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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
偶像恋愛編
143/370

143話:真田郁改造計画・其ノ肆

 千葉県西部にある、ある程度大きなホール。祝日という日柄も相まってか、満席とまでは言わないものの、かなりの席が埋まっている。もっともこのホールで行われるのは、ハナミナプロダクションのイベントなので、郁目当てというわけではない。それでも、ハナミナプロダクションという小さな事務所のイベントで、これほどの集客が有るのは珍しいことだった。


 特に、今回のイベントでは、主力とも言える「LillyPureCats」が不在ということもあり、注目株は、最近、清楚系として人気を得ている伊達花美くらいである。しかし、今回の場というのは、出演するアイドル達には大きな意味を持っていた。

 最近のアイドル特集というテレビ取材が入っているからだ。ワンカットでも映像が全国放送されれば、それだけでも価値がある。


 そして、ホールの席を埋めている一角には、真田十勇士の姿もあった。しかし、今日の彼らはいつもの彼らとは違っていた。

 真田郁の……みらくるはぁと幸村ちゃんのファンというのは、ファン衣装を着ることが多い。それは刀を模したケミカルライトであったり、六文銭をプリントしたのぼりだったりを持った赤い鎧模様のはっぴだ。


 しかし、ファン筆頭とも言える真田十勇士たちが、今日はその恰好をしていなかった。それは、知っていたからである。


――みらくるはぁと幸村ちゃん、重大発表!


 チラシに打たれた見出しであるが、これだけでは何か分からない。インターネット界隈では、僅かにいるファンたちが、「引退か」、「方向転換か」、「グループを組むか」、「伊達るか」の四対立だった。なお、「伊達る」というのは、伊達花美の過去である伊達政胸のような色物やお色気路線に走るという隠語である。


 そんな中、真田十勇士たちは、スポンサーとなった花見台機械工房の花見台成臣こと、真田十勇士の望月六郎が「今日、方向転換を発表する」と情報を仕入れたため、望月六郎が新しい応援衣装を用意していた。無論、発表前なのでそれを着ていない。真田十勇士の面々は、望月六郎を除いて、まだ、どのような方向転換をしたかは知らないため、ただのファンよりは情報を知っているものの、それ以上を知らないもどかしさに若干悶々としていた。

 なお、そんな中で、望月六郎だけがスーツ姿なのは、方向転換の発表の時に、ついでにスポンサーの件を発表するという場も兼ねているからである。報道陣の前でもないのに、この場で発表する理由としては、ファンに大々的に喧伝する目的であり、この発表の後に、正式に報道陣の前で会見する用意も整っていた。






 そうして迎えるイベント。まず、一部では話題沸騰の司会、北枕(きたまくら)牡丹餅(ぼたもち)が、ステージ袖から現れ、諸注意を読み上げる。


「皆さま、本日は、ハナミナプロダクションプレゼンツ、アイドルパレードにお越しいただき誠にありがとうございます。ご参加上の諸注意として、携帯電話は電源を切るか、マナーモードにして、音が鳴らないようにしてください。また、ケミカルライトやペンライト等は、人に当たらないようにお気を付けください。ステージへの乱入や物の投げ込みなども危険ですのでやらないでください。特に物の投げ込みに関しましては、前ライブでの手裏剣の投擲、煙幕の使用などが行われたので、忍者の方はくれぐれも乱心しないようにお願いします。また、前々回のライブで行われた伊達花美さんに対する『脱げ』コールなどは、警察沙汰になりかねないのでご自粛お願いします」


 淡々と注意事項が述べられていく。しばらく牡丹餅が喋り続けて、その最後に、ようやく、「では、まずはこの人、最近、人気急上昇中のアイドル、伊達花美ィ!」と呼びかけて牡丹餅がはけると同時に幕が上がる。


 軽快な音と共に、しずしずと花火が現れる。清楚系アイドルと呼ばれている故か、セーラー服を身にまとっていた。黒く染めた髪は、おさげで結われて、雰囲気は清楚系そのものだ。もっとも、セーラー服すら突き上げている主張の激しい胸を除けば、の話であるが。


「みなさん、お久しぶりです。伊達花美です。まずは、この曲、『窓辺、校舎の外』から」


 おおよそ、軽快な曲調とは合わない曲名が話題になっていた花火の新曲である。教室の窓から見える外にいる先輩への恋を綴った詞と軽快な曲調のアンバランスさが花火らしいと言われている。

 そのほか、バスケットボールの部活の様子を見ているマネージャー視点の詞と熱いリズムが特徴的な「晴れやかブザービート」、入学から卒業までを描く詞と変則的な曲調が特徴の「桜の入学式、涙の卒業式」など、伊達花美名義の曲は学生関係が多かった。


 一部では根強いファンのいる「爆裂、入魂、独・GUN・竜!」という伊達政胸時代の曲もあるが、今回は歌うことはなかった。


 そこで一度引っ込む花火。一応、売り込み上、メインと言っていい花火は、最初とトリに出番がある。新曲や人気曲を最初に歌い、トリでいわゆる定番曲を歌うのが、このステージの花火の出番である。

 花火が引っ込んで、ここからは、牡丹餅の進行なく、曲に合わせてアイドルが登場していく流れになる。無論、有名ではないアイドル達のため、名乗り上げがある。花火が最初に名乗っているのもその一環である。


 次のアイドルは、まだデビューしたての新人である夜匣(やぎょう)棺哭(かんな)。いわゆる中二系アイドルである彼女は、ゴシックロリータ調の衣装をまとい、現れる。

 彼女の曲は、英語の歌詞と日本語の歌詞が入り乱れる詞であり、曲調も禍々しい雰囲気や激しい雰囲気を感じさせるものだった。


 そうして、高末木(たかまき)剣珂(けんか)宮下(みやした)(はつ)の二人組や北上(きたかみ)トリノなどが歌い、ようやく出番がやってきたのが、真田郁ことみらくるはぁと幸村ちゃんの出番だった。


 一部ファンの歓声を受けながら、登場したのは、いつも通りのみらくるはぁと幸村ちゃんではなかった。


 いつもの装飾よりも若干、軽装な衣装。鎧のパーツなどが少ない。ただ、衣装替えが重大発表なわけがないため、ファンは、衣装のイメージチェンジなのか、最後のライブだから手を抜いたのか、と様々な憶測がよぎる。


「六文銭の音と共に、みらくるはぁと幸村ちゃん、推参!」


 いつも通りの音楽と共に、名乗り上げて、みらくるはぁと幸村ちゃんの曲である「みらくるはぁと5秒前」を歌う郁。甘い詞とプラスティック製の刀を使ったマーチングパレードのようなアクションが特徴の曲であり、みらくるはぁと幸村ちゃんの定番曲だ。


 そして、曲が終わったと同時に、郁は衣装を脱ぎ捨てる。いつもより軽装だったのは、脱ぎやすいようにだった。パージされた鎧の下からは、普通の衣装と言うべき衣装が飛び出した。


「みなさん、こんにちは!わたし、みらくるはぁと幸村ちゃんは、この度、真田郁に改め、戦国武将系アイドルから転向します!」


 そこで真田十勇士の面々は、「郁」と背にかかれた黒いはっぴを着て、「真田郁」と書かれたのぼりを掲げる。

 方向転換の発表に、郁のファンたちからは歓声が上がる。真田十勇士が署名を集めた時点で分かっていたが、郁の人気は、ほとんどが戦国武将系アイドルとしての恩恵ではなく、本人の恩恵であった。

 そんな中、席から壇上へと上がっていく姿が。牡丹餅が注意する音声が入るが、すぐに、「失礼しました。特別ゲストです」と訂正音声が入る。


「どうも。ファン代表です」


 軽く手を挙げて挨拶する望月六郎に、他の十勇士から大ブーイングが起こる。それに「おいおい、冗談だって」と笑いながら、


「冗談はさておき、ファンであることは間違いないが、この場は、花見台機械工房社長の花見台成臣と名乗ろう。そして、花見台機械工房は、彼女、真田郁のスポンサーになると同時に、彼女をイメージガールとして採用することになった。これからも彼女と、そして、我が社をよろしくお願いする」


 そうして、成臣が挨拶をしたところで、曲がかかる。当然ながら、一日で真田郁という新しいアイドル用の曲が用意できるはずがない。だからこそ、かかっている曲は、真田郁の曲ではない。されど、郁の曲でもある。


 「PureCats」時代の郁がメインで歌っている曲だ。「PureCats」では、メインヴォーカルを交代で担当していて、曲によっては、郁が、理乃が、姫燐が、それぞれメインで歌っている。


 理乃のメイン曲、「ファイナルバケーション」と「スーパー・スーパー・数パーセント」、姫燐のメイン曲、「愛しき君に捧ぐ百合の花」と「戯れる猫の姫」、そして、郁のメイン曲、「夢の向こうの、その先へ」と、今かかっている「桜雪の空模様」。


 一日のレッスンだというのにも関わらず、郁は、完璧に「桜雪の空模様」を歌い踊る。それを舞台袖で見ながら、津は呟いた。


「まさか、本当に、素の郁で行くとは思わなかったわ……」


 そう、郁には今回、なんのキャラ付けもしない、という危険な賭けにでた。むろん、kyら付け無し、というアイドルの前例がないわけではない。


 しかしキャラ付けがないということは、キャラ付けするまでもなく、素でキャラが立っている必要がある。そうでなくては、個性が見えず、注目が集まるはずもない。

 だからこそ、煉夜は、あえて、素で行くという方法をとった。無論、これには、郁が素でキャラが立つという前提が必要になり、それがウケるかどうかもまた別の話となるため、流石に、社長と津の許可を求めた。


 こうして、真田郁としてのデビューは無事に成功を果たすのだった。なお、このイベント時点で、煉夜は既に新幹線の中である。





 後日、放送された最近のアイドル特集では、花火に並んで取り上げられており、その姿が、堂々と全国に注目された。それが、また、新たな問題になるとは、この時、誰も思っていなかった。


 六文銭の奇縁は、いまだ途絶えず……。されど舞台は移ろい変わる。古の都、新しい都、そして――

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