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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
相神動乱編
155/370

155話:大森家の問題・其ノ弐

 客間に通された煉夜は、荷物を整理し、その後、今いる面々を紹介するということで居間に集められた。しかし、居間には、まだ、檀と鷹雄の2人しかいなかった。どうやら、来るまでにまだ時間がかかるらしく、それまでの間に、事のあらまし、大森家の事情というのを話すという。


「煉夜君は、最初に、何故追われているのかは聞かないと言っていましたが、もう、こうなった以上、話すのが筋でしょう。護衛は終わったし、朝になったら帰るというのなら、わたしも止めません。でも、この状況で何も教えないというのは、流石に……」


 確かに、今の状況では、檀や鷹雄が何をして、忍装束の集団に襲われているのかが全く分からない。檀たちが悪人だと言うつもりはないが、それを判断するだけの根拠がないのも事実だった。


「もう、ここまで来たのなら、当分は付き合いますよ。図々しい話ですが、できれば一週間ほど泊めていただけるとありがたいですし」


 別段、宿代を気にしているわけではないが、それでも一週間というのは馬鹿にならない。いくら鳥尾が出すとはいえ、だ。


「ええ、そのくらいならいくらでも」


 そして、その話は、檀にとってもありがたい申し出といえた。一週間で片付くような問題だとは思っていない。しかし、今回をしのぐのに、一週間、煉夜が居るのは大きい。


「そろそろ、誰やらき始めてもおかしくはないから、煉夜君に説明をした方がいいんじゃないか?」


 そして、談話を遮るように鷹雄が話を切り出した。時計を見ても、良い頃合いだと判断できるだろう。檀は頷き、話を始める。


「じゃあ、どのあたりから話せばいいか分かりませんが……」






 大森家とは、その昔、大森家とは呼ばれていなかった。その名残からか、陰陽師界では、今でも相神大森(さがみおおもり)家と呼ばれている。相神とは相模から変質した名前であり、相模湾などにも由来されるように、相模とは神奈川県一帯にあった相模国(さがみのくに)だ。


 そこからも分かるように、かつて、大森家は北条(ほうじょう)家であった。北条と言っても、鎌倉時代に源頼朝の妻であった北条政子を筆頭とする執権政治で有名な北条氏ではなく、戦国時代に活躍した北条氏……いわゆる後北条氏である。


 後北条氏には「相模の獅子」と呼ばれた北条氏康などの一族である。小田原城を拠点としていた。


 後北条氏は、江戸時代以降も様々な家系に流れ、後北条氏自体も続くが、廃嫡。その傍流が、現在の大森家である。


 相神大森家は、大森家を中心に、筆頭家臣である北大路家、その配下の東条(とうじょう)家、家老の家系である西園寺(さいおんじ)家、大森家直属の諜報としても風魔(ふうま)忍軍に端を発する南十字(みなみじゅうじ)家で構成されているが、それを知るものは陰陽師界でもそうそういない。

 しかし、現在では、その家臣とも言うべき、4つの家々は二極化している。大森家に付くか、反旗を翻すかである。


 大森家側に付いているのが、北大路家と東条家。反旗を翻したのが西園寺家と南十字家。昼の刺客は、おそらく南十字家であると檀は睨んでいた。

 この対立は、もうかなり長い期間続いていると言える。こう着状態になることもあるのだが、最近は再び活発化してきたのだ。


 そもそも、大森家当主ではなく、檀はあくまで現在、当主代理であった。それは、現当主であり、兄の大森(おおもり)(まき)が刺客に怪我を負わされ、姉の大森(おおもり)松葉(まつば)と共に、遠方で隠れ療養している。場所は、もしものことを考え、檀すら知らされていない。

 そうして、当主代理となった檀は、所用で外出したところ、刺客に襲われ、偶然にも煉夜と出会った、ということである。






 そんなことを、冗談を交えながらも話して、一息ついたところで、居間を訪れたのは、2人の女性だった。


「マユミ、遅くなっってゴメン!」


「マユミちゃん、来たよ~」


 脱色したような髪を黒のシュシュで束ねたサバサバした雰囲気の女性と黒い髪に黒い瞳で落ち着いた雰囲気の女性だった。


 檀も含めてだが、全員が、それなりの気品を持っている女性である。良家の出であることを窺わせる所作が、ところどころに見受けられる。しかしながら、それをところどころ壊すような雰囲気ももっている。何とも言えないチグハグさを煉夜は感じた。


「大丈夫だよ。それより、ミャーもヤヨも座って座って。あ、煉夜君、紹介しますね。こちらの淡い金髪の方が西園寺(さいおんじ)(みや)、それでこちらの黒い髪の方が北大路(きたおおじ)夜宵(やよい)。わたしはミャーとヤヨって呼んでいます」


 西園寺、という名前に、煉夜が眉根を寄せた。その反応は、他人が見ても分かるほどあからさまなものではないが、煉夜が訝しむのは予想していたように、宮が答える。


「あたしは西園寺家の人間だけど、マユミに協力してるの。だから、まあ、安心して」


 家老の家系であり、反旗を翻した西園寺家の娘であるのだが、敵対していないどころか、檀が信頼を置く人間の中に入っているのには理由があった。そうでもなければ、ここに彼女はいないだろう。


「私とマユミ、ミヤは幼馴染なんですよ。それも、ここではなく、千葉の方で一緒に過ごしていたので、家のこと関係なく、仲がいいんです」


 懐かしい話に、思わず頬を緩ませる3人。そんな様子に、煉夜も鷹雄も何も言わなかった。昔はよく旅行に行ったという檀の話も、この3人でのことなのだろうと煉夜は思っていた。このような状況でなければ、旅行に行く機会などいくらでもあっただろうと、物悲しく憂いた。


「っと、それで、彼が、雪白煉夜君。わたしの恩人」


 話したい気持ちも十分にあるが、今は、状況の説明をするべきだろうと、取りあえず煉夜の名前を紹介した。経緯などをまとめて話さなかったのは、全員が揃っているわけではないからだろう。


「ところで、ヤヨママ、ヤヨパパ、ノノちゃん、ヨシエさんは?」


 ここに居る面々と、檀が今、挙げたのが、この家に居る全員である。


「パパとママは槙さんのところに行く準備、ノノちゃんは着替え中、花蜂さんは晩御飯の準備中だよ。みんな終わりしだい来るって言ってたけど、そこそこ時間がかかるみたい」


 夜宵の答えに、「ものの見事に協調性がないな」と鷹雄が苦笑した。無論、彼も協調性がある方ではない。


「そう言えば、煉夜君は、どこの出身なの?そう言った話は全然聞いてなかったから」


 最初は、あまり積極的に関わろうとしなかっただけに、煉夜の事情はほとんど伝わっていないだろう。こうなってしまっている以上、いつまでも黙っているのはフェアではなかった。


「出身は千葉ですね。今は事情があって離れていますが」


 3人とも千葉で育ったというだけあって、その言葉には割と食いつきがよかったが、宮が、煉夜ではなく、鷹雄に向けて質問をぶつけた。


「鷹雄っちはどこの出身なの?聞いたことなかったよね?」


 あまり呼ばれたくない呼称である「鷹雄っち」に肩眉を上げながらも、ため息を吐いて鷹雄は答える。


「出身って言われても、具体的にはないかな。一番長く住んでいたっていうなら英国だが」


 出身が無い、などというありえない言葉に、皆は、何というべきか迷った。少なくとも、鷹雄が普通の人間ではないというのは明らかだった。ならば、何らかの事情があると思う。

 実際のところ、鷹雄の言葉に、嘘はない。


「外国、かぁ。へぇ……。煉夜っちは……煉夜っちって呼んでもいい?」


 その言葉に、鷹雄の様子を見れば拒否権はないのだろうと、仕方なくうなずく煉夜。一方、鷹雄は「なぜ僕には許可を求めないのに煉夜君には求めるのか」と憤っていた。


「煉夜っちは千葉のどこなの?」


 同じ千葉県といえど、住む地域によって特色は大きく異なる。東に寄れば海産、北に寄れば田畑の農産、南に寄れば花、西に寄れば工業。それによってか、学校生活も異なることが多い。出席番号の誕生日順や体操、鉛筆など、同じ県内で過ごしても昔ばなしに差が生じるものである。


「三鷹丘ですね。鷹之町寄りでしたけど」


 その言葉に驚く3人。同じ場所だったからだ。彼女達3人が育ったのも、その周辺である。まず、檀がそこに行ったのは、争いのある家から離れるための配慮として姉と共に。それに付く形で宮の家と夜宵の家が、それぞれに家のことを知らずに介したのであった。


「ってことは学校は、どこ?あのあたりだったら……」


 宮が思いつく学校を上げていく。その中の一つは、煉夜や火邑が通っていた学校の名前も当然あった。なので、その中の一つに頷いた。


「ってことは、あたしらとは小中一緒だね。ヤヨだけ中学は途中から違うけど」


 どんな偶然だ、と思うと同時に、そう言えば昔、鮮葉が言っていた「幼馴染3人組で暴れまわった」というのが彼女たちのことではないか、とそんなことを考えてしまう。


「高校はどうなの?離れたってことは、千葉じゃないんだよね?」


 夜宵の問いかけに、煉夜は、「高2まで三鷹丘学園です。今は私立山科第三高校に」と簡潔に答えた。今の学年を言わなかったのは、いらない混乱を避けるためで、決して浪人したと思われるのが嫌だったからではない。他人の評価など気にしない度量は、当の昔に出来上がっていた。


「あ、じゃあ、途中まで一緒だ。私たちも三鷹丘学園だったの」


 不思議なこともあるものだ、と思いながらもどこか必然性めいたものを感じた煉夜は頭を振った。


「それにしても、山科ですか。京都でしたよね。ということは、……」


「ええ、京都司中八家、【日舞】の雪白の分家長男、雪白煉夜です。まあ、こちらには所用で中空宮堂に赴いていたのですが、その際に、一週間ほど時間がかかるということで、急な宿を探しているときに、偶然出会いまして」


 ここに関しては、ほとんど偽りの無い、本当のことである。もっとも、急な宿とはいえ、それほど切迫していなかったが。


「なるほど、それで、土地勘もないので、あんなところでうろうろしていたんですね」


 そこはずっと檀も気になっていた。繁華街などならまだしも、あのような住宅街で旅人と出会う、などということは相当に珍しい。だが、あの場所は中空宮堂からもさほど離れていないことを考えれば、土地勘が無いのなら、あの場所に居てもおかしくはないという結論に至るだろう。

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