152話:昏色の出会い・其ノ一
煉夜の雷魔法を食らって気絶している3人の衣装は、まるで忍者のようであった。もはや忍者体験スポットか地方のテーマパークかでくらいしか見かけないような典型的な忍者の格好。いわゆる忍装束に身を包んでいた。
実際にこんな格好をしている人物と出会うのは、実は二度目な煉夜。もちろんながら、一度目は、武田家の佐野紅晴である。よもや、このような典型的忍者を二度も目にかける機会があるとは、と煉夜は少し自身の人生に呆れたが、今までの人生を振り返れば振り返るほど、ありえない話ではないと思うようになり、考えるのは諦めた。
「どうして追われているのかまでは聞きませんが、取りあえず、ここを離れましょうか」
呆然と立ち尽くす女性に、煉夜はそう声をかけた。突然のことで何が起きたか分からず、唖然としていただけに、煉夜の言葉で我に返るまで、少し時間を要した。
「あ、はい……」
状況は分からずとも、この場を離れたほうがいいのは理解した彼女は、頷き、煉夜と共に、その場を後にした。
しばらく適当に、歩いたところで、煉夜は彼女に問いかける。なお、この適当にというのは、追手がいたとしても付いてこられないように、多少の探りを入れながら歩いたという意味だ。
「それで、どこまで行くんですか?流石に物騒ですから、送るくらいはしますが」
追われている理由を聞くほど関わるつもりはなく、おそらく目的地まで行けば、彼女には彼女なりの助けがあるのではないか、と踏んでのことだった。
「はい、とりあえず中空宮堂……という場所まで行く予定でした」
中空宮堂、煉夜にとっては行ったばかりの場所であり、タイムリーな話題だった。しかし、ここで「あ、さっき行ったばかりです」などと言うつもりもない。そうなれば、陰陽師であることを明かしているも同然だからだ。既に魔法を使った後とはいえ、正確に何をしたかを認識していないだろうことは明白だし、彼女が、煉夜を陰陽師だという確信を持っていないことは「中空宮堂」という言葉の後に「という場所」と付け足したことで明らかだった。
しかし、彼女の言葉には引っかかる点がある。それは、
「予定でした……?ということは、行かないんですか?」
あるいは、「行く予定です」という言葉でも、「行く予定でした」と言ってしまうことが無いわけでもないが、煉夜は彼女のニュアンスから予定を変えたのではないか、と思った。
「はい、そもそも、中空宮堂に逃げるというのは、その場しのぎでしたから。あそこは中立。わたしを追ってきていた人達も、あの中では手出しできませんから。せいぜい見張るくらいですし、そうなれば、救援要請くらいはできるものです」
中空宮堂は中立である。すなわち、逃げこめば、そこでは諍いを起こすことはできないということになる。無用に騒げば、自身の家が中空宮堂を利用できなくなり、それは、陰陽師としてはかなりの損失である。
「でも、結局は、その場しのぎ。意味が有りませんでした」
すぐに呼べる人材と言ったら限られる。この状況で駆けつける余裕がない範囲まで幅が広がるとはいえ、中空宮堂にずっと居るわけにもいかない。つまり、戦力差はほとんど逆転しない。
時間を稼いだところで結局はじり貧になるのが目に見えていた。しかし、現状は異なる。
「だから、せめて、わたしが家に帰るまででいいので護衛してもらえませんか?」
護衛とはいえ、1人戦力が増える、それも、敵を3人、瞬殺できるほどの人物だ。追手として来ている敵では、いくら束になっても、大丈夫、とまで自信を持って言えるほど彼女は楽天的ではないが、少なくとも、1人で逃げたり、中空宮堂で助けを待ったりするよりは、よほどいいと踏んだ。
「まあ、それくらいならいいですけど。送っていくって言いましたし」
煉夜は護衛の経験は少ないが、護衛については、しつこいほどに教わっているため、慣れてはいないが、大丈夫だろう。
「……貴方と鷹雄君の2人が入れば、きっと」
小さな声でつぶやく彼女。煉夜は、一応、周囲の気配を念入りに探る。人の認識外に入り込むような相手は、いつもの気配の察知の仕方だと洩らす恐れがある。
「そうだ、こうなった以上、名乗らなくてはなりませんね。わたしは大森檀といいます」
名乗った彼女……檀は、そのまま目で、「貴方は?」と問いかけていた。今日は良く名乗る日だ、と思いながら、煉夜は名乗る。
「雪白煉夜です。見てのとおり、旅行中でした」
そう言う煉夜の肩には、少し大きめのバッグがある。着替えなどはあまり入っていないが、それなりにいろいろ詰め込んであるバッグは、長いもの等があるためかさばり、大荷物の様にも見えるが、そもそも日帰りか、悪くて一日二日の予定だった煉夜は、大荷物を持ってくるつもりはなかった。
「あ、そうなんですね。まあ、季節的にも学生なら春休みでしょうし、一人旅?」
2人以上居るようには見えないので、そうであるのだが、実際、どこかで友人と待ち合わせしている可能性なども有るので、檀はそう問いかける。
「ええ、まあ。旅行と言ってもおつかいのようなものでしたし。友人もあまりいないので、最近は複数人で旅をすることも無くなりました」
最近は、というのは、昔はよくやっていたということであるが、この昔というのは、むろん、雷司達と、ではなく、向こうでの話である。基本的に、魔女の眷属として、そして賞金首として、追われる身になっていた煉夜は、定住することなく、住処を転々としていた。また、仕事で魔獣や超獣を相手にするときも遠出で、ある意味旅行のようなことをしていた。そう言った意味で、向こうではよく旅をしていたと言える。
「そっか……。わたしも昔はよく旅行だ、買い物だ、と友達と一緒にいろんなところに行ったんですよ。懐かしいなぁ……」
最後のは、完全に独り言のようなつぶやきだった。彼女もまた、最近は、忙しくなって、旅行や買い物もろくにしていなかった。
「……感傷に浸っている場合じゃありませんよね。行きましょうか。少し遠いですから、できれば乗り物を使いたいところなんですが」
彼女の言葉からも分かる通り、公共交通機関を使用することは避けたい。それは煉夜も理解していた。
「人間の認識外に入り込む術を持っている相手に対しては、人ごみも意味が有りません。むしろ、こちらが避けられなくなるだけです。電車やバス、車と言った急に降りられない場所に自ら入り込むのは悪手でしょうね」
相手は、一般人に見えないのだ。ならば、人前での殺人などをためらうはずがない。むしろ、一般人を巻き込まないように、かつ、一般人で動きが阻害される中で動くという不利な状況に追い込まれる状況は避けたい。
特に、電車は駅、バスはバス停でしか扉が開いて、降りるという行為ができない。とっさに窓から逃げるというのも難しい。
「時間がかかるということは、襲撃させるチャンスをそれだけ増やすということでもありますが、そこはどちらの方が、リスクが大きいか、です。この場合は、相手の性質状、こちらの自由を奪われるということの方が危険でしょう」
ある意味、あの程度の相手なら、いくら束になってきても、フィンガースナップのみで倒せるだろう。しかし、人前かつ一般人を巻き込む可能性のある場所では、自由に使うこともできない。ならば、危険な2回の襲撃よりも楽な5回の襲撃を選ぶというものだ。
「では、行きましょうか」
檀の言葉に、煉夜は頷く。索敵を怠らず、周囲を警戒しすぎないように、彼らは大森家へと向かうのだった。
警戒しすぎない、というのも、護衛の基本である。四六時中、常に警戒し続けると精神力の消耗が激しい。その隙を突かれたならたまったものではない。だから、気を抜くときと身を入れるときを意識するのは当然だった。
檀の言葉の通り、大森家までは、それなりに距離があるようだった。煉夜が居た中空宮堂が、神奈川県を東西に分けたときの東側の中央くらいに位置していたとすると、大森家は西側の中心付近だった。
(それにしても「雪白」か……。あの【日舞】の雪白じゃないよね?大森って名前を聞いても分かっていないみたいだったし)
檀は、煉夜に護衛されながら、そんなことを考えていた。大森檀。この神奈川県の西部を支配する大森家の人間である。それゆえに、多少は陰陽師にも精通しているのだが、流石にどの家にどのような人物がいるという司中八家の詳しい内情までは知らなかった。
(ヤヨママなら煉夜君がどういう人なのかも分かるのかな?)
檀にとって、重要なのは、自身が敵対している側と煉夜が通じる可能性であった。出会いは偶然か否か、彼が味方か否か、それは、檀が置かれている状況なら、考えて当然のことだった。むしろ、この状況で、全面的に煉夜を信じるほどに楽天的ならば、既に捕まるなり殺されるなりした後だろう。
「だいぶ日が傾いてきました。夜になると、目が利きにくくなります。できれば、夜までには目的地に着きたいものですが」
煉夜の言葉で、思考を一旦止め、檀は、周りを見る。確かに煉夜の言う通り、日は、ビルや建物向こう、水平線の下へと沈もうとしていた。夜になれば死角も増える。煉夜は夜目も利くが、檀はとてもではないが、闇に潜む彼らを躱すことはできないだろう。
「そうですね。このままだと、家に着く前に夜になってしまいそうですし、急ぎましょう。それに、わたしの家の周りは森です。不確かな足元で夜に歩くには少々難しいですから」
檀ですら木の根に躓くことも多い。もっとも、煉夜は、その不確かな足元というのに慣れているが、進んで歩きたいということはない。
「森、ですか……。本来、自分にとって優位となる地が、相手にとって優位というのは、また、よろしくない状況ですが……」
本来、地元、自分の家、というのは、地の利があるうえ、その特性を把握できているし、味方も多いはずなので、自分に優位であるはずなのだ。しかし、何分、この場合は、相手が忍者らしき者であることは確かなので、相手の方が優位となってしまう。
「拠点を移せたらいいんですが、そうするわけにもいきませんので」
そんな風に話しながら、煉夜と檀は、大森家への道を急ぐ。




