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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
偶像恋愛編
142/370

142話:真田郁改造計画・其ノ参

 真田郁の転向に対するプロデュースが始まった。しかし、このプロデュースに煉夜が関われる時間は圧倒的に少ない。そもそも、今は、高校二年の2月。祝日の関係で3連休が取れているので、煉夜は土曜日から月曜日の夕方までという時間で郁を転向させなくてはならないのだ。


 そも、春休みは3月の下旬から、それも、英国の件で、冬休みを前倒しにした影響で、春休みが短くなっている。そのため、春休みまではまだ当分ある。だから、煉夜が、長期のプロデュースをすることは、直近ではできない。


 だからこそ、煉夜は「アドバイス」という言葉を使っていたのだが、相手が郁であることを考えると、そう時間はかからないだろう。そもそも、煉夜が想定していたのは、まず煉夜を信用してもらうことからである。そして、そこに時間がかかるとも思っていた。しかし、花火の影響もあり、かつ、津の性格もあり、マネージャーである津からは信用を得られた上に、相手は、元から信用を得ている郁である。そうなると時間がかかると踏んでいた「信用を得る」という作業を丸々カットできるので、煉夜にとっては嬉しい誤算だった。


 そのような経緯があり、ひとまず、昼過ぎのこの時間から、煉夜と津は、郁の転向の計画、通称「真田郁改造計画」について相談することになった。応接室を貸し切るわけにもいかないので、津はとある部屋の使用を決めた。


「社長、5階を使います」


 簡潔な言葉だった。このビルにおいて、5階に入ったことが有るのは、津と社長、そして、見回りの警備員だけな上に、警備員すら廊下までで、中に入ることは禁じられている。鍵は特殊な形状をしていて、社長と津、そして管理会社の三本しか現存していない。このビルのマスターキーでも開けられないため、封鎖された場所なのだ。


「分かった。それほどまでに本気なんだね、津君は」


 津と社長は、そのようなやりとりをして、津は、そのまま煉夜を連れて5階に到着する。5階は他の階とは違い、一部屋しか存在しない。その一部屋に、津は鍵をかけて入った。

 室内に雑多に散らばっているのは、アイドルデビューしていないはずの津のパンフレットや団扇、グッズなどだった。


「散らかっていて申し訳ありません。ですが、邪魔されずに、長時間占拠していられるのはここくらいですから」


 下の資料室等も人の出入りは多い。類似事例や予算の参考などを調べるために、マネージャーや経理が来ることが間々ある。


「……」


 話し合うために、散らかった部屋を軽く片付ける。といっても、本当に軽くで端に寄せる程度である。そんな中、訪れた沈黙。


「……お察しの通り、私は足を患っています」


 そんな沈黙に耐えかねたからか、それとも、散らばった自身のグッズを見たからか、津はそう言葉を紡いだ。


「もともと、この事務所は、私を含めた3人のアイドルを看板にして売っていくために社長が立ち上げたものでした。そして、デビューライブ前日、前夜祭として、軽い飲み会を開いたのですが、そこで酔って暴れた社長を止めようとして、突き飛ばされ、私の足は……、それ以来、看板として掲げる予定だった残り2人は移籍してもらい、私と社長で、どうにか切り盛りしてきました」


 そう言った事情ゆえに、社長は、津に気を遣っている。しかし、津はその気遣いに対して、甘えて付けこむようなことはない。津がそんな性格だったらマネージャーなどせずに適当な役職についていただろう。


「私はもう、アイドルデビューできません。だからでしょうね、郁には後悔し欲しくないんです。色々と手をまわして、手を尽くして、……郁には輝いてほしいんですよ。きっと、それは私の独りよがりなわがままでしかないんでしょうけど」


 3人組の中で、1人残された、そう言う意味では、郁と津は非常に似た境遇であった。しかし、決定的に違うのは、郁はまだ余地があるということだ。


「悪いことではないと思いますよ。なんとなくですが、郁のためにいろいろしたくて、それでもできないこともあって、そう言ったことで悩んできたのは、郁からの話でも感じていましたし。本当に、郁を大切に思っているでしょうね」


 これはお世辞でもなんでもなく、煉夜の本心だった。煉夜の家に泊まっている間の話などでも、度々マネージャーの話題は出ていたが、「四六時中一緒だった」と言うように、ずっと一緒に居て、支えてくれていたと、郁は言っていた。


「さて、では、本題に入っていきましょう。郁の転向ですが、いつ頃お披露目予定なんでしょうか。未定なら未定で構いませんが、明確な日程があった方が決めやすいこともあります」


 披露の予定が、転向の形はかなり関わってくる。だからこそ、予定日があった方が、ある程度やれることの上限が決まるのだ。


「郁が舞台に上がれる日は限られています。それこそ、明後日、……月曜日こそ押さえられていますが、それ以降は未定ですね」


 一つの披露する場、いわばステージだが、それに出られる人数というのは決まっている。誰も彼もというわけにはいかないのだ。集客のことを考えれば、人気のある人物を呼ぶのは当たり前のことであり、固定客こそ居れど知名度も人気も圧倒的に少ない郁は、押さえられるステージが多くない。どうしても誰かが急遽出られなくなっての代役などという形になりやすいのだ。


「今日を入れず、実質一日……、では、明後日お披露目という形で案を練っていきましょうか」


 煉夜の言葉に、津の目が見開かれた。流石に無理があるだろう。そう思わずにはいられなかった。


「できるのですか、そのようなことが?」


 当然の質問に、煉夜は「そうですね」と言葉を紡いで答えていく。


「できないことはないと思いますよ。ただし、大きなキャラクターの変更は難しいでしょうから、郁の素に近いキャラクターになると思います。なのでキャラクターを作りこむ必要があるようなタイプに手を出すのはできませんね。そこまでしたいのでしたら、やはり、未定だからこそ、作りこむ期間があると考えて長期に練っていく方がいいでしょう」


 そう、発表の予定が無いからこそできる長期思考もある。だが、この場合、それはできないのだった。


「いえ、花見台機械工房様がスポンサーになった以上、遅かれ早かれ、今年中、それも、数か月以内にお披露目の機会が来るはずです。そうなったときにキャラの作りこみが中途半端では話になりません。ならば、いっそ腹をくくっていきましょう」


 半ばやけくそとも言えるが、津はそう決断する。郁がそれで納得するかどうかはともかく、方向性を決めるのはとりあえず終わった。


「では、その方向でまとめるとして、問題は、そのキャラクター付けですよね。清楚系だとはや……伊達先輩がいらっしゃいますから、同じ事務所から同じ方向性で売り出すと、その後の売り方が問題になります。だから清楚系は外すか、同じ清楚系でもパターンを変えた清楚系にするべきでしょうね」


 清楚系と一概に言っても、タイプは様々ある。そこを花火と分ければ売っていくことが不可能ではないだろう。


「ええ、ですが、やはり売り込む場所が近くなってしまいます。避けるのが一般的でしょう」


 売り込む場所、例えば戦国武将系ならば、その戦国武将のゆかりの地や博物館などである。清楚系ならば、書店のイメージガールや食事レポートなどである。もっとも花火は、イメージビデオやグラビアなども多いが、それは政胸の弊害だろう。


「そうなってくると、素の郁に近い雰囲気を出せるキャラクター性は、天然系とかになりますかね?」


 煉夜のイメージの中の郁は、おっちょこちょいや天然の印象がある。初めて出会ったときに財布をひっくり返していたからだろう。それに今日の遅刻も含めて、どうにも、空回りしているという印象なのだ。


「そうですね。ですが、それをキャラクターとして表に出していくのは難しいことです。彼女の場合は、本当に天然ですから、それこそ、わざと……失敗を演じているのが顔に出やすいですしね」


 天然で売っていくには二通りある。天然を演じるのと、本当に天然な場合である。そして、後者の場合は、それなりに運というものも絡む。発表のステージで転ぶとか、そう言うことが起こればそうなるだろうが、そんなことが偶然起こる確率は非常に低い。いくら焦りやすく、転びやすい郁といえど、わざとではなく、天然で転ぶのを操作することができるはずもなかった。


「なら特技など、ということになりますが、郁の場合は、特技が少々地味、というかステージに向かないというか、非常に難しいですからね」


 郁の特技は動物に好かれること、四葉のクローバー探しである。もっとも、これは、人間以外を魅了するスキルが常時働いているからなのだが。


「確かにそうですね。動物番組などでは映像が取れるかもしれませんがお披露目の場では向かないでしょうね。やはり特技は、売れてからのネタとして持っておくのがいいと思います。しかし、そうなるとやはり、難しいですね」


 そこで津は、成臣が持ってきた資料のことを思い出した。そこには、十勇士が話し合ったと思われる転向案も含まれていた。


「真田十勇士の方々は、不思議系、中でもオカルトを推しているようですが、郁とオカルト、私には結びつきませんね。ファン目線だとやはり、マネージャーとは違った目線で見ている分、こういった要素も見えるんでしょうか」


 一般的な視線から見れば、郁は、オカルトなどに傾倒しているようには見えない。せいぜい朝のテレビ番組の占いか、雑誌の占いくらいのものだろう。しかし、その実、悪魔が、妖精が、そういったものが実在することを彼女は知っている。


「いえ、オカルトというか不思議系は辞めた方がいいでしょう。郁の場合、知っていることが特殊すぎますから。あれはオカルトというよりも、そこらの人からしたら妄言者にしか見えません」


 一般論として、「悪魔は実在するんです!あそこにいる、わたしのファンは悪魔なんです!」と言っている人が居たらどうだろうか。オカルト云々以前にただのおかしな人だろう。


「郁がそういう知識を持っていること自体初耳なのですが。まあ、いいでしょう。それで、どうしましょうか。そうなると、どう売りだすか、弾が有りませんよ?」


 その問いかけに、「そうですねぇ」と、煉夜はしばし考えるようなしぐさをしてから、言う。


「まあ、単純なことですが、一つ、ないことはないです。しかし、賭けの要素も強いことですから、このあたりは、社長とも一度相談して、OKが出たら具体的な案を詰めていきましょうか」


 難航する郁の転向にひとまず区切りがつく。真田郁改造計画は、着々と進んでいくのだった。

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