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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
偶像恋愛編
139/370

139話:仮面アイドル伊達花美・其ノ参

 生徒会長直々の命令の癖に「生徒会室をお前たちに荒らされるのは嫌だ」という鮮葉の命により、生徒会室が使えないため、近所の喫茶店を使うことになった、と愚痴る月乃。仲良くなった経緯、というより、親密になった経緯というものを考えると仕方がないものだろうと、雷司と煉夜は割り切っていた。


 しかしながら、月乃が頭を痛めているのは、鮮葉に対してだけではなかった。林中花火という人物に対しても、交渉が難しく、それで頭痛が起きていた。話が通じないわけではない。話が理解できないわけではない。しかし、話が進まない。ため息などとうに吐ききった。


 だが、話し合いのセッティングが終わった以上、後の役目は、煉夜と雷司にゆだねられる。月乃は傍から聞いて、意見を言うだけだ。花火と会話しなくてもよくなるのだ。


 そうして、三鷹丘学園近くの喫茶店で、三人は、花火が来るのを待っていた。待ち合わせの時間まで、20分以上あるが、煉夜達は、大抵、余裕を持って行動するので、相手を待つことになる。


「さて、と。それで、調べは付いたのか?」


 とは、煉夜の言葉。向けた相手は無論、雷司だ。雷司の調査能力を侮っているわけではないが、数日で、個人の情報を集めるというのは難しい。警察のような権限を持っていても、調べるのに相応の時間がかかるのだ。


「ああ、大丈夫だ。大まかな情報だけなら十分に集まった。だが、まあ、正直に言って、これはあまり役に立たないかもしれないな……」


 雷司が調べた、というよりも、雷司の父が知っていた情報ではあるものの、それ以外にも、聞き取りやインターネット検索などは当然行っているし、新聞などにも載っていないか、また、テレビ局の情報なども調査している。それはかなりの量なのだが、その大半が、おそらく役に立たないだろう。


「あと、ちょっと覚悟がいるが、相応に踏み込めば、方向転換の鍵になることが有るのは分かった」


 この時、雷司が言っているのは「仮面少女(マルチフェイス)」のことである。この頃、煉夜は、異能を一般的なものではない、つまりは、煉夜と雷司の周辺だけが特別であり、この世界の裏に陰陽師や魔法使いが暗躍しているとは考えていなかったのである。


「踏み込む……?過去にってことか、それとも精神的な話か?」


 だから、雷司は、煉夜から帰ってきた言葉に、どう答えていいか迷った。しかし、返すことなく終わる。丁度、相手が来店したからだ。


 髪の艶、質からも分かる、手入れされた茶色の髪。脱色したり染めたりしたのではなく、地毛であろうことは察せる。その茶色の髪を低めのポニーテイルで結わえている。カラーコンタクト無しでも十分に大きい瞳と、それを縁取る長いまつげ。服装は、三鷹丘学園の制服であり、何の改変もないのだが、普通の女生徒が着るよりも数段、可愛らしい服装に見えるのは、花火が着ているからだろう。


「副会長、こちらです」


 入ってきた花火に向かって、月乃が呼びかける。店内の半分を貸し切っており、その一番奥、ほとんど、誰にも聞かれることがないであろう位置に陣取る三人。それに気づいた花火が、ひょこひょこと近づいていった。


「もうぅ、(ゆえ)っちったら~、気軽に花火たんって呼んでねっっっ!」


 初対面の煉夜と雷司は、言葉が出なかった。しかし、彼女と対面しただけで、鮮葉の様子や月乃が頭を抱えていた理由など、諸々に察しが付く。


「はぁ……、それで、副会長、この二人が、今回、貴方の売り方を変えるアドバイザーです」


 あくまで、アドバイスという形で、それを本格的に取り入れるかは、彼女しだい、ということにするため、あえて「アドバイザー」と紹介する。


「三鷹丘学園二年の雪白煉夜です、よろしくお願いします」


「同じく二年の青葉雷司です、よろしくお願いします」


 煉夜と雷司が花火に向かって自己紹介をした。この時点で、煉夜は二年生、まさか、来年も二年生だとは思っていなかった。


「よ・ろ・し・くっっっ!花火だよっっっ!気軽に花火たんって呼んでねっっっ!煉夜きゅんに雷司きゅん!」


 そんなひと幕を経て、花火が席に着いたことで、ようやく、話が前に進みだす。そこまでに10分近く要した時点で、煉夜も雷司もこの話し合いが長引くことを予見した。なお、月乃は始まる前から長引くことを想定し、喫茶店の店主に何度か頭を下げている。


「それではまず、副会長にお聞きしますが、本当に、転向の意思がおありですか?」


 方向転換をする意思の有無、その確認は、非常に意味のあるものだった。花火は、雷司の問いかけに頷いた。それもさほど時間を擁せず。つまり、意思は固いということだ。


「分かりました。では、伊達政胸さんにお聞きしたいのですが、本当に転向の意思はありますか?」


 この問いかけに、首を捻ったのは花火ではなく、煉夜と月乃だった。先ほどと変わらぬ質問。だが、花火は笑う。


「あっはっはっは」


 そのわざとらしい笑い声は、嘘笑いであることは明白であるが、その乾いた笑いが、どういう気分で発せられたのかは、察せない。


「そっか、雷司きゅんは、知ってるんだぁ……、ふぅん……、なるほどっっっ」


 その言葉が、どことなく、重く感じられたのは、雷司や煉夜の気の所為ではないだろう。そして、それは確かに花火には重い意味を持っていた。花火の体質――能力を体質と表現していいのならであるが――はそう知られていいものではない。それは当然のことながら「普通」ではないからだ。


「じゃあ、政胸っち話ができるようにするからちょっと待ってねっっっ!」


 そういって、鞄から取り出したのは、眼帯であった。伊達政宗、独眼竜のあだ名からも想像できるように隻眼だったとされる。史実上で眼帯を付けていたという明確な記録はないが、イメージとして、彼を模倣する上では必要なアイテムだろう。


「なるほど、要因……それが切り替えのファクター、というわけですね」


 その言葉に、頷く彼女。そして、その眼帯を付ける。その瞬間、煉夜には、花火の気配が変わったように思えた。気配の察知に敏感な煉夜でなくとも、その辺かは、感じ取れるだろう。人が変わったような、そんな感覚。


「変わっているな……、それに武道の匂いもする。お主、武道家か、それに類するものだな」


 重たい口調、冷たい空気、殺気にも似た眼光。先ほどまでとは別人であると言われたら、誰もが頷くろう。


「『仮面少女(マルチフェイス)』……、なるほど。あー、つまり、そうだな、一言で言ってしまえば、多重人格だ。多重人格ってのは煉夜も知ってるだろう?」


 多重人格と呼ばれていたのは、昔の話であるものの、一般には未だにこちらの方が浸透している。解離性同一性障害。心意的要因により、抱えきれないほどのストレスが生じたときに、それを別の人格を作り、主人格のストレス軽減、また記憶の忘却、他人としての視点で見ることによる客観的思考で押しとどめるなど、いわば人間の防衛本能ともいえるものだ。


 煉夜とて、実物を見たことはないにせよ、そう言うものがあるというのは聞いたことが有るし、煉夜のプレイするゲームの登場人物にも設定としては間々見られる。


「なるほど。だが、コントロールできるものなのか?いま、眼帯をすることで切り替えているみたいな感じだったが」


 普通ならばできないだろう。通常ならば、切り替わりは突発的なものであり、抑圧されたストレスなどに関係しているとされるが、花火の場合は異能である。


「まあ、そう言うものだと思ってくれ。

 さて、本題だが、伊達政胸さん、貴方は、今のアイドルとしての売り方を変える意思、転向する意思はありますか?」


 鮮葉は、花火は転向する意思があるが、伊達政胸はどうか分からないと言っていた。だからこそ、雷司は、政胸に問いかける。


「ふむ、しかしな、この胸を売りにするというのは間違っていないと思うのだよ」


 ガクリと、煉夜は机に頭を打ちそうになる。月乃は思わず飲んでいたものを噴き出しそうになり、何とか抑えこんだ。


「少しは、恥じらうとかそう言うこと考えてくださいよ」


 月乃は、少し怒鳴り気味に、そう言った。叫ばなかっただけ、まだ、理性が残っていたと言えよう。


「しかし、そのために作られたからな。色気を出し、誘惑し、それでいて、武士を意識しろと。それこそが、この人格を占める意識だ。恥じらいなど無いし、脱げと言われれば脱ぐ、肌を晒せというのなら晒す。そういうものだ」


 それはまるでプログラムのようだった。設定されたままに、設定されたことを完遂する。そのためだけにある。それ以外のことは目もくれない。


「なるほど、そういうものか……」


 雷司は「その人格が作られた目的によって、その目的に対する向上心や好奇心はかなり高く、異様とも言える」という父の資料を思い出す。


「副会長に変わってもらえませんか。眼帯をとれば戻るのでしょう?」


 政胸は眼帯を外す。すると、冷たい雰囲気は、消え去り、元の花火の気配に戻る。そして、雷司はため息を吐いた。


「まあ、簡単に言ってしまえば、転向した人格をいくつも作れば、売り方を変えることはできるでしょうね。ただ、成功するかどうかは別ですが」


 要は政胸同様に、幾つもの、アイドルの人格を作り上げて、それぞれで売って行けばそのうち売れるという話である。


「そうは言ってもぉ、どんな風に売ればいいのか分からないぞっっっ!」


 そう言う花火に対して、雷司は、煉夜に視線を向けた。煉夜はため息を吐きながら、調べてきた資料を紹介する。


「まあ、そうですね、アイドルの転向というのはあまりありませんでしたが、不思議系やオタク系といったジャンルなら、知識を深めれば転向できます。グループを組んでいるわけではないので、特色が出しづらいのが難点ですが、ゲーム好きアピールなどもオタク系ならありますが、正直お勧めしませんね。いわゆるその場しのぎの知識だとちょっとしたミスで炎上しますし」


 つらつらと方向転換について、どのようなアイドルが有るかを告げる煉夜。それを「ふんふん、なるほどぉ、それでぇ」とメモを取りながら花火は聞いていた。





 その後、何やかんやで方向転換したらしい、ということは噂に伝え聞くものの、卒業し、縁も途切れ、そうなっては売れない限り、どうなっているのかは煉夜達に知るすべはない。そうして、清純系で売れたと雷司の耳に入ったのは、彼女が卒業してから約10ヶ月の歳月がたった後のことだった。

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