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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
偶像恋愛編
148/370

148話:美少女霊能探偵九十九其ノ拾・悪魔古書の怪談

 魔本。魔導書ではなく、魔本。魔書と言い換えてもいいかもしれない。魔導書とは、魔法を導く書物であり、魔本とは悪魔の本である。その二つは根本的に違うものであると言えた。しかし、それらを明確に区別して使用しているか、といえば、少々異なる。


 魔導書や魔術書の類、いわゆるグリモワールと呼ばれる本であるが、それらの中には、悪魔の研究書なども含まれる。そうなると魔導書の中に魔本や魔書が含まれることがあるのだ。そうなると、偏に、魔本と言っても、それがどういったものなのかが分かることは少ない。


 もっとも、多くの一般的なグリモワールは写本であり、その原典は「最古の術師」なる組織が保管しているのだが。


 そもそも、魔導書には悪魔が密接に絡んでいる。魔導書には大別して二種類存在する。魔術の指南・やり方を示すものと魔術の結果を記すものである。


 主に前者に多いのが悪魔を呼ぶものである。悪魔は知恵を持つ存在として書かれることが多い。知恵の代償に魂を要求されるというパターンはよく見るものである。そのために、魔術の行使には、前提として悪魔を召喚するというケースや悪魔を召喚することを目的にするなどがある。


 悪魔の召喚において、多いのが陣と呪文、それに生贄だろうか。この場合の陣とは、一般的な魔法陣に近しいものであるが、その実、魔法陣とは異なる。魔法陣というのはいわば魔法を発動するための媒体であり、流派、国柄、時代によっても異なるが、その多くが、魔法発動までの道のりを示すものである。それに魔力を通すことで魔法という形になって現れるというわけである。

 しかし、悪魔の陣というのは、いわば紋章、エンブレムである。爵位を持つ悪魔がそれぞれ持つ紋章と血、呪文により呼び出すのだ。


 この場合、紋章というのが悪魔の「名」を表す。悪魔は名前を呼ばれることで存在を確立すると記したが、この場合は、紋章が名を表しているので、紋章を描かれた時点で、その悪魔の存在が確立するわけである。また、贄や血、魂というものを捧げるという行為は、自身が悪魔より下であることを自覚しているわけであり、その時点で、契約において、悪魔の地位が高く、契約者の地位が低くなるのだ。

 魔本は、その召喚等とは異なる。魔本は悪魔そのものを本という形でとどめているのだ。これは召喚されたわけではなく、この状態から憑りついたものが「禍憑き」と呼ばれるものになるし、本という形であれば魔本になる。


 つまるところ、魔本とは悪魔そのものである場合が多い。しかし、本という形をとっている以上、その本の題、悪魔の名前を呼ばれなくては何もできないのだ。正確には本当に何もできないわけではないが。






 その魔本を持って、ホテルの部屋に戻ってきた九十九と真鈴(煉夜ボディ)は、部屋に備え付けられていたテーブルの上に、魔本を置いて、一息ついた。


「さて、と。じゃあ、とっとと除霊……と言っていいのかな?まあ、悪魔祓いをしちゃいましょう」


 悪魔を祓うことを除霊と称していいのか、という疑問はあるが、日本において、悪魔に類するのは鬼であろう。鬼を祓うことを「鬼退治」というため、除霊ではなく「鬼退治」がこの場合適しているのかもしれない。


「それはいいですけど、本のタイトルも全く分からない言語ですよ。どうするんですか?」


 真鈴の指摘に、九十九は笑う。実を言えば、九十九は、この本のタイトルを知っている。しかし読んだわけではない。読めるはずもない。この世界には存在していない言語で記されているからだ。


 では、何故分かるのか、それは、サルティバの恩恵によるものだった。魔本の名前と正体である悪魔、その他の説明を、九十九は見ただけで分かっていた。


「大丈夫よ。この本のタイトルは、私が知ってるから。それよりも真鈴、少し離れていなさい。本当は、部屋の外に出てもらった方がいいんでしょうけど、それもそれで心配だからね」


 九十九の言葉に従って、真鈴は、少し離れた位置まで下がる。そうして、準備が整ったとして、九十九は、その魔本の名前を呼ぶ。


「フェルイビーズ」


 その名前を読んだ瞬間、本が霞の様に消えて、おどろおどろしい瘴気のようなものと共に、猫と蛇と魚をまぜこぜにしたような奇怪な動物が現れた。


「おう、ようやっとか。誰も呼びやがらねぇから干からびちまうかと思ったぜ」


 フェルイビーズと呼ばれた悪魔は、そんな風に笑った。それに対して九十九は、笑いのない顔で言う。


「そうですか。では、とっとと消えてください」


 辛辣な言葉に、フェルイビーズは、ぎょっとした表情をする。呼び出しておいて、そのような言い方はないだろう。


「おいおいおい、そりゃねぇだろうぜ。せめて、なんか要望でも言ってくれや」


 悪魔は、願いを対価に、魂を貰い生きているのだ。願いの一つや二つ、呼ばれたからには叶えたいと思うのは当然である。


「嫌よ。とっとと消えてくれれば攻撃しないから」


 消えなさい、という前に、フェルイビーズが有る場所を見ていた。真鈴の方である。その様子のおかしさに、九十九が問いかけようとした、その瞬間、


「……なんで、こんなところに、獣狩りのレンヤがいやがる!」


 真鈴(煉夜ボディ)を見て、そんな風に言ったのだった。「獣狩りのレンヤ」というフレーズ。それが煉夜を指すことなのは分かった。正月にも、一度だけその名を耳にしていたが、流石にそこまで記憶に残ってはいない。


「煉夜君の知り合いなの?」


 九十九の問いかけに、フェルイビーズは苦笑いを浮かべた。知り合いとは言いたくない、というような顏だった。


「ふん、その辺は、獣狩り当人から聞いたらどうだ。あいにく、こっちとら、あんな化け物と知り合いとは言いたくないがね」


 その当人はこの場にいなかった。それゆえに聞くことができない。そして、この状況、九十九は、煉夜の知られざる過去を知る千載一遇のチャンスだと思った。もしかしたら、煉夜がはぐらかしている、自身の祖父と関係も分かる可能性もあった。無論、煉夜自身は、はぐらかして等いないのだが、九十九はそう取っていた。


「その煉夜君なら、ここに居ないわよ。あれは身体だけ」


 フェルイビーズは「何っ!」と声をあげた。そして、真鈴のことをジッと見る。真鈴は見られている視線から顔を逸らす。


「なるほど、本人じゃねぇってのは本当のようだな。しかし、あれだ、灰猛魂猿(スティグノブ)なんつー奴の能力を持つ人間なんてのがいるたぁなぁ……」


 そんなことを言いながら、九十九と真鈴を見る。若干、ニヤついたような表情でフェルイビーズが言う。


「奴も奴で、いろいろあるんだろな……、それで、獣狩りの奴の知り合いってんだったら、魂を取るような真似して消し炭にされたくないから、無償で叶えてやるよ」


 流石に、煉夜の恐怖を知っているらしきフェルイビーズは、その煉夜の知人から魂を奪うようなことはしない。


「ふぅん、じゃあ、私の聞きたいことに答えてくれる?」


 九十九の言葉に、フェルイビーズは怪訝そうに顔をしかめた。


「聞きたいことだ?別に構いやしねぇが、つまんねぇ女だな」


 フェルイビーズの言葉に、若干イラつきつつも動物の戯言だと思い聞き流す。そして、聞きたいことをぶつけるのだった。


「一休という名前に、心当たりはあるかしら?」


 稲荷一休。自身の祖父。煉夜が知人だという一休との関係、それを解明したかった。だからこそ、可能性があるフェルイビーズに聞いてみたのだ。


「イッキュウ……?ああ、一休仙人のことか?それこそ、奴に聞けや。獣狩りは一時期、あいつに修行を受けてたらしいじゃねぇか」


 一休仙人、そう言った。それが稲荷一休と同一人物かどうかは分からないが、少なくとも一休という名前の人物と煉夜が知人であったことは分かった。


「そう、一休仙人ねぇ……。山奥にでも住んでいるのかしら」


 仙人、山奥、この2つの情報は、煉夜から聞いていた情報だ。仙人が事実だというのなら、山奥も事実なのか、という確認の意味を込めている。


「んあ?そりゃ、まあ。おかしかねぇだろ。仙術を広めた仙人の癖して、人前に出てきやがらねぇらしいからな。まあ、悪魔にゃ関係ないけど」


 つまるところ、煉夜が正月に言っていた、稲荷一休とどこで知り合ったのか、という問いかけに対する答えは、嘘ではなかったということになる。誤魔化しではなく、本当のこと。


「さて、と。じゃあ、約束通り、消え去るわ」


 フェルイビーズは、言葉と同時に消え去った。九十九は、まだ問いかけたいこともあったのだが、止める間もなく消えたので、何も言えなかった。


「山奥、ねぇ……。結局、『どこ』の山奥なのかが分からなかったけど、少なくとも、煉夜君が言ってたことが本当なら……」


 本当だとするなら、引っかかる点がある。それは煉夜の発言を全て真実とした場合、「あれは、山奥でのことだな。仙術を広めた仙人が居るって噂を聞いて、ちょいと知り合いと会いに行ったんだよ。そこにいたのが一休って呼ばれてる仙人みたいな爺さんでな。かれこれ数百年生きてるとかなんとか」という言葉が本当ならば、……


(数百年生きているっていうのが本当なら、今も生きているってこと?)


 死んだとされてからかなり時間が経っているが、煉夜、そしてフェルイビーズという証人がいる以上、生きている可能性は多分にある。


「先輩、あの……今の悪魔、もういなくなったってことで大丈夫なんでしょうか?」


 真鈴の言葉で我に返った九十九は、ニコリと我って、真鈴に言葉を返す。


「ええ、もう大丈夫のはずよ。それじゃあ、少し休んだら、また、観光にでも行きましょうか」





 この物語を怪談とするならば、何と名付けられるだろう。「長寿仙人の怪談」だろうか。怪談、怪しい話を談ずること。怖さや怪しさを感じさせるという意味において、怪しいと言う意味ならば、死んだ祖父が生きているのも十分に怪しいのではないだろうか。もっとも、怖くはない。嬉しい、もしくは不思議な話である。

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