大森家だが、しかし、そうであるのならば、同様に西園寺家も継ぐ資格がある、それがもともとの主張であった。
「西園寺家はね、自分たちにも北条家を継ぐ資格があるんだーって言って、それで対立したの。まあ、それはそれで間違ってないってマキ兄も言ってたけど」
間違っていない、それを現大森家当主が認めているのだが、しかし、もはや西園寺家は、奪うことしか考えていない。当初の資格があるという部分が、継ぐ家なのだに挿げ変わっているのだ。
「間違っていないというのはどういうことだい?」
そう投げかけるのは鷹雄。あまり家の事情には詳しくない彼。そして、家督問題や後継ぎ問題は、彼にとって日常茶飯事だったから、特に気にせず踏み込んだ質問をした。
「わたしたち大森家は、『玉縄北条氏』の家系だから、ですよ」
その言葉に、首をかしげる鷹雄。日本の歴史にはめっぽう弱いので、そういわれても鷹雄にはピンとこないのだろう。
「玉縄北条氏、というと、あの北条綱成の?」
玉縄北条氏とは通称である。玉縄城という北条早雲が築城した城が由来だ。もともと、大森氏の小田原城を奪い、相模国を侵略する手始めとしたが、東側を統治していた三浦氏と戦うことになり、それが長期戦にもつれ込んだ結果、築城されたのが玉縄城であった。
このもともとこの地域にいた大森氏が、大森家の由来、というわけではないが、全くの無関係ということもない。
そして、この玉縄城の初代城主が早雲の息子である氏時、2代目城主が氏綱の息子である為昌、3代目当主が綱成である。ここから、綱成の家系を玉縄北条氏という。
この北条綱成という人物は、北条宗家の人間ではない。氏綱が「北条」の姓を与えた人間だ。もっとも、彼の妻は、氏綱の娘の大頂院であるため、血筋的には、彼の子孫は北条家の血が流れているといえる。
だが、それは西園寺家も同じだった。それぞれの家には、北条家のいずれかの血筋か入っている。だからこそ、それならば、西園寺家も継ぐ資格があるのではないか、と唱えたのだった。
「簡単に言えば、全員、どの家も同じ条件なら、どの家も継ぐ資格がある、という主張がいつの間にか、家を継ぐのは西園寺家だ、っていうことになっていたわけですか」
本当に簡単に言っただけで、煉夜もそこまで単純な話だとは思っていない。もっといろいろと問題はあるのだろう。しかし、根本的な部分は、煉夜の言った通りである。
「お家問題というのはどこの国でも、いつの時代でも変わらないものだね。人間の成長のなさとでもいうべきだろうか」
鷹雄の言葉を否定することはできない。煉夜でも、だ。このお家問題という意味では、日本の陰陽師がかなり深刻な問題だからである。
「まあ、それはそうなんですけど。うちの場合はいろいろと厄介で、お家問題というよりは、内部戦争になってるんです。特に抱えている戦力というのが違いすぎますから」
もともと、大森家という1つの家をもとにまとまっていたが、西園寺南十字派と大森派に分かれたときに、勢力がかなり偏った。
西園寺家が言い出しっぺではあるが、南十字家がそれに続いたのは、南十字家が真に仕えるのは「北条家」であり、そうなれば、西園寺家の主張が正しい以上、大森家に仕える意味はなく、そして、真に「北条家」に仕えるべく、西園寺家と合意したのだった。
北大路家とその配下の東条家が大森家についたこともあり、他の配下の家々は、当初、筆頭家臣である北大路家に合意し、大森家側についた。
しかし、長きにわたる膠着状態と、西園寺家による賄賂やそそのかし、南十家による暗殺などにより、しだいにバランスは崩壊、勢力バランスとしては、完全に逆転している。
それでもなお、膠着状態になっていたのは、ひとえに、北大路家の努力ゆえだろう。北大路夜風という特級戦力も功を奏した。
しかし、戦力をそがれ続けた今、大森家には、敵の息がかかっていないと断言できる戦力がほとんどいない状況であった。それにより、結果、現在の人数になっている。
「ヤヨママと、それからわたしの禁黄、そして、宮の力、おそらく向こうが警戒しているのはそこだと思いますが」
北大路夜風は特級戦力とは言え、しょせんは外から嫁いできた外様である。その実力を真に見定められるものは少ない。だが、敵の当主の娘である宮の力や、長い間大森家に伝わってきた「禁黄」などは、さすがによく知っている。
「あたしの力はそんなでもないんじゃない?よくわかんないし」
宮は苦笑した。宮にとって自分の能力とはその程度の感覚なのだ。宮は、宮の一族に全く伝わっていない力を発言した。それは、宮だからなのか、それとも偶然なのかは分からない。
「ううん、宮、あなたの力がわたしたちの活路になる、それはヤヨママが言ってたことじゃないの」
そう、夜風はそういった。宮の能力を見て、絶対の自信をもってそういったのだ。幾多の才あるものを見てきた夜風の言葉に偽りはない。宮と檀、2人がいればこそ、能力が生きるというものだ。
「う~ん、そかな?その辺はよくわかんないけど、それなら煉夜っちも多分そうだよ。似た力の作用っていうか、波動?よくわかんないけどつながってるのは確か見たいだし。まあ、あたしと違って、一つと完全に結びついてるみたいだけど」
その宮の言葉に、ののかは思う。
(あの力は、つながるという意味では、非常にあいまいな力。具体的に知り合うというのなら彼だけじゃなく皐月君もカウントされるはずですよね。では、なぜ雪白君だけピンポイントで……?)
その疑問に答えをくれる存在はいなかった。ののかの思いは、だれにも明かされることはない。




