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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
偶像恋愛編
140/370

140話:真田郁改造計画・其ノ一

 東京都、と一口に言っても、相応の規模を持つ。伊豆や小笠原諸島も含めればかなりの範囲だ。その東京都の千代田区神田神保町。古書街として知られるそこに、花火や郁の所属するハナミナプロダクションはあった。


 神保町は、御茶ノ水に近いこともあり、学生、会社員問わず、人通りが多い印象を持つ街である。特に古書街は、フェアなどを行うことで集客していることもあり、平日や祝日、読書の秋として知られる秋場、シルバーウィークなどはかなりに賑わいを見せる。


 煉夜は、新幹線で京都から東京まで行き、そこから電車で神保町の駅までやってきたのだった。




 古書街として知られているだけあって、駅の近くには既に、古書店が立ち並んでいる。ワゴンセールの様に、店前にワゴンを出して売っている店もあり、土曜日の昼前だというのに、そこそこの賑わいがあった。


「えっと、ハナミナプロダクション、だったか?」


 花火から貰った地図データを頼りに、場所を探す。これがまた、ハナミナプロダクションの公式ホームページから探していたのだったら、煉夜は、郁がこのハナミナプロダクションに所属していることが分かった可能性もあった。


「それにしても、東京は人が多いな……」


 そんな地方から出てきた青年のような口ぶりで街をうろつく。そもそも、煉夜は、三鷹丘市に住んでいた時代も東京には滅多に行かなかった。交通の便としては、快速電車で一本という恵まれた地理だったのだが、そこまで遠出せずとも、大抵のものは揃う時代だ。煉夜が好んで買うアドベンチャーゲームも、店舗特典こそあれど、煉夜はファンタジーな世界観に浸るのをメインに楽しんでいたので、特に興味はなかった。


(まあ、王都と比べても、建物の密集度が違うしな……、人が多いのも当然か)


 かつて、煉夜がいったことのある人の多い場所と言えば、王都なり帝都なり、有数の都市である。魔法技術があり、相応に発達した魔法建築論が進む異世界では、整地などもたやすいが、魔物の被害を考えると、大規模にしてしまうと対処が難しくなることもあり、中世ヨーロッパにも似た、都市を城壁で囲むのが一般的だった。


 しかし、これは場所にもよるのだが、特にスファムルドラ帝国は当てはまらないが、沙友里の暮らしていた王都ミルディナなどでは、目抜き通りと裏道こそあるものの、基本的には、建物同士に一定の間隔があいている。


 これは、数人分の間隔ならば、大型の魔物が通ることができないからである。少なくとも建物を壊す突破力を持つ魔物相手ならば道の有無は関係ない。ならば、と城に通じる大通り以外は、間隔を同じように空けた放射状都市になった。これは、対軍、つまり人との戦闘を考えていない造りなのである。

 一方、スファムルドラ帝国では、入り組んだ密集市街地など人が大軍で押し寄せることができないようになっていて、大通りも、城前広場に通じ、そこで砲撃を浴びせることができるつくりになっている。

 これは、スファムルドラ帝国が、クライスクラ暦以前から煉夜の過ごした新暦まで続く、何度も魔物とも人との戦争を起こした大国だったから故と言えよう。


「はてさて、これじゃあ、どこに何があるやら分からんな」


 地図も地図でややこしいこともあり、煉夜は道に迷う。花火が電話をかけた原麗公園は、どちらかと言えば、御茶ノ水よりにあり、距離的には神保町駅からの方が近いが、建物の入り組み具合から言えば、神保町駅よりも新御茶ノ水駅の方が近い。しかし、地図データだけでそれが判断できるはずもなかった。


 ナビゲートアプリに住所を入れれば、案内も可能だが、煉夜は使っていない。理由は多々あるのだが、それは置いておこう。


「早めに来て正解だったか……。だが、……」


 このご時世で、交番で道を聞く、というような時代錯誤なことはない。交番の前に設置されている専用のディスプレイにより案内を聞くことも可能だ。


「とはいえ、なぁ……。はぁ、仕方ない、とりあえず昼飯でも食うか」


 アイドルなどが所属する事務所というのは、それだけで相応の情報統制がされる。それは、アイドル本人に危害が及ばないように、である。待ち伏せされれば、いくらでもおかしなことが起こりかねない。そう言った意味で考えると、人に尋ねるのも憚られる部分がある。


 煉夜は、近くのファミリーレストランに入店し、ハンバーグと焼き肉のセットになったプレートとライスを注文した。時間つぶしに、スマートフォンを取り出し、いつものアプリを始める。


 最近では、イベントの難易度があがりすぎてクソゲーと評価されがちであるものの、煉夜も裕華もずっとやっている。そのゲームの特色というか、配布されるキャラクターが限定排出のキャラクターの劣化であるところまでは普通のゲームにもあることだが、それが高難易度だったり、復刻開催の無いトーナメントの上位報酬だったりするから(たち)が悪い。もっとも煉夜や裕華の様に、ずっと続けているプレイヤーなどは、大抵入手しているので、関係が無いと言えば関係がないのだが。


「お待たせしました」


 そう言って、店員が注文したものを持ってくる。煉夜は、受け取ると、さっそく食べ始めた。食事にそんなに時間をかけることはない。


 来店から十数分で、食事までして、煉夜は店を出る。千円にも満たない食事代だが、少し使い過ぎではないか、とも思う。


「さて、と、場所は把握できたし、行くか」


 しかしながら、食事をしに店に入ったのは、ただ単に食事をするためだけではない。林中花火の気配、といっても、彼女は人格によって気配が異なるので、この場合は、魔力質ではあるが、それを辿ったのだ。


 魔力質を探るには、相応に落ち着くことが必要である。それゆえに一度落ち着くついでに昼食をとり、魔力質も感知したということだ。


 場所さえわかれば、路地裏なり、屋根上なり、煉夜に道は関係ないのだ。普通の人が通れない場所も煉夜ならば簡単に通れる。それだけの身体能力があるのは事実である。





 あまり時間を置かずに、その建物までたどり着いた。意外なことにハナミナプロダクションは、ビルを一棟丸々所有していた。無論、高層ビルなどではなく、雑貨ビルではあるものの、相応の規模であることは間違いないだろう。


 ビルの入口の前に、来客者用のインターフォンがあった。煉夜は花火から、これを鳴らすように言われていた。なので、指示通りに、そのインターフォンを押す。しばらく間を置いて、反応がある。


「はい、ハナミナプロダクションです。どのようなご用件でしょうか?」


 先日の成臣の来訪から、若干緊張気味の来客対応だが、煉夜がそんなことを知る由もない。要件を簡潔に伝える。


「林中先輩に呼ばれてきた助言者(アドバイザー)で、アイドルを育成(プロデュース)してほしいとのことだったんですが」


 受け付けは「林中?」と一瞬首を傾げる。ハナミナプロダクション内では、すっかり伊達の苗字で定着している花火の苗字の所為で、林中先輩が花火であるとは簡単につながらない。そんなこともあり、受付は、


「少々お待ちください、確認してまいります」


 とありきたりなマニュアル対応をして、大抵のことは彼女に任せておけばどうにかなると定評のある津の元へと向かう。


「すみません、津さん。林中という人物に心当たり有ります?その林中さんから呼ばれたという方がいらっしゃっているのですが」


 元々、花火からアドバイザーの来訪日は今日であると聞いていて、受付にも話を通していた津も、「林中」という名前に、一瞬小首を傾げた。アイドルと遜色ない顔でそんな愛らしい動作をするので、受付は、「可愛い」と思ったが、口には出さなかった。


「林中は私の苗字です」


 そんな会話を聞いていた花火……花美は、そっと手を挙げ主張した。黒ぶちの伊達メガネをかけた伊達花美という人格が、「林中花火」であると主張する。


「えっ……」


 と呟いたのは誰だったか。少なくとも、その場にいる多くが、花火の苗字が「伊達」であると思い込んでいたのだ。もっとも、人格的には「伊達」が苗字であるというのは間違いない事実なのだろうが。


「ということは?」


「ええ、頼んでいたアドバイザーさんが来たようです」


 正直な話、煉夜と花美は初対面ということになるが、そうなってしまうと話がややこしいことになるので、知っている体で話さなくてはならない。


「あ、じゃあ、御通しして、ここまで案内してきます」


 受付はそう言うと、急いで戻る。客人と分かれば、待たせておくのは失礼極まりない。





 そうして、紆余曲折を経て、案内される煉夜。ビルの中は、一般的なつくりであるもの、一階の受付室を除けば、ほとんどが物置と化している状態だった。当然のことながら、アイドルを多数抱えるということは、衣装等の準備も必要になる。


 TV出演などでは、TV局側が用意する場合もあるが、衣装となればまた別の話である。また、種類にもよるが、アイドルのライブなどに使う衣装は、たたむことが難しく、ハンガーで吊るすにしても幅をとるなど、置き場所が多く必要になる。

 そのほかにも、重要書類と類されるものは流石にないが、ライブ告知ようのパンフレットやビラ、グッズなどは、残ったものは処分するしかないが、一定数は記録として残しておくし、処分するまでの間は、どこかに置いておかなくてはならない。


 そう言った事情もあり、このハナミナプロダクションの5階建てビルの内、1階と2階は1階の受付室を除いて、物置になっている。3階に事務室と社長室、応接室があり、4階がレッスンルーム、5階が封鎖状態である。


 煉夜は、エレベーターで、3階まで上がり、そのまま、事務室に通される。本来なら応接室などに通してもよかったのだが、応接室のソファでは4人までしか座れない。立場的なものを考えれば、社長と煉夜が座るのが確実として、花火、郁、津で一人余る。津なら、自ら立つというだろうが、そうできない事情が社長にはある。


 成臣との対談の時も、実を言えば、津は座っていた。いくら友好的だったとはいえ、スポンサーになるかもしれない企業の社長相手に、一マネージャーを座らせるというのは、普通ではない。


 とにかく、社長は事情があって、津を立たせるわけにはいかない。しかし、煉夜を呼び出した花火が場にいないのはおかしいし、これからプロデュースされる郁もいないのはおかしい。そう言う事情で、事務室で話し合うことになったのだ。


 事務室に入った煉夜の目に、見知った顔が映る。見知った顔、知らない気配。それが林中花火という存在を良く表していた。


「お久しぶりです、林中先輩……、いえ、ここでは伊達先輩とお呼びしたほうがいいでしょうか」


「ええ、お久しぶりです、雪白君。よく来てくれました」


 お互い、「初めまして」という言葉を呑みこんで、がっしりと握手を交わした。

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