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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
相神動乱編
156/370

156話:唐突な来訪者・其ノ一

 しばし、三鷹丘市に関する昔ばなしで盛り上がっていた鷹雄以外の4人だったが、会話も尽きてきた頃に、2人の人物が今に入ってきたことで、その話を完全に辞めた。


「あら、盛り上がっていたようですね」


 黒く長い髪。その黒さは、宵闇よりも深く美しい黒だった。煉夜でさえも、その美しさに、一瞬気をとられるほどに艶やかな美しさを持つ。年の頃は20くらいだろうか。どう見ても、そのくらいにしか見えない女性。落ち着きのある雰囲気は、夜宵に似ていた。


 それと一緒に居るのは、親子ほど年が離れているように見える中年から初老の男性。しかし、未だ現役であるように、しっかりした体格と雰囲気を持っていた。


「あ、紹介するね。私のママの北大路(きたおおじ)夜風(よかぜ)とパパの北大路(きたおおじ)漆器(しっき)


 通常、両親の名前までを紹介するということは、あまりない。だが、この現状と、何より、母親の方は、特に母親には見えないためしっかり紹介したいという意図もあった。通常、夜風を見て、夜宵の姉だと思う人間はいても、母だとは思わないだろう。ましてや、現状、もしやしたら、夜宵の方が年上に見えるくらいだ。


「どうも、雪白煉夜です」


 一応、礼儀に倣って、煉夜は、そう名乗った。その名乗りに、夜風が眉根を寄せた。ほんの一瞬のことであり、煉夜も、夜風の髪に目をやっていたのでなければ気づくことはなかっただろう。


「そう……。私はあらためまして北大路夜風ですよ。貴方とはあまり縁がないようですが、それでも、よもやこのようなところで会うとは、奇妙な縁です。……ヴィサリブルがうるさそう」


 まるで、煉夜のことを知っているかのような物言いに、鷹雄が夜風を見ていたが、夜風はそれを気にした様子はなかった。


「みず……北大路夫人。『縁がないよう』ということは、この出会いは想定外だったと?」


 鷹雄の問いかけに、夜風は、肩を竦める。答える気はないようだった。なので、鷹雄もそれ以上の追及をするような真似はせずに大人しく引いた。経験上、いくら追及しても答えは返ってこないということが分かっていたからだ。


「ヤヨママは、謎が多いからねえ……」


 と呟いたのは、宮だった。幼馴染3人ということもあり、また、家が広かったことから、夜宵の家で集まることも多く、檀、宮も夜風とは親しかった。あまり家に帰らなかった漆器はさほどではないが。


「私の場合は、謎ではなく秘密ですよ、宮さん。それに、知らなくてもいいことだから、あえて秘密にしているのですよ」


 怪しいというよりも妖しい。奇怪というより、妖艶。そんな表現が似合う彼女に、誰も何も言えなかった。






 その空気を壊したのは、煉夜と鷹雄と夜風、この3人であった。


「侵入者だ」「侵入者か?!」「曲者、ですね」


 表現に違いはあれど、同じ意味の言葉を同時に放つ3人。そして、立ち上がりも、その方向へ駆けだそうとするのも同時であった。しかし、


「鷹雄は、檀さんを!!」


 という、煉夜の短い言葉。鷹雄の方を見ることなく放たれたそれに、鷹雄は素直に従った。なぜならば、どうやっても煉夜の無詠唱魔法の速度に軍配が上がるからだ。今から槍を出していたのでは初動が遅れるのは間違いなかった。


 ――そう、既に気配に気づいたと同時に右手に銃を生じさせていた夜風ならば別として。


 居間から庭に躍り出ようとしながら、煉夜は、咄嗟に魔法を討ち放つ。人が死なない程度とはいえ、かなりの威力であった。同時に、その耳をつんざく、奇怪な音が鳴り響く。


――キュウオンンン!


 まるで唸り声と叫び声を合わせたかのような奇怪な音。それは、夜風の持つ銃から、……到底、銃には見えぬ銃から発せられたものであった。


 声もなく、襲ってくる無数の忍装束。軍勢と言ってもいい。群集と言ってもいい。それはとにかく多かった。そして、何より異質なのが、


「チッ、効いてない……いや、そういうことか」


 煉夜の魔法を食らっても、少ししたら起き上がることであった。夜風の方も同様に、起き上がってくる敵の正体に気付く。


「人形、それも、かなりの数を操っているようですね。面白い技術です」


 そう言いながら、「奇銃・メロネスボルテ」は宙を舞っていた。気づけば、手には黒い拳銃があった。その黒さは、夜風の髪色とは全く質が違う禍々しい黒色だった。まるで、全てを飲み込んだかのような、不気味な侵食感を抱くほどに。


「――喰らい尽せ(セットアップ)暴食なる者よ(ドゥスリオムセン)


 銃口から飛び出した黒い塊が人形たちを飲み込んでいく。それはまるで、地獄につながっているかのようだった。


「キリがないですね……。獣狩りのレンヤ君、あの向こうであれを操っている犯人の方を任せます。ここは私と鷹雄君で守りますので」


 煉夜は一瞬だけ、「獣狩り」の呼称に、夜風を問いただしたい気分になったが、今の状況でそんなことをしている余裕はなかった。操っている人間の気配を探るが、人形への力と気配の分散で、正確な位置もつかめそうにはない。


 聖剣アストルティを部屋に置いたままなのは、正直、いただけなかったが、取りに戻る時間も惜しいと、庭を一足越えに飛び越え、塀を越え、夜の森へと飛び込んだ。

 この状況をどうにかする方法は既に思いついた。しかし、それを実行するには、敵襲を一時的にどうにか沈静化させる必要があった。


「しかたない……ちょっと荒っぽくなるが!」


 森の木々を、地面を、地形を、丸ごと動かす規模の大魔法。それすらも無詠唱で行ってしまえるのだから、普通の魔法使いから見たら、煉夜の魔法は常軌を逸していると言える。森の地形を変えることで、人形たちを一時的に遠ざけた。


「《八雲》!」


 そして、式を呼ぶ。煉夜の式神、九尾の狐である。荘厳であり、美しい、その狐は、煉夜に向けて問いかける。


「主様、何用で?」


 煉夜は、戦いにおいて、《八雲》を頼ることは少ない。監視もない今ならなおさらだ。そのため、《八雲》は普段、陰陽師の修行の際に呼び出されることが多いのだが、今回ばかりは状況が状況だけに、呼び出されたのだ。


「ああ、人形を操って攻撃してくる敵がいてな。気配が分散していて、場所がつかめない。探れるか?」


 九尾の狐というのは、いわば神格を持つ。それも、一般的な神とは違い、猫又などと同様に、長寿や転生によるものとされる。長く自然に触れ、また土着信仰により栄える神というのは、自然と相性がいい。森や山の中という空間なら、【緑園の魔女】にも匹敵する探査能力が使えるのである。

 もっとも、狐神の信仰が盛んでない地やそもそも狐が神として崇められていない地では、あまり効果を発揮しないし、この神奈川県でも少々、探知には時間がかかるだろう。


 この時間を有効活用するべく、煉夜は、電話を掛ける。この状況でもっとも頼りになる親友の元へ。


「もしもし、煉夜か。どうした?」


 すぐに電話に出るほど、普段、スマートフォンを弄っているのだろうか、と思うほど、煉夜が電話を掛けるとすぐに出る雷司。


「ああ、雷司。悪いな。ちょっと、厄介ごとに首を突っ込んでいてな。南十字家って知ってるか?」


 普通の人間でも、普通の陰陽師でも知らないであろう家。それが南十字家だ。相神大森家を調べれば、そこがかつての後北条氏であることはすぐに分かるし、北大路家と西園寺家のこともすぐに出てくる。しかし、風魔に端を発する南十字家だけは、ほぼ外部に情報が流出していない。


「ああ、あの風魔忍軍の……。ってことは、今は相神大森関係に手を出してるのか?」


 それをいとも簡単に言い当てるあたり、雷司も相当に普通ではないが、雷司の場合は、親と相神大森が繋がっている縁というものもあった。


「ああ、そうなんだよ。ちょいと、訳ありでな」


 この辺の察しの良さと会話の速度は、2人の付き合いの長さをうかがわせる。打てば響く。こういった感覚は、裕華もそうだが、割と煉夜は楽で心地い。


「って言っても、俺は、風魔については、あんまり詳しくな……」


 電話が切れる。雷司は明らかに言葉の途中であった。その唐突さに、煉夜は、慌ててかけなおす。すると、少しして、電話がつながった。


「おい、雷司、急に電話が切れたから驚いたぞ、大丈夫か?」


 何かあったのか、それとも操作ミスや電池切れの類か、とそんなことを考えながら煉夜は問いかけた。


「ああ、大丈夫だ。ちょいと厄介ごとに巻き込まれて戻ってきただけだから」


 電話が切れて、再びつながるまで、約10秒。そんな10秒間で、厄介ごとに巻き込まれた挙句戻ってくるなどということは、普通に考えて無理だろう。


「厄介事って、お前が電話切ってから10秒と経ってない時点でかけなおしたんだが?」


 煉夜の言葉に、電話の向こうの雷司は苦笑した。色々と思うところがあったのだろう。それに、何と説明すればいいのかも分からなかったから。


「ちょいと時間と空間を飛び越えた事件でね。それよりも、風魔は大丈夫なのか?」


 その言葉が冗談か、本当かを判断するのは、煉夜には難しかった。雷司なら、と思う気持ちもあれば、冗談でもおかしくないという考えもある。


「おう、どうにかしてるところだ……と、おい《八雲》!」


 自身の式神に呼びかける煉夜。《八雲》は、それに対して、首を横に振りながら答える。


「主様、儂の検知の結果、ここら一帯には、あれを操っている者はいない」


 その言葉に、煉夜は歯噛みする。九尾の探査をも掻い潜れるほどの腕前なのか、それとも、その探査の結果が正しい、つまり、遠距離からの操作なのか、といろいろと思考が錯綜する。


「チッ、きな臭いな……。雷司、悪い、一旦切る!」


 そう言いながら、煉夜は既に駆けだしていた。遠距離ならば、それ相応の魔力なり霊力なりが感知できるはずだが、それも見られない。どうやっているのか、それを解明しなくては、この人形たちを止めることは叶わないだろう。

 《八雲》を式札へと戻しながら、考えるのであった。

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