164話:十字架は天より振り下ろされた・其ノ弐
「特使会」。その名は轟いていた。少なくとも一方から八方までの全域にその会員がいることは有名であり、その活動の過激さからも危険視される声が上がっていたほどだ。煉夜ほどではないものの、高額の賞金首も加入していた。
宗教戦争において、悪魔肯定派と悪魔否定派、その他、様々な宗教が戦っていた中、「特使会」は、悪魔完全排除を掲げていた。しかしながら、そのやり方は過激で、悪魔否定派の国ですら「特使会」を受け入れなかったほどである。
中には、悪魔の契約者が居た場合、その国ごと潰そうとした、悪魔狩りのために数百人を動員し、街なかだろうと関係なく暴れた、などの話があるため、「特使会」には関わらないことがいいとされている。
その噂に違わない動きから、この少女は間違いなく「特使会」の人間なのだろう。少なくとも、そう考えてもいいだけの狂気を煉夜は感じ取っていた。
「祈りと共に散りやがれ!」
白い十字架の端部が開き、銃口が現れる。そうと気づいたときには遅かった。煉夜目がけて無数の弾丸が飛び始める。まるでマシンガンの様に、秒間に大量の弾が煉夜へと向かう。高速で回転しながら迫るそれを、全て冷気の壁で阻む。
流石に、重量的に機関銃ではないようで、短機関銃であるようだが、それでも弾速は、モノにもよるが、秒速400メートルを超える速さである。冷気でどうにかできるはずもない。
例えば、戦後に開発された短機関銃の中でも広く普及したUZIですら、秒間10発、銃口初速、秒速410メートルである。最も、速度に関しては、空気抵抗により減速する。
しかし、ほぼ殴り合いのような状況で、真正面からであれば、さほど減速もしていない、ほぼ銃口初速のまま、弾丸が飛んでくる。冷気の壁というのは、いわば、空気抵抗と風による抵抗そのものであるが、100メートルにも満たない距離でのそれはほとんど無意味だった。
「チィッ!!」
煉夜は、咄嗟に氷の壁を立ち上げる。煉夜自身を守る程度の大きさではあるものの、直線軌道の銃器にはそれで十分だった。
短機関銃だ、当然、普通の拳銃よりも貫通力は強い。この場合の普通の拳銃の定義にもいろいろ疑問はあるだろうが、火薬量の同じ弾丸を使った拳銃、と対比した場合である。当然、銃身の長い短機関銃の方が貫通力は強い。
だが、それでも、分厚い氷の壁の前では、流石に貫通しきれず、相殺されて、コマのように回転運動を続けるだけとなる。
「それにしても、短機関銃だと……、んなもん、あの世界になかったぞ、おい」
煉夜の知る限り、あの世界には、短機関銃など存在しなかった。銃がなかったわけではない。魔法工学や魔法科学の発展とともに、魔力を込める魔法銃や、魔法の使えないものでも使える実弾の銃は、いくつか存在した。実弾銃は、量産化こそ難しいものの、種類数でいえば、それなりにある。
しかし、魔法工学者は、魔法が使える者である。そのため、実弾銃の有用性は、あまり検証されず、あくまで魔法の使えない一般兵の装備程度の認識であった。また、魔法を使えないものに、金属の細かい加工は難しく、結果として、機関銃などが生み出されることがなかったのだ。
「祈り繋げ、――蓬莱式崩青獣龍」
少女は、赤い十字架を蹴り上げながらそう言った。十字架の側面から無数の刃が飛び出し、回転を始める。それはまさしく、チェーンソーと言った様であった。ラテン十字に近い形の十字架の上部、短い方からは、端部が開いて鎖が出ている。そうなると、考えられる使用方法は、煉夜でも分かった。
鎖を持って、十字架を回転させ、そのまま煉夜へと投げる。築かれた氷の壁を、削り切る十字架は、人の命を簡単に奪うことができるだろう。
「おいおいおいおい、流石に、そんな創作兵器みたいなもんが実在するかよ!」
とんでも兵器と化した十字架を振るう少女の攻撃をかわしながらも、煉夜は、本当に「特使会」なのか、改めて考え直す必要がある気がしていた。
向こうの世界の道具にしては、ありえないテクノロジーに塗れているからだ。いつか、十字架の表面が外れて、ミサイルでも飛び出してくるのではないか、とすら考えられる兵器を向こうの世界の一組織が持っているだろうか。
「ったく、話聞こうにも、聞けるようなタイプではないしな……」
狂ったように「祈れ」を多用する少女が、戦闘中に、敵の話に耳を傾けるようなタイプではないことは明白だった。その狂っている様子だけを見れば、立派な「特使会」のメンバーだった。
それに、煉夜が少女相手にやりづらいと感じているのは、相手が少女だからというのもあるが、それ以上に、なりふり構わない戦い方をするからである。無論、煉夜も幾度の修羅場は潜り抜けているから、少女相手でも、敵であれば手を抜かないだろう。ましてや手練れであればなおさら。しかし、小柄な体躯の少女というのは、攻撃を当てにくい。超大な敵と戦ってきた煉夜には相性が悪いのだ。
なおかつ、この森の中にも拘わらず、銃器で辺りにまき散らすように弾丸を打ち込み、かつ、チェーンソーを振り回す。一歩間違えば、木々が全て自分の方へと倒れてくることだって考えられる。しかし、それを躊躇しないという、捨て身同然の接近戦。
次の行動が読めず、なおかつ強くて、さらに攻撃が当てづらい。見てから反応するしかないため、必然的に煉夜が後手に回ってしまうのだ。
「――切り伏せ!」
言葉の瞬間、白い十字架から感じた威圧に、煉夜は、急いで距離をとった。それは本能的なもので、かつ、反射的なものだった。けっして、何が起きたのかを理解していたわけではない。だが、その場にいてはまずいと、そう思ったのだ。
そして、それが正しかったことが、形となって現れる。少女の、というより、白い十字架の周囲、半径3メートルほどが、全て切り飛んだ。
「おいおい、いよいよなんでもありか、こいつは……」
流石に連発はできないのか、白い十字架は放り投げられて、その分、赤い十字架の鎖を、両手でしっかりと握りしめていた。
両手で握るということは、片手で振り回していた先ほどよりも、しっかりとコントロールがとれるということである。そして、何よりも相性が悪いのは、赤い十字架のレジスト機能である。冷気が打ち消されたのと同様に、チェーンソーを躱しながら、何度か凍らせようと試みたが、結果は、効果なしである。つまり、何らかの要素で、魔法をレジストしているのだ。
(今のところ、大森家周辺に、敵兵の気配はない。つまり、こいつの単独行動。そうだとしても、あまり長引かせるわけにはいかない、か……)
単独行動だとして、このタイミングでの奇襲、当然ながら西園寺家や南十字家と繋がっていると考えるのが妥当だろう。そうなれば、時間稼ぎだろうが、それともただの独断専行だろうが、連携できていないだけだろうが、そんなことは煉夜には関係なかった。しかし、少なくとも、この少女を連れ戻しに来ることは、もはやないだろうが、何にせよ、動きを見せた以上は、このまま、実行していくはずである。予定通りにせよ、予定を早めるにせよ、こうなった以上、敵はそうしなくては、これだけの戦力を使った意味がなくなるからである。
煉夜は、手に持つ、透き通る刀身の剣を、地面に突き刺した。無論、降参するわけではない。しっかりと地面に刺さっているのを感じてから、一気に魔力を込めた。
一瞬の無音。少女も、何かをされたことには気づいたのだろう。しかし、それが何かまでは理解できなかった。だが、一瞬で、彼女の周りに、……正確には、煉夜が地面に突き刺した剣を基点に、分厚い氷の檻が出来上がる。檻、ではあるが、格子ではない。壁、と表現する方が正しいだろう。
「よっと、こんなもんか」
そう言いながら剣を引き抜いた。どうして、これがレジストされないのか、それを煉夜はなんとなくで理解していた。短機関銃の弾を受け止めた氷の壁は、赤い十字架のチェーンソーが削り切っていた。この段階で、魔法でできたものはレジストできないのでは、と考えたが、それも違う。冷気は、魔力の副作用で生み出されている。それをレジストしているということは、赤い十字架に向けられた魔法をレジストするということである。
だから、空間を対象とした煉夜の魔法はレジストされなかったのである。
「穿て、壊せ、燃やせ、…… 消、せ、……いの……れ、赤十、字、焔爆、叫鎖」
氷の密閉空間、その温度は急激に下がる。さらに、その密閉空間では、急速に酸素が減っていく。上手く喋ることすらできなくなっていく。意識すらも遠のき始め、それでも、彼女は、最後に魔法を放った。短な詠唱で済むから、ギリギリ発動できたものだ。それも、氷の檻を壊せるだけの威力で。とてもではないが、普通に詠唱していたら間に合わなかっただろう。
「よもや壊されるとはな、大した根性だよ」
そう言いながら、煉夜は、幻想武装をしまった。流石に、この状況でとどめをさすわけにはいかなかった。聞かねばならないことが多すぎるからだ。問題は、まともに話をすることができるか、ということであるが、その辺は手練手管でどうにかするしかないだろう。
「さて、と。あ~、このデカい十字架ももってかなきゃなんねぇからな。しかし、沙和って大丈夫なのか、これ?」
恐る恐る、煉夜は、白い十字架に近寄った。自動迎撃機能でも付いていれば、大変なことになる。しかし、流石にそんな機能まではないのか、それとも働かなかっただけか、あっさりと煉夜は、白い十字架に触ることができた。
「しっかし、重そうだよな。くっそ、魔法で運ぼうにも、赤い十字架の方は、レジストしやがるしな」
流石の煉夜も、一気に少女と人間大の十字架2つを運ぶことは難しい。魔法を使えば不可能ではないが、赤い十字架のレジスト機能が問題となる。
「いや、待て、空間に魔法を作用させればいいんだから、……」
フィンガースナップと共に、風の波が出来上がる。その上に、浮かべるように2つの十字架を置いた。そして、少女を抱えて、その上に乗る。スキーなどの要領で、そのまま大森家まで運ぼうという魂胆である。
この時、煉夜はまだ知らない。調子に乗って、大森家の塀に大きな穴をあけることになる未来を。




