表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪の陰陽師  作者: 桃姫
相神動乱編
162/370

162話:金糸雀が歌う夜

 結局、夕食を食べた後、一時的に解散となった。再度の敵襲を考えて見張りとして、鷹雄とののかが寝ずの番をすることになった。煉夜も立候補したが、翌日の昼に、煉夜と鷹雄のどちらもがノックダウンしているわけにもいかないため、この日は鷹雄が寝ずの番をすることに落ち着いた。


 そうして、沈黙の夜。敵襲に備え、若干の緊張感が残る中、皆が寝た。


 そんな中、煉夜は、不意に聞こえてきた声に、目を覚ました。声、というよりは歌。透き通るような歌声が、煉夜の耳に届いた。

 安らぐような、そんな歌声に、煉夜は、その主が誰なのか気になり、夜の大森家を軽く歩くことにした。声が聞こえてくるのは一ヶ所なので、特に迷うことなく、部屋を通ることなく歩いていく。




 庭に面した縁側で、夜空を見上げ、囁くように歌う女性。薄ら金髪が、月明かりに照らされて淡く輝く様はとても絵になっていた。そう西園寺宮その人である。


「ん、あ、ごめんね、起こしちゃった?」


 口調こそ、夕食の時と変わっていないものの、そのトーンはだいぶ低かった。呟くような声、とでも称せばいいのか。普段の明るさはどこへやら、大人しい女性のようだった。


「いえ、そんなことは。それよりも、どうして歌われていたのですか?」


 このような時間に、夜の縁側で歌うのは、一般的ではないだろう。3月末とはいえ、未だに夜は冷え込む。睡眠不足も隙を生むということを考えれば、あまり誉められた行為ではないと言えた。


「日課みたいなものかな。それよりも、煉夜っち、ちょっと話さない?」


 ポンポンと自分の横を叩く宮。どうやら、同じように縁側に腰を掛けろということらしい、と意図を汲み取り、煉夜はそこに座った。


「日課、というと、ここで夜に歌うことが、ですか?」


 座りながらも、煉夜は宮に問いかける。宮は苦笑しながら、「そんなに興味ある?」と言って、それから再び夜空を見上げる。


「歌が好きなんだよねえ……。でも、昼に歌うのはちょっと、雰囲気的にね」


 ここ数日、大森家では、槙が襲われたことで、慌ただしく動いていた。宮も無論、動いているが、息抜きに歌う時間程度はあった。しかし、皆が動いている中で歌うのは気が引けたのだ。だから、夜、寝静まった時間に歌う。

 幸い、近所迷惑になるような近所は存在せず、森に歌がこだまする程度だ。気にせず歌うことができた。


「…………」


「………………」


 しばし、沈黙が支配する。座っておいて何だが、煉夜には、特に宮と話すことが思い浮かばなかったのだ。


「……煉夜っちは、さ。あたしがマユミに協力してるのってやっぱり『なんで?』って思うよね?」


 確かに、それは気になっていた。しかし、味方していることは事実であり、かつ、檀も宮に全幅の信頼を置いているのは明白だった。それは幼馴染だからというだけではないようであったが、その込み入った家庭事情を積極的に聞くことは無かった。


「ええ、確かに疑問に思っていました。幼馴染だから、というだけではないのですよね?」


 煉夜の言葉に、宮は静かに頷いた。そして、昔を振り返るように、思いを馳せるように、三度、空を見上げる。


「あたしは元々、西園(にしぞの)(みや)っていう名前で育てられていたんだ。三鷹丘に居た頃は、ずっとその名前で、まあ、こっちに戻ってくる前に、いろいろとあって、その時、初めてあたしが西園寺宮っていう名前だって知ったの」


 かつて、檀や夜宵と幼馴染として育っていた頃、宮は宮ではなく、雅だった。そして、本当に何も知らずに、檀や夜宵と一緒に過ごしていた。


「その時、神奈川県で代々続く家とか、魔法みたいな変な力とか、いろんなものがあることを知ったけど、それでもあたしはあたしだし、マユミはマユミ、ヤヨはヤヨだった。煉夜っちは、自分の家が普通じゃないって知った時、どうだった?」


 煉夜はその時のことを、ふと思い返す。驚きこそあったものの、あまり変化はなかったような気がした。


「驚きましたが、俺の場合は、それ以前にいろいろありましたから」


 宮は「ふぅん」と何度か頷いた。思っていた答えとは違うものの、面白い答えだったからだろう。


「いろいろって?」


 単純に、疑問に思ったことを口にした。煉夜にとっては割と喋りたくないことではあるものの、場の雰囲気からか、それとも宮の雰囲気からか、誤魔化しではなく本心で言う。


「言っても信じられないようなことですから」


 普段ならば、雷司達との経験を語っていただろう。色々と冒険じみたことをしていた、だからさほど驚かなかった、と、そんな風に説明したに違いない。


「信じられないようなこと、かあ……、きっと、あたしじゃ想像もできないようなことなんだろうけど、でもね、信じる下地だけはあるんだよね」


 信じる下地だけある、という言葉の意味が、煉夜にはよくわからなかった。だからこそ、問いかける。


「どう言う意味です?」


 質問されることは分かっていたのか、宮は、微笑んでいた。いつもの笑い方、というよりは、どこか含みのある笑いだった。


「昔ね、あたしが中学生の頃に出会ったの。近所のお祭りで逆ナンしただけだけどね」


 中学生の頃、というと何年くらい前だろうか、と一瞬考えたが、檀達の正確な年齢を知らないので考えるのは諦めた。


「あたしとマユミは同じ中学で、ヤヨだけ別の中学にいってた頃でね、3人で同じ高校行こうって話してたの。それが三鷹丘学園。通ってた煉夜っちなら知ってると思うけど、入試からしてかなり難しいじゃん?」


 煉夜は頷いた。今でこそ、学力優良な煉夜であるが、それは向こうの世界で、数学等を叩き込まれたからであって、三鷹丘学園への入学当初はギリギリの成績であった。だからこそ、その難しさは知っている。


「ヤヨの中学で伝説になってた人でね、家庭教師みたいに教わって、マジなんだって思ったよ。小学生の時に、三鷹丘の入試レベルと解いてた天才で、頭脳だけならX組にも並べるって。まあ、X組は頭脳だけじゃなくて、実績が居るから普通に入試で入ってたけど」


 三鷹丘学園の入試制度において、特殊な実績を持つ人間を、授業免除生として受け入れる制度がある。それにより入学した生徒はX組というクラスに配属される。煉夜の世代で言うと紫泉鮮葉がそうである。


「でも、中学校の時は、あくまで勉強を教わる程度で、何か、こう、特別あったわけじゃないんだけどね」


 彼女達が入学する年、3年生になるはずの彼は、ほとんど学校に来ていなかった。そのためか、関わりはプツリと途切れてしまった。


「その後、三鷹丘を出て、神奈川に戻るって時にね、あたしの家が西園寺家って知って、マユミやヤヨの家と仲が悪いって知ってさ、それでもあたしは変わらなかった。けど、パパもママも、マユミたちと引き離そうとしたんだよね」


 家の事情からして仕方のないことだろう。しかし、若い宮は割り切ることができるはずもない。


「だから、ものすごく反発したの。そしたら、パパのヘイトっていうのかな、そう言うのが全部こっちに向いてね、『殺してやる』って言わんばかりに刺客とかをさし向けてきた」


 実の娘に刺客を送るなど、普通ではないが、実際に普通ではない家なのだ。そして、その普通じゃないというのは、雪白家なども同じだった。だから、それが実際にそうだったのだろうと、煉夜も信じた。


「まあ、あの人曰く、あたしがマユミにかくまってもらうのを見越して、家の問題に介入してきたって難癖付けて、戦いのきっかけにするんだったんじゃないかって話だけど」


 仲が悪くいがみ合っている家とて、何らかのきっかけがなければそうそう仕掛けてこないだろう。そのきっかけづくりに利用されたのではないか、そう言われるとしっくりくるものもある。わざわざ檀や夜宵と幼馴染として育てられたことなどがその筆頭だろう。


「まあ、そんな殺されかかった状況で、助けてくれたのが家庭教師みたいなことしてくれたあの人でね。下手な騒動にならないように収めてくれたの。でも、その時に、その人が何者なのかを知ったんだ」


 聞き入っていた煉夜がごくりと息を呑む。「信じる下地」という部分につながるのなら、相応の人物であるに違いないからだ。


「よくわからないけど、どこかの世界で神に祭り上げられた人と、どこかの世界で刀鍛冶をしていた人とかから転生した存在なんだって。《チーム三鷹丘》っていうところでいろんなことをしてるんだ」


 再び出た「転生」というワード。夕食の時もそうであったが、煉夜の知人には転生者がいる。だからこそ、それそのものを否定する気はないが、その異常さは、煉夜を越えている。だが、煉夜の胸中は、それだけではない。


(《チーム三鷹丘》、刀鍛冶、……三鷹丘?)


 煉夜は、ある結論に至る。それは、これまで司中八家にいる間に、幾度か聞いた話を総合して出た結論だった。


「もしかして、その人は、青葉という姓ではありませんか?」


「え、……うん、そうだよ、でも、なんで?知り合いだった?」


 煉夜にとっては、何度も聞いている存在、親友である雷司の父。《チーム三鷹丘》の人間であることや、明津灘家で聞いたように刀鍛冶であった過去を持つという。それら非常識な面を考えていくのなら、その人物にたどり着くのは難しくない。


「ええ、まあ、三鷹丘に居た頃の親友の父ですね。直接の面識こそないものの、噂はかねがね聞いていました。ですが、それほど非常識な存在だったとは、初耳です」


 あくまで煉夜が聞いていたのは断片的な情報ばかりだった。多くの妻を娶ったこともその断片的な情報の一つである。


「まあ、だからこそ、信じる下地はあるんだよ。それに、親に殺されそうになったから、マユミ達と協力関係にあるってこと」


 そう言ってから、煉夜をジッと見つめる宮。その瞳は「だから話してみない?」と言っているように見えた。

 煉夜が口を開こうとした、その瞬間、知覚域内に入る気配を感じた。反射的にその方角を見やる。寝ずの番をしていた鷹雄も気づいたのだろう。煉夜の方へと向かっているのが分かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ