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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
相神動乱編
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157話:唐突な来訪者・其ノ弐

 森は広かった。大森の由来もこの広い森という説があるくらいには。足柄山脈につながるこの森は、鬱蒼とし、実を隠すのはできるが、逆に相手も見えないという場所であった。ましてや、相手が、どの気配索敵にも引っかからない未知の敵であるという難点を抱えている以上、煉夜にはどうすることもできなかった。


 《八雲》の探知が正しいとするならば、この森の範囲内に、人形を操っているものがいない。しかし、遠距離ならば、相応の力が発生する上、人形の集団から離れた位置である以上、魔力や霊力の反応は目立つはずなのである。


 龍脈を介していることも考えたが、本来、超自然的ものである龍脈に人為的に操作できるとしたら、その土地の管理者くらいのものである。この土地の監理者が大森家ではない、とはいえ、人形を操作するなどということに、龍脈の監理者が手を貸すはずもなかった。そんなことをすれば、龍脈が乱れる。そうすれば、少々影響が出てもおかしくない。


 そうなると、人形と同期し、人形から魔法を放っていると考えるのが一番納得のいくものだった。人の気配が無く、人形を操り、溶け込める。


 しかし、人間と同期するというのは、煉夜からしてみれば信じられないことだった。


 向こうの世界にも、操る、乗っ取る、そう言った魔法を使うものはいた。しかし、人と異なるものを操ったり、乗っ取ったりするのは相当難しい。その難易度は、まず、生命の有無、人格の有無、構造の相似性の3点で決まる。


 生命の有無だが、操るのには命が無い方が操りやすい。乗っ取るのには命がある方がよい。


 人格の有無だが、操るのには人格が無い方がよい。乗っ取るのにも人格が無い方がよいが、魔法で感情を消したり、思考を奪ったりしない限り人格が無いということはないので難しい。


 構造の相似性だが、これは、人間に近いほど操りやすく乗っ取りやすいというものだ。無論、人にも差異があるが、中でも魔法の使用者に近ければ近いほど顕著になる。そう言った意味では、人形やゴーレムは近いのではないか、と思われる。


 操るという観点では、人形やゴーレムは向いている。人の形をしていて、人よりも動作数……喋らない、食べない、呼吸しないなど、人間を操るうえで呼吸や心臓の動作などに操る力を回さなくて済むからだ。


 だが、乗っ取ると言う意味では、違ってくる。乗っ取った場合、普段している呼吸、心臓の有無などが大いに違い、感覚がおかしくなる。普段していることをしない、のではなく、できないということが、解離性につながり、乗っ取ることが難しいのだ。


 つまり、この場合、人形に同期しているということは、生命も人格もない、構造的には似ていない人形に乗り移っているということになる。難しい点が2つ。よほど高位の術師か、それともそれに特化した能力者でもない限り、考えづらいものだった。


 しかし、煉夜には、それ以外の結論が導き出せなかった。確証はないが、指針を立てなければ、動くに動けない。煉夜は、人形達の中に、同期している人形があると踏み、行動を始める。







 操られた人形というのは、ある程度の特徴がある。まず、この数の多さで、全ての動作を精密に指示できる人間がいるとしたら、それは、脳が並列に思考できるものだろう。それも10も20も。そんな人間がそうそういるはずもないので、大まかな操り方としては、人形の周囲にセンサのように魔力が広げ、動くものが有れば、操り手に伝わり、その個体と周囲の個体に攻撃命令をするというものだ。


 その特徴から、若干のラグが発生することと、正確な攻撃が難しいことが挙げられる。しかし数撃てば当たる。自分達同士で攻撃し合ってもダメージは無いので、特攻も自由だ。むしろ、自爆攻撃などが向いているのだろう。


 また、他の特徴として、人間の基本動作以上の操作が難しいため、動きは、ただの人と同等程度であるということだ。


 気配を消し、人形を掻い潜り、煉夜は、人形の群れを観察していた。どれも、忍装束であり、大差がないように見える、多少は違いを付けているようだった。それが、男女の有無である。


 ハッキリ言って、普通なら意味がないことであると煉夜はいうだろう。そして、それを行うからには意図があるはずだ。

 わざわざ人形に男女の性別を付けた理由、それは、操り手が男性か女性であるからだ。まあ、人間なら当然、概ねどちらかの性別であるのだが、これには大きな意味がある。


 乗っ取るという力を使う以上、構造の相似というものを挙げたように、生命活動だけではなく、性差も大きくなる。女性が男性の人形を乗っ取りづらいように、男性が女性の人形を乗っ取りづらいように、性別で乗っ取りやすさが変わる。


 ここまで離れ業じみたことをする以上、乗っ取っている人形も、相応の物であるはずだ。乗っ取り手にカスタマイズされた人形。そして、それが多くの人形と性別が違っていたために、もう1つの性別の人形を導入したのだろう。そうでなくては、1つだけ性別の違う人形が有れば目立つ。

 戦闘用の人形において、本来、女性らしさとする乳房などの部位を付ける必要性はない。コスト的にも高くなるだけだ。そうなると、概ね、ベースは男性型の人形であるはずだ。そうなると、女性型の人形が、乗っ取り手が乗っ取っている人形であろうという仮説は簡単に立つ。


 それゆえに、煉夜は、女性型の人形にだけ的を絞り、観察しながら、走り回っていた。そして見つける。


 1つだけ明らかに、他の人形よりも出来のいい人形を1つ。忍装束のため、分かりづらいが、他の人形とは動きが違う。まるで人の様に動く。


 人形の動きは単調で、かつ、スマートだ。関節が外れることなど考えず手を突き出す。しかし、その人形は、手を、足を、人の様に動かす。


 ターゲットが絞れれば、あとは簡単だ。魔法を放つ。フィンガースナップと共に、雷撃が人形を襲う。


 ――それを躱した。


「チッ」


 確かに、そう声を発しながら。声帯、喉、口、肺……人間と同じそれがなくては、声を発生することはできない。それこそ、機械ならば音声を再生するということも可能であろうが、機械演算は、やはり、人とは異なる行動のため、乗っ取るのには向かないだろう。


「――双鳴の、鼓しもの、其、移しうる」


 人形が呪文を唱え始める。周囲の霊力を練り上げ、一つの術を作る。とっさにしては速い、が、しかし、煉夜のフィンガースナップよりは遅い。


「がっ!!」


 空気の塊が、人形を弾き飛ばした。まるで車にはねられたかのように、木々に衝突する。普通なら絶対に立ち上がれない衝撃だが、人形は立ちあがる。それは人形故だろうか、そう思う煉夜。しかし、人形を観察していた煉夜の動きが、その顔を見て、止まる。


 見覚えがあったとか、綺麗だったとか、そう言った理由ではない。口元に垂れる血。


 声、動き、血、もはや人間そのものとしか思えないほどであった。されど、この頑丈さは、人間離れしているとも言える。人形か否か、非常に難しいものであった。


 改造人間のような存在という可能性もあった。いわゆるサイボーグというものである。しかし、違う。煉夜は、人形から生命、いわば、生きているというものは感じ取れなかったからだ。


 だから、容赦なく、煉夜は、そのまま人形にとどめを刺す。一撃で。魔法ではなく、その素手で。


 貫いた人形の腹。そこから噴き出す血、生臭い臭いはまさしく人間そのものの様に感じだ。しかし、貫かれ、開いた穴を見れば、やはり、人間ではない。ロボットであった。








「ぐっああっ!」


 苦しみ倒れ伏す女性。吐血する。それは、人形に憑依していた女性だった。まるで、自身の腹が貫かれたかのような幻痛に、意識も跳ぼうとしていた。


 人形に憑依する上で、できる限り精巧に自身を模していた場合、それは一体となっているということだ。攻撃を受けた痛みも感覚も、ダイレクトに本体に反映される。体自体は傷つかずとも、精神、感覚の上では間違いなく、その攻撃を受けたと感じるだろう。


「失敗か……。せっかく、最高の技師とやらに高額を払って作らせたが所詮人形は人形か。壊されては意味がない。やはり、北大路家だ。あの家が最大の障害になるだろうな」


 女性の様子を見ても表情一つ変えずに、男性が言う。それに対して、近くの忍装束の男性が同様に、女性のことなど意にもせず言う。


「今日明日にでも、北大路夫妻は、当主である大森槙の元へ向かうようです。そうなれば、障害はないでしょう。最大の難点は、鬼でしょうな」


 その会話を聞きながら、女性は、意識を失う。失う際に思ったのは、「甘い」と。考えが甘いと、それだけだった。男達の頭には、2つの障害が抜けている。1つは、人形の大軍を北大路夜風と共に凌いでいた青年、もう1つは自身を討った青年。しかし、伝えようにも、その意識はするりと手から抜け落ちた。


「鬼か……。ふん、迷信だと思っていたが、事実ならば気を引き締めねばな。それに、事実だからこそ、大森槙は大森檀を置いていったとも考えられる」


 当主である槙と、その妹の松葉が姿を消した。しかし、その際に、檀等を連れていかなかった理由が分からないのだ。1つは、当主不在の間に、大森家の屋敷を抑えられたら負けたも同然であるということ。1つは、北大路夫妻を信用してのこと。


 しかし、どちらにしても、北大路夫妻を家の守りにおいて、檀も含め、大森家の人間は、別の場所に隠れさせればよかったのである。


 そうさせずに、檀だけを家に残した理由がある、そう彼らは思っていた。そしてそれは事実であった。


禁黄(きんき)……か。ふん、忌々しい」


 それは檀に秘められた大いなる力。


 彼らの誤算は、鷹雄と煉夜を勘定に入れていないこと、そして檀と宮を過小評価していたことだ。

 しかし、その誤算に気付くことなく、彼らは次の計画を練るのだった。

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