161話:家政婦は見られない
花蜂美乃は、家政婦である。家政婦とは、その家の家事を行う存在のことであり、度々事件を目撃したりしなかったりする存在である。無論、この大森家においても、それは同じことである。
そもそもに、大森家には、代々、侍女の家系があった。それが徐々に形を変えて、今の花蜂家のような形になっている。しかしながら、大森家の家政婦は、美乃だけではない。現在は、信頼の出来る者しか置かないということで、美乃一人で家事を行っているが、従来は、美乃は家政婦長という家政婦の統括を担っている。無論、現在家事をしていることからも分かるように、美乃も家事ができる。
しかし、いかんせん、数が多い。現在は、大森槙、大森松葉、北大路漆器、北大路夜風、信頼を置けると判断できなかった家臣たち、などこの館にいないものも多いが、それらが集まる大森家を一人で回すことは無理である。
そんな事情を加味しながら、現在は、数少ない大森家に集う人間のために家事をしていた。現在、大森家に居るのは、檀、宮、夜宵、ののか、鷹雄、煉夜、美乃の7人だけである。予想外の来客である煉夜がいるものの、急遽、夕飯を食べる前に北大路夫妻が出立したため、さほど問題はなかった。
最年少でありながら、この家の生命線となっているのが美乃だろう。最年少というように、この家に居る7人の中で、最も若いのは彼女である。年齢の取り方が例外的な煉夜と鷹雄を見た目通りの年齢としても、その結果は変わらない。
年齢順で言えば、見た目的には檀、宮、夜宵が同い年で最年長、次点でののかか鷹雄、その次が煉夜で、最後に美乃である。実年齢にしたところで、鷹雄が最年長で、次点が鷹雄、檀、宮、夜宵がその次で、その後にののか、最後が美乃である。
そうなると疑問なのが、檀達の呼び方である。年下のののかを「ノノちゃん」と称すのは、納得がいくが、それよりも年下の美乃を「ヨシエさん」と呼ぶのは不自然であろう。
花蜂家の源流が、侍女の家系であるとは前述の通りである。侍女には代々、召使としての役割以外に役割があった。それが影武者である。
影武者とは、武将などの鎧を着るなどして、当人と思わせ、武将の身を守ったり、敵への罠や威圧に使ったりするものである。花蜂家の影武者としての役目は、無論、その通常の影武者とは異なるが。
花蜂家には、代々、遺伝的に受け継がれる固有のスキルがある。陰陽師の様に式を介す陰陽術でも、魔力を用いた魔術でもない力であった。それが、「鬼装十鎧」と後に名づけられた力である。
本来、そう言った影武者の役目は、風魔忍軍が担うはずだったのだが、風魔の忍は、戦闘技術などに重きが置かれていたため、変化の術も攻撃のためのものであり、影武者になれなかったことが大きな要因であり、そう言ったいきさつから侍女として花蜂家の源流が迎え入れられたのだった。
この花蜂の字も「北」が「化」、「条」が「夆」と北条を崩した「化夆」から転じて、それに部首を付けたし、「花蜂」となったのである。つまりは北条に似て非なるもの、という意味の名前なのだ。
「鬼装十鎧」は、化夆の時代はともかく、花蜂となった今では衰え、自身の年齢が変化しているように見える程度である。それも、自分の意思とは関係なくである。
これらのことから分かるように、檀達には、同い年かそれより上に見えるのだ。しかし、北大路夫妻や鷹雄、煉夜などには、実年齢にふさわしい姿で見えている。
見た目が幼くとも年齢をとっている焔藤雪枝とは逆で、見た目が大人に見えるが年齢は若いというのが美乃だろうか。
「というわけで、彼女が花蜂美乃さんと言いまして、この家の家事全般をしています」
食事を今に運んできた美乃と檀。そして、一段落したところで、檀が煉夜に美乃を紹介したのだった。その姿を見た煉夜は、流石に「子供に家事全般を任せているのか、先進的だな」と思いながらも、
「俺は、雪白煉夜です。今日から一週間ほど滞在させていただく予定なので、貴方に一番迷惑をかけるとは思いますが、どうかよろしくお願いします」
家事全般を担当しているということは、一週間滞在した際に、一番、労力を割くのは美乃であった。だから、煉夜は、礼儀正しくそういう。
「いえいえ、美乃は気にしないので大丈夫ですよ」
年相応、一人称が自分の名前であった。ほほえましいものを見るような目で、煉夜は「よくできた子だ」と感心していた。少なくとも同じように自身の名を一人称にしている妹が彼女と同じくらいの年齢の頃と比べれば、美乃の方が断然しっかりとしていた。
「しかしながら、一人に家事を任せるのは負担ではないだろうか、と僕は思うんだけど」
鷹雄は、少女に仕事を押し付けるのは気が進まないので、前々からそう思っていた。しかし、言い出す機会がなかったので、言わずにいたのだ。
「そうはいってもねえ……、鷹雄ッチ。確かにあたしたちも料理はできるよ。だけどね、ヨシエさんのが美味いんだよねえ……」
幼い頃、三鷹丘で育った彼女らは、檀は姉が都合で家を空けることが多く、宮の親も定期的に神奈川に戻っており、北大路夫妻も仕事が忙しいため、それなりの家事はできる。だが、あくまでそれなりである。主婦としてずっと家事をやっているわけでもなければ、家政婦として家事を本業にしていたわけでもない。そうなると結果的に、どうしても本職である美乃の家事には負けてしまうのだ。
「まあ、年の功というのも有りますし、ヨシエさんには敵わないんですよ」
その言葉に、煉夜は、「ん?」と疑念の声をあげる。煉夜の視点から見れば、年の功を重ねているのは檀の方である。
「あ~、煉夜君のレジストはオートなんだね。便利なようで面倒だ」
鷹雄がそんな風に言ったことで、ようやく、自身が美乃にかかっているフィルターを通さず見ていることに気が付く。
「なるほど……。しかし、困った。鷹雄、彼女は、何歳くらいなんだ?」
かなり小声で鷹雄に確認をする。煉夜の様に、全ての状態異常を無効化するわけではなく、自身の意思でそれを行える鷹雄は、どちらの姿をも見ることができる。
「26、7くらいじゃないかな?」
あくまでその程度に見えるというだけの話であるが、人と違うものが見えてしまう以上、話を合わせるためには、そう言った情報が必要である。
「鷹雄君は、家政婦……メイド?まあ、呼び方はどうでもいいとして、そういうのは珍しいと思うタイプですか?」
夜宵の質問。煉夜と鷹雄が声を潜めていたことで、家政婦という存在に対する話として何か分からないことが有るのでは、と気を利かせたつもりの質問である。
「メイドなら、昔はよく見かけたよ。まあ、僕はあまり関わらなかったけどね。僕に仕えるメイドもいないことは無かったけど、僕の性分を知ってるからね。それに、あの馬鹿魔女の根回しもあったんだろうけど」
鷹雄はどうにもメイドが居るような環境に身を置いていたこともあるらしいが、積極的に関わっていなかったようだ。
「英国で、メイドが居る家って、けっこう大きな家じゃないの?もしかして王子だったりする?」
冗談めかした口調で宮が言う。しかし、煉夜の知る王室関係者に皐月鷹雄なる人物はいなかったし、そのような日本人じみた名前を持つのなら、ユキファナか美鳥あたりが煉夜に伝えていただろう。つまりは、王室の関係者ではない可能性が高い。無論、皐月鷹雄が本名であるという確証も煉夜にはないのだが。
「全く持って……、いや、まあ、血縁という意味では、そう遠くないのかもしれないけど」
そんな風にはぐらかしながら答える彼の様子は、どこか困ったところがあるようにも見えた。
「雪白君は、あの【日舞】の雪白家出身ということで、家政婦は見慣れていると思いますが、どうです?」
断定されるのはどうかと思うが、事実、煉夜は、分家でありながらも、三鷹丘時代から家政婦が居た。もっとも、その家政婦は人間ではなく式神であったが。式神であろうと人間であろうと、それが家政婦なことには違いない。
「まあ、いましたけど。それでも普通の家政婦でしたよ。式神でしたが」
式神だったならば、普通ではないと思うが、家政婦としての見た目や仕事の評価としては普通だったのだろう。少なくとも、幼い身で家政婦として一級品の美乃よりはダントツで普通である。
「式神ですか。流石は陰陽師と言ったところでしょうか」
そんな風に夜宵が感心するが、それに付け加えるように檀が言う。特に家政婦の話題とは関係の無いことであるが。
「陰陽師だけど、魔法も使えるんですよ、彼は。それも鷹雄君が驚くレベルの。それに剣技も卓越していますし、少なくともわたし達よりもあの人達側の存在だとは思います」
陰陽師の家系で、魔法も使え、剣に長ける、そんな何でもありな万能人間に、檀は若干の心当たりがあった。そして、それは宮や夜宵も同様である。
「じゃあ、転生とかしてる人ってこと?」
宮の言葉に、鷹雄と煉夜は眉根を寄せる。理由はそれぞれ別の理由であるが、その理由も似通っていた。
煉夜は、【緑園の魔女】という転生の前例を実際に目にしているし、魔女たちが幾度も生まれ変わっているということは聞いていた。しかし、それ以外にも転生しているような存在が居るというのは意外だったのだ。
鷹雄は、転生というものがどれだけ珍しいことであるかを経験から知っていた。無論、転生者ではない鷹雄だが、これまで数人だけそう言った人物を見たし、英国時代に付いていくと決めた人物も転生している。だからこそ、檀達のような、裏に精通しきっている人間ではない人間が、転生などということをさも前例があるかのように語るのが驚きだった。
「ヤヨママがしてないって言っていたし、何か、こことは違う場所、違う時間を過ごしたとか言ってたような言ってなかったような」
宮に檀がそんな風に至極曖昧なことを言った。煉夜がいない間の話だったので、煉夜は当然聞いていない。しかし、夜風に聞きたいことは増える一方であった。
「あの、おしゃべりもいいですけど、食べないと美乃の料理が冷めてしまいます……」
美乃の言葉で、会話を一度辞め、少し遅くなった夕食を食べることになった。




