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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
相神動乱編
151/370

151話:プロローグ

 3月末、少し長引いた3学期も終わり、春休みに入った雪白煉夜は、木連の命を受け、京都を出ていた。いわばおつかいのようなものだったが、別に断る理由はなく、煉夜は忠実に依頼をこなそうとしていた。


 神奈川県にある陰陽師のための施設、中空宮堂(ちゅうくうぐうどう)。中空宮堂は、神奈川県某所の地下にある。簡単に説明するならば陰陽師のためのショッピングセンターとでもいえば分かりやすいだろう。なぜ、神奈川県という立地なのか、それにもきちんと理由がある。


 神奈川県の東部はテリトリー的に、日本の陰陽師たちにとっては中立だから、である。


 日本という国は、北は北海道独自文化より生じたものから明治に入り従来の日本が入り込み混ざったもの、青森の恐山、青森岩手秋田の吸血鬼、千葉のチーム三鷹丘、長野の雷隠神社、京都の司中八家……とほとんどの地域に一定の陰陽師、もしくはそれに類するもののテリトリーが存在している。

 無論、この神奈川県にもそれはあった。大森(おおもり)家。神奈川県西部を中心に栄える一族であり、神奈川県東部はテリトリー外になっている。かつて関東全域まで広がっていたテリトリーこそないが、その強さは有名である。その隣にありながら中空宮堂が中立でいられるのは、大森家の理解と、横浜を中心とした外国人街という日本街領域によるものだろう。


 そして、その中空宮堂に行くにあたり、煉夜に監視の式は付いていない。中立地に監視という名目があったとしても聞き耳を立てられる式を飛ばすのはマナー違反だからである。


 煉夜は中空宮堂に地図を頼りにしてたどり着く。やや曖昧に描かれた地図は、万が一、落とし、一般人が拾っても中空宮堂へ行くことが無いようにするための配慮である。普通は煉夜の持つ地図だけではたどり着けず、最寄り駅にいる案内人の指示と合わせて使う。


 しかし、煉夜は、向こうでの不完全な地図による目的地への行き方に慣れていた。そうして中空宮堂にたどり着いた煉夜は、木連の指示した人物を探していた。木連の言う人物はあまりにも特徴的過ぎて、すぐに見つかった。


 灰野(はいの)鳥尾(とりお)。目に刀傷がある、と木連が言っていた通りに、両目に刀傷があった。煉夜はてっきり隻眼だろうと思っていたため少し面を食らって、別人かとも考えたが、体格や見た目などの他の情報が一致していたので間違いないだろう。


「すまない、灰野鳥尾で相違ないか?」


 煉夜は敬語などなく話しかける。木連の指示だ。鳥尾も不躾な言葉を気にした様子はなく、煉夜の方を向く。


「ああ、儂が灰野鳥尾だ。お前さんは?」


 問いかけに名乗らないわけにもいかず、煉夜は、「雪白煉夜だ。雪白木連の代理で来た」と簡潔に返す。

 その言葉に、鳥尾は驚いたように大きく目を見開いた。それは煉夜の名乗りに驚いた、というわけではなかった。


(む……、この小童、なるほど、木連が儂に頼むわけだ)


 鳥尾は木連からあらかじめ頼み事を聞いていた。それは煉夜のおつかい……などではなく、煉夜のことを調べて欲しいというものだった。

 鳥尾は目を失って久しいが、その代償に人のことを調べる目……心眼を得た。しかし、その心眼を持ってしても、煉夜の全容は欠片も見ることはできない。だが、対策が無いわけではなかった。


「すまんが、木連の依頼の品は、先客が駄々をこねたせいで、まだ手を付けていられなくてな。あと、一週間ほど待ってほしい。木連には儂が伝えておこう。滞在費も儂が負担する」


 この場合、待つ待たないを判断するのは煉夜ではなく、木連である。しかし、煉夜は鳥尾の言い方から、木連が「待つ」を選択するように確信していた。木連と鳥尾は親しいのだろうと思いながら頷き、その場を後にする。





 一方、鳥尾は、煉夜が去っていくのを見送りながら、完全に遠のくまで、若干の緊張感を持っていた。手と膝の震えを実感したのは、煉夜が去って10分以上経過してからのことだった。震えが落ち着くのを待ち、木連へと電話をかける。数コールの後に、電話がとられる。


「はい、雪白です」


 電話に出た女性の声。その知った声に、鳥尾は、先ほどまでの緊張感から解き放たれるような気分で、笑いながら電話の向こうへと話しかける。


「おう、美夏ちゃん。儂だ。灰野鳥尾だ」


 鋈美夏こと雪白美夏。木連の妻である。鳥尾と美夏も知人であった、といっても親しいというほどでもない。美夏にとっては夫の友人程度の認識で、鳥尾にとっても友人の妻程度の認識である。


「あら、灰野さん。夫に代わりますね。少々お待ちください」


 しばし、軽やかな音楽が電話口に鳴り響く。鳥尾は、耳を当てたまま、木連が出るのを待つ。数十秒ほどだろうか、一分もかからないうちに、軽やかな音楽はブツンと途切れた。


「おう、鳥尾か。どうだった?」


 悪戯っ子のような言い方で、木連が電話口に問う。それに対して、呆れた様な言い方で、鳥尾は言葉を返す。


「どうもこうもあるか……。なんだ、あの化け物は」


 具体的なことが何もわからない、全てがブラックボックスのような存在、それを鳥尾は化け物と称した。もっとも、全てが分かっても、その評価は変わらなかっただろうが。


「見えたのか、中が?」


 化け物、という呼称に、木連は、自分が調べても分からなかった何かが分かったのかと問いかけるが、鳥尾は、嘆息する。


「いいや、見えない。今までに、見えない人間は何回かであったが、今回はおかしいくらいに見えなかった」


 鳥尾は、こうした依頼とは別に、時折、中空宮堂に訪れる人間を心眼で見ることがある。その中には、見えない人間というのも極稀に居るが、全てが見えないわけではなかった。幾分隙があるのだ。しかし、煉夜にはそれが無い。


「お前の目でも見通せないか……。我が家は、一体、何を生んだというのだろうな」


 木連は、無意識にそう呟いた。弟の言葉、数々の行動、それがもたらした結果、それらから、木連は、煉夜が水姫をも越えるであろうことは薄々感じていた。本家より優れた分家が生まれることは、間々あることである。しかし、それでも、煉夜は異質であった。


「まだ、試してみたいことが有る。一週間ほどで準備が整うから待ってくれ。小童には、こちらで一週間待つように既に伝えた」


 そもそも、見抜くことが木連からの依頼である。その期限などは設けられていなかった以上、木連は一週間待ってほしいと言われたら頷くだろう。


「分かった。そこは、幸いと言っていいのか、煉夜は分家だからな。うちの水姫ほど仕事を抱えているわけではない」


 水姫が当主になってからならまだしも、いまだ当主は木連である以上、煉夜にはあまり仕事が回ってくることはない。なので、一週間という穴が響く影響もほとんどないと言ってよかった。


「では、さっそく準備に取り掛かる。場合によっては延びる可能性もあるが、そうなったらその時、また連絡しよう」


 そうして、電話を終えた鳥尾は、もくもくと一週間後へ向けて準備を始める。








 一方、煉夜はと言えば、中空宮堂を出て、しばし、街を歩いていた。雑多な街並み、決して人通りが多いとは言えない道々。これがもう少し都心よりならば違うのだろうが、閑静な住宅街が近いと、車数は多いものの、歩行者は多いとは言えなかった。


 当てが有るわけではないので、適当に歩くというだけのことだが、観光地周辺でもなければ、目新しさを感じることもなかった。


 ざっと、歩いた結果、煉夜は、宿取りも考えて横浜まで出ることを決意する。この辺で済ますことができるのなら、この辺のホテルをとって一週間なりなんなりを籠って過ごす気はあったのだが、どうにもこの閑静な住宅街でホテルらしいホテルもない地域柄を考えると、宿が取れそうにはない。


 そうなれば、いっそ、横浜まで出れば、ホテルも多く、また、やることもそれなりに見つかるだろう、と考えるのは当然だろう。


 そう思い、近くの駅まで歩こうとした、その時だった。曲がり角を、後ろを振り返るように確認しながら曲がってくる女性と出会ったのは。煉夜のことを全く認識していない彼女は、そのまま煉夜に突っ込んでくる。


 あらかじめ女性の気配を察知していた煉夜は、避けることができたものの、女性が転びそうな勢い、転がり込むように角を曲がってきたので、煉夜が避ければ転ぶのは間違いないと判断し、受け止めるようにぶつかる。


 実際、彼女は、転ぶしかないと思いながらも、前方に敵影を感じ、慌てて曲がったので、煉夜が受け止めなかったら転んでいたのは間違いない。


「きゃっ!」


 その声をあげたのは、予想と異なったからである。転んでいたのなら、声もあげずに、すぐさま立ち上がっていただろう。予想とは別の衝撃に、彼女は思わず声を漏らした。


「っと、……大丈夫ですか?」


 一方、受け止めた煉夜は、その知覚域に、彼女を追うように、追い込むように、襲うように囲っていた3人の気配を感じて、警戒を強めていた。


「あ、はい……って、いけない!じゃ、じゃあ、受け止めてくれて、ありがとうございました。わたしはこれで!」


 これが、ぶつかったのが煉夜ではなく、一般人ならば、「そんなに急いでいるのか」程度済むのだろうが、煉夜は一般人ではない。

 走り出す彼女を追うように、通常の認識外にその身を置いたまま駆け抜けようとする3人の気配を感じ取れていた。


 煉夜は女性の方を振り返りざまに、フィンガースナップを鳴らす。


――パチン


 と。閑静な住宅街に響く、女性の靴音にかき消されるほど、ささやかな音で鳴ったそれは、音の大きさに反して、大きな結果をもたらした。


 迸るように走る稲光が、不可視なはずの3人へと吸い込まれるように直撃する。そして、爆ぜる雷撃。無論、この段階で、どちらが善で、悪で、などということが煉夜に分かるはずもないので、死なない程度に加減した。


「それにしても……結局、どこに行っても厄介事か。つくづく好かれているな、俺ってやつは……」


 半ば、あきらめにも似た気持ちで、ため息をそっと吐き出した。

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