158話:精巧な人形
煉夜は、人形を回収して、再び大森の屋敷に戻ってきた。本来ならば、敵の物である人形にどのような細工がしてあるのかが分からないため、回収するのは避けるべきであったのだろうが、ひっかかる点もあったため、煉夜は回収を選んだ。
大森の屋敷に着くと、既に戦闘はだいぶ前に終了したようで、人形の残骸が庭に積み重ねられていた。そのうちの何割かが、何かに食われたかのように損壊しているのは、夜風によるものだろう。
「ただいま戻りました」
人形を担ぎながら、そう言う煉夜に、その場の一同が反応した。鷹雄は既に気づいていたためか、あまり気にしていないようだが、煉夜の担ぐ物には興味を持ったようだ。
「北大路夫妻はどちらに?」
煉夜は、まず北大路夫妻……というよりも夜風の所在を訪ねる。その場には、夜風はいなかった。居たのは、檀、宮、夜宵、鷹雄の4人だけだった。依然として姿を現さない2人もこの場にはいない。
「ヤヨママたちなら、もう出発したよ~、人形の動きが止まって、次の動きが始まる前には出たいって」
宮が煉夜の問いに答えた。その言葉に、煉夜は「そうですか」とやや残念そうに呟いた。実際、納得いかない部分がある。夜風は「獣狩り」のことを知っていた。それはつまり、常人ではないことを示しているに他ならない。使っていた銃も奇怪なものばかりであり、この世界の陰陽師とはとてもではないが煉夜には思えなかった。
「み……北大路夫人は、君の思うように、常人じゃない。特に、銃の使い手としてならば、全世界において彼女の右に出る者はいないだろう」
そんな風に鷹雄が言う。鷹雄は、夜風について何やら知っているようであるが、詳しく話す気はないのだろう。
「それよりも、その担いでいるものはなんだい?」
人の様に見えるそれに対して、鷹雄が言及する。そこで、ようやく、他の3人も、煉夜の担ぐそれに目が行ったようだ。煉夜は、それを庭に放り投げる。
「ひ、人……?!」
そう反応したのは檀、だが、宮と夜宵も似た様な反応だった。鷹雄だけは、特に反応した様子が無いが、注意深く、それを見ていた。
「いえ、人ではありません」
煉夜は、念のために、そう注釈を付け加える。一見、人にしか見えない。腹に穴をあけ、血を流した、死体の様にも見える。
「……人形の類か。それにしては精巧だけれど」
数秒観察した鷹雄がそんな風に推察をした。これを見て、人形だと断定するのは、中々に難しいが、相手が、先ほどまで操っていたものが人形ならばこそそこに答えが行きつくというものだろう。
「ああ、その通りだ。ありえないほど精巧に作られた人形だよ。触れば分かる」
煉夜の言葉に、鷹雄は、近寄って、その人形を実際に触ってみた。忍装束の下、その感触まで人間そのものだった。
「これほどまでかい。ほとんど人じゃないか。今の人形はここまで精巧なのかい?」
鷹雄は、そちら方面の知識に明るくない。明るくないが、こんな人形が作れるとも思っていなかった。だからこその問いかけである。
「まあ、普通ではありませんね。花月グループと天龍寺家が共同開発している技術ならば、不可能じゃないかもしれませんが、どちらも《チーム三鷹丘》とつながりが深いので、わたしたちの味方です。敵にこんなものを渡したりはしないでしょう」
機械開発分野で有名な花月グループ。そこに資金や技術の提供をしている天龍寺家。その共同開発ならば、高度な人形を作ることは不可能ではないだろう。だが、その可能性は、檀が否定できる。だとするならば、
「1人だけ、……1人だけですが、この人形を作ることができる心当たりが有ります」
煉夜の知る人間の中で、こんなものを作ることができる人間は1人だけだ。ここまで精巧に人間を模した人形を作る、それはもはや異能の域である。その領域に足を突っ込んでいた知人。
「でも、私達の知識の中にないということは、そう明るみに出ていない陰陽師界の人間ですか?でもなければ有名になっていると思うのですが」
煉夜は首を横に振る。知り合ったのは陰陽師になる前である。今考えてみれば、彼女もまた異能を持っていたのだろう、とそんな風に思えた。林中花火がそうであったように。彼女……紫泉鮮葉もそうであったのだろう。
「三鷹丘学園生徒会長、紫泉鮮葉。いえ、もうそう呼べる立場の人間ではないのですが、卒業すらせぬままに行方不明になってしまったので」
三鷹丘学園生徒会長、その時点で、檀達には察することができるものがあった。それは、彼女達もまた、三鷹丘学園に通い、かつ、その裏を知る者と知人であったがためであろう。
「生徒会……なるほど、異能者ですか。それなら……」
だが、問題は多い。確かに、鮮葉ならばこの人形を作ることも可能だろうが、行方不明になった彼女が、どうしてこんなものを作っているのか、という疑問は残る。
「行方不明、ということですが、よもや、拉致されていやいやこれを作らされているという可能性は……?」
時期的に、この人に限りなく近い人形を作るのには、少なくとも1年はかかるだろう。だが、それ以上の可能性もある。つまり、行方不明になってすぐか、行方不明になる前から作り始めていなければ無理だろう。
「今の段階では何とも言えませんね。その可能性もあれば、元から、鮮葉が協力していた可能性もあります。そもそも、あいつの場合は、拉致や誘拐とは無縁の存在のはずですからね。相手がよほどのやり手か、鮮葉が自ら敵の罠にかかったとかでもない限り、攫われることはないはずです」
これは、信頼しているとか、そういう話ではない。事実を述べているだけだ。何せ、煉夜と雷司、月乃ですらかなり苦戦を強いられたのだから。それほどの存在であると断言できるだろう。
「元々、味方ってわけでもないんだよね?」
宮がそんな風に言った。そしてそれは事実だった。三鷹丘学園時代から協力関係にはあっても、味方ではない。友人関係ではあっても、いざというとき、全幅の信頼を置ける間柄というわけでもなかった。
「はい。どちらかというと敵対することが多かったですし。でも、この一件に俺が関わっていると知っているわけではないでしょうね」
煉夜と敵対する上で、彼女がこのような結果になるような人形を送り出すはずがない。人形の残骸からでもある程度の情報を得られる。特に、一度、似た様な状況が合った以上、煉夜、雷司、月乃と対峙する上で、証拠隠滅機能もつけないまま商品として送り出すとは思えない。
「つまり、煉夜君の知人が絡んでいるのは偶然ということか。それならそうでいいが、しかし、……。敵は、こちらをどこまで見ていると思う?」
鷹雄の質問に、煉夜は考える。人形による制圧作戦。もし、この場に、鷹雄と煉夜がいなければ、夜風一人による消耗戦だっただろう。人形の群れを一人で相手にし続ける。精巧な人形の確保もできなかったはずだ。そう考えると、敵は煉夜のことを勘定に入れていないのは確定として、おそらく鷹雄もほとんど勘定に数えていないのではという結論に至る。
「おそらくは、北大路夫妻が主戦力だと考えているんだろうな。そう考えると、これ以降の襲撃からが本番、と考えた方がいい。何せ、敵が主戦力と考えている人物がいなくなった。本格的に押さえに来るだろう」
煉夜の推論に鷹雄は頷いた。同じ結論にたどり着いたからだろう。しかし、本格的に襲ってくるとなると、その手段は限られる。
「おそらく、人形ではなく、人間、……それも団で率いてくるだろうね」
団で、という表現にいささかの違和感を覚えた煉夜だが、「軍で」も「団で」もさほど変わらないだろうと勝手に結論付けて話を続ける。
「しかし、この見晴らしの悪い森の中だ。普通の人間……陰陽師や魔法使いにも難しいだろう。そうなると……」
相手には、南十字家が居るという前提条件がある。そのうえで、この森の中への攻撃は、おそらく、
「スパイ……というか、ニンジャというやつだろうね。しかし、興味深い存在ではある。僕が暮らしていた頃の英国でもスパイの類はいた。敵国のスパイや、まあ、身内同士のスパイなんてのもね」
鷹雄の急な話に、「ん?」とその場の皆が首を傾げる。そもそも、敵国と言う表現からして微妙なものであるが。
「スパイというのは、あくまで密偵だ。紛れ込み、調べ、報告することが仕事だ。だからこそ、速さや躱すすべなどはともかく、攻撃力は持たない。躱すのも最低限だ。密偵など複数いるのが当たり前だから1人死んだところで、他の誰かが持って帰れば成功だ」
確かに、忍者という日本の独自の文化は、少し異端である。もっとも、それは、陰陽道と繋がった忍者に限る話であり、実際は、密偵などとして同じようなものが多い。だが、南十字家や望月家、忍足家などのように、陰陽師と関わる家は、潜んで殺す、暗殺技術に重きが置かれていることが多い。唯一、望月家のみ、「歩き巫女」という情報収集専門の一族であるが、それにしても自衛手段の式などは多く持っている。
「確かに、日本の密偵は変わっている部分は多いが、それでも、戦力として強いわけではないと思うぞ。だったら、忍者ではなく陰陽師を名乗っている。暗殺技術や情報技術に長けていたからこそ、『忍者』を名乗ったのだと考えられる」
陰陽師と忍者の違いはなにか、と問われても明確には答えることができない。そうなると、区分は自称でしかない。そう名乗るからには、分野があるということだ。
「攻撃系の魔法使いが黒魔法使い、サポート系の魔法使いが白魔法使いを自称しているが、どちらも魔法使いであることには変わりないってことかい?」
的を射ているような射ていないような、そんな何とも言えない鷹雄の例えに、煉夜は苦笑した。
「鷹雄っちはゲーム好きなの?よくたとえに使うよね」
素朴な宮の質問に、鷹雄は、「あ~」と苦笑した。鷹雄自身、ゲームが嫌いなわけではないが、それほどやらない。
「昔、ある友人に、昔の仲間のことを話したら、そいつそっくりなやつがゲームになってるぞって言われてね。いわゆる横スクロールアクションで赤い帽子の配管工なんだが、確かに似てるんだよ!手から火の玉だしたり、でっかくなったり、亀にぶつかるくらいで死ぬ当たりの精神的弱さ。弟の方がジャンプ力ある優秀さ。いやぁ~、あらゆる点で似てて、それ以来、ゲームってのが気に入ったってのはある」
手から火の玉を出したり、大きくなったりする知り合いというのは一体全体どういう知り合いなのか、煉夜は問いたい気もしたが、そんなことを深く聞く必要もないだろうと、効かずにスルーした。




