145話:真田家の事情・其ノ弐
あと一時間で日付も変わるというくらいの頃、彼女は、3月頭に迫った卒業式の後の「卒業を祝う会」の相談のために泊まる予定となっていた家で、布団を敷く手伝いをしていた。明日は土曜日であることから、存分に話し合うことができる、いわばパジャマパーティーのような気分だった。
実を言えば、こうして泊まるのは二度目のことであるが、一度目の時は、いろいろありすぎて、満喫できたわけがなかった。
そんな折、彼女のスマートフォンに見たことが無い電話番号からの着信があった。相手も携帯電話なのだろう、と思しき番号に、眉根を寄せながら、電話に出る。
「はい、もしもし、どちら様でしょうか?」
相手が分からないこともあり、恐る恐ると言った感じで問いかける。その様子を先輩と友人は怪訝そうに見ていた。
「あ、真鈴か、俺だ。煉夜だ。こんな夜遅くに悪いな」
白原真鈴。正月に起こった事件で、ようやく人間に戻ることの出来た、元こけし少女である。当然、この場にいる先輩とは稲荷九十九のことであり、友人とは居長孝佳だ。
「え、なんでこの番号、知ってるの?」
真鈴は電話番号を教えた覚えがなかった。それゆえに、その理由を問いかけたのだが、煉夜からは、ため息と共に答えが返ってくる。
「その電話で、前に、妹に電話したからな。その時にお前の電話番号も記憶した。流石にメールアドレスやSNSのIDまでは控えてないから、電話でしか連絡できなかったんだよ」
まあ、この場合、いつ見るかも分からないメールやSNSよりも、確実に相手と意思疎通がリアルタイムではかれる電話の方が煉夜にとって好都合であるが。
「いや、たった一日でそこまで覚えてたら、それは狂人の域でしょ。それで、何?」
言葉端から若干不機嫌そうに感じられる真鈴の言葉。それは、当然ながら、「この時間帯に」や「せっかくのパジャマパーティー中に」といった感情に占められるが、一番に大きなところが「なぜ、あたしに」である。
「ああ、すまないが、明日、東京まで来てほしい。できれば朝から昼の内に。無論、金は俺が持つ」
その言葉に、真鈴の頬が一瞬緩んだ。東京、それは日本の首都である。関東圏ならいざ知らず、関西に住まう高校生が気軽に遊びに行ける場所ではない。一度くらいは行ってみたい場所であるのは確かである。が、しかし、
「明日って、急すぎない?」
言葉通りだ。真鈴には、このまま徹夜でパジャマパーティーをして、明日には寝るという重要な予定があるのだった。
「すまん、それは重々承知なんだがな、少々、お前の手を借りたい状況になっていてな。無論、借りは返すのが信条だからな、俺にできる範囲の要求なら好きにしてくれていい」
煉夜のなりふり構っていない様子に、何やらただならぬ物を感じた真鈴は「ぬぅ」と唸った。それを見ていた九十九が、大体の事情を察する。
「真鈴、ちょっと代わって。どうせ煉夜君でしょ?」
真鈴は、頷き、九十九にスマートフォンを渡す。よく自分のやり取りだけで相手まで分かるものだ、と相変わらず謎の多い九十九に尊敬の念を抱きつつ、九十九と煉夜のやり取りを見る。
「もしもし、煉夜君」
「九十九、いたのか……、いや、ちょうどいい。真鈴と明日、東京に来てほしい。諸事情で手を借りたいんだ。無論、礼はする。お前にも、真鈴にも、な」
九十九は、少し考えながら、予定を確認する。そして、電話から少し耳を話し、孝佳の方を見た。
「孝佳は、明日、定期診察だったよね」
蚊帳の外だった孝佳は、頷いた。そして、数秒考えて、九十九は、再び電話を耳に当てる。
「分かった。明日、真鈴を連れて行くよ。それで、どこで落ち合えばいいのかな?来てほしいってことは、既に東京にいるんだよね?」
勝手に行くことを決められた真鈴は、若干、文句言いたげだったが、九十九の決定である上に、行き先は東京である。急であること以外に問題はなかった。
「本当は、孝佳や八千代ちゃんも連れて行きたかったんだけど、孝佳は定期診断だし、八千代ちゃんはお仕事だから」
本来なら、九十九がいつも稲荷家の仕事をしているのだが、明日に限っては、九十九が卒業後、本格的に仕事を継ぐ関係で、いつも九十九がやっていたような簡易な仕事を八千代がやることになる、その訓練のようなものだった。
「そんなに大勢で来られても、できて一泊だぞ。まあ、宿もそれなりの場所を確保しておく。悪いな、本当は、家の関係もあるから大きく頼れないんだが、」
「先に頼ったのは私のほう何だから。それよりも、真鈴の分の費用はともかく、私の分は自腹でいいよ。その分、御礼の方、期待しちゃうけど❤」
若干からかい交じりの口調で笑う九十九。それに対して煉夜は苦笑する。
「あまり変なことはできないからな?」
「あら、『俺にできる範囲の要求なら好きにしてくれていい』んじゃなかったの?」
「さては、ずっと音を拾ってやがったな。それ俺が真鈴に言った言葉じゃねぇか」
そんなやりとりを経て、真鈴と九十九は、翌日、新幹線に乗っていた。真鈴はあまりしない遠出に、昨日の夜更かしも相まって、テンションが高かったものの、京都東京間の新幹線の中では、ついに寝てしまった。3時間半もの間、乗っているので仕方がないことだろう。
リニアモーターカーの出現で1時間15分ほどまで短縮された東京と関西圏だが、価格を考えると、やはり一般的なのは、新幹線であった。
東京都についた二人は、煉夜と落ち合う予定のホテルに向かった。ハナミナプロダクションで落ち合わないのは、監視を考慮してだろう。
そこそこ大きいホテルに、真鈴は恐縮気味だが、九十九は慣れているため、そのまま普通に進んでいく。高校生二人という若干場違いな雰囲気もあるが、それでも、高級ホテルというわけでもないので、つまみ出されるようなことはない。
そのホテルのロビーに煉夜はいた。
ロビーの椅子で足を組んで待つ様が、妙に似合っているのは、外見の年齢と中身の年齢がつり合っていないためか。
「煉夜君、お待たせ」
九十九が声をかけたことで、煉夜がそちらへ顔を向ける。東京の雑多な人波の中でも目立つ九十九は、ホテルでも目を集めていた。
「いや、そこまで待っていない。それにしても悪いな、わざわざ東京まで呼びつける形になって。とりあえず事情を説明するから部屋まで行こう」
煉夜先導の元、ホテルのエレベーターへ向かう二人。一泊だけなので、そんなに荷物は持っていないが、その少なからずある荷物は煉夜が運ぶ。これは世間体やマナー、などではなく、単なる呼びつけた罪悪感からである。
用意された客室は二部屋だった。そのため、鍵は二つある。しかし、ひとまずは、一部屋に集まった。
「とりあえず、こっちの部屋は、俺と九十九の名義の部屋で、隣が真鈴名義の部屋だ」
と、そんな説明をしながら、部屋の入口に真鈴の荷物、室内に九十九の荷物を運んだ。真鈴は荷物の扱いに文句ありげだったが、それよりも、「俺と九十九の名義」という部分に引っかかった。
「なぜに男女の分けではなく、そんな分け方に?」
まあ、普通の旅行であれば、煉夜と九十九が恋人でもない限り、このような分け方にはならないだろうが、これは旅行ではない。
「決まってるだろ、その方が楽だからだ」
煉夜そう言うように、それが一番効率のいい形だった。そもそも、真鈴を呼んだ理由を考えれば明白である。
「そもそも、何で呼ばれたか、ってのは分かってるよな?」
事情の説明は無くとも、真鈴の力を借りたいというのだから、どういった力かは、明白である。それは、九十九と真鈴の共通見解だった。
「体を借りたいってことでしょ?理由は分からないけど」
正月の一件で、こけしから解放された真鈴であるが、その代償として、様々な能力を得た。その中の一つが、煉夜と入れ替わることができる能力である。煉夜が呼び出してまで使いたい能力となると、これしかない、というのが九十九と真鈴の見解だった。
事実、それ以外の能力ならば、真鈴の力を借りずにどうとでもなるものが多い。
「そういうことだ。そうなったら」
という煉夜の説明を遮りながら、九十九が、
「真鈴は煉夜君の身体に入ってるわけだから、私と煉夜君が一緒の部屋の方が、煉夜君の身体に入った真鈴の面倒を見ることができる、ってことだよね」
と、説明をした。概ねその通りである。真鈴の荷物を入口に置いたのは、そのまま煉夜が持っていくためである。
「俺の着替えや荷物は、そのバッグに入ってるから好きに使ってくれ」
そうして、時間が無いので、ベッドに腰を掛け、大まかな事情の説明を始める。郁との出会いから始まる六文銭の奇縁の話を。
説明は、そう時間がかかることではなかった。詳しく1から10まで説明したわけではないので当然だが。
「じゃあ、やるわよ」
そうして、体を入れ替える時である。真鈴は、数度、幻想武装の使い方を教わるという意味で、煉夜に指導を受けていたが、体を入れ替えるのは、初めてとなる。
「――生じよ、[七不思議]」
白い光に包まれて、煉夜と真鈴の身体が入れ替わる。煉夜の顔は監視に見られている上に、男を連れてきたら話にならないというのだから、監視に見られていない女として同行すれば問題ないということだ。
「よし、入れ替わったな。じゃあ、幻想武装は互いのを持っておかないと意味ないし、スマホも自分のの方がいいだろ」
そう言って、自身の幻想武装とスマートフォン、それから真鈴名義の部屋の鍵を取り、煉夜は真鈴のバッグを持って、「じゃあ、行ってくる」と言いながら部屋を後にした。
「う~ん、それにしても考えてなかったけど、この身体で東京見物……できるかな?」
真鈴がそんな風に声を漏らした。
「まあ、そう言うサポートも含めて、私がいるんだけどね」
九十九がそんな風に言う。
「さてと、それじゃあ、どこから回る?私もそんなに東京は詳しいわけじゃないけど、できる限り案内するよ」




