147話:美少女霊能探偵九十九其ノ玖・怪奇古書の怪談
せっかくの東京ということとで、九十九と真鈴は観光気分だった。まず、どこを観光するか、という話である。
そもそも、東京都において、観光名所と呼ばれる場所はいくつかあるが、その全て見て回るのは難しいだろう。そうなったときに、何を見るのか決めるのがいいだろうが、年頃の真鈴などは、ファッション、化粧品、オシャレの地として新宿や原宿などを挙げるだろう。一方、九十九は、歴史文化の話から、浅草寺や泉岳寺をあげるだろう。
このあたりは、九十九の感性が一般とずれているのがよくわかるだろう。しかし、司中八家の人間として相応の化粧などは礼儀として覚えるが、年相応のおしゃれや化粧などの分野には手を出していない。それは、九十九の人間性というのもあるが、司中八家の仕事が忙しすぎて、高校生らしいことをできないというのが原因でもある。そのうえ、高校生らしいことをできる時期のほとんどを真鈴探しに費やしたことも一因だろう。
そうして、2人の意見が対立した結果、この周辺で観光しようという結論に至った。そもそも、真鈴が煉夜の身体を使っているが、トイレ等で真鈴が男子トイレを使うということもできず、男子トイレでは九十九もサポートできないのは明白だった。そう言うことを考えると、ホテルからそう遠くに行かない方がいいという結論になったのだ。
煉夜と落ち合ったホテルは、御茶ノ水近辺にある。そうなると、御茶ノ水近辺での観光となる。
御茶ノ水近辺での観光地と言えば、まず神田明神だろう。それに、神保町の古書街、秋葉原の電気街、……いろいろあるが、無難な神保町の古書街を選んだ。
神田明神は、正確には神田神社であり、九十九の家である稲荷家とは信仰する神が違うため、領分というものだろう、九十九はあまり積極的に近づけないのだ。無論、許可や依頼があれば立ち寄るが、そうでもない限り、余計な諍いの種でしかない。
秋葉原の電気街も、ゲームセンターなどが多いので時間を潰すという意味では、良いのかもしれないが、観光するという観点では、電気系やオタク文化に疎い二人が行ったところで楽しむのは難しいだろう。
そうなると無難に古書街となるのだ。少し電車を使えば、両国国技館であったり、墨田区のスカイツリーであったり、観光名所に行くのは難しくないが、九十九は両国国技館派、真鈴はスカイツリー派でまたも分裂した。
その点、古書街なら、無難に見て回ることができるということだ。無論、真鈴はそんなに読書をする方ではないし、九十九も読書はするが乱読家ではないため、読みたい本が的確にある場所ばかりに行ってしまう。どちらもが行きたい場所ではないが、これもまた観光の一環というものだろうか。
ホテルから歩いてほどなく、古書街は見て取れた。休日の昼過ぎという頃合いもあり、それなりに人でにぎわっている。
そんな中、上手く体のバランスが取れず、動きづらそうな青年とそれを支えるように寄り添う女性がいた。
「ちょっと、大丈夫?」
女性は無論、稲荷九十九であり、青年は無論、雪白煉夜の身体に入った白原真鈴である。煉夜は少しして体のバランスに慣れたが、真鈴がそんな器用な真似をできるはずもない。こうして考えてみても、近場にして正解だったのかもしれない。
「ええ、まあ、何とか大丈夫です」
煉夜の顔、煉夜の声で、敬語の口調が飛び出し、九十九の顔は若干、何ともいえない顏になった。
「その顔で、絶対『あたし』とか言わないでね?敬語までだったら何とか我慢するけど」
煉夜の外見で女口調だったら、九十九は殴ってでも黙らせると言っても過言ではないほどの気分だった。
「そんなにですか?まあ、いいですけど」
元々九十九に文句を言う気などさらさらないが、今はバランスが取れない方に気が入っていて、口調云々に文句をつけるような余裕はなかった。
そんな二人が歩いている古書街の一角に、少し大きな古書店があった。それほど広い、という大きさではないが、目立つからか、それとも本当に大きいのか、大きな古書店、という印象を抱いてしまう。
それはなんとなくであった。目についたからか、それとも、何か感じ取るものがあったのかは分からないが、二人は、吸い寄せられるようにそこに入って行った。
「へぇ……」
真鈴は、本棚を見ながら、そんな風に声を漏らす。日に焼けたり、色があせたり、その本たちから時代を感じるのは容易なことだった。誰が見ても、一目で真新しい本ではないと断言できる本の数々。中には新しそうな文庫なども見受けられるが、文学、辞書、専門書など、如何にもな古書の方が多かった。
別段、書に興味の無い真鈴ですら、思わず、背表紙をずらっと眺めてしまうほどには興味を惹かれる。そして、一緒に店内に入ったはずの九十九の反応がないので、そちらを見ると、九十九は、一冊の本をジッと見つめていた。
表紙はボロボロで題が掠れ、見えなくなっているような本だった。中身も何語で書いてあるか分からないが、少なくとも日本語ではない。
「嬢ちゃん、そこは100円セールの本とはいえ、それはよくわからんから買わんほうがいいぞ」
と、野太い男の声。どうやら、この店の店主のようだった。古書店の店主が客に「買わない方がいい」と勧めるのは如何な物なのだろうか。
「この本は、どのような経緯でこの店に?」
だが、九十九は、その店主にそのまま問いかけた。いまどきの高校生から大学生に見える女性からは外れた九十九の言動に面を食らいながらも答える。
「ああ、ずっと置いてあるよ。少なくともじいさま……俺んじいさんの代にあったんじゃねぇかな?俺が嬢ちゃんよりも小さい頃から店にあったから。なんせ読めやしねぇし、よくわからん本で、どういったもんかも分からんからな。ずっとセールんカゴん中だよ」
その言葉を聞きながら、九十九は、しばし考えるようなそぶりをして、店主に言う。
「買います。100円でしたよね?」
そう言って財布から小銭を取り出す九十九。値打ちがあるようには見えない本であるが、こうも買うと言われては、店主もこの本に何かあるのではないか、とそんなことを邪推せずにはいられなかった。
「そりゃ、いいが、この本が何だってんだ?」
売り物として、100円セールの籠に入れている以上、買うというのなら、その値段で売るが、その本に価値があるというのなら、どのような価値があるのか聞いておきたかったのだ。
「いえ、この本を読める人は……まあ、一人ほど心当たりが有りますが、普通は読めないものですので、調べてもおそらく学術的価値すらつかないと思いますよ」
その心当たりというのはもちろんのことながら煉夜である。煉夜ならば、どのような言語でも、それが意図して書かれたものならば読み解けるであろう。その事実を知らずとも、九十九はそうなのではないかという予感があった。
「価値が無いってんなら、何だって買おうってんだい?」
それは当然の疑問であった。0円の物を100円で買おうとしているのだから、聞きたくもなるだろう。
「興味があるんですよ。それだけのことです」
にっこりと、誰もが見とれてしまうような笑みで、九十九はそう言った。そのまま、100円に税を加えた額を払い、九十九は店を出た。真鈴は、慌ててそれを追うように出るのだった。
この一連の行動をおかしいと思わないわけがない。少なくとも、真鈴の眼にはおかしいと映った。
「先輩、何があったんですか?
その本、一体何が有るんです?」
九十九の奇行の原因が、本にあることは明白だった。しかし、素人の真鈴には、ただの本にしか見えない。否、普通の陰陽師にもそれが本であること以外は分からないだろう。煉夜や小柴のような特異な人間ならともかく、である。
「これは魔本だよ。悪魔の本。陰陽師風に言うならば、鬼を封じた書物、巻物かな。本来は、こんなものが人の手に届く場所にあるはずがないんだけど、今回は特殊なようだね。それにしても、フェ……いえ、この類は、名前を呼ぶことに意味がありそうだから、こんな場所で読み上げるのはまずいかな?」
悪魔は、名前を呼ばれることで存在が確定するために、名を嫌うこともあるが、存在が確定するということは、契約等にも影響を与える。魔書や魔本において、名前の読み上げというのは、その契約に持ち込む一瞬のトリガーであることが多い。
「まあ、この手の本の処分の仕方なんて簡単だよ。焚書です焚書」
焚書とは本を焼き捨てることである。魔力が込められていようと、本は本である。焼いてしまえばただの炭と塵。これほど簡単な処分も他にないだろう。
「でもいいんですか、焼くなんて。何か呪われそうじゃないですか」
真鈴には魔本や魔書の概念は分からない。しかし、悪魔の宿っている本を焼き捨てるなど、何か呪われるのではないかと思うのも当然であった。
「うん、その可能性も十分にあるし、それにこんなところで焼けるはずもないから、焚書にはしないけどね」
何かを燃やすというのは、相応の場所でやらなくてはいけない。ましてや、この都会の中心でそんなことができるはずもなかった。庭先で、などならともかく、このあたりに九十九の私有地が有るわけでもない。しかし、ゴミ箱に入れて、無事に焼却処分されるかも確信できず、また、呪いがそこで発生しても、九十九が即座に対処しに行けるわけでもない。この現状で、焚書するなどというリスキーなことを九十九が選ぶはずがなかった。
「じゃあ、どうするんですか?」
その問いかけに、九十九は、
「とりあえずホテルに戻ろうか。話はそれからだね」
と、ホテルへの道を歩き出すのだった。真鈴は、小首を傾げながら、それについていくことを選んだ。
学校の七不思議、ではないが、これまた奇妙な怪談であり、つくづくそう言うものに巻き込まれるものだ、と真鈴はそんなことを考えていた。差し当たって名付けるなら「怪奇古書の怪談」か「悪魔古書の怪談」であろうか、と。




