160話:東の寺より来たりし少女・其ノ弐
神代・大日本護国組織という名前を聞いて、煉夜が思い出したのは、光月龍太郎と日之宮鳳奈だった。彼らもまた神代・大日本護国組織の人間である。
第六師団「日輪月光」が、組織の粛正機関であるとして、それとは異なる第三師団「紫鳳桜」にののかは所属していた。風塵楓和菜と協力関係にある【桜吹雪の魔女】、桜吹桃華が特別顧問を務めているのも、この第三師団であり、「紫鳳桜」の「桜」の字は彼女の苗字の一文字目をとったものである。
「神代・大日本護国組織ということは、龍太郎たちの所属しているアレのことですか?」
煉夜はとりあえず、そのように問いかけた。神代・大日本護国組織は規模の大きい組織だ。所属人数も当然多い。しかし、第六師団長という立場の龍太郎の名前ならば、広く知られているだろうと、そう考えてのことである。
「龍太郎……といいますと、第六師団長の光月さんのことですか?」
煉夜の予想通り、龍太郎の名前は広く知れ渡っているらしく、上部に詳しくないののかでも知っていた。
「ええ、『日輪月光』の光月龍太郎と日ノ宮鳳奈です。知っているんですか?」
ののかが反応したことから、知っているのだろうとは思ったが、念のために、そう問いかける。すると、ののかは、
「それはこちらのセリフですよ。第六師団は懲罰粛正機関、いわば内部のゴタゴタの解決に準ずる組織です。滅多に外部に出ることもありません。諜報として各地に散らばる第一師団や元から数多世界の日本に類する場所で活動している第零師団、勧誘活動としてあらゆる場所を渡り歩く第四師団などならともかく、第六師団と交友があるのは、本当に意外でした」
龍太郎たちは、あくまで、組織の中の裏切者を処罰するために組織された新しい師団である。なので、その活動の関係上、外で活動を起こすような存在ではない。
「まあ、いろいろありましてね。しかし第三師団というからには、龍太郎たちとは完全に別部署ですか。龍太郎は第四師団が勧誘しに来るかもとか言っていましたけど」
第四師団「天候色彩」は、勧誘が仕事と揶揄されるものの、実際は、外交である。組織外の人間からの支援を取り付けたり、新しい拠点の候補地を見つけたりと、対組織外を専門としている。その仕事の中に勧誘が含まれているだけだ。
「ええ、まあ、第四師団は勧誘しまくりますから。もっとも、成功することは少ないそうですが」
強者、良い人材というものは、往々にして既にスカウト済みであったり、自分で組織を立ち上げたりするものだ。雷司の父がその例である。彼もまた、第四師団から勧誘を受けていたが、それを意にもせず《チーム三鷹丘》に所属している。
「わたくしの所属する第三師団は、少々特殊な師団でして。王女様を筆頭に、様々なところで働いているのですが、主な活動は、潜入になるのでしょうか。もっとも、わたくしは、ここには潜入などではなく、普通に家の関係でいるだけですが」
神代・大日本護国組織には、師団ごとに特色がある。仕事が分かれているのも、特色に合わせた結果に過ぎない。
何をしているのかが公にされていない第零師団「遥かなる天鈴」、諜報や情報収集を専門にする第一師団「八咫鴉」、信仰や畏怖を集める第二師団「氷点姫龍」、潜入や調査を行う第三師団「紫鳳桜」、外交や勧誘を行う第四師団「天候色彩」、武道の聖地として数多の武道を取りまとめる第五師団「志葉院」、懲罰や監査を担当する第六師団「日輪月光」。これらの七師団を持って神代・大日本護国組織としている。
「そもそも、わたくしの東条家は、東本願家の分家筋でして、東本願家が、この神代・大日本護国組織に古くから関わっていたのですが、諸事情がありまして、ここ数百年だか数千年だかは東本願家がただの一人しか存在しない状況が続いていたので、分家の東条家が代わりに、東本願の名を預かり、組織に与することになったのですよ」
そもそもの話ではあるが、大森家が、北条家から大森家になっているように、各家も元々は別の名前を持っていた。北条家の解体にあたり、それぞれがばらけた際に名前が変わったのである。
北大路家は、北条から「北」を貰ったことと、大森へと繋がる道となるという意味で、「北大路」を名乗る。
東本願家は、北条から「条」を貰った分家、「東条」家を作り、数もないため分離し、完全に東条家を名乗るようになった。
西園寺家は、完全に独立し、西に渡った。そこで藤原の末裔である公家の傍流と交わり西園寺を名乗るようになる。
南十字家は、風魔の源流である風間家を名乗っていたが、風魔と風間の同一視説が噂されるようになるにつれ、名を変えることを迫られ、迷い道に陥ったことから、外来の物を好んだ当主に十字と付けられ、南十字星になぞらえられ南十字家を名乗るようになる。
北と東以外は偶然に過ぎないが、結果として、大森家の家臣たちは、東西南北の名を得て、再び大森家に集結したのだった。
「それで俺を、その神代・大日本護国組織というものに勧誘したいという話ですが、今のところは、特に考えていないので、保留ということにしておいてください」
正直な話、煉夜は、やることが有ると考えていた。それを為すまでは、おそらくどこかの組織に入るなどということはないだろうと、自身で思っている。
「そうですか。分かりました。皐月君といい、雪白君といい、いい人材なので是非とも歓迎したいんですが……、やはり、本人の意思というのが大事ですからね」
ののかも簡単に成功するとは思っていない。ダメ元というやつであった。何せ、勧誘が専門といっていい第四師団でも失敗していることをののかが簡単にやれるはずもないからである。
「ところで、光月さんとはどこで出会ったんでしょうか。あの人達がと出会うということは、何らかの仕事なのではないかと思いまして。でも、ここ最近でそんな大事があった覚えはないんですよね」
ののかの疑問。煉夜と龍太郎の出会いについて、というものだ。確かに、組織に所属する人間としては気になる部分である。
「彼らは『月日の盗賊』というもう一つの顔がありますから、その盗賊としての以来と、それと龍太郎の早とちりで起こった佐野紅階の懲罰ですね。どちらも解決して終わりましたが、俺は、京都で道に迷っていた龍太郎を岩波美里亞の家まで案内しただけですよ」
岩波美里亞の名前を聞いて、鷹雄とののかは固まった。そして、ののかは思い出す。とある問題があったとして、第三師団に通達された情報のことを。
「なるほど、そう言うことだったんですか!去年の11月か12月ごろのことですよね、それ」
妙に納得したようなののかに、鷹雄が視線を向けた。そして、少しため息交じりにののかに問いかける。
「岩波美里亞と言えば、噂に名高い風塵楓和菜だろう?魔導五門と組織が密接なのはしっていたけど、風塵とはそんなに距離が近くない印象だったんだけど……?」
魔導五門、それは、京都を根城にする古い家であり、司中八家と同じくらい、いや、それ以上に日本の陰陽師の歴史と魔法の歴史を支えてきている家々だ。当然、神代・大日本護国組織ともかかわりを持つ。
「あ~、まあ、そうなんですが、わたくしのところの特別顧問殿とは親しいのですよ。特に同じ風神ですから。九浄天神の風神である風塵さんと八紋朱雀の風神である特別顧問は、その色々ありまして、去年の11月だか12月だかに、特別顧問が許可なくこの世界を訪れたという問題があったのですが、その理由が風塵楓和菜を救うため。その際に現場に駆け付けたのが光月さんと日ノ宮ちゃんと烏ヶ崎さんでした」
九浄天神の風神、八紋朱雀の風神、五条天韻の風神など、風神の運命を背負うものがいる。彼ら彼女らは互いに惹かれあうとされているが、実際に確認されているのは、この時間軸では先に上がった2名のみである。
また、ののかの言う、烏ヶ崎さんとは、明津灘守劔の旧姓である。第一師団とは付き合いの多い、第三師団なので、彼女が旧姓の頃のことを知っている人が多い影響か、未だに第三師団内では、彼女は烏ヶ崎の名前で定着し続けているのだ。
「【桜吹雪の魔女】か。噂はかねがね聞いているよ。ただ、あの女、桜吹の姓だけあって、イン・ラナークの所長代理と同質だ」
桜吹。それは知る者は知る姓。ある者は三神の一柱として、ある者は大逆人として、ある者は所長代理として、ある者は稀代の天才として、各分野・各場所で名をはせていた。最も有名なのが七代目天辰流篠之宮神であろう。
「イン・ラナーク?」
ののかでも知らない単語は、その場にいる鷹雄以外の誰もが知らないものであった。
「まあ、それはさておき、おなかがすきましたね」
そんな風に言ったのは、話に全く入ってこなかった檀だった。確かに、人形の騒動でそれどころではなかったため、食事はできていない。
「そろそろ出来上がっているころでしょうし、わたしはヨシエさんを呼んできます」
花蜂美乃といい、檀が子供の頃からこの家の家事全般を担当している家政婦長である。今風に言えばメイドであろうが、割烹着を着る彼女には家政婦が似合う言葉だろう。




